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5話目 ~やり直せるとは限らない~
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あたしの人生はつまらないものだ。
親の仲は悪くはないけれど、あたしに構ってくれない。そのくせ、外に出ると世間体を気にして私と仲がいいふりをしてくるから、余計にムカつく。
それに、あたしの思い通りに動かない双子の弟妹たち。そのくせ、こっちに甘えるものだから性質が悪い。
中学から私立に入れだの、高校はここだの、あたしの人生なのにレールを敷き、コントロールしようとする。
あたしはそれが嫌だった。
けれど自分の将来を考えたとき、それでもいいかも――と思っていた。実際に中学からエスカレーターで大学までいき、贔屓にしている関連企業に就職するにも有利だったわけだし。
そこは親に感謝しているが、それを弟妹たちにも押し付け、彼らが受験に失敗すると、そこでも世間体を気にして引っ越したのだ。
馬鹿馬鹿しい。だったら有名私立中学校を受験させただなんて、自慢するようなことを言わなきゃいいのに、と呆れた。
常に両親に対しても弟妹に対しても、面白くないという感情が渦巻いていた。
それは就職してからも同じで、あたしは一生懸命仕事をしているというのに、認めてもらえなかった。
あとになって思えば、随分と傲慢な態度だったと思い至る。
就職して三年がたったある日、あたしにも彼氏ができた。素敵な人で、とても大事にしてくれた。
最初は嬉しくて小さな我儘を言ったりしていたけど、いつの間にかそれが当たり前になってしまい、彼氏もそれが苦痛になったようで、結局別れてしまった。
原因は、私の態度。
その後すぐに別の人と付き合い始めた元彼は、その一年後にその子と結婚した。
「あたしのなにがダメだったの? 彼女だって我儘を言っているじゃない!」
「君とは我儘の質が違う。それに君は、自分が一番じゃないと気がすまないじゃないか」
ある日、元彼に聞いてみると、そんな答えが返ってきた。
「男を愛している自分に酔っていて、俺自身を愛していたわけじゃないだろう」
「え……」
そんなことを言われて驚いた。まさか、そんなふうに思われているとは思っていなかったのだから。
確かにあたしは、元彼のことを愛していた。――愛していたはずだ。
けれど、別れる時は一滴の涙どころか胸も痛まなかったし、常に自分が一番じゃないと嫌だと気づいた時には、その傲慢な性格を変えることは難しくなっていた。
もし、もっと素直になれていたら、あたしは元彼と結婚していたのだろうか。
もし、親に対してもきちんと話を聞いていたら、いい性格になれたのだろうか。
よくよく考えると、結局は私が親の話を聞いていなかったから親から見放されたし、構ってもらえなかった。
構ってほしい時は、常にどちらも忙しい時。双子にしても同様で、常に自分が一番じゃないと嫌だった。
姉なんだし、あんたたちはあとから来たんだから、あたしが優先されるべき! と考えて。
そんな態度では、誰も見てくれない。大事にしてくれない。
そう思い至った時には遅すぎて、恋人ができても自分を優先してという態度のせいで、別れ話ばかりになってしまった。
三十もとうに過ぎ、今年で三十七になる。
そこで潔く諦めればいいものを、諦めることなく婚活ができるサイトに登録をして、失敗ばかり繰り返す。
職員にすら、「ここまで失敗続きの方は珍しいです」とまで言われる始末。それでも相手を探してくれる職員に感謝することなく、それが当然だと思っていた。
職員や周囲の態度に内心でイラつきながらも仕事きちんとこなし、溜まっていた有給休暇を消化するために休みを取り、旅行ついでにショッピングにでかけた。
そんな時、素敵な男性を二人見たの。
一人は綺麗な黒髪を首の後ろで縛り、もう一人はとても珍しい銀髪。
うしろ姿だから容姿はわからなかったけれど、ふとした瞬間に見た彼らの顔は素敵だった。
二人とも顔が整っていて、黒髪の男性は左目のところに傷があるのが残念。だけど、青い目が黒髪にとても似合っている。
そして銀髪の人は中性的で、赤い目だ。
どっちもカッコいい。
――彼らを……できれば銀髪の人を恋人にしたい!
