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しおりを挟む「ジェシカ。魔力量をもう少し抑えたほうが、魔法のコントロールが効きやすいかも」
「分かった! ありがとう、オーウェン!」
ここは、魔法訓練室B。学園には魔法を訓練するための場所が建物内外両方にいくつかあり、この魔法訓練室Bは最も人気がない場所だ。
教室からかなり遠いため、魔法の授業で訓練室Bが当たってしまった生徒たちは、皆小言を呟いている。
しかし、人気がない場所はジェシカとオーウェンからすれば都合がいいわけで──……。
「これでどう? オーウェン!」
訓練室内にいくつもある、円の中心だけが黒くなっている、白い的。魔法のコントロールの練習の際に使われることが多い。これは特別な技術で作られており、いかなる魔法も吸収してくれるため、壊れないすぐれものだ。
壁も同じような素材が使ってあり、どれだけ魔法を使っても部屋に安全性が保たれている。
「うん、かなり的の中心に当たる精度が上がった。コントロールをしっかり身に付けてから、魔力を増やして魔法の威力を高めていこう」
「うんっ! 本当に頼りになる~!」
オーウェンとこんなふうに魔法の修行をしたり、勉強をするようになってから早一週間が経つ。
今日は教師の都合で午後から自習になったため、二人は魔法訓練室Bで魔法の修行を行っていた。いや、厳密に言うとジェシカの修行にオーウェンが付き合っていると言ったほうが正しいだろうか。
(オーウェンといると、勉強になるなぁ。本当にありがたい……!)
オーウェンは隣国からの留学生だが、おそらく幼い頃から魔法について学んでいるのだろう。魔法に対する造詣が深く、更に彼はとても頭が良い。
聞いたところによると、これまで何度か行われた筆記のテストでは、五位以下を取ったことはないそうだ。
本来なら凄い凄いと持て囃されるのだろう。
しかし、オーウェンは前髪で顔を隠し、常に猫背だ。その風貌から、むしろ勉強ができることがマイナスに働いており、気味悪がられているのだ。
(本当はとっても良い子だし、気さくだし、友だち思いなんだけどなぁ)
ジェシカは一旦手を止め、数歩離れたところからこちらを見ているオーウェンへと視線を移した。
「ん? どうしたの、ジェシカ」
「いやさ……」
見た目だけでオーウェンが正当に評価されていないことに悲しみを覚えていたジェシカだったが、まじまじと彼を見て、はたと気付いた。
「オーウェンって、実は結構背が高い?」
「どうだろ。……まあ、高いほうかな」
オーウェンはそう言うと、いつも曲げているばかりの背筋をピンと伸ばした。
自然と持ち上がる視線。自分よりも、頭一つ以上高い気がする。
「わぁ……」
しかし、ジェシカが感嘆の声を上げたのは、彼の背の高さを実感したからだけではなかった。
「なんて伝えたら良いか分からないけど、オーウェンって背筋を伸ばしてると雰囲気があるよね」
「……そう?」
「うん! こう、オーラが増すというか……。あっ、いっつもそうしてたら良いんじゃない!? 皆圧倒されて、オーウェンの評判が良くなるかもしれないじゃない!」
これは名案だ! と言わんばかりに、ジェシカはオーウェンを上目遣いで見つめた。
輝いているジェシカの目を見たオーウェンは一瞬間をおいてから、彼女の頭の上に手を置いた。
「わっ」
「ありがと。……けど、俺は良いんだよ、このままで」
オーウェンはジェシカの頭を一度乱雑に撫でてから、いつものように背筋を曲げた。
(元気そうに見えるけど、もしかして腰が悪かったのかな? それとも高身長がバレるのもそれはそれで目立つから嫌とか?)
何にせよ、オーウェンがこのままで良いと言うなら無理強いすることはない。
「姿勢が良くても悪くても、私はオーウェンが大切だからね」
「……っ、どうしたの、急に」
「だって、ちゃんと伝えておきたいなと思って! さっ、続きやろう! またアドバイスよろしくね! オーウェン!」
ジェシカは言いたいことだけ伝えると、再び的に視線を移した。
オーウェンが少しだけ気まずげに口を結んでいることに、ジェシカが気付くことはなかった。
◇◇◇
自習の時間が終わり、教室に戻ってホームルームを済ませた二人は、学園内の敷地に出ていた。
向かう先は、いつも昼食を食べている人気のないガゼボだ。
「ごめんね、オーウェン。さっき魔法の修行に付き合ってもらったばかりなのに、今度は筆記なんて……」
「いや、俺もジェシカに教えると為になるから。気にしなくていいよ」
口元に爽やかな笑みを浮かべるオーウェンに、ジェシカは両手を上げて天に拝むように自身の指を絡めた。
「オーウェン……! 貴方って人は! もしかして前世はマイナスイオン!?」
「何言ってるの?」
「いや、前世どころか今もマイナスイオンね! オーウェンのそばにいたり、話していると本当に癒される……。学園での唯一の癒し、オーウェン・マイナスイオン──」
「いや、オーウェン・ダイナーだからね?」
的確なツッコミに「あははっ」と笑うジェシカに、オーウェンもつられるように笑みを浮かべた。
「それにしてもジェシカ、昨日はびっくりしたね」
「ああ、うん。放課後でしょ?」
二人は、筆記の勉強に学園の図書室を利用することが多い。
生徒はたくさんいるものの、図書室では基本的に皆騒ぎを起こさないためだ。それに、知識の宝庫である本が数え切れないほどあるから。
だから、今日も図書室に行こうかとジェシカは思っていたのだが、なんと昨日の放課後、ラプツェや攻略対象と図書室で出くわしそうになってしまったのである。
オーウェンが早く気付いてくれたおかげで難は逃れたが、あれは危なかった。
「あの人たち、放課後はだいたい生徒会室にいると思って油断してたわ」
「俺も。……まあ、ここ一週間はほとんど接触せずに済んでるし、このまま気を付けていければ大丈夫じゃない?」
あとは曲がり角を曲がればガゼボが見えてくる。
「そうだね! わざわざ難癖つけられたくないし……。えっ」
ラプツェたちに最善の注意を払いつつ、魔法検定試験に向けて頑張らなきゃと、そう思っていたというのに……。
「皆様っ、あちらにジェシカ様が……っ、きゃっ、そんなに睨まないでくださいまし……! 怖いわ……」
「はい?」
「「「なんだと!?」」」
憩いの場所であるガゼボにラプツェと攻略対象たち一同が揃っているなんて……。
しかも、ラプツェたちがいることに驚いて目を見開いただけなのに、睨んだと言われる始末だ。理不尽極まりない。
(……って、待って? この光景、ゲームで見たことが……)
──これ、イベントじゃない?
ジェシカは何度もプレイした『マホロク』の記憶から、それを確信した。
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