饕餮的短編集

饕餮

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コンビニスイーツが結んだ恋

勘違いと『初恋ショコラ』~その時彼は~ 中編

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 東京に帰って来て仕事が早く引けた、三日後の夜。迷惑メールの件でメンバー全員でリーダーの家に集まっていた。

「イツキ、早速だけど証拠になりそうなのって?」
「これ。探してた彼女がやっと見つかって、その彼女から携帯を借りて来たんだけど、スパムのサイト名見て?」

 隣にいたリーダーに渡して中身を見てもらうと、「よかったな」と言ったあとですぐに眉間に皺をよせる。メンバー全員からも「よかった」と言ってくれた。
 リーダーが皺を寄せたのは多分、あまりの量の多さにだと思う。それを一人一人見たところで、全員で頷いた。

「一部知らない名前があるが、他は全く同じサイトだな」
「だよねー? 僕の彼女に来てたメールも全く一緒のサイトだよ」
「オレのとこも一緒だ」

 他のメンバー全員が同じだと頷く。普通ならバラけているはずなのに、全く一緒のが複数あるのはおかしい。しかも全員。

「……なあ、誰か一人……俺一人だって言うなら、あの勘違いバカ女がリークしたかもって思うけど、メンバー全員っていうのっておかしくない?」
「だよね。どう考えたって、ボクたちはほとんどバカ女と面識ないから、あのバカ女じゃ無理だし」
「じゃあ、誰が?」
「誰がって、一人しかいないだろ?」
「あ……沢木サン、か?」
「他に誰がいんの?」

 沢木とは、俺達メンバーのマネージャーの名前だ。

「沢木サンが犯人だとして、いつ僕らのプライベートのケータイ触ったの? 僕ら、できるだけ仕事中も電源切ってポケットに入れっぱなしか、控え室のロッカーの一ヶ所に集めて鍵かけて、鍵はリーダーが持つ、って感じだよね?」
「そうだよな」

 うーん、と言いながらも、一人が何かを思い出したように顔を上げる。

「……なあ、オレ、思ったんだけどさ……もしかしてアレじゃね? 一回しか出てないやつ」
「ああ、六年近く前に出た水泳大会だろ? あれ以降、スケジュールが合わなくて出てないし」
「多分。時期的にぴったりだし、あれしか考えられないよな」
「だよな。あの時はロッカーに鍵がかかんなくて仕方なく沢木に預けたし、あれ以降アイツに預けたことは一度もないし」

 うんうん、と頷くメンバー全員。確かに、迷惑メールの話を聞いたのは、あれ以降だった気がする。

「あの時、リーダーの奥さんてアドレス変えたんだよね? その後はどう?」
「全く来てないわよ?」

 メンバーの一人がキッチンにいた女性に声をかけると、そんな言葉が帰って来た。女性は、リーダーの彼女だ。

「他の皆は?」
「ちょうど機種変の時だったし、ショップに事情を話して全取っ替えしたから」
「オレのところも同じだな」
「ボクのところも」

 と、全員頷く。リーダーの彼女は奥さんと言ってるけど、まだ結婚はしてない。
 尤も、かなり長く同棲はしてるからほとんど結婚してるようなもんだけどね。
 他のメンバーも、なんだかんだでこっそり彼女と同棲していたり、付き合っていたりする。もちろん全員が一般の人だ。

「ねえ……ちょっと実験してみない? 相当怒ってたから、多分、僕の彼女に言えば協力してくれるかも」
「なら、俺の奥さんにも協力してもらうかな。アイツもキレてたし。カエ、いいよな?」

 そう言ったリーダーに、いいよー、とキッチンからリーダーの彼女から声がする。リーダーの彼女は楓さんと言う。略してカエさん。
 個人的には、略さなくてもいい気がすると思ってる。