そう決めて、どうやってお近づきになろうかと必死に考えるものの、彼らは話に夢中になっているのか、あたしのほうを見向きもしなかった。
それがとても悔しくて、だけど声をかけることもできなくて、イライラしながら彼らのあとをつける。
すると、二人はとある場所に入っていく。
「え……産婦人科……? どうして……」
どっちも男にしか見えなかったのに!
産婦人科に入っていったことに混乱しつつ、用もないのに中に入るわけにはいかないからと周囲を見回す。
すると、産婦人科の出入口が見える喫茶店を見つけたので、そこで軽食とコーヒーを飲みつつスマホを弄り、彼らが出てくるのを待った。
そして待つこと二時間。彼らが出てきたのを見たけれど……。
「あの人、女、なんだ……」
その事実に、世界が壊れるような気がした。銀髪の人のお腹が大きく、黒髪の男が愛おしそうにそのお腹を撫でていた。
――いやいや、妊娠しているとは限らないじゃない! 単に太ってるだけかもしれないし!
明らかに産婦人科から出てきたというのに、あたしはその存在を綺麗さっぱり忘れ去り、自分の都合のいい部分しか見なかった。
それが最初に運命の分かれ道だと知らずに。
彼らが出てきたのを見て喫茶店をあとにし、せめてオトモダチになりたいと気合いを入れて近寄ろうとしたけれど、なぜかうまくいかない。
しかも、話しかけようとすると誰かにぶつかってしまって、謝罪したりされたりするのだ。
若干イラつきつつ、そして周囲の店を見ながら、なんとかあとをつけていく。
そのまま引き返せばよかったものを、結局最後まであとをつけ、途中で見失ってしまった。
――そんな……こんな一本道で見失うなんて!
慌てて彼らが歩いていった方向へと足を向けるものの、どこに行ってしまったのかわからない。結局見失ってしまい、肩を落とした。
――あたし、いったい何をしているのかしら。
躍起になって男を追いかけるなんて、ストーカーみたいだと思ったら恥ずかしくなり、立ち止まると、溜息をつく。
ふと右を見れば、細い路地が目に入った。
さっきまでなかったような気がしていたが、きっと気のせいだと思って奥を見ると、繩暖簾が風に揺れているのが見える。
喉も乾いたし、コーヒーかジュースくらいあるだろうと思い、その場所へと歩いていく。目の前にくると、藁葺き屋根でとても古い家というのがわかった。
あたしはそのレトロ感をダサいとしか思えず、こんなことろで飲み物なんて出るのだろうかと疑問に思う。
けれど、結局は喉の乾きと、歩いたことでお腹がすいたのか、中から漂ってくる美味しそうな匂いに、お腹が小さく鳴ってしまった。
仕方ないと意を決して扉を開け、中に入る。カランカランと鳴るカウベルの音が、なんともダサい。
「「いらっしゃいませ」」
喫茶店のような豊潤な香りとともに、声がかけられる。
店内は雑貨や駄菓子、その反対側にはテーブル席とカウンターが見える。
そして声をかけてくれた人たちの顔を見れば、さっきまで自分が追いかけていた人が。
――ラッキー! これで、お近づきになれるかも!
