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追手
しおりを挟むニュアの先導通りに走って逃げているけど、火傷とお腹の鈍痛のせいかクラクラしてきた、痛みを通り越して時々意識が飛びそうだ。
「なぁ、目的地は近いのか? 結構あの女から距離が取れたと思うし、それにもうすぐ暗くなる、身を隠せれそうな場所でちょっと休まないか?」
「確かに、暗くなると危ないですわね。本当はすぐにでも降りたかったのですけど、どこかに身を隠しましょう」
休むことが出来そうなことにほっとした。暗い中倒れたら、倒れていることに気付かず置いていかれる可能性もあったのではなかろうか。
「その前に、殿下には内緒にしてくれよ」
そういわれたら、ふわっと体が持ち上げられる。俗にいうお姫様抱っこというやつだ。
「ちょ、婚約者がいるレディに何をしていますの!」
頭がわちゃわちゃ混乱している私の代わりに、ニュアが突っ込みを入れてくれた。
「腹と背中に怪我があるんだよ、だんだん顔色が悪くなってる」
さっきからチラチラ見られている気がしていたけど、顔色を気にしてくれていたみたいだ。この状況の羞恥は結構あるのだが、無理やり降りたら倒れるのが落ちだろう。
「ありがとうございます」
「言われてみれば、確かに顔色が悪いですわね。向こうで休みましょう。傷口もそこで見せてくださいませ」
そういって川の近くまでくれば、そっとその場におろされた。ニュアが、エリクに顔をそむけるように言うと、傷口の確認を始めた。
「よくこの状態で走り回りましたわね、お陰で気づきませんでしたわ。痛いならちゃんと痛いと言わないといけませんのよ」
お腹は青黒く変色していた。背中は見えないから分からないが、ニュアが見るのもつらそうに眉を寄せて怒っている。
「……、もう少し力があればよかったのですけど」
スッと、痛みが和らぐような感覚があった。傷はまだあるし、痛みも残っているのだが気持ち楽になったことに気付いてニュアの方を見る。
「私の治癒魔法だとこれが限界ですの。後で、ちゃんとした人にみてもらうんでしてよ、わかりまして?」
楽になったからありがたいのだが、ニュアは悔しそうに眉を寄せたままだ。
「お、さっきより顔色良くなったな。よかった。ところで、ニュアはどうしてここが分かったんだ? 会場はあの後どうなった? 殿下やエテはどうなった?」
聞きたいことを我慢していたのだろう、状況が落ち着いたとたん次々と質問をニュアにぶつけ始めた、一気に言われたからか少しめんどくさそうにしつつも、手でエリクを止めて口を開く。
「私も詳しくないのですから、あまり詰め寄らないでくださいませ。急にエテに起こされて、お二人の場所のことや森の道順を言われて、そのまま助けに行くようにお願いされたんですの」
エテはたしか、料理に粉をかけた後に倒れたはずだ、そのエテがニュアを起こした? エテに聞かないと詳しいことが分からなさそうだ。にしても、どうして他の人ではなくニュアを起こして助けに行くように伝えたのだろう。
「エテがなにかしてくれてそうだな。それなら詳しいことはエテに聞くしかないか。もう一つ、たしかあの人はティア嬢の教育係だったよな? 殿下にちらっと話を聞いたことがある。そんな、教育係を前にした時の怯え方が尋常じゃなかったように思う、それに教育係の方もティア嬢に攻撃することに僅かな躊躇いもなかった。それどころか、話すと聞いたら何も警戒せずティア嬢に近寄っていた、まるで逆らうことはないといわんばかりに」
言いながら、エリクの顔がどんどんと怒りに満ちたものになってきている。さすがにさっきの様子を見たらわかるのだろう、エリクの言葉を聞いているうちに、ニュアも眉を寄せ始めた。
「逆らえない、逆らう勇気を持っていない、その確証があったのではありませんの? 例えば日常的に虐げていたとか」
確信を持ったようにニュアが口に出し、こちらをじっと見つめてくる。正解だけど、もちろんそんなことを口に出すわけにはいかない、呪いの影響が怖すぎる。
「私から言えることは何もありませんわ」
私がいえる精いっぱいがこれである。ニュアが納得いかなさそうに口を開こうとしたが、それをエリクが制止し、口を塞ぐようにジェスチャーする。少し黙っていると、足音が近づいてきていた、一気に全員の顔に緊張が走る。姿を見せたのはジェインだった。私の護衛なのを知っているからか、ニュアとエリクがホッとした様子になった。でも、私は心臓がドクドクと嫌な音を立てていた。同じ護衛でもアントラだったらここまで不安にならなかっただろう、ジェインは普段から機会を見ては折檻をくわえてくるのだ、そんな人物がわざわざ助けにやってくるか。
制止する前に、エリクが状況を説明しにジェインの方に向かう、ジェインの口元が楽しげにゆがめられたのを見て慌ててエリクに手を伸ばすが間に合わない。鞘から鋭い刃が抜かれると、エリクが倒れてしまった。赤く染まる地面にニュアが悲鳴をあげる。
こちらへゆっくりと近づいてくるのが見えて、慌てて杖を構えてかまいたちを放った。けれど、全く意に介した様子がない、よくみると薄い障壁のようなものにまもられている。
「簡単な魔法は鎧に防がれてしまいますの、護衛の方が身に着ける鎧は大体特別製でしてよ」
震えた声でニュアが、並の魔法が有効打にならないことを教えてくれる。赤く染まった刃をこちらに見せつけるようにジェインがかざすと、思いっきりそれを振りかぶってきた。
「お嬢様!! ナイフを!」
アントラの声が、遠くの方から響いた。アントラに誕生日プレゼントにともらったナイフを思い出せば反射的にそれをジェインに向かって投げた。ナイフに魔法陣のようなものが刻まれており、それが光るとジェインが呻き声をあげた、痛そうに悶えている。光が収まると、怒りで血走った眼をこちらに向け、斬りつけようとするが、自分とジェインの間にするりとアントラが入ってくると、剣を抜きジェインの剣を弾き飛ばした。
「何とか間に合いました、遅くなり申し訳ありません。ご安心ください、これより先は、お嬢様に触れさせやしませんから」
安心したようにこちらを見た後に、ジェインに向き直る。これまで見たことがないような怖い顔をしていた。
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