上 下
2 / 39

悪役令嬢

しおりを挟む
床が固い、体中が痛い。どうして床に寝ているのか。あぁ、どうやら悪夢じゃなかったらしい。私は地震で、それから……。

「って、とりあえず体起こそうか」

正直何の現実味もない、死んだ実感もないし、学校に行けばまた普通に生活が始まるようなそんな気もしている。でも、私は知らない家にいる、おぼろげにある記憶をたどると、見知らぬ人に叩かれたし、メイドもいた。知らない家にいるし、日本人離れした、ピンクの髪にピンクの瞳。うん、日本じゃなくてもこの髪色はないわ。つまりのところ、異世界転生系というやつだろうか。それこそ現実味がない気がするけど。

「はぁ、なんでこんなことになっているかなぁ」

とりあえず、リアルに体が痛い、化膿しないようにせめて傷口を保護したいんだけど。明らかに嫌われてるよなぁこの体。じゃなきゃ、あんな傷だらけの幼女を床に転がしたままにしないだろうし。

「お嬢様、おはようございます」

昨日のメイドだ。非常にめんどくさそうな顔をしている、プロなら表情ぐらい隠してほしい。でも、全く世話をしないわけではなさそうだ。料理を運んで来たり、傷口に薬を塗ったり、と表情の割にはきちんと動いている。そういえば、昨日止めた声もこの人だったけ。

って、薬めっちゃしみる!? めっちゃ痛いんだけど!!

「っぅ~……いたっ……」

思わず泣きそうな声が漏れる、いやこれを我慢とか無理なんだけど。呻いた瞬間、少しメイドの手が躊躇うように止まったが再び塗り始めた。

「塗らないと化膿してしまいます」

まぁ、その通りである。とりあえず嫌がらせではなくきちんと治療をしてくれていると思おう。

「終わりました、今日は最後まで我慢されましたね、ご立派ですお嬢様」

あれ、めんどくさそうな表情が消えている、どこか驚いた感じだ。うーん、今日はということは、普段は我慢できていないんだろうか? まぁ、実際にかなり痛いわけだし。

「どうかなさいましたか、お嬢様」

じっと見ていたら、不思議そうにそう返されてしまった。意外なことに嫌悪の表情は見当たらない、まぁ、うまく隠しているだけかもしれないけど。

「な、何でもない……」
「左様でございますか、では、髪をセットいたしますね」

櫛が髪に入り、痛くない程度に綺麗に結われていく。勘違いでなければ、一度頭を撫でるように手が動いたような気がする。

「いかがでしょうか」

髪を結われた後、鏡を見せられる。やっぱりこの顔と髪どっかでみたような……。

「あっ!? 乙女ゲームじゃん!!}

魔法や魔物の出てくるファンタジーな乙女ゲームの悪役令嬢。ティア・アウローラ、確かそんな名前だった。侯爵令嬢なんだけど、家庭環境は劣悪である。

母が父を好きになり無理に求婚。父親は仕事人間で家庭は顧みず。母親は、跡取りを産めば父が興味を向けてくれることに期待したけれど、生まれたのは女子、父は相変わらず仕事一辺倒。
結果として、その怒りは男として生まれてこなかった私に向けられてしまった。ティアは、幼いながらに理不尽さを理解し憤るのだけど、受け止める人もおらず、また癇癪でしか憤りを表現できない幼さのせいで救いのないまま歪んで成長する。

6歳の時にできる婚約者である王子も、周りの大人や、同年代の子も、ティアの環境ではなく歪んだ心だけを見て辟易して嫌う。ティアは、嫌われているのを自覚して益々歪む悪循環。なんというか、非常に救いようのない悪役令嬢だ。

婚約者である王子はヒロインにとっての攻略対象の一人。ヒロインは聖なる魔力を持っており、平民でありながら貴族の学校に入学。ひたむきな努力家であるヒロインに王子は徐々に恋に落ちていく。それに焦るのは婚約者であるティア。

王子と婚約者になったことで父親が最低限声をかけてくれるようになり、父が愛してくれる日が来るのではないかと淡い希望を抱いていた。でも、万が一にも王子がヒロインと結ばれてしまえば、父親にとって自分は無価値になることを理解していた。その焦りから、悪役令嬢は悪辣ないじめをして、ヒロインはそれに耐える日々。

ある日、この国に封じ込められていた魔王が復活、魔物は次々狂暴化。聖女であるヒロインは、国を守るために聖女の力を使うことを決意する。王子を含む攻略対象たちは、ヒロインを守るために同行、そして見事魔王を封印。その功績を国は大いに讃える。そして、そんな功績者をいじめたティアは断罪、婚約破棄の後、同じ苦しみを味わえとありとあらゆる責め苦の後に処刑され、聖女は攻略対象と結ばれてハッピーエンド。

ちなみに、聖女が他の攻略対象を選んでも、王子は努力家なヒロインと仲良くなるので、悪役令嬢はバッドエンドが確定している。自分がなると全く笑えない、夢ならとっとと覚めてほしい所だ。

「遠い目をされていますよ。今日は、王子様との顔合わせですので、しっかりなさってください」
「え? 顔合わせ!?」

まさかの今日が婚約が決まる日でありました。いやいやまってよ、つまりあれか、母親は王子と顔合わせがある前日に娘をあんなにバチバチ叩いていたのか。目が覚めなかったらどうするつもりだったんだろう、実は相当なおバカじゃないだろうか。

「お嬢様にとって王子がご不快な態度をとったとしても、王子に癇癪を起こさないようにお気を付けください。顔合わせが恙なく終わりますことを祈っております。上手くいけば侯爵様が、お嬢様にも目を向けられるかもしれません」

