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★勘違いにも程がある

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(私ったら何をやってるんだろう……)

 そう思いながら最近覚え始めた商店街の道を必死に走った。

 今日は病気で入院中の母のお見舞いに行って、何となく水饅頭が食べたくなって商店街を歩いている時だった。声をかけられてそっちを向けば、たまたまその人の会話が聞こえてしまった。
 良すぎる耳のせいで、あれほど父と兄に気を付けるように言われていたのに、油断してスイッチを切った途端に入って来た言葉だったから驚いて逃げてしまった。

(「狩りに行く」? 「俺たちがやっちゃっていい」? って、大型のモンスターを仲間と一緒に狩るゲームじゃなさそうだし……まさかヤクザとか殺し屋とか……?!)

 だとしたら、とんでもない話を聞いちゃったことになる。聞いていたのがバレたら殺されちゃう……そう思って必死に逃げたのだ。

 途中まで聞こえていた足音が聞こえなくなったからスピードを落とし、キョロキョロしながらビルの影で息を整えていたらいきなり声をかけられた。

「逃げんなって、お嬢さん」
「きゃあっ!」

 その聞き覚えのある声に肩を跳ね上げ、そのまままた走り出した。

(何で……どうして?! いつ近寄って来たの?! 足音とか気配とか全然しなかった!)

 先日上司と行った仕事関係のやつだってちゃんと音は拾えてたし、気配も何となく感じてたのに。やっぱりあの男は殺し屋かも知れないと思いながら、ひたすら走った。
 篠宮酒店で心配そうに声をかけられたから、「変な人に追われてるの」と言ってちょっとだけ休憩させてもらって出て来たら、殺し屋の男は足音を消して近付いてくるし、神神シェンシェン飯店の裏に行けば目の前にいるし、まだ入ったことはないけど居酒屋とうてつの横を通り過ぎようとしたらヌッと出てくるし、喫茶トムトムでも待ち伏せされたし。

(そろそろ体力的に限界……!)

 いくら特殊な場所で働いている国家公務員でも、訓練とかをしていなければ体力なんてつくわけないじゃない!

 そんなことを考えながら必死に隠れられそうな場所を探していたら、郵便物を取りに来たらしい男性に声をかけられ、話を聞けばJazz Bar 黒猫のマスターだった。

「俺の店は地下だし、誰か入ってくればすぐにわかるから、休憩がてらしばらく隠れているかい?」

 そう言ってくれたマスターにお礼を言って店に連れて行ってもらうとそこはジャズが流れる素敵なお店で、ニコニコと笑顔を浮かべたママらしき人と、同年代か少し下くらいの男性がいた。
 マスターから話を聞いた二人はドリンクと簡単な料理を用意してくれて、話好きらしいママとマスター、気遣うように時々ドリンクを変えてくれる男性にホッとした。
 母は病気で入院しているし、父と兄は仕事柄滅多に帰って来ないし、家では一人でいることのほうが多いから、他愛ない話ではあったけど三人とたくさん話ができて楽しかった。

 ゆっくりできたし、多分大丈夫だろうと黒猫をあとにして、油断しないようにキョロキョロしながら当初の目的のお菓子屋さんである櫻花庵に向かった。

「水饅頭をバラで十個いただけますか?」

 お店に入って目的の水饅頭を手に入れてほくほくしながら店の外に出る……前に、意識的に耳を閉じた。でないと疲れるし、仕事じゃない限りできるだけ閉じるようにしていたから。
 だから少し油断したんだと思う。いきなり手を掴まれて、ギ、ギ、ギ、と音がするんじゃないかって感じで横を見たら殺し屋の男がいて、ほくほくした気分が一気に飛んで青ざめた。

「捕まえた。どんだけ警戒心強いんだ? あんたはウサギか?」
「ひっ! あの、私……その、殺さないで!」

 ここじゃないところで絶対に殺される――そう思っていたら、なぜか呆れた感じの溜息をされた。

「はあ? 何言ってんだか……ほら、手をだせよ。落とし物だ」

 そのあとでそう言われた。
 落とし物とか言いながら、きっと指輪タイプの針でチクッと殺られるんだ……そんなことを考えながら恐る恐る手を出せば、軽くて細長いものが掌に乗せられるのと同時に、掴んでいた手も離れた。

(え……)

 細長いものをまじまじと見て広げてみれば、私の扇子だった。

「これ、私の扇子……」

 そう呟けば、頭上から苦笑が漏れて男の顔を見上げたら本当に苦笑していた。

「やっぱりな。汚れや傷はないか?」
「はい、大丈夫です」
「ならよかった。俺の目の前で落としたし、大事なものだと困るからと思って声をかけたんだが、あんたいきなり逃げるし」
「あ……ごめんなさい」

 うわー、どうしよう! 勘違いで逃げちゃったよ、私!
 恥ずかしさで頬が赤くなるのを感じていたら、手が伸びて来て頭を撫でられてしまった。父や兄とは違うゴツゴツとした手に何となく安心していたら、男は「じゃあな」と言って商店街のほうへと歩いて行ってしまった。
 それを呆然と見送って扇子を鞄にしまったあとでハタと気づく。

「やだ、私ったらお礼を言ってない!」

 慌てて追いかけて行ったけど、結局彼の後ろ姿すら見つけられなくて。お礼を言えなかったことが情けなく、二度と会わないんだろうなと思いながら家に帰ると、滅多に帰って来ない父がいてびっくりした。

「お帰り、暁里」
「ただいま。お父さんもお帰りなさい」
「ああ、ただいま。母さんの様子は?」

 持っていた水饅頭を冷蔵庫に入れて鞄を自室へと置くと、エプロンを身に付けて父と話しながらご飯を作り始める。でも、ご飯を食べている時もさっき勘違いした話は父には言わなかった。「俺の職場にくれば安全だ」とか言いそうだから。

 父に先にお風呂に入ってもらい、私がお風呂から上がって来て、目の前に広がる光景に固まる。冷蔵庫に入れておいたはずの水饅頭を、父が半分以上食べていたから。

「お、お父さん! それ、私の水饅頭!」
「旨いな、この水饅頭。どこのだ?」
「お風呂上がりに食べようと思ってたのにぃぃぃぃっ!」

 父と微妙に噛み合わない会話をしながら、父が水饅頭が大好きなことを忘れていた私はガックリと項垂れた。

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