「あ、それと、イツキの彼女には、終わるまで内緒にしとけよ?」
「何で? 俺も協力してもらうよ?」
「おい、お前、このメールの数を見てそれを言ってるのか? この量、俺たちの彼女の比じゃねえぞ? 多分、あのバカ女も絡んでるとは思うんだけどさ、ちょっと異常だよ、これ」
「そうだよ。ケータイどころか、会社まで変えちゃったんでしょ? これさ、相当我慢したと思うよ?」
「そうだよな。イツキはあのバカ女に邪魔されて、ずっと彼女と連絡取れなかったんだろ? 最後の日付を見る限り、あのゴタゴタから二年以上たってるんだから、イツキからの連絡をずっと待ってたとしか思えないよ」

 そう言われて黙りこむ。彼女の言葉を思い出したから。

「やっと見つけたんだろ? 俺たちと違って会えなかったぶん、大事にしてやれよ。そんなわけだからさ、実験は俺たちに任せなって。そろそろ機種変の時期だし、携帯会社を変えようかって話をしてるところだから問題ないし。……絶対に、会社側に認めさせて、沢木サンアイツを首にしてもらうから」
「……そうだな」

 うんうん、と頷くメンバーたち。そう言ってくれたメンバーの心遣いが嬉しかったから、素直に甘えることにした。
 電話は、またマネージャーに邪魔されると困るから、移動中や休憩中はゲームしてるふりして、彼女に短いメールを送って。夜も、本当は電話したかったけどメールで我慢した。
 短くても、きちんと返事が帰って来るのが嬉しい。

 そうして実験を開始した、俺以外のメンバー。口実を作って沢木にプライベートのスマホを預けたら、翌日から迷惑メールが来だしたらしい。……分かりやすすぎて笑えるけど、彼女たちのことを考えたら、マジで殴りたい。

 話を聞いて協力してくれたメンバーの彼女たち――特に楓さんは俺たちの話を聞いていたからか相当頭に来てたらしく、「彼女の携帯見せて」と言われて俺が差し出した彼女の携帯の中身を見て、泣きそうな顔をしながらマジギレしてた。

 そうして掴んだ証拠を社長に提出すると、沢木は青ざめ、社長も幾分顔がひきつっていた。

「さて、沢木サン。あんたにプライベートのスマホを預けた途端、これだ。どういうことか説明してくれない?」

 俺以外のメンバーから出された、色とりどりの携帯やスマホ。その携帯からは、ひっきりなしに着信を告げる音が鳴り響き、一向に鳴り止まない。

「言っておくが、今までこういったサイトに登録した覚えはない。当然だろう? 俺たちは芸能人でアイドルなんだから、プライベートのナンバーやアドが流出するのを防がなきゃなんない。だから、こういったサイトには絶対に手は出さない。なのに、なんであんたに預けた途端こうなんだ? しかも、これらは俺たちのじゃない。俺たちの彼女のスマホだ」
「……っ」
「いくら腕がよくても、他人の携帯を勝手に触るようなマネージャーなんて信用できないよ、社長。だからさ、マネージャー代えてよ」
「あれ? 君たちもなの?」

 そう言って入って来たのは、同じ事務所の先輩の歌手であり俳優の立花だった。笑顔なんだけど、目が怒っている。立花の顔をみた社長の顔が、なぜか青ざめていた。

「社長、熱田あつたなんですが、マネージャーから下ろしてくれませんか?」
「ど、どうしてかな?」
「理由は彼らと一緒で、これ」

 立花がポケットから出したのは携帯だった。バイブにしてあったのか、バイブを切った途端に着信音が鳴り響く。

「……っ」
「これ、奥さんの携帯なんだけどさ。先週車にプライベートの携帯忘れたから熱田に取りに行ってもらってから、こうなんですよね。これってどういうことですかね? 言っておきますが、彼女は出会い系とかには登録してませんから。と言うか、僕がいるから登録する必要なんてないですけどね。こいつらの言い分じゃないですが、プライベートの携帯を勝手に触るマネージャーなんて信用できません」

