出戻り巫女の日常

饕餮

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シュタール編

全っ然似てないよね

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 何でこの人に抱き締められてるんだろう、とぼんやり考える。
 男女関係なしに抱き付かれる運命なのか? と思うものの、何故ジェイドに抱き締められているのかわからず、躊躇いがちに

「あの……ジェイド?」

 そう呟くものの、ジェイドは私の頭と腰に腕を巻き付け、更にきつく抱き締める。
 それが切ない。焦がれていた温もりと、逞しい、力強い腕の中。この人が好きだと、蓋をした心から気持ちが漏れる。

(いい加減離してー!)

 そう思ってジェイドの背中を叩きながら身体を離そうとするものの、腕の力がますます強くなる。
 嬉しいけど、切なくて胸が苦しい。


 ――いや、本気で苦しい!


 息がしづらくて、離して欲しくて、ふがふが言いながらジェイドの背中を更に強くバシバシ叩くものの、ジェイドは一向に離してくれない。ジェイドに窒息死させられる、と思った瞬間、身体がジェイドからベリッと剥がされた。

「ランディ、シェイラを殺す気か?!」

 ゼイゼイ言いながら見上げると、マクシモスだった。相変わらずの無表情だが、その目は怒っている。ジェイドに怒っているのか、手紙一つで消えた私に怒っているのかは判らないが、多分私に対してなんだろうなあと思いつつも、途切れ途切れにマクシモスにお礼を言う。

「あ、りが、と、マク、シモス」
「いや」
「すまん、シェイラ。嬉しくて、つい……」
「いや、それはそれで別にいいんだけ、どぉっ?!」

 何か嬉しいこと言われたよ、気のせいか? なんて思っていると、いきなり誰かが走って来てマクシモス共々抱き締められた。誰だ、と思って顔を見るとマキアで。
 あの日のことを思い出し、ズキンと傷んだ胸に蓋をしていたら、マキアにパコッと頭を叩かれた。その親密さ加減が、仲間になれたみたいで嬉しい。

「痛っ! マキアサン、酷っ!」
「酷いのはシェイラだ! 黙って居なくなって、私やマクシモス、兄さんが心配しないと思ったのか?!」
「う……。ごめんなさい。……てか、マキアの兄さんて誰よ?」

 きょとんとしながら、ほー、マキアにお兄さんなんていたのか、なんて暢気に考えていたら、マクシモスが呆れたような声を出した。

「……教えてなかったのか? ランディ」
「そう言えば、きちんと言ったことはないな」
「は? え? どういうこと?」
「シェイラ、ランディ……ジェイランディアは、私の兄なんだ」

 呆れた、と謂わんばかりのマクシモス、腕を組んで考えるジェイド、申し訳なさそうにきっぱりと言ったマキア。その意味を飲み込み、黙り込むこと数秒。

「ええええぇぇぇっ?! じゃあ、あの日抱き合ってたのは?!」
「マキアからマクシモスと婚姻することになったからと報告を受け、『おめでとう』と言って抱き締めただけだが」

 マキアとジェイドの顔を交互に見ながら驚きの声を上げた後、ついポロリと溢れた私の疑問に、ジェイドは事も無げにそう言った。


 ***


「全っ然似てないよね。ちっとも気付かなかった。あ……ごめんなさい」
「気にするな、良く言われる。俺は、髪と面立ちは父親似で目は母親譲りだし、マキアは髪と面立ちは母親似で目は父親譲りだから」
「へえ、そうなんだ」

 出されたコーヒーを飲み、ジェイドの話に耳を傾けながらジェイドとマキアをじっくり観察する。雰囲気は似てるが、全体的な顔立ちは似てない、と思う。だが、パーツを良く見ると、唇の形とか目元なんかはそっくりだった。雰囲気も、二人と同じ騎士であるマクシモスやキアロともまた違う。何故『リーチェ』の時には気付かなかったのか、と思う。
 尤も、『リーチェ』はあまり人と目を合わさず、俯き加減で話をしていたから仕方がないのかも知れない。

 ここではなんですからと言ったイプセンに、アストやルガト共々屋敷に招き入れられて落ち着いたころ、イプセンは私達にコーヒーとお菓子、お代わりのコーヒーポットを置いてアスト達の方へ行った。アストとルガト、デューカスは話があるとかで別の部屋にいる。

