神様夫婦のなんでも屋 ~その人生をリセットします~

饕餮

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8話目 ~宮司のアイスクリーム~

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「久しぶりに来たなあ……」

 小さい頃に来て以来、ずっとくることができなかった場所。それは、父の転勤によって引っ越しせざるを得ず、やむなくこの地を去って以来だから、かれこれ三十年になる。
 ぼっちというわけではないが、一人で遊ぶのが好きだった僕にとって、この神社はかっこうの遊び場だった。
 もちろん悪戯をするなんてことはなく、宮司さんにお願いして掃除を手伝ったこともある。
 そうすると、決まってアイスクリームを出してくれた宮司さん。
 とても美味しかったことを、覚えている。
 そのアイスクリームはどうやら手作りのようで、売られているものとは違う味を出していたっけ。
 そんな思い出の場所なのだ、この神社は。
 できれば転勤などしてほしくなかった。それは父も言っていて、「どうして俺が」とぼやいていたっけ。
 あの当事はよくわからなかったが、就職してしまえば父が言っていたことがなんとなく理解できた。
 きっと、父ではない誰かが行くはずだったのが、理不尽な要求で転勤せざるを得なかったんだろう。
 まあ、今さら言ったところで、過去は変えられないが。
 僕自身も、できれば宮司になってみたかったが、それは父が許してくれなかった。サラリーマンのほうが稼げるからと。
 稼ぐために宮司になりたかったわけじゃないし、あの時、もし母が同意してくれていたら、僕は祖父母と一緒にこの地に残ったのにと悔やまれる。
 どうせなら逆らってみてもよかったかもしれない。祖父母は、僕のことを応援してくれていたのだから。
 母は父の言うことを「はい」としか言わない、気弱な人だった。一歩下がって父をたてる。
 それを悪いとは言わないが、限度がある。なんでもかんでも父にならえの人だったから、僕としては不満があったのだ。
 一度くらい、僕の味方をしてくれても……という気持ちがあったが、今さら言ったところで、どうしようもない。

「おっと。そろそろ商談に行かないとな」

 ここへは商談で来た。
 前任者の尻拭いのためだが、本当に困ったやつだった。
 内心溜息をつき、商談先に向かう。
 嫌味をいわれ、罵倒され……。本来ならば、仕出かした者がやらなければならないことだ。
 だが、そいつは他にもやらかしていて社長からもお叱りを受け、今はそっちのほうに謝罪しに行っている。
 どうしようもない……と諦め、結局は僕が怒られる結果となった。
 まあ、担当者が「君に変わるのであれば」と、許してくれたが。
 前任者の内容は一旦破棄し、新たにプレゼンをする。その効果があったのか、しっかりと契約を結ぶことができた。
 そのことにホッとして、また神社に御参りにいく。
 きっと、この神社のご利益があったに違いないから。
 それくらい、僕はこの神社のご利益を信じていた。
 その帰り道。

 ――こんなところにわき道なんてあったか?

 翌日は同じ地域にある別の会社に商談に行くことになっていて、宿を取っていた。その宿に帰る途中で、細いわき道を発見する。

 ――自分が小さな頃はこんなところにわき道はなかったはずなのに……。

 とても不思議だったが、旅館に戻るにしてもまだ少し早いことから、その奥へと行ってみる。大きな屋敷と、縄暖簾が見えたからだ。
 もしかしたら自分がいない間に開発されて、新たにできた店かもしれないと、その縄暖簾に近づく。
 藁葺き屋根の、とても立派な屋敷だ。そして窓から見えたのはなんとも長閑で、猫が寝ている風景。
 神社にいる猫に似ていたからか、興味を惹かれて縄暖簾をくぐる。

「「いらっしゃいませ」」
「あの、一人なんですが」
「お好きなところに座っていただいて、構いません」

 午後も三時を過ぎ、客足が一回はけたんだろう。店内はガラガラだった。
 右を見れば駄菓子や野菜と果物、なぜか鍋なども売っている、不思議な空間。
 だが、コーヒーの香りが鼻腔を擽り、なんとも懐かしいというか、落ち着く。
 席があるほうへ目を向けると、窓から見えた三毛猫がいて、その近くには白猫と黒猫もいる。
 伸びをしたあとであくびをし、また窓際で寝る猫たち。その癒される光景に、気が緩む。
 すぐに黒髪の男が出てきて、水とおしぼり、メニューを出された。

