とある彼女の災難な日々

饕餮

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五話目

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 ダニエルと同じ班になり、二週間がたったころ。日々の訓練はキツいけど、更にキツい訓練も中にはあるわけで。

「き゛も゛ち゛わ゛る゛い゛……」

 胃から競り上がるものがあって今にも吐きそうだけど、ここで吐くわけにはいかない。ふらつく足に力を入れて椅子に座ると、他の同じ班の連中と同じように座席に横に転がる。但し、床に転がってるヤツの中には気絶しているヤツもいるけど。

(確かにやってみたいとは思ったけどさ……)

 まさか本当にやるとはあたしも思ってなかった。
 それがさっきまでやっていたG訓練だった。正直、最初はジェットコースターみたいで楽しかったし面白かったけど、最後はキツかった。戦闘機には乗ってみたい気もするけど、後部座席タンデムの後ろに乗ってるほうがマシな気がする。……まあ、結局はどっちも変わらないか。

 ふう、と大きく息を吐いてからゆっくりと身体を起こす。多少まだふらついているけど、さっきみたいに目の前がいきなり真っ暗になる程じゃない。今度は伸びをしながら深呼吸をすれば目の前に水が差し出され、何となく見上げればダニエルが立っていた。

「ほら」
「ありがとう」
「何と言うか……すごいな、お前。よく気絶しなかったな。他の班の女たちは軒並み気絶したって聞いてるが」
「あ~……。自分でもびっくりしてるわ」

 苦笑しながら水を受けとると、それを一口飲んでから、気絶して床に転がっている男を冷ややかに見る。

「それよりも、散々あたしを馬鹿にしてたヤツが気絶してる方がびっくりよ」
「あー……」
「これで戦闘機乗りパイロットになりたいって? 言いたくはないけど、本当に適性があるかどうかも怪しいわ」
「それを決めるのは俺でもお前でもないがな。そう言うお前はどうなんだ? パイロットになりたいのか?」
「あたし? どんなに訓練がキツかろうと、どんなに馬鹿にされようと、あたしには狙撃手になりたいって目標があるもの。G訓練は受けてみたいと思ったことはあるけど、パイロットになりたいと思ったことは一度もないわね」

 それを聞いていたダニエルも、気絶してなかった同じ班の連中も、何故か顔が引き締まる。中には「目標……」と呟いてるヤツもいる。
 父の背中を追うと決めたあの日、父のような凄腕の狙撃手になるのは無理だとしても、父の名を貶めるようなことはしたくはないと思った。父はあたしの偉大な先輩であり、目標だから。

「まあ、お前の腕なら狙撃手になれるだろうが……ただ……」
「冷たいと言われようと、人殺しと言われようと、狙撃手になる以上、どんな罵りも甘んじて受け入れるわよ? そんな覚悟ならとっくにしてるし出来てるから」
「……そうか」

 ふと、あたしを馬鹿にしていた気絶していたヤツを見る。いつの間にか目が覚めていたのかしばらくあたしを睨むように見ていたけど、その表情が和らいで一気に引き締まる。

「何よ、何か文句あるの? イーサン」
「……いや。俺は何を見てた、何をしてたんだろうな、と反省してた」
「あっそ。パイロットになりたいなら、もっと頑張んなさいよ。あたしはG訓練、楽しかったわよ?」
「楽しい?! あれがか?!」
「ジェットコースターみたいで楽しかったわよ? ……最後はキツかったけど」

 そう言ったあたしに、ダニエルもイーサンも他の連中も、一瞬ポカーン、と口を開けたあとで豪快に笑い始めた。一体どこに笑いの要素があったのよ。

「た、確かに、ジェットコースターだと思えば、楽しいのかもな……」

 ヒイヒイ言いながら笑う奴らに憮然となりながらも、立ち上がろうとしたらダニエルが手を貸してくれた。その大きくてゴツゴツした手に、父の手を思い出す。

(パパと同じ、軍人の手だ……)

 その感触が懐かしくて、立ち上がった後もダニエルの手をじっくり観察したり触ったりしていると、「いい加減に離せ」と言われて我に返り、慌てて離す。

「ごめんなさい」
「いや。ほら、お前らもニヤニヤしてないで、次の訓練に行くぞ」

 はあ、と溜息をついたダニエルを申し訳なく思いつつ、皆のあとに続いて別の訓練に向かった。

 この日以降、イーサンから馬鹿にされることはなくなり、イーサンも「ジェットコースターだと思うと楽しいな」と言いながら嬉々としてG訓練をするようになり、パイロットとして頭角を現すようになるのはここだけの話。


 日々訓練をこなして、班の奴らとも仲良くなって、他の班よりも連携はバッチリだと上から評価されていると噂にもなった。普段の訓練に加え、いつの間にかあたしにもパイロットの操縦訓練が組み込まれたりしたから、その訓練も大変だったけど。
 イーサン程の腕はなかったけど、それでもそれに準ずるくらいの腕があったのか、パイロット訓練はダニエルやイーサンと組むことが多かった。
 その中で気付いたのは、ダニエルは人を良く見ているということだった。誰がどの分野が得意なのかとか、適性はどれかなのかとか。誰かが悩んでいれば、さりげなくアドバイスをしたり。
 ダニエル本人は気付かずにやってるみたいだけど、彼は広い視野を持っているのか、実地訓練では適材適所で指示を出していた。そういう意味では彼は司令官としての適性があるんだろうし、その視野の広さが外人部隊フランス帰りじゃないかという噂に拍車をかけている。

 そんなダニエルを尊敬するのは当然で、あたしたちの班は彼を中心に結束が高まる。ただ、それに伴って彼を遠巻きに見てた女性隊員からの熱い視線も増え、アタックをする女性隊員も増えたし実際に見たこともある。
 そのことにモヤモヤしたものが広がるものの、それが何なのかわからなかった。そして、彼女たちとあたしの扱いの差があることにもモヤモヤしていた。
 彼女達は女性として、あたしは仲間というか男として扱われているような気がして、それが何だか面白くないのだ。仲間として扱われるのは信頼されているようで嬉しい。ただ、訓練以外でも同じ扱いをされると悲しいしイライラする。

(あー、もう! 射撃してこよう!)

 射撃をしてる間は冷静になれる。そう思って的を狙うものの、イラついているせいか中心からブレる。

「どうした、フラン。だいぶ荒れているな」

 耳宛てを取って溜息をつくと、後ろから声をかけられた。びっくりして後ろを振り向けば、アイザック・ラングレン中将ヴァイス・アドミラル……父が立っていた。久しぶりに間近で見る父は海軍ネイビーの制服を着ている。胸にある階級章や勲章の多さに、幹部だと一発でわかる。

「ラングレン中将……」
「おいおい、久しぶりに会ったのにそれかい? 酷いな、私の娘マイドールは。プライベートで食事をしながら話でもようか」
「……うん!」

 待ち合わせ場所を決めて一旦別れると色々と片付けて着替え、待ち合わせをした場所へと向かう。
 待っていた父に声をかけ、一緒にジャズを生演奏しているレストランへと向かった。


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