出戻り巫女の日常

饕餮

文字の大きさ
17 / 76
ユースレス編

女だからって、甘く見るんじゃないわよ?

しおりを挟む
「カムイ、あそこ!」

 馬の嘶きが聞こえ、馬は怯えたように暴れている。三人いたようだが一人は既に息絶えているのか道に伏せ、背中から血を流したままピクリとも動かず地面には血だまりがあり、もう一人は地面に座ったまま、腕や足から血を流しながらジリジリと後退していた。それを、剣を持った男がニヤニヤ笑いながら追いかけ、剣を振り上げた。

「カムイ、急いで!」
「承知!」

 スピードを上げたカムイの背中に何とか膝を乗せると片膝をつく。男が剣を降り下ろす直前にその場に着いてカムイの背中を蹴るようにジャンプすると、男に蹴りを入れて吹っ飛ばした。
 カムイは勢いのまま走り抜け、スピードを落としながら私の側に寄ると、地面に座っている人を庇うようにその人の前に立った。剣を持っていた男を蹴り飛ばした私はその反動を利用し、バック転の要領で回転して地面に降り立つ。
 転んで無様な姿を晒さなくてよかった。運動神経が良くてよかったよ、うん。

「あんた、一体何やってんのよ! おじさん、大丈夫?!」
《怖い! 怖い! 逃げたい!》
《落ち着け!》
《あ……孤独な王様……》
《我と桜がいる! 落ち着け! 主人を運べるのはそなただけだ! その誇りを思い出せ!》
《は、はい!》

 剣を持った相手を見据えながら倒れているおじさんに声をかけると、「何とか」と言う弱々しい声が帰って来た。その横で、暴れる馬を落ち着けるように話しかけるカムイは、何とか馬を落ち着かせ、おじさんを踏まないようにしてくれた。
 怯えた馬を落ち着かせたのは流石だけど、馬にまで孤独な王様って知られてるなんて……。なんて不憫なんだ、カムイ……!

『桜、この者の出血が酷い。早く血を止めねば手遅れになる』
「マジ? そりゃ大変」

 おじさんや男を警戒してか、カムイは肉声で話すことなく念話でその言葉を伝えて来た。全然大変そうな声に聞こえないよなあ、と暢気に思いつつもそのことに小さく頷くと、吹っ飛ばされた男は頭を振りながら怒りの形相で立ち上がる。

「てめえっ! 何しやがる!」
「それはこっちの台詞でしょ?!」
「ふざけんなよ、女風情が!」

 男が剣を振り上げて私に向かって来る。
 ……うん、剣道の師匠や兄弟子よりもスピードは遅い。尤も、兄弟子達のほとんどは警察官ばかりだったから、身体能力は半端ないんだが。これなら何とかなるかと思い、降り下ろされた剣を避けてその腕を掴むと手首に手刀を落として剣を手放させ、鳩尾に右手の拳を叩きつけてから蹴り飛ばした。
 流石に漫画のような『真剣白刃取りー!』とか出来なかった。まあ、普通は出来ないよ、そんなもん。掌を怪我する。そもそも刀の刃を取るあれは、どっちかと言えば『無刀取り』だし、取るタイミングが悪ければこっちが頭をかち割られて死ぬ。そんな賭けみたいなことをするのはごめんだ。

「なっ?!」
「女だからって、甘く見るんじゃないわよ?」

 腹を押さえながらも何とか立ち上がった男は、よろよろしながらも懐からナイフを出して私に向かって来る。

「うわー、今度はナイフ? えげつないわねー」
『桜、複数の足音がする』
「あらら。味方だといいんだけどねー」
「何をぶつぶつ言っている?! 死ね!」
「はいそうですか、なんて、そう簡単に死んであげるわけには行かないでしょーが」

 男が繰り出すナイフと拳を避けながら、足元に落ちている剣や街道を見ると、三人の人影が見えた。だが、その姿はやけに大きい。

(三人かー。こいつの仲間だったらヤだな。いざとなったら、おじさんとカムイを連れてとんずらしようかなあ)