「お決まりになりましたら、お呼びください」
「ありがとう」

 左目に傷があるのは残念だが、とても柔らかい雰囲気を持つ、イケメンな男だ。だが、どうにも懐かしい気がする。
 そして、カウンターの内側にある、ロッキングチェアに座っている女性はお腹が大きく、柔らかい笑みを浮かべながら編み物をしている。
 その小ささから、子どものためのものを編んでいるのだろう。
 髪は白髪で、彼女にも懐かしさを覚えた。
 そのことを不思議に思いつつ、メニューをめくる。
 様々な料理の他に、ケーキやアイス、パフェもある。飲み物も、コーヒーだけではなく紅茶や緑茶、ジュースもあって、どれにしようか迷う。
 料理は宿に帰れば食べられるからと、別のものを頼むことにし、デザートが並んでいるページを見る。
 その中で惹かれたのは、アイスクリーム。大人になってからは好んで食べるようなことはなくなったが、久しぶりに食べたいと思ったのだ。
 暦の上ではもう秋とはいえ、まだまだ暑く、残暑が厳しい。
 コーヒーフロートもアリだろうが、どうせなら別々に味わいたい。

「すみません。ホットコーヒーと、バニラアイスをください」
「かしこまりました」

 カウンターから声をかけると、すぐに準備をしてくれる男――マスター。サイフォンで淹れるらしく、すぐに準備にとりかかってくれる。

 ――いつも行っている喫茶店の親父よりも、手際がいい。

 そのことに感動する。それに、コーヒーの香りも、なんだか違うように感じる。
 コーヒーの香りなんてどれも同じだろうに……と思うものの、きっとそれぞれのマスターによって、豆に対する拘りがあるのだろう。
 コポコポと音がし、時間がゆっくりと流れる。スマホをいじる気にもなれず、サイフォンがら落ちる液体をずっと見ていた。
 そうこうするうちにコーヒーが落ちきり、アイスクリームと共に目の前に置かれる。

「お待たせいたしました。ごゆっくり」
「ありがとう」

 まずはブラックでコーヒーを啜る。うん、美味い!
 酸味も苦味も僕好みの味だ。そして仄かな甘みも感じる。きっと、水も拘っているのだろう。
 そしてアイスクリームを掬い、口に含む。

 ――これは……!

 そのアイスクリームの味は、宮司さんにもらった味と同じだった。見た目はどこにでも売っているバニラアイス。
 だが、ミルクの味がとても濃くて、優しい甘さのアイスだった。
 とても懐かしく、子どもの頃のように、つい夢中になって食べる。口の中が冷えるとコーヒーを含み、そしてまたアイスを食べる。
 その繰り返しだ。
 あっという間に食べきってしまい、なんとも寂しさを感じる。

 ――おかわりしようか、どうしようか。

 悩んだが、結局アイスとコーヒーをおかわりした。

「気に入っていただけたようで、嬉しいです」
「とても美味しくて。それに、懐かしい味がしたんです」
「あら。懐かしい味、ですか?」
「ええ。子どもの頃はこの地区に住んでいたんですが、父の転勤で引っ越してしまって。それまでは山の手のある神社のお手伝いをしたご褒美にと、宮司さんがアイスをくれたんです。その味と同じだったので、つい……」
「そうでしたか。実は、宮司さんにアイスの作り方を教えたのは、主人なんですよ」

 女性の言葉に衝撃を覚える。マスターが教えたのなら、懐かしいのも納得だ。

「そうなんですね! 懐かしいと思いました。宮司さんはお元気ですか?」
「ええ。お歳を召されて、後継者がいないと嘆いていますけれど、まだまだお元気でいらっしゃいますよ」
「後継者がいない……」

 やはり、反対を押し切ってでも宮司になればよかったと、今さらながら後悔する。
 どうやら僕は、仕事をすることに向いていない。どちらかといえば、クレーム対応要員になることが常なのだ。
 そんな仕事につきたかったわけじゃないが、これも仕事だとわりきっている。明日行く場所も、結局はクレーム対応で謝罪しに行くのだから。
 だが、宮司さんの話を聞いてしまうと、〝宮司になりたい〟という封印した情熱がムクムクと湧き上がってくる。

