出戻り巫女の日常

饕餮

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シュタール編

はしたなくてごめんなさい

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 目を瞑り、集中しながら二人の王子をゆっくり癒して行く。本来ならば一気に癒したいところなのだが、強すぎる力は赤子にとってその一瞬のことですら命取りになりかねない。
 それに、癒し始めてから判ったことなのたが、どうやらこの赤子は長期に渡って毒を飲まされていたらしく、身体のあちこちが傷んでいるようだった。よくここまで保ったもんだと感心すると同時に二人が痛いと言えないことが悲しく、赤子に毒を飲ませるなんてと腹が立って仕方がない。

 毒を完全に抜いた後、傷んでいるであろう場所をゆっくりと癒す。目を開けて周りを見渡すと謁見の間に蝋燭が焚かれ、窓の外を見れば夕暮れ時なのか空は薄暗くなっていた。
 道理で足が痛い筈だと苦笑しながら正座しているのを解いて胡座をかいていたら、アストと宰相が来た。宰相は私に腰を上げるように言うと、お尻の下にクッションを敷いてくれた後で私の前に来た。
 アストは食べやすい大きさに切ってある果物と水差しとグラスを持っていた。水はアストがその場で浄化してくれた上、それをまず飲ませてくれた。浄化した水だからなのか水が美味しく感じられ、少しだけ力が戻った。が、すぐにそれは王子達へ注ぐ力へと変換される。
 ふう、と息をついてからアストにお礼を言うと、カムイにもあげるように言う。

「はしたなくてごめんなさい、宰相さん」
「ルガトとお呼び下さい。……いえ。事情はアストリッド様からお聞きしましたから。それでですな……もしお邪魔でなければでよろしいのですが、セレシェイラ様にお聞きしたいことが」
「構いませんけど……なんですか?」
「先程の託宣にあった、『民が嘆いています』というものなのですが……心当たりはありますかな?」

 真っ直ぐ私を見てそう言った宰相……ルガトは、嘘は許さないとばかりに私をじっと見る。

「んー……まず確認なんですが、アストから何を聞きました?」
「私と陛下のみですが、セレシェイラ殿の現在と過去を、他の者には癒しの力は集中力を要するので邪魔をしてはいけないこと、巫女の力は食べ物や飲み物、休息することでしか戻らないこと。あとは王子達は危険な状態で休息している暇がない、だから食べながら王子達を癒すと」
「なるほど」
「シェイラ、ごめんなさい」
「……まあ、いいけど。でも、巫女の力の方はともかく、他は口外してほしくないかな。特に、は既に死んだ人間ですし」

 そう言うと、二人は神妙な顔をして頷く。

「ありがとうございます。なら、この世界に召喚された話も聞きました? その国の話は?」
「はい、それも伺っております」
「なら、その国の現状をご存知ですか?」
「色々なが落ちている、という話ならば」

 そこまで判っているなら自ずと判りそうなもんだけど、と思う。でも、旱魃かんばつやイナゴなんかの害虫、疫病が流行ったとあの国が発表すれば、周辺諸国はそれを信じざるを得ない。尤も、ルガトだけでなく、周辺諸国はそれが真実かどうか調べさせてる気はするが、それだけじゃまだ確信が持てない、ってことかな?
 それはともかく、そう言えばアストに生贄の話をしたっけか? と考え、とりあえず聞いてみる。

「んー……アスト、生贄の話をしたっけ?」
「いいえ?」
「生贄、ですか?」
「そう。私が召喚された時に……」

 召喚された時の状況を覚えている限り話すと、アストとルガトは眉間に皺を寄せた。

「そんなことをすれば、フローレン様の怒りを買うだけですのに」
「やっぱり。なら、その国の王妃が、二日前に死んだという話は伝わってる?」
「フーリッシュが?!」
「何ですと?!」
「あ、まだ伝わってないんだ。なんでも、現状を憂いた王妃自らが豊穣を願ってその命と巫女の力を女神に捧げたとかなんとかで、王都では『これから元通りになる』と言ってお祭り騒ぎだった、って聞きましたよ? アストは王妃がどんな子か知ってるだろうから、この話が嘘だって判るでしょ?」

