とある彼女の災難な日々

饕餮

文字の大きさ
上 下
6 / 8

六話目

しおりを挟む
「私の耳にもフランの噂は届いているよ。頑張っているようだね」
「そうかな? あたしなんて、パパに比べたらまだまだよ?」
「そうか? 単独で戦闘機に乗ったとも聞いたが? しかも、G訓練を『ジェットコースターだと思えば楽しい』とも。確かに私も戦闘機に乗りはしたが、G訓練を楽しいとは思わなかったぞ?」
「げっ……」

 食事をしながら基地内での話をふってくる父に苦笑したり、驚いたり。と言うか、同じ基地にいるとは思ってなかったし、ジェットコースター云々の話まで伝わってると思わなくて、内心で頭を抱える。

「それで? 今日の射撃は随分と荒れていたようだが、どうした?」
「うーん……それがよくわかんないのよね」

 そう言いつつも、食事をしながら自分の中にあるダニエルに対するモヤモヤを吐き出す。それを聞いた父は、溜息をついたあとで苦笑した。

「フランにも愛する人が出来たんだな」
「愛する人……?」
「ようく考えてごらん? それは嫉妬ではないのかな?」
「……あ!」

 父に指摘されて今までのことを思い出す。確かに嫉妬だ。ダニエルと同じ班になって早三ヶ月。気づかないうちに尊敬がいつの間にか愛情に変わっていたらしい。

「鈍いわよね、あたし」
「そうだな」
「こんなモヤモヤした気持ちで訓練したら、いつか大怪我したり仲間を巻き込みそうで怖いんだけど……」
「プライベートと訓練、または仕事ミッションを混同しなければ大丈夫なんじゃないかな」
「……パパも悩んだ?」
「もちろん。リリーが他の男と話してるだけで嫉妬も動揺もしたし、フランと同じように的を外しまくったさ」

 懐かしいなと言った父は、ワインを飲んでいるせいもあるのか、上機嫌だ。
 あたしの母である日本人のリリー……百合佳ゆりか・ラングレンは、父と日本で知り合ったらしい。母のことをリリーと呼ぶのは父だけで、母の名前が百合リリーから来ていると聞いてからは、ずっとリリーと呼んでいるそうだ。

 それはともかく、いつも射撃をしている時は冷静に見える父でも的を外していたことに驚いた。

「プライベートと分ける、か……」
「最初は難しいかも知れないが、気持ちの切り替えがうまく出来ないと、狙撃にも響く」
「……そうね」

 父の背中を追うと決めた以上、甘えは許されない。それ以上に、あたしが動揺して何かあって迷惑をかけでもしたら、あたし自身が後悔するし、あたし自身を許せない。

(メンタルを強くしよう……)

 いつからダニエルを好きになったのかはわからないし、今すぐには出来ないかもしれないけど、メンタルを鍛えよう。そして、仲間を……ダニエルを守れる狙撃手になろうと決めた。

 父と別れて基地にある自室に帰る頃はもう深夜近かった。父は明日から休暇らしく、暫く家に帰れなかったこともあって母とゆっくり過ごすらしい。あたしも明日は休暇だけど、やることはある。
 全てのことを済ませたら射撃訓練に行ってみようと決め、その日はシャワーを浴びてさっさとベッドへと潜りこんだ。


 ***


 射撃訓練場に来る前に、ダニエルが女性と楽しそうに話しているのを見かけた。あたしにはあんな顔をしないのに! とイライラしつつも、射撃をする前に目を瞑って深呼吸をする。そして、父も的を外したことを思い出しつつ銃を点検し、弾丸を込める。
 銃を打つ度にターン、と音がする。昨日的を外しまくったのが嘘のように、真ん中に集中することに驚いたものの、父に話したことで気持ちを切り替えられることが出来るようになったのかも知れないと、何となくそう思った。

