上 下
37 / 39
学園編

呼び出し

しおりを挟む
「ティア、どこにいるの?」

話が一段落したころに、殿下の声が廊下の方からした。急に走り去ってしまったから探しに来てくれたのかもしれない、少し申し訳なさを感じつつ扉を開ける。

「あ、ティア! ……、ティア、目が赤いね」

こちらに気付いて、殿下が近づいた後にじっと目をのぞき込みながら言ってくる。しまった、さっきまで泣いていたからか。いったいどう返そうかと悩んでいる間に、殿下がヒロインの方に向かってしまう。

「ええと、たしかミレーユ嬢ですね、君はティアと一緒にいたわけですが、どうしてティアが泣いているのか話せますか?」
「魂が共鳴した結果です、殿下」

何その雑な返答!? 殿下も、予想外過ぎてかたまっちゃてるじゃん! え、私この返答に合わせなくちゃいけないの!? 頼むからもう少し合わせやすくしてよ。

「あ、あの、殿下、ミレーユに何かされたわけではなくて、本当に。こう、魂の共鳴により、呪の力が少し暴れてそれを、二人で協力して押さえつけるのに体に負荷がかかり、思わず涙がこぼれたのを介抱していただいていたのです」

無茶ぶりした本人が、肩を震わせながら笑いをこらえるんじゃない! もう少し抑えなさい。

「……、とりあえず、もう少しティアから話を聞かないといけないね。ミレーユ嬢を問い詰めた形になってしまい申し訳ありません」
「滅相もございません。それでは、私は失礼します」

ミレーユ、このカオスな状況のまま逃げやがったな、あいつ、明日とっちめてやる。殿下がミレーユが出て行ったのを確認した後に、にこやかなままこちらに振り返ってきた。

「で、本当はなにがあったわけ?」

そりゃ騙されませんよねー! 騙されたらびっくりだよ、殿下の笑顔の圧に顔をひきつらせつつ、なんとなく後ずさりをしてしまったら、その分距離を詰められてしまった。

「放課後、少しでもティアと一緒にいたいと思って誘っている最中で置いてけぼりにされて、ようやく見つけた私に、何があったのかも教えてくれないのかい?」

罪悪感をゆすぶらないで、ぐっ、心が、心が痛いよ。

「……、とても、本当に久しぶりに会った友人だったのです。もう二度と会えないとまで思っていた。会えたことがうれしくて泣いていたのです」
「どこで出会ったのか、すごく気になるところだけどね、優華」
「うっ、それは……」

なんて答えようか悩んでいるとさらに殿下は笑顔を凄めてきた。

「ところで、どうして優華って呼ばれていたのかな。私が優華と呼んでも違和感なさそうにしていたし。ねぇ、ティア」

しまった、ミレーユと話したことで意識が前世になってしまっていた、こんなのにひっかかるなんて。どう言い訳すればと冷や汗をかいていると、ぐっと目を離せないように壁際に追い詰められてしまった。こんなときこそ、中二病設定を生かすしかない。

「その、ミレーユは前世からの友人でその時に優華と呼ばれていていましたの。なので違和感もなくて」

嘘は何一つついていない、冷静に聞いたらただの中二病だけれど、普段から中二病発言をしているから何も問題ないはず。

「すごく色々聞きたいところだけど、とても答えづらそうだね?」

ここは物語の世界で、自分たちは登場人物です、なんて急に言われて私はあまりいい気分にはならない、なんとなく作り物だと言われているような気がして。殿下がそう思うかまでは分からないけれど、ずっと殿下と接してきた身としては言いづらいし、私もそんなことを言いたくはない。少しの間黙っていると、殿下は諦めたようにため息を吐いて普段の様子に戻った。

「もういいよ、言いたくないなら。答えれる範囲で答えてくれた気もするしね。ティア、校門まで一緒に行こう?」

当たり前のように手を掴まれて先導される。だんだん手を急につかまれることにも慣れてきてしまった、なんて思いながら、手を引かれるままついていく。校門ではフラメウが待ってくれていた。けれど、どことなくフラメウの表情が暗い気がする。

「殿下、ではまた明日学校で」

挨拶をした後、迎えの馬車に乗り込み、殿下の姿が見えなくなるとフラメウが口を開いた。

「その、お嬢様、屋敷に戻ったら至急部屋に来るようにと」

誰の、なんて言わなくてもわかる。この数年もたまに呼び出しては虐待が繰り返されている。最近はまた頻度が上がってきた気がする。美香に会えて幸せだった気持ちがしゅっとしぼんでいくのを感じた。

「わかった」

ずっと屋敷につかなければいい、そんなことを思いながら外を眺めたけど外の景色はだんだんと、屋敷に近づいていることを教えてくる。

「お母様の部屋だもの、供はいらないわ」

供を連れて行っても母の命令で、余計な人間は除外されてしまうし、最初から連れて行かないほうがいい。心配そうなフラメウの顔を見るのもつらくて、フラメウと顔をあわせないようにしながら一人で母親の部屋に向かう。

「お母様、ただ今戻りました。何の御用でしょう」

中に入り、母の様子を見ると、どことなく愉快そうな表情をしていた。機嫌が悪いから読んだわけじゃないのかと思いながら、じっと様子を窺う。

「あなたはまだ、殿下の婚約者候補で正式な決定ではない。だから、少し面倒だけれど撤回することは不可能ではないわ。殿下との婚約を辞退しなさい」

予想していない言葉が飛んできて、思わず頭が真っ白になる。でもこの婚約はもう、ほぼ決まっているものだといっても差し支えはないし、なにより家の地位が向上するこの婚約に父は喜んでいるうえに、全く帰ってこなかった父親が帰る頻度が上がり母も喜んでいたのではなかったのか。急にそんなことをいう意図が分からずに返事できずに口を噤んでしまう。