 そう聞くとアストは頷き、ルガトは顎に手をあてて何かを考えている。

「疑っている訳ではありませんが、その話が本当だとすれば、その話からあの国の王妃はもしや生贄にされたのでは……」
「多分。実際にはどうなのかは判りませんが。下手すれば他にも犠牲者がいるかも。まあ、あくまでも私の推測なので、きちんと調べた方がいいと思います」
「そうですな……。確認致しましょう。疑ってしまう形になりますが」
「ルガトさんは宰相だから、立場的に疑って当然だと思います」

 笑いながらそう言うと、ルガトは苦笑しながらも「お邪魔して申し訳ありません。貴重な情報をありがとうございます」と言って、足早に謁見の間から出て行った。

 アストにもう一度水をもらい、果物を食べさせてもらう。その合間を縫ってアストは王子達の頭をいとおしそうに撫でていた。その王子達は今、母親が近くにいて頭を撫でている事がわかるのか、少しだけ安定していた。順調に回復してはいるが、まだ予断を許さないなのが現状だ。

「シェイラ、大丈夫ですの? 顔色が悪いですわ」
「大丈夫。……と言いたいとこだけど、あのおじさんみたいに一気に治せないのはちょっと辛いかな」
「どうしてですの?」
「大人だったら、ある程度巫女に癒されたことがあるだろうし、それなりに体力があるから多少強い巫女の力を使っても問題ないわ。もちろん、傷薬や解毒薬を飲ませることも出来るから、併用すれば治りも早い。でも、この子達は違う。まだ赤子だし、強い力は赤子にとって逆に毒になりかねないの」
「ゆっくり癒すしかありませんのね……」

 私に果物や水を飲ませながら、アストは辛そうな顔をしている。暫くそうしていると、今度は王様が来た。

「セレシェイラ殿、どうだ?」
「毒は抜けましたし、今は安定しています。ただ……」
「ただ?」
「癒し始めてから判ったんですが、どうやら王子達は長期に渡って毒を飲まされてたみたいで、体の中のあちこちが傷んでしまっているんです。今は安定してますけど、予断は許さない状態で……」

 私の話を聞いた王様は、一瞬辛そうに眉を寄せて目を瞑ると、何かを決意したように一瞬で王の気配というか、オーラを纏った。その辛そうな顔は、寵姫に対してなのか、王子達に対してなのかは判らない。

「そうか……判った。他に何か必要なものはあるか?」
「必要なものはありませんがそろそろ陽も落ちますし、この広い部屋では王子達の体が冷えてしまいます。安定している今のうちに、王子達を部屋に移したいんですが」
「ならば、誰か人を寄越そう。アストリッド、私にはまだやらなければならないことがある。それが終わったら話そう」
「判りましたわ」
「セレシェイラ殿、王子達を頼む」
「畏まりました」

(王子達、ねえ……)

 他人の私がいたからにせよ、自分の息子を王子達と呼ぶことに違和感がある。
 だが、私はそもそもこの国のしきたりとか知らない上、アストからもその辺の話を詳しく聞いているわけではないので、今はその疑問に蓋をしようなんて考えているうちに、王様は足早に謁見の間を出ていった。残されたアストは私に水を飲ませたり果物を食べさせながら、「先ほどの話は……」と小さく呟いた。

「ん? アスト、何?」
「王子達が……息子達が長期に渡って毒を飲まされていたというのは……」
「本当よ。それほどまでにあちこちが傷んでたわ。正直、よく今まで保ったなって思ったくらいよ」
「……っ」
「最後に飲まされた毒自体はそれほど強いものじゃなかったから良かったけど、傷んでしまっている内臓とかを癒すのに時間がかかってるだけだから。……王子達も私も大丈夫だから心配しないで?」
「……ええ」