 立花は結婚している。社長や事務所の人間は皆知ってるけど、事務所の人間は口が固いし、よっぽど上手くやってるのか、マスコミにはまだバレてない。

「ですよねー。しかもさ、今思い出したんだけど、契約書交わした時、プライベートには一切干渉しない、って話じゃなかったっけ?」
「言われてみればそうだよね。ちゃんと報告してくれれば、別に付き合っている人がいてもいい、みたいなことも言ってたし」
「五年間、きちんと仕事をすれば結婚してもいい、って社長も言ったよね? 僕たち既に八年もきちんと仕事してんのに、何で未だに許してくれないわけ? 立花さんとかはちゃんと許してんのに、なんでボクたちだけダメなわけ?」
「そんな契約は……」
「交わしてない、とは言わせないよ、社長。そのことはきちんと契約書に書いてあるんだからさ」
「明らかに、いろんな意味で契約違反だよね、社長。もちろん、マネージャーも」
「へえ、そうなんだ……。その辺のところは僕も是非聞きたいですね、社長」

 どうなんですかと言った立花は、顔は笑顔でも滅茶苦茶怒っている。もちろん俺たちも。

「しらばっくれるなら別にいいですよ? その分マスコミにリークして、裁判して、事務所辞めて、他に移るか新たに事務所を立ち上げるだけですから」
「立花さんが事務所立ち上げるなら、俺たちも一緒に行っていいですか?」
「もちろん。君たちなら大歓迎さ」

 青ざめる社長と沢木を他所に、俺達は和気藹々と辞めたあとのことを話す。

 立花は実力と人気がある歌手であり俳優で、俺たちのグループ以上に稼ぎ頭の人だ。それにすごく面倒見のいい人で、この事務所内でも彼を慕っている人間は多い。
 立花が抜けたら、他の稼ぎ頭も抜けかねないほどすごい人だ。
 それに思い当たったのか、社長が慌てて頭を下げた。

「……すまない。二人がそんなことをしてるなんて知らなかったんだ」

 そんな社長の謝罪に、立花の低くて冷たい声が響く。

「社長、知らなかったなんて言い訳が通用するとでも? 普通に考えて、誰かが指示しない限り二人が勝手にするわけないと思うんですよね。そうなると、思い当たるのは社長しかいませんよ。まさか、ご自分だけ責任逃れをするなんてことはしませんよね? 社長や沢木、熱田のせいでこの事務所を辞めたり他所に移った人間を、僕は何人も知ってるんですよ? 今からそいつらに召集かけますか? なんなら、僕の知り合いに圧力かけてもらってもいいんですが?」

 にっこり笑った立花は怒りのオーラ全開で。圧力というのはわからないけど、社長はそれを知ってるみたいだった。
 沢木はそんなことをしてたのか、とメンバー全員で顔を見合せて、呆れてしまった。


 結論を言えば、マネージャーだった二人はマネージャー自体を下ろされて事務員に降格のうえに、三年間の減俸。社長は退任しなかったものの、俺たちに限らず今度同じことをしたら会長に話したうえで三人がこの事務所を辞めること、マスコミにリークすること、俺たちのグループに結婚の許可と、俺たちのグループと立花に一人あたり一千万の迷惑料込みの慰謝料を支払うことを立花は約束させたうえで、言い逃れ出来ないように誓約書まで書かせた。
 もちろん、辞めた人たちにも五百万の迷惑料を支払わせた立花はすごいと思う。と言うか、怖い。

 後日、圧力って誰だろうね、なんてメンバー全員でこそこそ話をしていたら、それをたまたま通りかかって聞いていた立花曰く

「ああ、僕の奥さんのこと。僕の奥さん、この事務所の会長の血縁者なんだ。ちなみに、今回のことは全部話したから知ってるよ。今頃は会長にも話が行ってるんじゃない?」

 内緒だよと言った立花は、素晴らしい笑顔でそう言った。

 メンバー全員で、「立花さんだけは敵にまわしちゃいけない」認定をしつつも、きちんと仕事をこなす立花をますます尊敬したのだった。

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