出戻り巫女の日常

饕餮

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ユースレス編

イールって何?

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 身体の痛さで目が覚めた。外を見るといつの間にか雨は上がっていて、濡れた木々が朝日を反射していて綺麗だった。伸びをして固まった筋肉を解す。

「痛たたた……」

 もう一度伸びをして辺りを見回すと、カムイがいなかった。

「あれ? カムイ?」

 キョロキョロ見回しても、カムイはいなかった。そのことに不安になるが、お腹が空いてしまったのでパン一個と干しラクスを一個取り出すとそれを食べた。食べ終わり、水を飲んだところでカムイが戻って来た。

「カムイ!」
「おはよう、桜」
「おはよう、カムイ。何処に行ってたの?」
「辺りを見て来た」

 耳を時々動かしながら伏せたカムイに、「お疲れ様」と言って躰を撫でた。

「お水いる?」
「いや、大丈夫だ。それよりも動けるか?」
「うん。出発するの?」
「ああ。もう少しで森から抜ける。そうすれば街道の分岐になる」
「え?! 嘘っ、早っ! もうそんなところにいるの?!」

 慌てて水をリュックにしまうと、リュックを背負ってから刀を腰に差す。そのままカムイの背中に跨ると、カムイは滑るように岩肌を降りて行った。地図持ってくれば良かったよと思いつつも昨日見た地図を思い出しながら、走るカムイに疑問に思った事を聞いてみる。

「カムイ、どうしてそんなに早く街道の分岐に出られるの? 途中で村とかあったはずだよね?」
「ああ……村は確かにあったな。ただ、街道はこの森を迂回するように作られておるから、森を真っ直ぐ抜けて来ただけだ。それに、街道沿いの村や街で薬など売ったら足取りを掴まれるし、目立つから街道を走る訳には行かぬ。桜は一人旅がしたいのだろう?」
「正確には、一人と一匹だけどね」

 正直、私はそこまで考えてなかった。だから、カムイのしてくれたことは凄く有難いし、嬉しい。

「私は旅が出来ればいいやとしか考えてなかったし、カムイがそこまで考えてくれてたなんて嬉しいよ。ありがとう」
「……いや」

 カムイは少しだけ照れているのか、或いは嬉しいのか走るスピードが少しだけ上がり、森の中を駆け抜けて行った。


 ***


「カムイ、少し休憩しよ?」

 分岐である街道をも抜け、暫く走ったカムイ。街道を抜けたのは焦ったが、カムイ曰く「地図には載ってない道がある」のだそうだ。カムイの背中に乗っていて疲れたのもあるし、カムイが喉が乾いているのではないかというのもあったから、休憩しようと言ったのだ。

「この先に水の匂いを感じる。そこで休もう」
「判った」

 暫く走ってから連れて来られたのは、二メートルの幅くらいの小川だった。小川とは言え一部はかなり深い場所があるようで、浅瀬と違って川底が見えない。浅瀬を上から覗くと水がかなり綺麗なのか、そこかしこに魚影が見える。

「見た目は綺麗な水だけど……」
「イールやトロータ、川シエがいるから、水を飲んでも大丈夫だ。特に川シエは、水が綺麗でないと棲みつかん」

 ほう、トロータがいるのか。
 トロータとは、地球でいうならニジマスの事だ。よく父がニジマス釣りに出掛けていたけど、ニジマス釣りに行った筈なのに、何故か持って帰ってくるのはヤマメとか鮎とはこれ如何に? な人だった。
 それはともかく、トロータはわかったがイールや川シエが何かわからない。だが、シエはわかる。シエとは、地球で言うならカニの事だ。「川シエって何?」とカムイに聞くと、一旦私を背中から下ろした後で水際まで連れて行かれ、足元の石をそっと持ち上げるように言われてそれを実行すると、そこには。

「うわぁ、沢ガニ! なるほど、だから川シエなのね!」

 体長三センチ程の大きさの、濃い赤色をしたカニがいた。確かに、サワガニは水が綺麗じゃないと棲息出来ない。

「ほう? 桜がいたところでは、川シエの事をサワガニと言うのか」
「そうだよ。こういった綺麗な川に棲んでるの。ただ、ここと違って沢と言えるような場所に棲んでるみたいだけどね。素揚げにしたり、お味噌汁……スープの具として食べるの!」
「そうか、そうやって食べるのだな」
「うん! それで、イールって何?」
「ふむ……捕まえるのは難しいが……やってみよう」
「難しいの? どうして?」
「イールの躰はぬるぬるしていてな。滑るのだ」

 水浴びついでに試してみようと言ったカムイは、音もさせずに水の中に入って行った。
 ニジマス食べたいなあと思いつつも、手元には魚籠びくや籠なんてないし、釣りをする道具もないから捕まえる事が出来ない。機会があったら道具を揃えてみようかなと考える。
 釣りの仕方を教えてくれたのは父だ。尤も、教わりはしたが私の釣りの腕前は結局初心者並みで、むしろ銛を使った方が捕れる。両親には『桜はどこぞのお笑い芸人か!』と良く笑われた。もちろん、ふざけて『捕ったどー!』と言っていたが。

