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最終話 譲れない想い
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「……てな事があって」
「お前も、大変だなぁ」
「他人事だと思って。誰のせいでこうなったと思ってるの」
「おや、とんだ飛び火だな」
「飛び火なもんですか。こうなるの分かってて、彰宏の事を紹介したんでしょう」
「でも、好みだったろ?」
「……それは、そうだけど」
「じゃあ、良かったじゃないか」
「良くないよ。全然」
「ん?どうして」
「争い事は、嫌いだから」
「はは、火種がよく言ったもんだ」
「だから、それは、あんたが……あぁ、もう……」
「拓海」
「なに」
「手が止まってる」
「……反対」
ぶすくれた態度を内心でくつくつと笑ってから。城島は、はいはい、と生返事を返した。口振りとは打って変わって、丹念に丁寧に掃除をされた右耳は、風通りが良く、すう、とした。左耳を差し出す為に、一旦起き上がってから。城島は再度、拓海の膝枕に頭を乗せた。
「それにしても、お前の墨をねぇ。それは骨が折れるな」
「全く……あいつらの考える事はよく分からない」
「お前も男だろう?少しは同じオンナを掛けた男の気持ちってもんも、分かりそうなものだと思うけどな」
「思考回路が違いすぎて、同性と思えないんだよ」
「違うさ、お前が特殊なだけだよ。男ってのは、自分のオンナの為になら、時には自分の魂だって張れる生き物なんだからな。それだけ嵌らせたんだ、お前にも責任はある。だから、多少のいざこざがあっても、仕方がないと思うしかないな」
「……多少のいざこざの域を越えてるんだよ、あんたらみたいな人間は」
「褒めてくれたと思うことにするよ」
「ふふ……どう?気持ちいい?」
「あぁ、極楽にいるようだよ」
「良かった。まだ傷も塞がったばかりだから、無理しないでね」
「分かっているよ」
ふわふわとした肌触りの良い着物に頬を寄せながら、城島は思った。
……よもや、ここまで彰宏が拓海に嵌るとは、と。
同時に、衆道の毛の微塵もない男を、すぐさまその道に転がり込ませる拓海の手管に舌を巻いた。本人に自覚がない所は難ではあるが、そこに計算が無いからこそ、皆、虜になるのだろう。
正に、怪我の功名といったところか。試しに彰宏に、拓海を紹介したのは、正解だった。自分の所属する組の、組長の一人息子なんて、本来なら城島にとっては目の上のたん瘤でしかない。失脚さえすれば、上の席が空く。より大手を振って歩く事が出来るようになるのだから、忠義さえ無視できれば誰でもそう思うことだろう。しかし、城島は、それを望んではいなかった。
幼い頃から城島の陰から離れようとせず、自分に自信がなかった彰宏。教育係でもあった自分にくっついては甘えてきて、時には可愛い弟のように接してきたあの子が、拓海の店に通う様になってからというもの、みるみると逞しく成長を遂げていったのだ。
生まれにしては気質も穏やかで、汚れ仕事にも眉を潜めてばかり。裏では頼りない、先々の問題とはいえ家長になるには役不足だ、と陰口ばかり叩かれていたのに。いまでは若い連中を中心とした輪を形成した上で、その中心に陣取り、次世代を率いる者として、申し分のない風格すら漂わせはじめた。
その背に登らせた、荒々しくも猛々しく天を駆ける、龍が如く。
拓海との出会いは、正に漢としての生き方を変えてしまうほどの衝撃だったのだろう。恋とは、かくも人を変えてしまうのか、と城島は染み染み思っていた。
溌剌と成長した彰宏を側で支える仕事に就ける。城島にとって、それこそ、これ以上ない至上の喜びだった。しかし、拓海が長年に渡り諍ってきた百舌鳥家と中條家の命運を握る人物になってしまうとは、流石の城島も考えてはいなかった。
これから、この三人の行く末は……二つの家の展望は、一体どうなって行くのだろうか。