そんなことを考えていたのだ、あたしは。彼らの目が笑っていないことにも気づかずに。
「こちらがメニューになります。お決まりになりましたら、お呼びください」
水とおしぼり、メニューを置いた黒髪の男性は、あたしが話しかける前にさっさと側を離れてしまう。
――もっと聞いていたいくらいのいい声なのに……残念。
メニューを開いて、中を見てみる。ちょうどランチの時間でもあるのか、ランチメニューもあった。
ランチは日替わりのようで、今日は煮込みハンバーグになっている。セットとしてご飯かパンが選択できて、他にグリーンサラダとコンソメスープ、飲み物がついてくるみたい。
飲み物はコーヒーと紅茶、ジュースが選べるようになっている。
他にもいろいろあったけれど特に惹かれるものはなく、ハンバーグも最近食べていないことを思い出し、ランチを頼んだ。
待っている間に店内を見たけれど、猫が三匹いるだけで、他にお客さんはいない。
――流行っていないのかしら……。
そんな失礼なことを考えていると、カランとカウベルの音がする。
「こんにちは! マスター、三人なんだけど、空いてる?」
「ええ、空いていますよ」
「よかったー!」
「私が案内するわ」
「いいって。奥さんは身重じゃないの」
「そうそう。いつもの席に座るから」
定連なのだろう。同年代くらいの三人の男女が入ってきて、カウンターに座る。そして銀髪の人に対して言った〝奥さん〟という言葉に、現実が押し寄せてくる。
――やっぱり女性なんだ、あの銀髪の人。
そう思うと、胸が軋む。
スマホを弄っていても三人の会話が聞こえてきて、どうしても女性なのだという現実を突きつけられた。
いつ生まれるかとか、性別はどっちだとか。黒髪の男性も、あたしに話していたときよりも、明らかに言葉が優しい。
それがとても悔しかった。
そうこうするうちに煮込みハンバーグとセットメニューが運ばれてくる。
「ごゆっくりどうぞ」
やっぱりあの三人とは声が違うと感じて、俯いてしまう。悔しいと思いつつもナイフでハンバーグを切り、一口食べる。すると、その味は母が作ってくれた味と同じだった。
しかも、ケチャップとデミグラスソースを足したような味の煮込みハンバーグ。
「そっか……。あたし、両親に認められたかったんだ……」
ずっと三人で仲良く過ごしていたことを思い出す。それが壊れたのは、父が双子を連れてきてからだ。
双子は父が浮気してできた子で、母親が事故で亡くなったとかで連れてきたんだと、今になって思い出す。
それはあたしが十歳になった頃で、双子は二歳くらいだった。
毎晩母親を探して泣く双子。それを気にして、両親が双子に構った。
最初は冷たくしていた母だったけれど、いつしか絆されたのか、二人を構うようになったのだ。
実の娘のあたしをほったらかしにして。
それが悔しかったし、あたしを見てほしかった。
それを思い出して、後悔してしまった――自分では手伝うことすらせず、我儘ばかり言って両親を困らせていたことを。
それは今も変わらないと思うと同時に、恥ずかしさと情けなさで、涙が出そうになる。
――こんな性格を変えたい。だけど、今から変えられるかしら?
できれば小さな頃からやり直したいと思うものの、今さらだ。
すべて食べきり、席を立つ。駄菓子を買って行こうかと思ったけれど、結局やめて、会計をする。
「たぶん大丈夫だと思いますよ。貴女がきちんと反省すれば」
「は? 何言ってんの? 頭おかしいんじゃない?」
お腹だけじゃなく胸が膨らんでいたことで、はっきりと女性だとわかってしまった銀髪の人。
きちんと現実を受け止めなかったせいで、悔しい思いをしたことが思い出されて、ついキツイことを言ってしまった。
これが、最後の審判だと知らずに。
そんなあたしの言動に、黒髪の男も、定連の三人も、あたしを睨んでいる。
そして「性格の悪さが顔に出てるもんな、あのオバサン」と言われてしまい、それがとても嫌でそそくさとお金を払い、外に出る。外は暑かったことを思い出し、涼みながら駄菓子を物色しようと振り返って見れば、そこには鬱蒼と茂った森しかなかった。
「え……どうして……」
さっきまでダサくて古めかしい屋敷と店内があったはずなのに、そこにはもう何もなかった。
それに首を捻りつつ、元来た道を戻る。だけど不思議な感覚というか、なぜか若返っているような気がして、周囲を見る。
すると、視界が低くなっていることに驚く。
――やり直せるの……?