 私の左にはハンナ、右にはお腹の大きなスニルが座っており、ハンナの隣にはラーディ、その隣にはマクシモス、その隣にはマキアが。そしてスニルの隣にはキアロ、キアロの隣にはジェイドが座っている。カムイは私の斜め後ろにいて、その身体を伏せていた。ハンナとスニルは頬をぷっくりと膨らませ、まるで『逃がさない』と謂わんばかりに私の腕にしがみついている。

「シェイラは? どっち似だ?」
「私? さあ、どうだろう。『リーチェ』は両親を知らないし、私も母親しか知らないから」
「え……」
「あれ? 『リーチェ』が神殿に捨てられてたって話、知らない?」 

 そう聞いた私に、カムイ以外の全員が息を呑む。カムイは私の記憶を見て知ってるからか、耳をピコピコ動かしただけだった。

「捨てられてた、って……」
「あちゃー。言わなきゃよかったかな」
「シェイラ……」
「……神殿内では結構有名な話なんだけどね」

 苦笑しながら聞くと皆は「知らない」と首を振っていたから、もしかしたら神殿上層部と最高位の巫女周辺の話だけだったのかも知れない。

「『リーチェ』は元々、捨てられていた関係で、ある程度の年齢になったら見習い巫女として生活するはずだったんだって。でも、『リーチェ』が三歳の時に巫女の力が発現しちゃって。本来なら、巫女の力って……ラーディ、何歳だっけ?」
「七歳ですね。ごく稀に、六歳で発現することもあるようですが」
「ありがと、ラーディ。で、七歳で発現するのが三歳だったもんだからその力が巧く使えなくて、力の強さも相まってしょっちゅう熱を出して寝込んでたらしくてさ。それを心配した当時の神官長様や神官や上級巫女様達が、入れ替わり立ち替わり様子を見に来てくれてた。もちろん、『リーチェ』の両親の顔は何となくだけど覚えてるよ。それに、私自身も母親しか知らないけど血の繋がってない父親もいたし、母曰く、私の髪と目の色は父親に似てるらしくて。小さい頃の面立ちは母親似だったし、目のことで色々言われたことはあるけど、父親は黒髪だったから、父親とは血の繋がりがないとは思われなかったし」
「シェイラ……」

 ハンナとスニルは辛そうな顔をして私の腕をギュッと掴み、他の皆も同じように辛そうな顔をしていたから、思わず苦笑する。

「そんな顔しないでよ。別に不幸だとは思ってないし、『リーチェ』は皆と会えて幸せだったし、神官長様達も優しかったから寂しくなかったし。私もカムイに会えたり、皆の顔を見れて嬉しいから」

 両隣にいたハンナとスニルの頭を優しく撫でてから、こっちに来てから初めて顔を見るスニルに笑顔を向ける。

「スニル、元気だった?」

 そう聞くと、スニルはニコッと笑って頷いた。スニルは焦げ茶色の髪に青い目、鼻にはそばかすがついている。
 スニルは話せない。いや、あることがきっかけで話せなくなった。

 簡単に言うとスニルに横恋慕した上級巫女が、薬草の見分け方の訓練を理由に初級になったばかりのスニルを神殿から連れ出し、盗賊が出ると噂になっていた場所に出かけて見事に盗賊に会い、上級巫女の男はその盗賊達に殺された。スニルは盗賊達に声を上げさせないように喉を潰され、複数の盗賊達にあわや、と言うところで神官長と神殿騎士に発見された。
 神官長はすぐにスニルに癒しをかけたものの綺麗に癒せず、巫女の癒しを覚えたばかりの『リーチェ』も力がうまく使えず、結局スニルは声を取り戻すことが出来なかったのだ。

 『リーチェ』はそのことがあったから、癒しも頑張ったし薬草の効能を上げるために誰よりも多く勉強し、誰も使えなかった巫女の力のみで行う癒しを使えるようにした。それを知ってるアストやレーテは、『リーチェ』がどれだけ頑張ったか知ってる。その努力を知っているアストとレーテだけは、『リーチェ』を『癒し姫』と呼ぶのだ。