少しだけ、案ずるような目をメイドがした。このメイド、案外わたしをきにかけてくれている、なんてことはないだろうか。一人でも味方がいるといないじゃ、環境も随分変わるだろう。となると、目標はこのメイドと、今から会う王子を味方につけることだろうか。とりあえず、痛いのは嫌なので何とか足掻いてみるかぁ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

転生悪役令嬢の前途多難な没落計画

一花八華
恋愛
斬首、幽閉、没落endの悪役令嬢に転生しましたわ。 私、ヴィクトリア・アクヤック。金髪ドリルの碧眼美少女ですの。 攻略対象とヒロインには、関わりませんわ。恋愛でも逆ハーでもお好きになさって? 私は、執事攻略に勤しみますわ!! っといいつつもなんだかんだでガッツリ攻略対象とヒロインに囲まれ、持ち前の暴走と妄想と、斜め上を行き過ぎるネジ曲がった思考回路で突き進む猪突猛進型ドリル系主人公の(読者様からの)突っ込み待ち(ラブ)コメディです。 ※全話に挿絵が入る予定です。作者絵が苦手な方は、ご注意ください。ファンアートいただけると、泣いて喜びます。掲載させて下さい。お願いします。

深窓の悪役令嬢~死にたくないので仮病を使って逃げ切ります~

白金ひよこ
恋愛
 熱で魘された私が夢で見たのは前世の記憶。そこで思い出した。私がトワール侯爵家の令嬢として生まれる前は平凡なOLだったことを。そして気づいた。この世界が乙女ゲームの世界で、私がそのゲームの悪役令嬢であることを!  しかもシンディ・トワールはどのルートであっても死ぬ運命! そんなのあんまりだ! もうこうなったらこのまま病弱になって学校も行けないような深窓の令嬢になるしかない!  物語の全てを放棄し逃げ切ることだけに全力を注いだ、悪役令嬢の全力逃走ストーリー! え? シナリオ? そんなの知ったこっちゃありませんけど?

【完結】ヤンデレ設定の義弟を手塩にかけたら、シスコン大魔法士に育ちました!?

三月よる
恋愛
14歳の誕生日、ピフラは自分が乙女ゲーム「LOVE/HEART(ラブハート)」通称「ラブハ」の悪役である事に気がついた。シナリオ通りなら、ピフラは義弟ガルムの心を病ませ、ヤンデレ化した彼に殺されてしまう運命。生き残りのため、ピフラはガルムのヤンデレ化を防止すべく、彼を手塩にかけて育てる事を決意する。その後、メイドに命を狙われる事件がありながらも、良好な関係を築いてきた2人。 そして10年後。シスコンに育ったガルムに、ピフラは婚活を邪魔されていた。姉離れのためにガルムを結婚させようと、ピフラは相手のヒロインを探すことに。そんなある日、ピフラは謎の美丈夫ウォラクに出会った。彼はガルムと同じ赤い瞳をしていた。そこで「赤目」と「悪魔と黒魔法士」の秘密の相関関係を聞かされる。その秘密が過去のメイド事件と重なり、ピフラはガルムに疑心を抱き始めた。一方、ピフラを監視していたガルムは自分以外の赤目と接触したピフラを監禁して──?

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

乙女ゲーのモブデブ令嬢に転生したので平和に過ごしたい

ゆの
恋愛
私は日比谷夏那、18歳。特に優れた所もなく平々凡々で、波風立てずに過ごしたかった私は、特に興味のない乙女ゲームを友人に強引に薦められるがままにプレイした。 だが、その乙女ゲームの各ルートをクリアした翌日に事故にあって亡くなってしまった。 気がつくと、乙女ゲームに1度だけ登場したモブデブ令嬢に転生していた!!特にゲームの影響がない人に転生したことに安堵した私は、ヒロインや攻略対象に関わらず平和に過ごしたいと思います。 だけど、肉やお菓子より断然大好きなフルーツばっかりを食べていたらいつの間にか痩せて、絶世の美女に…?! 平和に過ごしたい令嬢とそれを放って置かない攻略対象達の平和だったり平和じゃなかったりする日々が始まる。

転生したら攻略対象者の母親(王妃)でした

黒木寿々
恋愛
我儘な公爵令嬢リザベル・フォリス、7歳。弟が産まれたことで前世の記憶を思い出したけど、この世界って前世でハマっていた乙女ゲームの世界!?私の未来って物凄く性悪な王妃様じゃん! しかもゲーム本編が始まる時点ですでに亡くなってるし・・・。 ゲームの中ではことごとく酷いことをしていたみたいだけど、私はそんなことしない! 清く正しい心で、未来の息子(攻略対象者)を愛でまくるぞ!!! *R15は保険です。小説家になろう様でも掲載しています。

転生したらただの女子生徒Aでしたが、何故か攻略対象の王子様から溺愛されています

平山和人
恋愛
平凡なOLの私はある日、事故にあって死んでしまいました。目が覚めるとそこは知らない天井、どうやら私は転生したみたいです。 生前そういう小説を読みまくっていたので、悪役令嬢に転生したと思いましたが、実際はストーリーに関わらないただの女子生徒Aでした。 絶望した私は地味に生きることを決意しましたが、なぜか攻略対象の王子様や悪役令嬢、更にヒロインにまで溺愛される羽目に。 しかも、私が聖女であることも判明し、国を揺るがす一大事に。果たして、私はモブらしく地味に生きていけるのでしょうか!?

処理中です...