饕餮的短編集

饕餮

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短編

鉄子だって恋をする

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 秋の色を醸し出し始めた、十月の終わり。駅のホームで次の電車が来るのを待っていると、いつもはこの時間にいない見知った顔があった。

「珠子ちゃんおはよう!」
「おー、中原の小父さん、おはようございまーす! 珍しいですね、どうしたんですか?」

 ピッ、ピッ、というICカードの機械音に紛れながら話をしている人は、同じ町の人で二軒隣の人。と言っても、二軒隣まで100メートルもある、山と畑しかないような田舎町だ。
 そんな中原の小父さんは、私に会うと自分の畑で作っている野菜をくれたりする。

「ちぃーっと腰やっちまってなぁ……」
「あらら。無理しないで下さいね? 彰子さんが心配してましたよ? てことで、気をつけて行ってらっしゃい!」

 おー、と言った小父さんは、いててと言いながらベンチに座ってから腰を撫でていた。町になったとは言え、大きな病院は市街地まで行かないとない。無理すんなよー、と内心で声をかけながら時計に目をやると、そろそろ電車が来る時間になっていた。駅構内にある電子案内板を見つつ、所定の位置について電車を待った。

 元々終点であり始発でもあるこの駅は、ICカードを読み込む機械が入るまでは、券売機があるだけの無人駅もどきだった。電車自体もディーゼルエンジンで走る単線だ。私が小さな頃は走ってる本数だって、一時間に一本、下手すると二時間に一本と昼間は少なかった。
 けれど、田舎に住みたい人達が都会から離れてこの集落に住み始め、村だった規模が今や町の規模となり、各駅にあった町も人口が増え、それに伴って電車の本数が増えたという稀有な路線でもあるし無人駅もどきも解消されたのだ。

 入って来た電車を見つつ、人の流れとドアの開閉を確認。始発である以上、運転士と車掌の交代もあるし出発までの時間も多少ある。それを待ってる間にやらなければならない事をしながら、辺りを目線だけで見回す。

(……いた!)

 お目当ての人がいた。一年前にうちのお隣さん――中原さんちとは逆方向――になった一家のお子さんのうちの一人で、名前をギルバート・フォード・前山さんと言う。御年三十二歳の独身。アメリカ人の父親と日本人の母親を持つハーフで、黒髪碧眼、身長180を軽く越えてる上に、整った顔と左目の下にある泣き黒子がちょっと色っぽい、小説に出て来るような王子様みたいな感じの男性。

 一家揃って引っ越しの挨拶に見えた時、彼に一目惚れしたんだったりする。

 と言っても私からアプローチしたりとかはしてない。何故なら、引っ越して来た翌日にプラチナブロンドでスタイル抜群の綺麗な女性と腕を組み、楽しそうに笑いながら歩いているのを見てしまったからだ。
 当時は儚い一目惚れだったなあ、なんて思って諦めたものの、二十七まで恋すらした事のない私の初恋は未だに心の隅で燻っている。だから今は、そっと彼を鑑賞するだけにとどめていた。もちろん、彼から話しかけられた時は話しますよ? なんてったって、お隣さんだしね。

 時計を見ると、そろそろ電車が出発する時間である。今日は話せなかったかと内心ガッカリしつつ、出発合図の音楽を流し、決められた手順をして動きだした電車を見送るとそっと息を吐いた。


 ***


 突然だが、我が家系には何故か、一代に一人以上は必ず電車好きな鉄道員ぽっぽやが出る。曾祖父曰く、日本に電車が走り始めた――路面電車含む――頃からだそうだから、筋金入りとも言える。かく言う私もその血が流れているせいか、母方の二つ上の従姉と一緒に鉄子と言われて育った。
 ラスト・ランと聞けばそれに乗るのは当たり前、当然の事ながら写真も当たり前。新車と聞けば見に行くし、それに乗れなかったりすると従姉と一緒に悔しがった。……さすがに『七つ星』には手が出せなかったけどね!
 鉄道会社も、路線は違うけど一緒で、制服はモスグリーンの三つボタンジャケットに袖には白いラインが二本入ってる。Yシャツは薄いグレーでタイはエンジ。スラックスもモスグリーンで帽子も同色、前面には会社のエンブレムが入っている。

 たまに会って色々話したりしてるけど、どうやら従姉は近々同僚と結婚するらしい。辞めるかどうかはまだ決めてないみたいだけど、本人は「妊娠するまでは辞めない」って言ってるから、どうなるかわからない。
 そんな話を聞いていると色々と羨ましくなるのは当然で、かと言って彼女がいる人にアタックかますほどの気概なんか全くないわけで。なんだかんだと気持ちをズルズルと引きずっていた中での、彼の観賞だった。