 もしも過去に戻れるのなら、父と縁を切ってでも、宮司になると決めたのに。
 そして、可能なのであれば、この地の神社を護りたい、宮司になりたかったのに。

 今さらなことを考えてしまってアイスクリームを食べる手が止まってしまうものの、五十をとうに過ぎ、妻子ある僕にはどうしようもない。
 内心で溜息をつき、アイスクリームとコーヒーを空にした。
 席を立ち、なんとなく駄菓子があるところに行ってみる。すると、端っこのほうに冷凍庫があり、そこにアイスクリームが並んでいた。

 ――宮司になることは叶わないが、せめてこの懐かしいアイスだけでも買っていこう。

 そう決めて、バニラとストロベリー、コーヒー味のアイスを三個ずつ買うことに。

 ――買い過ぎか? 今度はいつこれるかわからないし、これくらいはいいだろう。

 旅館の室内に冷蔵庫も冷凍庫も備え付けられていたから、どこかで保冷バッグと氷を買えば、単身赴任している自宅まで保つだろう。
 そう考えてレジに持っていく。

「たくさん買われるんですね。ありがとうございます」
「とても気に入りましたから。それに、いつこれるかわかりませんし。大事に食べさせていただきます」
「でしたら、保冷バッグにドライアイスを入れておきますね」
「わざわざすみません」

 女性が自分の近くにあった青いバッグを手に取り、マスターに渡す。それを手にしたマスターは、アイスと一緒にドライアイスを入れてくれた。
 家に戻るまでには溶けてしまうが、旅館に着くまでは充分だ。
 おまけですよと、チョコレート味のアイスもくれたのには驚いた。

「きっと、いいことがありますよ。信念があるならぜひ貫いて、くださいね」
「……はい」

 よくわからないことを言うマスターだなあと首を傾げるも、アイスがなくなったらまたこようと胸に刻む。
 そして支払いをすませ、外に出た。
 もうじき十月も半ばになろうというのに、こうも残暑が厳しいと、年とった体に堪える。
 子どもの頃は、今よりももっと気温が低かったというのに。

 ――できれば一ヵ月後、もしくは正月休みにまた来たい。

 そう決意を新たに振り返ると、そこにあったはずの大きな屋敷は見る影もなく、鬱蒼と茂った木々があるだけだった。

「え……? そんな、確かにアイスも買って……」

 自分の手を見れば、確かに青い保冷バッグがある。ファスナーを開けてみれば、ドライアイスといろんな味のアイスがきちんと入っている。
 狐につままれたような気がする。が、今にして思えば、店内は神社の雰囲気と同じだったのだと、気づく。

 ――きっと、神様が激励してくれたんだ。

 そう思うことにして、旅館に戻るべく歩き始める。
 だが、一歩歩くごとに何かが変わってゆく。
 足取りがどんどん軽くなり、視界が低くなっていく。
 そのことに混乱しているうちに、大通りに出てしまった。

「ここにいたのか。アイスは買えたか?」
「え? う、うん。たくさん買ったからって、おまけもくれたんだ!」

 声をかけられたのは、若かりし頃の父。それと同時に、ことを思い出す。
 僕はまだで、昨日神社のお手伝いをしてきたばかりだ。ずっと家にいた母も、僕が中学に入ると同時にパートに出て働いている。
 今までそんなことをしたことなんてなかったのに――というどこか別の記憶も蘇るが、それは夢だったとわかる。
 母は活発で、なんでもはいはい言う人ではない。

 父と歩きながら、自宅に戻る。そしてアイスを冷凍庫に入れ、夜のおやつにしようと決めた。

 その一年後。

「転勤するかもしれん」
「あら。だったらお一人でどうぞ」
「なに? ついてきてはくれんのか?」
「あたしも仕事をしているのよ? それに、この子を一人にできないじゃない」
「僕も転校なんかしたくない。転勤が嫌ならちゃんと言うか、誰かの代わりに行くとかなら、本人に行かせればいいだろ?」
「そうね。家で愚痴を言っているくらいなら、上司に報告すればいいじゃない。報連相って言葉はそのためにあるんじゃないの?」
「……」

 母の言葉に、父は黙り込む。
 母によると、会社ではおとなしいという父。
 その転勤も、別の人間がミスして飛ばされることになったのに、本人がごねていて、何も言わない父にお鉢が回ってきそうという、家ではえばり散らしている父からは想像もできない話だった。
 内弁慶、外地藏だなんて、いまどき流行らない。