 こっちの世界の時間であれから約十年。当時、巧くコントロール出来なかった癒しの力は、きちんとコントロール出来る。
 今ならきちんと癒せるが、まだ間に合うだろうか。『封印の指輪』は、まだアストから返してもらっていない。世界の理が私に力を能えたのなら……本当はそんな能力はいらないけど、スニルを癒すことが出来るなら、今だけでもその力を使ってスニルを癒したい。
 そう願い、心の中で癒しの祈りを捧げると、スニルの頭を撫でながら喉にだけ力が行くようにコントロールする。徐々にではあるが、癒されて行っているのが判り、内心ホッとする。

「そう、よかった。で、今何ヵ月?」

 スニルに話しかけ、そのまま喉に張り付いていた髪を後ろに払いのけるようにしながら喉を触り、更に癒して行く。
 スニルは口をパクパク動かしながらキアロの方を見ると、キアロはああ、と言う顔をしながら「七ヶ月だったっけ?」と言うと、スニルは激しく首を横にふった。

「あれ? 六ヶ月だったっけ?」

 焦りながらそう言うキアロに、スニルは苛立たしげに、更に口をパクパク動かし、首を横にふっている。
 そろそろいいかな、と思って癒しを止めると、スニルの口から、元気いっぱいの可愛らしい声が飛び出した。

「違うってば! お医者様も産婆さんも、八ヶ月だっ、…………あれ?」
「ス、ニル……声が……!」
「嘘……! なん……っ、ゴホッ」
「あー、癒しきれてなかったか」

 呆然としている皆を他所に、もう一度力を手のひらに乗せてスニルの喉に手のひら全体を当てると、スニルがビクリ、と身体を震わせた。「大丈夫だから」と声をかけ、喉を癒して行く。

「スニル、ゆっくり声を出してみて?」
「あー、うー」
「何処か違和感とかない?」
「……大丈夫、みたい」
「そう。なら良かった。やっと、スニルの喉を癒すことが出来た」

 喉から手を離しながらそう言うと、スニルはくしゃりと顔を歪ませながら、私に抱き付いて来た。

「あの時は力不足だったし。癒してあげられなくて、ごめんなさい」

 キアロとスニルに頭を下げて謝ると、スニルは「そんなことない!」と頭をブンブン振り、キアロも何故か後悔したような顔をして、項垂れていた。何故キアロがそんな顔をするのかわからず、首を傾げるとキアロが突然謝った。

「セレシェイラ、ごめん」
「なんでキアロがそんな顔してんのよ? それに、謝られる覚えはないんだけど」
「だって、認めない、って言った」
「ああ、そんなこと。別に気にしてないし、キアロの秘密を暴露したんだから、喧嘩両成敗なんじゃないの?」

 使った力を補充するためにコーヒーを飲みながらお菓子を食べていると、キアロは「そうだよな」と言って、何故かホッとした顔をした。ちょうどコーヒーが無くなり、もうちょっと飲みたいなあなんて思っていたら、ハンナがコーヒーを入れてくれたのでお礼を言うと、ハンナは嬉しそうに笑った。

「それにしても、スニルは妊婦さんなのに、旅なんかして大丈夫だったの?」
「オレが御者をしてたし、クッションを敷き詰めてその上に座ってもらったし、出来るだけ負担にならないよう、休憩も多くとったりしたから」
「さすが、旦那。ちゃんと考えてるんだね」
「その分の気を他にも回せればいいんだがな」
「ほっとけ!」

 ジェイドの言葉に、キアロは拗ねる。

「で? 皆はなんでここにいるのかな? 誰に聞いたの?」

 にっこり笑いながら聞くと、両隣にいたハンナとスニルがビクリと身体を揺らして私から離れる。ゆっくり他の皆の顔を見ると、全員目が泳いでいた。

「それは、アストリッド様がお知らせ下さいまして……」
「……へえ、アストが、ねえ」

 ニコニコニコニコ。笑っている私がよっぽど怖いのか、教えてくれたラーディの顔がどんどん青ざめて行く。

「なら、ちょっとアストに会いに行ってくるわ」

 コーヒーを飲み終えて立ち上がると部屋を出る。近くにいた屋敷で働いている人に場所を聞いて案内してもらいながら、私は怒りをぐっと押さえていた。

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