もしもそうなら、やり直したい!
そう強く願って、きっとやり直せると思って。
大きな通りに出ると両親と双子がいて、「「お姉ちゃん、探したよ!」」と双子に言われた。そこで素直にごめんなさいと言えばいいものを、結局はそれが言えず、悪態をついてしまった。
途端に、パリン! と音がして、世界が変わる。そしてあたしも元の姿に戻ってしまった――ついさっきまで、大人だった自分に。
「ど、どうして……! やり直せるんじゃなかったの!」
『それは、変なプライドを持って対応したお前が反省しなかったからだ』
「え……」
傷があった男の声が聞こえてそっちを見たけれど、そこには誰もいない。
『せっかく妻が温情をかけたというのに、お前はそれを無碍にした。馬鹿にした。その報いを受けるがいい』
「え……?」
『二度とこの地に来るな』
その言葉と同時に一陣の風が吹く。あまりにも強い風で目を瞑ってやり過ごし、風が止んだ時点で目を開けるとそこは自宅で、パジャマを着てスマホを見ていたのだ。
「ああ、なんだ……夢だったのかあ……」
カッコいい人の夢を見たと思ったけれど、それすらも思い出した側から忘れていく。
「せっかく有給が取れたんだし、温泉でも行こうかしら」
できれば神社にも行きたいわねぇ……なんて思いながらスマホを弄り、いい場所を発見する。
――ここにしよう!
湖が見える温泉宿。だけど、そこに行ったらいけないような気がして、同じような風景の場所を探す。
「今度こそ宿に泊まって、カッコいい人とオトモダチになるんだから! って……今度こそ? 何を言っているんだろう、あたし」
意味不~! と一人で笑い、東北方面でいい宿が見つかったので、そこに泊まることにして、予約をした。
結局あたしはその性格とプライドが災いして、一生独身で過ごすことになる。
親の仲は悪くはないけれど、あたしに構ってくれない。そのくせ、外に出ると世間体を気にして私と仲がいいふりをしてくるから、余計にムカつく。
それに、あたしの思い通りに動かない双子の弟妹たち。そのくせ、こっちに甘えるものだから性質が悪い。
中学から私立に入れだの、高校はここだの、あたしの人生なのにレールを敷き、コントロールしようとする。
あたしはそれが嫌だった。
けれど自分の将来を考えたとき、それでもいいかも――と思っていた。実際に中学からエスカレーターで大学までいき、贔屓にしている関連企業に就職するにも有利だったわけだし。
そこは親に感謝しているが、それを弟妹たちにも押し付け、彼らが受験に失敗すると、そこでも世間体を気にして引っ越したのだ。
馬鹿馬鹿しい。だったら有名私立中学校を受験させただなんて、自慢するようなことを言わなきゃいいのに、と呆れた。
常に両親に対しても弟妹に対しても、面白くないという感情が渦巻いていた。
それは就職してからも同じで、あたしは一生懸命仕事をしているというのに、認めてもらえなかった。
あとになって思えば、随分と傲慢な態度だったと思い至る。
就職して三年がたったある日、あたしにも彼氏ができた。素敵な人で、とても大事にしてくれた。
最初は嬉しくて小さな我儘を言ったりしていたけど、いつの間にかそれが当たり前になってしまい、彼氏もそれが苦痛になったようで、結局別れてしまった。
原因は、私の態度。
その後すぐに別の人と付き合い始めた元彼は、その一年後にその子と結婚した。
「あたしのなにがダメだったの? 彼女だって我儘を言っているじゃない!」
「君とは我儘の質が違う。それに君は、自分が一番じゃないと気がすまないじゃないか」
ある日、元彼に聞いてみると、そんな答えが返ってきた。
「男を愛している自分に酔っていて、俺自身を愛していたわけじゃないだろう」
「え……」
