とある彼女の災難な日々

饕餮

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六話目

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「私の耳にもフランの噂は届いているよ。頑張っているようだね」
「そうかな? あたしなんて、パパに比べたらまだまだよ?」
「そうか? 単独で戦闘機に乗ったとも聞いたが? しかも、G訓練を『ジェットコースターだと思えば楽しい』とも。確かに私も戦闘機に乗りはしたが、G訓練を楽しいとは思わなかったぞ?」
「げっ……」

 食事をしながら基地内での話をふってくる父に苦笑したり、驚いたり。と言うか、同じ基地にいるとは思ってなかったし、ジェットコースター云々の話まで伝わってると思わなくて、内心で頭を抱える。

「それで? 今日の射撃は随分と荒れていたようだが、どうした?」
「うーん……それがよくわかんないのよね」

 そう言いつつも、食事をしながら自分の中にあるダニエルに対するモヤモヤを吐き出す。それを聞いた父は、溜息をついたあとで苦笑した。

「フランにも愛する人が出来たんだな」
「愛する人……?」
「ようく考えてごらん? それは嫉妬ではないのかな?」
「……あ!」

 父に指摘されて今までのことを思い出す。確かに嫉妬だ。ダニエルと同じ班になって早三ヶ月。気づかないうちに尊敬がいつの間にか愛情に変わっていたらしい。

「鈍いわよね、あたし」
「そうだな」
「こんなモヤモヤした気持ちで訓練したら、いつか大怪我したり仲間を巻き込みそうで怖いんだけど……」
「プライベートと訓練、または仕事ミッションを混同しなければ大丈夫なんじゃないかな」
「……パパも悩んだ?」
「もちろん。リリーが他の男と話してるだけで嫉妬も動揺もしたし、フランと同じように的を外しまくったさ」

 懐かしいなと言った父は、ワインを飲んでいるせいもあるのか、上機嫌だ。
 あたしの母である日本人のリリー……百合佳ゆりか・ラングレンは、父と日本で知り合ったらしい。母のことをリリーと呼ぶのは父だけで、母の名前が百合リリーから来ていると聞いてからは、ずっとリリーと呼んでいるそうだ。

 それはともかく、いつも射撃をしている時は冷静に見える父でも的を外していたことに驚いた。

「プライベートと分ける、か……」
「最初は難しいかも知れないが、気持ちの切り替えがうまく出来ないと、狙撃にも響く」
「……そうね」

 父の背中を追うと決めた以上、甘えは許されない。それ以上に、あたしが動揺して何かあって迷惑をかけでもしたら、あたし自身が後悔するし、あたし自身を許せない。

(メンタルを強くしよう……)

 いつからダニエルを好きになったのかはわからないし、今すぐには出来ないかもしれないけど、メンタルを鍛えよう。そして、仲間を……ダニエルを守れる狙撃手になろうと決めた。

 父と別れて基地にある自室に帰る頃はもう深夜近かった。父は明日から休暇らしく、暫く家に帰れなかったこともあって母とゆっくり過ごすらしい。あたしも明日は休暇だけど、やることはある。
 全てのことを済ませたら射撃訓練に行ってみようと決め、その日はシャワーを浴びてさっさとベッドへと潜りこんだ。


 ***


 射撃訓練場に来る前に、ダニエルが女性と楽しそうに話しているのを見かけた。あたしにはあんな顔をしないのに! とイライラしつつも、射撃をする前に目を瞑って深呼吸をする。そして、父も的を外したことを思い出しつつ銃を点検し、弾丸を込める。
 銃を打つ度にターン、と音がする。昨日的を外しまくったのが嘘のように、真ん中に集中することに驚いたものの、父に話したことで気持ちを切り替えられることが出来るようになったのかも知れないと、何となくそう思った。

「ふぅ……。相変わらず砲身が曲がってる銃があるのは何でなのかしらね」
「さあな。意地悪なんじゃないのか?」
「うぎゃぁぁぁっ!」
「うぎゃあって何だよ、うぎゃあって」

 突然かけられたその声に驚いて女らしからぬ悲鳴を上げると、呆れたような声を出された。その声に振り向けば、ダニエルが呆れた顔をしながら腕を組んで立っていた。

「ダニエル! 急に声をかけないでよ! まだ銃を持ってるんだから、危ないじゃないの!」
「……悪い」
「で? どうしたの?」
「……昨日、レストランで一緒にいたオッサンは誰だ?」

 何故か急に不機嫌な声でそう言ったダニエルに首を傾げつつ、その話をする。

「オッサン、て失礼な。確かにオッサンだけど、あの人はあたしの父……アイザック・ラングレン中将ヴァイス・アドミラルよ。名前くらい知ってるでしょ? 久しぶりに会ったから食事してたの。まさか同じ基地にいるとは思わなかったけど……って、ダニエル?」
「くっ……あははっ!」

 いきなり笑いだしたダニエルに、更に首を傾げる。

「失礼なやつね! 何よ、何か文句でもあるわけ? ああ、コネで海軍ネイビーに入ったと言いたいの? コネで入れるほど、甘くない世界だと思うけど。それとも父に似てないとか? 確かにあたしの顔は母似だけど、目と髪は父と同じアイスブルーとブルネットよ?」
「いや、すまん。俺の勘違いとバカさ加減に笑っただけだ」
「はあ?」

 本当に意味不明だ。ダニエルの言いたいことがさっぱりわからない。首を傾げていたら、いきなりダニエルに抱き締められて焦る。

「ちょっ、ダニエル?!」
「……フランチェスカ、好きだ」

 突然、何の前置きもなしにそう言ったダニエルに固まる。顔を見上げれば、真剣な顔をしたダニエルの目と絡み合う。

「え……」
「一目惚れだった。それに、お前と話すうちに、どんどん惚れていった」
「……その割にはあたしを女扱いしてなかったわよね?」
「同じ班にいる以上、公私混同するわけにはいかないだろうが。俺はそこまでバカじゃない」

 そう言ったダニエルの片腕が更に腰を引き寄せ、片手があたしの顎を捉える。

「ダニエル……」
「俺は、お前が好きだ。いや、愛している」
「うん……あたしもダニエルが好き……愛してる。だから、他の女と同じように女扱いされないことに嫉妬してた……ん……っ」

 ダニエルがあたしを愛してるなんてこれっぽっちも思ってなかったけど、素直になろうと決めて同じように愛してると言えば、ダニエルの顔が落ちて来てキスをする。

「ん……っ、んぅ……、ふ……っ」

 口腔を犯すように中を舐められ、角度を変えて何度もキスをするダニエルに、次第に身体の力が抜けて行く。ギュッとダニエルの迷彩服を握れば抱いていた腕の力が強まり、顎にあった手があたしの身体を撫でながら更にキスを深め、激しくなる。ダニエルの手が、唇と舌があたしの官能を引き出し、背中に甘い痺れが走る。
 キスが終わった頃には息も絶え絶えで、ダニエルに凭れかかって息をしていた。

「……フランチェスカが……フランが欲しい」

 あたしの耳を舐め、甘噛みしながらそう言ったダニエルに、キスによって引き出されたあたしの身体に更に甘い痺れが走る。

「あたしもダニエルが欲しい……抱いて……」
「ああ……たっぷりとな」

 もう一度軽くキスを落としたダニエルは、あたしの手を引いていこうとする。それを遮って銃やら道具やらを片付けると外出許可をとり、ダニエルの車で出かけた。
 着いた先は、車で三十分のところにある、ダニエルの家だった。


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