 何て考えながら男に軽く回し蹴りを浴びせると、男はハッとなって身体を後ろに反らした。

「なっ?!」
「うーん……暫く剣道ばっかやってから、勘が鈍ってるなー」
「てめえ!」

 運動不足だ、とぶつぶつ言いながらもう一度街道を見ると、人影の姿が完全に見えた。先頭には犬が走っており、その後ろを馬に乗った兵士らしき装備をした人達が乗っていた。大きいと思ったのは馬に乗っていたからで、その姿が兵士らしきものだとわかったなら、やる事は一つだ。

「あー、面倒」
「煩い! 死ね!」
「さっきから、死ね死ね煩い」

 繰り出されたナイフを避けた後、今度こそ確実に男に回し蹴りを決めて吹っ飛ばすと、地面に落ちていた剣の隙間に爪先を入れて蹴りあげる。落下地点を見極めてその剣の柄つかを握ると一気に男に詰め寄り、倒れている男が起き上がらないように踏みつけてから剣のきっさきを男の喉笛にピタリと寄せた。

「はい、形勢逆転ねー」
「なっ?!」
「ちょっとでも動いたら、殺すわよ?」

 ドスを利かせ、殺気を込めて男を脅すと男は顔を青ざめさせておとなしくなる。その間にこちらに向かって来た兵士らしき人達は最後のやり取りの一部始終を見ていたのか、「お見事」と言って剣を抜いてその鋒を男に向けた。それを見てから男が持っていた剣をその兵士に渡し、怪我をしているおじさんの元へと駆け寄ると、先頭を走っていた犬がおじさんの顔を舐めたりしながら、心配そうに鳴いていた。

《お父さん、死んじゃう。ボク、間に合わなかった?》
「あの人達を君が連れて来たの?」
《うん。何かあったら、「騎士か兵士を連れて来るんだよ」って、お父さんに教わったの!》
《お父さん? そなたの主人ではないのか?》
《確かにご主人様だけど、ボクにとってはお父さんでもあるんだ》

 カムイや犬が話しているのを耳にしながら、リュックから水と傷薬を出す。本当なら指輪を抜いて一気に傷を治したいところだが、ここにいるのはおじさんだけではないため、用心して中級の力を使うことにした。
 まず、おじさんに水を含ませてからその中に傷薬を三つ放り込む。それを飲むようにおじさんに言うと、おじさんは躊躇ったように目を泳がせた。

「大丈夫。今口に入れたのは、巫女様が作った傷薬だから」

 安心させるように笑顔で何を口に放り込んだのか教えると、おじさんはホッとしたような顔をして何とかそれを飲みこんでくれたので、今度は傷口を塞ぐ。

「【彼の者の傷を塞げ】」
「え……」

 傷口の上に手をあて、それをなぞるように往復すると傷が塞がって行く。それを傷がある部分全てにしていくと、何とか血は止まった。後ろで驚いたような声が上がったが、今は完全に無視する。

「ふう。これで少しはいいかな。後は、傷薬が効くのを待つだけね」
「巫女の力……?」
「まあ、ね。ただ、薬草がないから今はこれ以上の治療も出来ないし、力量もないから無理なの。ごめんなさい。後はゆっくり眠れる場所が……宿屋とかがあればいいんだけど……」
「ならば、我々に任せて頂けませんか?」

 私とおじさんの話に割り込むようにそう声をかけられて振り向く。傷を塞ぐのに夢中で、この人達の存在をすっかり忘れてたよ。

「あんたは?」
「紹介は後程。今はこの場所を離れましょう。それに、罪人も連れて行きたい」
「罪人?」
「ええ、あの男です」

 冷ややかな目をして顔を向けたのは、二人の兵士らしき人達に簀巻き状態に縛られた男の方だった。なるほどと頷いておじさんに肩を貸そうとすると、話しかけて来た兵士らしき人がおじさんを抱き起こし、おじさんのものであろう幌馬車に横たえてくれた。犬は心配そうに、おじさんの顔を見ていた。
 兵士らしき人はついでにおじさんに許可をもらったのか、簀巻きにされた男をおじさんの横に転がすも、男は逃げようとしているのか身体を捻りながらじたばたと暴れる。