そんなことを言われて驚いた。まさか、そんなふうに思われているとは思っていなかったのだから。
確かにあたしは、元彼のことを愛していた。――愛していたはずだ。
けれど、別れる時は一滴の涙どころか胸も痛まなかったし、常に自分が一番じゃないと嫌だと気づいた時には、その傲慢な性格を変えることは難しくなっていた。
もし、もっと素直になれていたら、あたしは元彼と結婚していたのだろうか。
もし、親に対してもきちんと話を聞いていたら、いい性格になれたのだろうか。
よくよく考えると、結局は私が親の話を聞いていなかったから親から見放されたし、構ってもらえなかった。
構ってほしい時は、常にどちらも忙しい時。双子にしても同様で、常に自分が一番じゃないと嫌だった。
姉なんだし、あんたたちはあとから来たんだから、あたしが優先されるべき! と考えて。
そんな態度では、誰も見てくれない。大事にしてくれない。
そう思い至った時には遅すぎて、恋人ができても自分を優先してという態度のせいで、別れ話ばかりになってしまった。
三十もとうに過ぎ、今年で三十七になる。
そこで潔く諦めればいいものを、諦めることなく婚活ができるサイトに登録をして、失敗ばかり繰り返す。
職員にすら、「ここまで失敗続きの方は珍しいです」とまで言われる始末。それでも相手を探してくれる職員に感謝することなく、それが当然だと思っていた。
職員や周囲の態度に内心でイラつきながらも仕事きちんとこなし、溜まっていた有給休暇を消化するために休みを取り、旅行ついでにショッピングにでかけた。
そんな時、素敵な男性を二人見たの。
一人は綺麗な黒髪を首の後ろで縛り、もう一人はとても珍しい銀髪。
うしろ姿だから容姿はわからなかったけれど、ふとした瞬間に見た彼らの顔は素敵だった。
二人とも顔が整っていて、黒髪の男性は左目のところに傷があるのが残念。だけど、青い目が黒髪にとても似合っている。
そして銀髪の人は中性的で、赤い目だ。
どっちもカッコいい。
――彼らを……できれば銀髪の人を恋人にしたい!
そう決めて、どうやってお近づきになろうかと必死に考えるものの、彼らは話に夢中になっているのか、あたしのほうを見向きもしなかった。
それがとても悔しくて、だけど声をかけることもできなくて、イライラしながら彼らのあとをつける。
すると、二人はとある場所に入っていく。
「え……産婦人科……? どうして……」
どっちも男にしか見えなかったのに!
産婦人科に入っていったことに混乱しつつ、用もないのに中に入るわけにはいかないからと周囲を見回す。
すると、産婦人科の出入口が見える喫茶店を見つけたので、そこで軽食とコーヒーを飲みつつスマホを弄り、彼らが出てくるのを待った。
そして待つこと二時間。彼らが出てきたのを見たけれど……。
「あの人、女、なんだ……」
その事実に、世界が壊れるような気がした。銀髪の人のお腹が大きく、黒髪の男が愛おしそうにそのお腹を撫でていた。
――いやいや、妊娠しているとは限らないじゃない! 単に太ってるだけかもしれないし!
明らかに産婦人科から出てきたというのに、あたしはその存在を綺麗さっぱり忘れ去り、自分の都合のいい部分しか見なかった。
それが最初に運命の分かれ道だと知らずに。
彼らが出てきたのを見て喫茶店をあとにし、せめてオトモダチになりたいと気合いを入れて近寄ろうとしたけれど、なぜかうまくいかない。
しかも、話しかけようとすると誰かにぶつかってしまって、謝罪したりされたりするのだ。
若干イラつきつつ、そして周囲の店を見ながら、なんとかあとをつけていく。
そのまま引き返せばよかったものを、結局最後まであとをつけ、途中で見失ってしまった。
――そんな……こんな一本道で見失うなんて!