「ティア、私は婚約を辞退しなさいと言ったのよ、返事は?」

低くなった母の声にビクッと体が震える。返事をしないと、と口を開いた。

「嫌です」

怖くて、承諾してしまいたかった。でも、頭に浮かんだのは殿下の笑顔で口をついて出たのは明確な拒否だった。母の表情がガラッと変わるのが見えた、反射的に扉の方に走るが、控えていたキャシーに押さえつけられる。

「よくやったわキャシー。どうやら、教育が足りてなかったみたいね」

スッと、ナイフが取り出された、初めて呪いをかけられた日の痛みがフラッシュバックして半ばパニックになり拘束を解こうと暴れたら、頬の横にナイフを勢いよく突き立てられる。

「大人しくしなさい」

頷く以外できるわけもなく、ナイフを見るのも嫌で固く目を閉じた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

転生悪役令嬢の前途多難な没落計画

一花八華
恋愛
斬首、幽閉、没落endの悪役令嬢に転生しましたわ。 私、ヴィクトリア・アクヤック。金髪ドリルの碧眼美少女ですの。 攻略対象とヒロインには、関わりませんわ。恋愛でも逆ハーでもお好きになさって? 私は、執事攻略に勤しみますわ!! っといいつつもなんだかんだでガッツリ攻略対象とヒロインに囲まれ、持ち前の暴走と妄想と、斜め上を行き過ぎるネジ曲がった思考回路で突き進む猪突猛進型ドリル系主人公の(読者様からの)突っ込み待ち(ラブ)コメディです。 ※全話に挿絵が入る予定です。作者絵が苦手な方は、ご注意ください。ファンアートいただけると、泣いて喜びます。掲載させて下さい。お願いします。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

婚約破棄したい悪役令嬢と呪われたヤンデレ王子

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「フレデリック殿下、私が十七歳になったときに殿下の運命の方が現れるので安心して下さい」と婚約者は嬉々として自分の婚約破棄を語る。 それを阻止すべくフレデリックは婚約者のレティシアに愛を囁き、退路を断っていく。 そしてレティシアが十七歳に、フレデリックは真実を語る。 ※王子目線です。 ※一途で健全?なヤンデレ ※ざまああり。 ※なろう、カクヨムにも掲載

深窓の悪役令嬢~死にたくないので仮病を使って逃げ切ります~

白金ひよこ
恋愛
 熱で魘された私が夢で見たのは前世の記憶。そこで思い出した。私がトワール侯爵家の令嬢として生まれる前は平凡なOLだったことを。そして気づいた。この世界が乙女ゲームの世界で、私がそのゲームの悪役令嬢であることを!  しかもシンディ・トワールはどのルートであっても死ぬ運命! そんなのあんまりだ! もうこうなったらこのまま病弱になって学校も行けないような深窓の令嬢になるしかない!  物語の全てを放棄し逃げ切ることだけに全力を注いだ、悪役令嬢の全力逃走ストーリー! え? シナリオ? そんなの知ったこっちゃありませんけど?

【完結】ヤンデレ設定の義弟を手塩にかけたら、シスコン大魔法士に育ちました!?

三月よる
恋愛
14歳の誕生日、ピフラは自分が乙女ゲーム「LOVE/HEART(ラブハート)」通称「ラブハ」の悪役である事に気がついた。シナリオ通りなら、ピフラは義弟ガルムの心を病ませ、ヤンデレ化した彼に殺されてしまう運命。生き残りのため、ピフラはガルムのヤンデレ化を防止すべく、彼を手塩にかけて育てる事を決意する。その後、メイドに命を狙われる事件がありながらも、良好な関係を築いてきた2人。 そして10年後。シスコンに育ったガルムに、ピフラは婚活を邪魔されていた。姉離れのためにガルムを結婚させようと、ピフラは相手のヒロインを探すことに。そんなある日、ピフラは謎の美丈夫ウォラクに出会った。彼はガルムと同じ赤い瞳をしていた。そこで「赤目」と「悪魔と黒魔法士」の秘密の相関関係を聞かされる。その秘密が過去のメイド事件と重なり、ピフラはガルムに疑心を抱き始めた。一方、ピフラを監視していたガルムは自分以外の赤目と接触したピフラを監禁して──?

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

乙女ゲーのモブデブ令嬢に転生したので平和に過ごしたい

ゆの
恋愛
私は日比谷夏那、18歳。特に優れた所もなく平々凡々で、波風立てずに過ごしたかった私は、特に興味のない乙女ゲームを友人に強引に薦められるがままにプレイした。 だが、その乙女ゲームの各ルートをクリアした翌日に事故にあって亡くなってしまった。 気がつくと、乙女ゲームに1度だけ登場したモブデブ令嬢に転生していた!!特にゲームの影響がない人に転生したことに安堵した私は、ヒロインや攻略対象に関わらず平和に過ごしたいと思います。 だけど、肉やお菓子より断然大好きなフルーツばっかりを食べていたらいつの間にか痩せて、絶世の美女に…?! 平和に過ごしたい令嬢とそれを放って置かない攻略対象達の平和だったり平和じゃなかったりする日々が始まる。

処理中です...