「あー、もう! このオヤジ鬱陶しい!」
『ならば、我が。【眠れ】』
「おー! カムイ、流石ー!」

 カムイが暴れる男に近寄り男の顔を踏みつけるように前足を乗せて【眠れ】と言うと、男は急に静かになり、そのまま眠ってしまった。兵士らしき人達はそのことに唖然としていたが、それを横目に見つつも聖獣ってこんなことも出来るのかと、思わず拍手してしまった。

『誰かがこの男に向かって起きろと言うまで、この男は眠り続ける』
「そうなんだ、ありがとう、カムイ。あのー、この男に向かって誰かが起きろと言うまで、この男は眠り続けるって言ってる」
「そうか……すまん」

 カムイの言葉を伝えると、兵士らしき人は他の二人に色々指示を出して行く。一人は指示を受けて馬を走らせた。どうやら、死んでいる人のことで別の兵士を呼びに行ったようだった。
 幌馬車は指示をしていた人が、その人が乗っていた馬はもう一人の人が手綱を持って引くことになり、私はその人の横に座るように言われた。カムイはちゃっかり幌馬車の中に入っておじさんと罪人の男の間に座り込んでその躰を伏せたので、それに苦笑しつつも前を向いて、これから何処に連れて行かれるのかわからない不安を圧し殺しながら、走りだした幌馬車の前方を見つめた。


 ***


 それは、遠目でもわかる程俊敏な動きだった。まるで訓練と年月を重ねた熟練の兵士や騎士のようだった。滑らかな蹴りと、蹴りあげた剣を掴むその運動神経。自分の配下に欲しいと思うほどの男だった。
 我が国で賞金首となった者を捕らえられたこともフェンリルが側にいたことも驚いたが、男だと思っていた者は女性で、それも巫女の力を有していたことにはもっと驚いた。しかも、動物やフェンリルの言葉もわかるようだから尚更驚く。

 彼の人は言った。

『あの人を、わたくしのところへ連れてきてほしいのです』

 と。その特徴と、いるであろう場所を指定して。かくしてそこにいたのは、彼の人が告げた特徴を持つ女性だった。

 馬に話しかけている隣の女性を横目で見つつも罪人と怪我人を運びながら、この女性をどうやって彼の人の元へ連れて行こうかと頭を悩ませる。だが、正直に話せばついて来てくれる――そんな予感が、頭をかすめる。

(必ずや、貴女のお側へと連れて参ります)

 自分の剣を捧げ、護ると誓った、あの方の元へ。


 ――この時は、まさかあの方があんなことを言い出すとも、この女性が自分の運命を変えるとも思わずにいた。

しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

側妃契約は満了しました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約者である王太子から、別の女性を正妃にするから、側妃となって自分達の仕事をしろ。  そのような申し出を受け入れてから、五年の時が経ちました。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

本物の夫は愛人に夢中なので、影武者とだけ愛し合います

こじまき
恋愛
幼い頃から許嫁だった王太子ヴァレリアンと結婚した公爵令嬢ディアーヌ。しかしヴァレリアンは身分の低い男爵令嬢に夢中で、初夜をすっぽかしてしまう。代わりに寝室にいたのは、彼そっくりの影武者…生まれたときに存在を消された双子の弟ルイだった。 ※「小説家になろう」にも投稿しています

婚約者の幼馴染?それが何か?

仏白目
恋愛
タバサは学園で婚約者のリカルドと食堂で昼食をとっていた 「あ〜、リカルドここにいたの?もう、待っててっていったのにぃ〜」 目の前にいる私の事はガン無視である 「マリサ・・・これからはタバサと昼食は一緒にとるから、君は遠慮してくれないか?」 リカルドにそう言われたマリサは 「酷いわ!リカルド!私達あんなに愛し合っていたのに、私を捨てるの?」 ん?愛し合っていた?今聞き捨てならない言葉が・・・ 「マリサ!誤解を招くような言い方はやめてくれ!僕たちは幼馴染ってだけだろう?」 「そんな!リカルド酷い!」 マリサはテーブルに突っ伏してワアワア泣き出した、およそ貴族令嬢とは思えない姿を晒している  この騒ぎ自体 とんだ恥晒しだわ タバサは席を立ち 冷めた目でリカルドを見ると、「この事は父に相談します、お先に失礼しますわ」 「まってくれタバサ!誤解なんだ」 リカルドを置いて、タバサは席を立った

処理中です...