 ***


 今日も今日とて交代要員が来れば仕事も終わり。

「つっかれたー!」

 駅に誰もいないのを良いことに両手を組んで上に上げれば、肩とか背中がボキボキと鳴った。

「女にあるまじき音だな、おい」
「いいじゃないですか、叔父さん」
「叔父さん言うな! 駅長と呼べ!」
「はーい!」
「返事を伸ばすな!」

 煩いこと言わないでよー、とまで言ってしまえば、所謂二人の中でのお約束になる。
 父の五人兄弟の末っ子で駅長でもある叔父は、私なんか足元にも及ばない鉄道オタク。あっちへフラフラこっちへフラフラと、若い頃から全国の電車を乗り回したらしい。今でも当時の写真を自慢気に見せてくれる。

 それはともかく。引き継ぎやら何やらをお互いに確認しながら時間を待っていると、電車が来るアナウンスが入る。

「お、そろそろ時間だな」
「ですね。明日は休みなんで、お願いします」
「おう。お疲れ」
「お疲れ様でした」

 電車がホームに入って来る前に駅舎へと入り、私服に着替えて鞄を持ち上げて外へ出た途端に目に入ったのは、またもや例の彼と彼女でした。しかも、チューをする前なのかした後なのかはわからないけど、彼女さんは彼の首に両手を回し、お互いの額がごっつんこしてました。

 一瞬固まったけどすぐにドアを閉め、ゆっくり百を数えてドアを開けると、今度は誰もいなかったのでホッと息を吐いた。さすがにドアの前でイチャつくとかやめて欲しいよ、ホント。私の燻ってた思いがバラッバラの粉々になりましたよ。

「……叶うとは思ってなかったけどさ」

 駐輪場に向かいながら小さく溢す。
 一目惚れで次の日には玉砕して。
 話しているうちに惚れ直して、結局はまた玉砕して。
 しかも今度は修復出来ないとこまで粉々にされて。

「あーあ、どっかにイイ男落ちてないかなー」
「なら、僕でどうかな? タマコさん」
「へっ?!」

 イイ男ほど先に売れて行くんだよなー、なんて思いながら駐輪場から出て愚痴を溢したら、さっきは誰もいなかった場所に彼……ギルバートさんがいた。

「ギルバートさん?」
「だから、僕でどうかな?」
「は?! いやいやいや、何でそうなった! さっきの美人さんはどうしたんですか?!」

 まさか二股するような人だったのかと睨むと、彼はきょとんとした顔をした後で、何故か笑い出した。

「ちょっ、まっ、……っ! あははははは!」
「あ、あの……ギルバートさん?」
「ぶっ、いや、ごめん、ちょっと待っ……!」

 何がおかしいのか、彼はずっと笑いっぱなしで。やっと笑いが収まったのは五分後だった。

「いやあ、ごめんね。美人さんて言葉に笑っちゃったよ」
「はあ……」

 二人して自転車を押しながら彼の話を聞いた。
 あのプラチナブロンドの美人さんは日本人の友人で、劇団員なんだそうだ。女性の劇団員の数が少なくて、毎回の公演で女性役を必ず二人の俳優がやる事と、今回の女性役があのプラチナブロンドの人だと教えてくれた。

「……マ ジ か ! 女性にしか見えませんでしたよ?!」
「でしょう? 『一年ぶりにまた女性役になったから稽古に付き合ってくれ』と言われたので、それに付き合っていたんですが……まさかタマコさんに見られるとは思ってもみませんでした」
「あの……もしかして、一年前のも……」
「おや。あれも見られていたとは」

 恥ずかしいですね、と言ってたわりには、全然恥ずかしがってるように見えなかった。

「もしかして、タマコさん……それで僕を避けてました?」
「へ? 避けてなんか……」
「避けてたと言うより、遠巻きに見てたと言うか」

 おおう、バレてーら。

「だって、その……ギルバートさんカッコいいからきっと彼女……恋人くらいいるかなーって思ってたし」
「それで?」
「それで?! いや、えーっと、その、私じゃ相手すらしてくれな……っ! あわわ! なし! 今のなし!」

 冗談ですよ! と言ってもギルバートさんはニッコリ笑って私を見た。見たんだけど、なんだかその目がキラリと光ったような気がする。

「なら、僕でどうかな。……いえ、僕にしておきなさい」
「はい?!」
「おー、イエスを頂きました!」
「いやいやいやいや、その『はい』じゃないから!」
「聞こえません。と言いますか、『イエス』しか聞きません」

 おーぼーだー! と叫んだところで、ギルバートさんは聞く耳もたず。なんだかんだと言いくるめられ、付き合う事になりました。

「今からデートしましょう」

 と言ったギルバートさんと一緒にドライブデートした帰りにシティホテルで遅い食事をし、お酒を飲んだのが悪かったのかいつの間にとったのかホテルの部屋でガッツリと食べられました。

「タマコさん……タマ……好きです……愛しています……」

 時には日本語で、時には英語で愛を囁きながら私を食べる彼に心も体も陥落させられた私は、半年後に彼と結婚。

 今も彼の腕の中に収まり、どうしてこうなった、そして幸せだと言うことを考えているうちに、欲情したらしい彼に今日もガッツリ食べられましたとさ。

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