慌てて彼らが歩いていった方向へと足を向けるものの、どこに行ってしまったのかわからない。結局見失ってしまい、肩を落とした。
――あたし、いったい何をしているのかしら。
躍起になって男を追いかけるなんて、ストーカーみたいだと思ったら恥ずかしくなり、立ち止まると、溜息をつく。
ふと右を見れば、細い路地が目に入った。
さっきまでなかったような気がしていたが、きっと気のせいだと思って奥を見ると、繩暖簾が風に揺れているのが見える。
喉も乾いたし、コーヒーかジュースくらいあるだろうと思い、その場所へと歩いていく。目の前にくると、藁葺き屋根でとても古い家というのがわかった。
あたしはそのレトロ感をダサいとしか思えず、こんなことろで飲み物なんて出るのだろうかと疑問に思う。
けれど、結局は喉の乾きと、歩いたことでお腹がすいたのか、中から漂ってくる美味しそうな匂いに、お腹が小さく鳴ってしまった。
仕方ないと意を決して扉を開け、中に入る。カランカランと鳴るカウベルの音が、なんともダサい。
「「いらっしゃいませ」」
喫茶店のような豊潤な香りとともに、声がかけられる。
店内は雑貨や駄菓子、その反対側にはテーブル席とカウンターが見える。
そして声をかけてくれた人たちの顔を見れば、さっきまで自分が追いかけていた人が。
――ラッキー! これで、お近づきになれるかも!
そんなことを考えていたのだ、あたしは。彼らの目が笑っていないことにも気づかずに。
「こちらがメニューになります。お決まりになりましたら、お呼びください」
水とおしぼり、メニューを置いた黒髪の男性は、あたしが話しかける前にさっさと側を離れてしまう。
――もっと聞いていたいくらいのいい声なのに……残念。
メニューを開いて、中を見てみる。ちょうどランチの時間でもあるのか、ランチメニューもあった。
ランチは日替わりのようで、今日は煮込みハンバーグになっている。セットとしてご飯かパンが選択できて、他にグリーンサラダとコンソメスープ、飲み物がついてくるみたい。
飲み物はコーヒーと紅茶、ジュースが選べるようになっている。
他にもいろいろあったけれど特に惹かれるものはなく、ハンバーグも最近食べていないことを思い出し、ランチを頼んだ。
待っている間に店内を見たけれど、猫が三匹いるだけで、他にお客さんはいない。
――流行っていないのかしら……。
そんな失礼なことを考えていると、カランとカウベルの音がする。
「こんにちは! マスター、三人なんだけど、空いてる?」
「ええ、空いていますよ」
「よかったー!」
「私が案内するわ」
「いいって。奥さんは身重じゃないの」
「そうそう。いつもの席に座るから」
定連なのだろう。同年代くらいの三人の男女が入ってきて、カウンターに座る。そして銀髪の人に対して言った〝奥さん〟という言葉に、現実が押し寄せてくる。
――やっぱり女性なんだ、あの銀髪の人。
そう思うと、胸が軋む。
スマホを弄っていても三人の会話が聞こえてきて、どうしても女性なのだという現実を突きつけられた。
いつ生まれるかとか、性別はどっちだとか。黒髪の男性も、あたしに話していたときよりも、明らかに言葉が優しい。
それがとても悔しかった。
そうこうするうちに煮込みハンバーグとセットメニューが運ばれてくる。
「ごゆっくりどうぞ」
やっぱりあの三人とは声が違うと感じて、俯いてしまう。悔しいと思いつつもナイフでハンバーグを切り、一口食べる。すると、その味は母が作ってくれた味と同じだった。
しかも、ケチャップとデミグラスソースを足したような味の煮込みハンバーグ。
「そっか……。あたし、両親に認められたかったんだ……」
ずっと三人で仲良く過ごしていたことを思い出す。それが壊れたのは、父が双子を連れてきてからだ。
双子は父が浮気してできた子で、母親が事故で亡くなったとかで連れてきたんだと、今になって思い出す。
それはあたしが十歳になった頃で、双子は二歳くらいだった。
毎晩母親を探して泣く双子。それを気にして、両親が双子に構った。
最初は冷たくしていた母だったけれど、いつしか絆されたのか、二人を構うようになったのだ。
実の娘のあたしをほったらかしにして。
それが悔しかったし、あたしを見てほしかった。
それを思い出して、後悔してしまった――自分では手伝うことすらせず、我儘ばかり言って両親を困らせていたことを。
それは今も変わらないと思うと同時に、恥ずかしさと情けなさで、涙が出そうになる。
――こんな性格を変えたい。だけど、今から変えられるかしら?