 川シエを捕ってもよかったのだが持ち運ぶものもないし、巾着があるとは言え傷薬や解毒薬を濡らしたくはない。火を起こす道具も、ましてや調理器具もあるわけではないので捕獲は諦め、時折川シエをつついては川シエが動く様子を見て楽しんだり、小川に手を入れて冷たい水を掬ったり飲んだりして遊んでいた。

 リュックからカカウエテを出すと、カカウエテの外側の殻と内側の薄皮を向いて食べた。殻と薄皮は捨てずに、使っていない巾着に入れてとっておく。火を熾すさい、細い枝がない時の代用になるからだ。
 カカウエテを半分食べたところで、カムイが躰についた水滴をブルリと震わせて飛ばしてから、何かを咥わえて戻って来た。それを見ながらカカウエテをリュックにしまう。カムイが咥わえているのは、黒くて細長く、太さは五センチ程ある生き物だった。パッと見は蛇に見えるそれは、カムイの口から頭としっぽを出してくねくねとうねっていた。

「これがイールだ」

 カムイが口からイールを離す。体長は一メートルほどだ。
 おや、何か見た事ありますよ、コレ。私が小さい頃、近所のお祭りでコレの掴み取りをした記憶がある。

「…………イールって、鰻の事だったんだ」

 はい、どこをどう見ても鰻にしか見えなかった。特徴的な口とかしっぽとかヌメリとか。うう、食べたい。日本にいた時でも、こんなに太い天然物なんて見た事ない。是非とも食べたいが、道具もなければ捌き方を知らない私には、食べる事など出来ない。仕方なくイールの傷を癒してから川に戻し、ため息をついた。

「ごめんね、カムイ。捕ってきてくれてありがとう」
「逃がしたようだが……桜は食べぬのか?」
「食べたいのはやまやまだけど、捌き方を知らないのはもちろんのこと、今はナイフも火を起こす道具もないから無理。それはトロータや川シエにも言えることなんだけどね」

 苦笑しながら事情を説明すると、カムイは「そうだな」と言って伏せをすると目を瞑った。

「ごめんね、カムイ。疲れたよね」
「いや、疲れはない。だが……」

 桜と話していると楽しいのだ、と言ったカムイの声は何処か嬉しそうで。それを聞いた私も、何故か嬉しくて。それに首を傾げながらもカムイの躰を撫でながら色んな話をしていると、遠くから悲鳴のような、叫び声のような声が聞こえて来た。

「今の声、何?!」
「どうやら誰かが襲われているようだ。行ってみるか?」
「もちろん! 役に立つか判んないけど、助けなきゃ!」

 リュックを背負ってカムイに跨がると、カムイは立ち上がって走り出し、声のした方に向かって一気に走り始めた。


 ***


(くそっ! どうして俺はいつもこうなんだ!)

 人を見る目がないのか、或いは騙されやすいからなのか。自分の店の従業員はいいやつばかりなのに、何故か商品の買い出しに行く時に雇う護衛は、胡散臭いやつばかりだった。

 今回連れて来た従業員は見習いとして入って来たばかりで、何処か胡散臭さを感じてはいたものの結局雇い入れ、今回の旅に連れて来た。目的は巫女様や元巫女様が作る傷薬。だが、結局それを買いに行く途中で胡散臭い従業員と護衛に騙され、今や自分の命は風前の灯火である。途中で護衛と従業員が何やらもめ始め、結局従業員は殺されてしまったが。
 必死で逃げ惑い何とか応戦するも、手も足も至るところに傷がつき、血が流れて行く。既に力つきて地面に座りこみながらも、何とか逃げようとしたものの結局は捕まってしまった。

「残念だったなあ。あの店とテメエの妻は、オレがもらう」

 卑下た笑いを浮かべた護衛の男を見ながら、自分の店や妻のことを思い浮かべる。妻は、自分には勿体ないほど器量良しだ。もっといいところに嫁げた筈なのに、『貴方がいいのよ』と言ってしがない道具屋の自分のところに嫁いで来てくれた。子供は二人いるが二人とも商売の勉強に出ていて、今は店にいない。

 こんなところで死ぬのもこんな男に妻をとられるのも嫌だったが、どうにもならない。剣を振り上げて自分を殺そうとしている護衛が目に入り、恐ろしくて目を瞑った時だった。走る足音の後でドカッと言う音の後、トンと言う軽やかな音がしたかと思うと

「あんた、一体何やってんのよ! おじさん、大丈夫?!」

 と、声をかけられた。それは、少し低めの女性らしき声だった。恐る恐る目を開けると、そこにはスラリとした立ち姿に長い黒髪を頭頂部で結び、この大陸では見たことがない服を着て、細長く少しだけ湾曲した剣を腰に差した人物と見たことがない程大きなフェンリルがいた。

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