「ふぅ……。相変わらず砲身が曲がってる銃があるのは何でなのかしらね」
「さあな。意地悪なんじゃないのか?」
「うぎゃぁぁぁっ!」
「うぎゃあって何だよ、うぎゃあって」

 突然かけられたその声に驚いて女らしからぬ悲鳴を上げると、呆れたような声を出された。その声に振り向けば、ダニエルが呆れた顔をしながら腕を組んで立っていた。

「ダニエル! 急に声をかけないでよ! まだ銃を持ってるんだから、危ないじゃないの!」
「……悪い」
「で? どうしたの?」
「……昨日、レストランで一緒にいたオッサンは誰だ?」

 何故か急に不機嫌な声でそう言ったダニエルに首を傾げつつ、その話をする。

「オッサン、て失礼な。確かにオッサンだけど、あの人はあたしの父……アイザック・ラングレン中将ヴァイス・アドミラルよ。名前くらい知ってるでしょ? 久しぶりに会ったから食事してたの。まさか同じ基地にいるとは思わなかったけど……って、ダニエル?」
「くっ……あははっ!」

 いきなり笑いだしたダニエルに、更に首を傾げる。

「失礼なやつね! 何よ、何か文句でもあるわけ? ああ、コネで海軍ネイビーに入ったと言いたいの? コネで入れるほど、甘くない世界だと思うけど。それとも父に似てないとか? 確かにあたしの顔は母似だけど、目と髪は父と同じアイスブルーとブルネットよ?」
「いや、すまん。俺の勘違いとバカさ加減に笑っただけだ」
「はあ?」

 本当に意味不明だ。ダニエルの言いたいことがさっぱりわからない。首を傾げていたら、いきなりダニエルに抱き締められて焦る。

「ちょっ、ダニエル?!」
「……フランチェスカ、好きだ」

 突然、何の前置きもなしにそう言ったダニエルに固まる。顔を見上げれば、真剣な顔をしたダニエルの目と絡み合う。

「え……」
「一目惚れだった。それに、お前と話すうちに、どんどん惚れていった」
「……その割にはあたしを女扱いしてなかったわよね?」
「同じ班にいる以上、公私混同するわけにはいかないだろうが。俺はそこまでバカじゃない」

 そう言ったダニエルの片腕が更に腰を引き寄せ、片手があたしの顎を捉える。

「ダニエル……」
「俺は、お前が好きだ。いや、愛している」
「うん……あたしもダニエルが好き……愛してる。だから、他の女と同じように女扱いされないことに嫉妬してた……ん……っ」

 ダニエルがあたしを愛してるなんてこれっぽっちも思ってなかったけど、素直になろうと決めて同じように愛してると言えば、ダニエルの顔が落ちて来てキスをする。

「ん……っ、んぅ……、ふ……っ」

 口腔を犯すように中を舐められ、角度を変えて何度もキスをするダニエルに、次第に身体の力が抜けて行く。ギュッとダニエルの迷彩服を握れば抱いていた腕の力が強まり、顎にあった手があたしの身体を撫でながら更にキスを深め、激しくなる。ダニエルの手が、唇と舌があたしの官能を引き出し、背中に甘い痺れが走る。
 キスが終わった頃には息も絶え絶えで、ダニエルに凭れかかって息をしていた。

「……フランチェスカが……フランが欲しい」

 あたしの耳を舐め、甘噛みしながらそう言ったダニエルに、キスによって引き出されたあたしの身体に更に甘い痺れが走る。

「あたしもダニエルが欲しい……抱いて……」
「ああ……たっぷりとな」

 もう一度軽くキスを落としたダニエルは、あたしの手を引いていこうとする。それを遮って銃やら道具やらを片付けると外出許可をとり、ダニエルの車で出かけた。
 着いた先は、車で三十分のところにある、ダニエルの家だった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

『 ゆりかご 』  ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。

設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。 最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。 古い作品ですが、有難いことです。😇       - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。            ・・・・・・・・・・ 💛イラストはAI生成画像自作  

処理中です...