できれば小さな頃からやり直したいと思うものの、今さらだ。
すべて食べきり、席を立つ。駄菓子を買って行こうかと思ったけれど、結局やめて、会計をする。
「たぶん大丈夫だと思いますよ。貴女がきちんと反省すれば」
「は? 何言ってんの? 頭おかしいんじゃない?」
お腹だけじゃなく胸が膨らんでいたことで、はっきりと女性だとわかってしまった銀髪の人。
きちんと現実を受け止めなかったせいで、悔しい思いをしたことが思い出されて、ついキツイことを言ってしまった。
これが、最後の審判だと知らずに。
そんなあたしの言動に、黒髪の男も、定連の三人も、あたしを睨んでいる。
そして「性格の悪さが顔に出てるもんな、あのオバサン」と言われてしまい、それがとても嫌でそそくさとお金を払い、外に出る。外は暑かったことを思い出し、涼みながら駄菓子を物色しようと振り返って見れば、そこには鬱蒼と茂った森しかなかった。
「え……どうして……」
さっきまでダサくて古めかしい屋敷と店内があったはずなのに、そこにはもう何もなかった。
それに首を捻りつつ、元来た道を戻る。だけど不思議な感覚というか、なぜか若返っているような気がして、周囲を見る。
すると、視界が低くなっていることに驚く。
――やり直せるの……?
もしもそうなら、やり直したい!
そう強く願って、きっとやり直せると思って。
大きな通りに出ると両親と双子がいて、「「お姉ちゃん、探したよ!」」と双子に言われた。そこで素直にごめんなさいと言えばいいものを、結局はそれが言えず、悪態をついてしまった。
途端に、パリン! と音がして、世界が変わる。そしてあたしも元の姿に戻ってしまった――ついさっきまで、大人だった自分に。
「ど、どうして……! やり直せるんじゃなかったの!」
『それは、変なプライドを持って対応したお前が反省しなかったからだ』
「え……」
傷があった男の声が聞こえてそっちを見たけれど、そこには誰もいない。
『せっかく妻が温情をかけたというのに、お前はそれを無碍にした。馬鹿にした。その報いを受けるがいい』
「え……?」
『二度とこの地に来るな』
その言葉と同時に一陣の風が吹く。あまりにも強い風で目を瞑ってやり過ごし、風が止んだ時点で目を開けるとそこは自宅で、パジャマを着てスマホを見ていたのだ。
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カッコいい人の夢を見たと思ったけれど、それすらも思い出した側から忘れていく。
「せっかく有給が取れたんだし、温泉でも行こうかしら」
できれば神社にも行きたいわねぇ……なんて思いながらスマホを弄り、いい場所を発見する。
――ここにしよう!
湖が見える温泉宿。だけど、そこに行ったらいけないような気がして、同じような風景の場所を探す。
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意味不~! と一人で笑い、東北方面でいい宿が見つかったので、そこに泊まることにして、予約をした。
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夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
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