 アストも何かを考えているのか、それきり黙ってしまった。暫くすると王子達を部屋へ連れて行ってくれる人が来て、私は王子達の手を握って傷を癒しながらその人達の後をついていく。王子達を部屋の中にあるベビーベッドへ寝かせ、その真ん中に椅子を持ってきてもらい、そこに座って癒す。
 王子達の容態も安定して来たころ、片手で癒し片手で果物や水を飲めるほどにはなったが、生理現象には勝てずアストが来た時に様子を見ててもらってトイレにいった。お風呂にも入りたいが、さすがにそこまで安定しているわけではないので、臭いだろうなあ、ごめんねー、と心の中で謝っておく。

 果物や水を飲み食いしながら、寝ずに癒すこと二日間。
 その間アストは自分の執務やら今回の事件の全容解明に忙しい王様と全く話が出来ず、私に言った「離縁したい」ということが言えずにいると、王妃業や執務の合間をぬって食事と飲み物を持って来た際に、他の話をしながら愚痴を溢していた。
 食事は王子達が安定した段階で、果物から普通の食事へと移行していた。おかげで、今のところ命を削る危険は犯してはいない。……ちょっと危なかったのは秘密だ。

 アストと入れ替わりでルガトが来て色々相談――と言う名の雑談――をしに来たり、アストを交えて三人で紅茶やコーヒーを飲みながら話したり。その内容に頭を抱えたものの、結局私は顔をひきつらせながら頷いた。

 そして、三日目の深夜。

 王様とルガト、アストと医者の格好をした人が部屋へと入って来た。私は既に癒しを止めていたので、部屋の隅へと移動していた。
 王様の無言の問いかけに私は首を横に振って部屋の外へと出ると、扉のところにいた近衛騎士さんに頭を下げてトイレへと向かう。トイレから戻って来た頃中からアストの泣き声が響き、唇を噛んでギュッと目と拳を握ってその泣き声に耐えるように俯き、肩を震わせる。

「……セレシェイラ様が気になさる事ではありません」
「そうです。この三日間、眠らずに王子殿下達を癒して下さったではありませんか」

 そう言ってくれたのは、謁見の間にいた近衛騎士の二人だ。

「で、も……私の力不足で……途中までは、順調だったのに……あとちょっとだったのに……!」
「セレシェイラ様……」

 俯いて耐えていると、一人の近衛騎士さんが話しかけてきた。

「……ですが、私の弟は、セレシェイラ様のおかげで助かりました」
「……え?」
「王妃様は……アストリッド様は、『シェイラが作った傷薬があったから助かったのよ? わたくしの癒しだけでは、彼は助かりませんでしたわ』と仰って下さって……」

 そう言われて涙目になりながらも俯いていた顔を上げると、目の前の近衛騎士さんは刺された騎士に良く似ていた。

「あの騎士さんの……。彼の命は助かったと聞いていたんですけど、その後大丈夫でしたか?」
「はい。侍医殿が『傷薬があったのと処置が早かったおかげだ』と仰っておりました。ですから、セレシェイラ様。王子殿下のことは残念でしたが、私の弟の命を救ったというのは覚えていて欲しいのです」
「……ありがとう」

 近衛騎士さん達の励ましが嬉しい反面、胸が痛い。二人と話をしているうちに女官さんが迎えに来て、客間らしき部屋へと案内してくれた。
 部屋の中にはソファーやテーブルや椅子、奥の部屋には寝室があり、クローゼットを開けると中にはシンプルなワンピース――どうやら夜着らしい――とドロワーズが入っていた。別の扉の先にはお風呂やトイレなんかもあった。
 女官さんにお礼を言い、一人にしておいて欲しいと頼んで部屋を出て行ってもらう。アストに説明してもらったけど、未だに侍女と女官の違いが判らない。
 やってることは一緒だと思うんだけどなあと思いつつ、お風呂の脱衣所で巫女装束を脱いで丁寧に畳む。三日間座りっぱなしだっから、緋袴や白衣にはくっきりと皺が出来てしまっていた。洗濯しようにも下手に洗濯しようものなら確実に皺になること請け合いで、アイロンもあるかどうかわからないために畳んでおくことにしたのだ。
 お風呂に入り、頭の先から爪の先まで四日分の汗と埃を落とし、三日間寝ていないのと癒しの力を使った疲れからベッドへ倒れ込むと、先ほどのことを思い出して枕に顔をつけて肩を震わせた。

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