「……わかった。明日、きちんと報告しよう。それでも転勤になった場合は、」
「「一人で行ってね」」
「……」
「家賃が勿体ないなら、お義父さんに相談して、一緒に住んでもいいし」
「足が悪いから、買い物してくれるだけでも助かるって言ってたよ、ばあちゃんが」

 先日祖父母のところに遊びに行った時、祖母に言われたことを話す。

「あらまあ。お義母さんったら、もっと早く言ってくれてもいいのに」
「迷惑かけたくないって言ってた」
「そんなこと思ってないわ。お義兄さん二人がどうしようもないんだもの、お父さんがしっかりしないとダメじゃない」
「そ、そうだな。もし転勤がなかったとしても、親父たちと一緒に住んでくれるか?」
「もちろんよ!」
「俺もいいよ!」

 まさかいいと言われるとは思っていなかったのか、父は呆気にとられた顔をしたあと、破顔した。

 そして次の日の夜。

「きちんと話をした結果、転勤はなくなったよ。本人が行くことになった」
「あら、よかったじゃない! じゃあ、今度はお義父さんたちに話をしないとね」
「ああ。今から電話する」

 ほくほく顔で仕事から帰ってきた父は、転勤がなくなったと喜んでいる。そして母がご飯の支度をしている間に祖父に電話し、一緒に住むことになった。

 ――過去と違う。

 ふと、そんなことを思ったが、気のせいだ。

 それから三年が過ぎ、高校に入ると神社でバイトをするようになった。
 境内の掃除とお守りなどの売り子が主だが、それがきっかけで宮司か神職になりたいと、強く思うようになる。
 どこの大学にいけばいいなどを調べ、自分の学力にみあった大学を探す。
 幸運にも自分の学力でも行ける大学がいくつかあり、進路先をその方向に変更することに。
 だが、まずは親を説得しなければならない。

「「いいんじゃない?」」
「呆気なく許可が降りた!?」
「だって、小さなころからずっと神社に通ってお手伝いしていたじゃないの」
「ああ。だから、宮司か神職になりたいのかと、母さんと話していたんだ」
「……」

 僕の行動がバレているとは思わなかった。だが、両親の気持ちは嬉しい。
 ただし、三年間成績を落とすなという条件が言い渡されたため、必死になって勉強し、成績を落とすことなく希望の大学に入る。
 詳しいことは省くが、数年後には無事に神職になった。位を上げるのは大変だったが、それはどうしても自分が神社に関わりたいという強い思いが勝った結果だ。
 念願叶い、配属された先は、実家がある神社。
 修業したところは別の神社だったが、それもいい経験になった。

 そんなある日、教わっている先任者が腰を悪くし、彼の代わりに境内を掃除している時だった。

「あら、新しい人かしら」
「はい。よろしくお願いします」
「ふふ、よろしくね」

 真っ白い髪に帽子をかぶり、赤い目をした女性。残暑が厳しいというのに、長袖を着ている。
 たぶんアルビノなんだろう。
 お腹が大きいことから、妊婦だと察する。

「お待たせ。おや、新しい人が来たんだね。この神社も安泰だね」
「そうね。あ、わたしの主人なの。アイスクリーム、食べる?」
「俺が作っているんです」
「ありがとうございます。神様に先に奉納したあとで、いただきます」

 旦那さんは、左目に傷がある男性だ。かなりのイケメンなのに勿体ない。

 ――おや? 以前もそんなことを考えたような……。

 きっと気のせいだと思い、二人を眺める。そして感じる、見事な既視感デジャヴュ

「願いが叶ってよかったわね」
「え……?」
「それじゃあ。いこうか」
「ええ。店に来てくださいね」

 僕の返事を待つことなく、二人は境内から出ていく。
 彼らの店ってどこだ? それに願いとは?
 そう考えた時、小さい頃に見た夢を思い出した。狭い路地の先にある店に行って、コーヒーとアイスクリームを食べ、買って帰った夢。
 二人に出会った夢。

 ――いや、あれはきっと、夢じゃない。

 神様が……あの二人がきっと、やり直す機会をくれたのだ。

 見えなくなるまで彼らを見送り、心の中で手を合わせる。
 時間ができたら、彼らの店に行ってみようと決め、アイスが溶ける前に神前にお供えし、食べたのだった。

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