さて、俺もそろそろ動くとするか。城島は、一先ず何も口にすることなく、自分の鼻先を拓海の着物の中に埋めた。
今日、拓海が焚き染めた香は、城島が贈った沈香だった。やはり、選ぶ際に苦心しただけあって良く似合っている。
着物から、足袋に至るまで。今日、拓海が身に付けているものは全て、城島が誂えた物だ。この後来る客は、彰宏か雅か、はたまた、その両方か。
足先から、頭の天辺まで、すっかりと、城島の好む色に染まった拓海を見て、彼らは、一体どんな面持ちを見せるだろう。その胸中を慮るだけで、ふっと口角が上がる。
仕事は、仕事。心に打ち立てた忠義も、自分自身の立場も、忘れはしないが。
それでも。
この子だけは、譲れない。
「……てな事があって」
「お前も、大変だなぁ」
「他人事だと思って。誰のせいでこうなったと思ってるの」
「おや、とんだ飛び火だな」
「飛び火なもんですか。こうなるの分かってて、彰宏の事を紹介したんでしょう」
「でも、好みだったろ?」
「……それは、そうだけど」
「じゃあ、良かったじゃないか」
「良くないよ。全然」
「ん?どうして」
「争い事は、嫌いだから」
「はは、火種がよく言ったもんだ」
「だから、それは、あんたが……あぁ、もう……」
「拓海」
「なに」
「手が止まってる」
「……反対」
ぶすくれた態度を内心でくつくつと笑ってから。城島は、はいはい、と生返事を返した。口振りとは打って変わって、丹念に丁寧に掃除をされた右耳は、風通りが良く、すう、とした。左耳を差し出す為に、一旦起き上がってから。城島は再度、拓海の膝枕に頭を乗せた。
「それにしても、お前の墨をねぇ。それは骨が折れるな」
「全く……あいつらの考える事はよく分からない」
「お前も男だろう?少しは同じオンナを掛けた男の気持ちってもんも、分かりそうなものだと思うけどな」
「思考回路が違いすぎて、同性と思えないんだよ」
「違うさ、お前が特殊なだけだよ。男ってのは、自分のオンナの為になら、時には自分の魂だって張れる生き物なんだからな。それだけ嵌らせたんだ、お前にも責任はある。だから、多少のいざこざがあっても、仕方がないと思うしかないな」
「……多少のいざこざの域を越えてるんだよ、あんたらみたいな人間は」
「褒めてくれたと思うことにするよ」
「ふふ……どう?気持ちいい?」
「あぁ、極楽にいるようだよ」
「良かった。まだ傷も塞がったばかりだから、無理しないでね」
「分かっているよ」
ふわふわとした肌触りの良い着物に頬を寄せながら、城島は思った。
……よもや、ここまで彰宏が拓海に嵌るとは、と。
同時に、衆道の毛の微塵もない男を、すぐさまその道に転がり込ませる拓海の手管に舌を巻いた。本人に自覚がない所は難ではあるが、そこに計算が無いからこそ、皆、虜になるのだろう。
正に、怪我の功名といったところか。試しに彰宏に、拓海を紹介したのは、正解だった。自分の所属する組の、組長の一人息子なんて、本来なら城島にとっては目の上のたん瘤でしかない。失脚さえすれば、上の席が空く。より大手を振って歩く事が出来るようになるのだから、忠義さえ無視できれば誰でもそう思うことだろう。しかし、城島は、それを望んではいなかった。
幼い頃から城島の陰から離れようとせず、自分に自信がなかった彰宏。教育係でもあった自分にくっついては甘えてきて、時には可愛い弟のように接してきたあの子が、拓海の店に通う様になってからというもの、みるみると逞しく成長を遂げていったのだ。
生まれにしては気質も穏やかで、汚れ仕事にも眉を潜めてばかり。裏では頼りない、先々の問題とはいえ家長になるには役不足だ、と陰口ばかり叩かれていたのに。いまでは若い連中を中心とした輪を形成した上で、その中心に陣取り、次世代を率いる者として、申し分のない風格すら漂わせはじめた。
その背に登らせた、荒々しくも猛々しく天を駆ける、龍が如く。
拓海との出会いは、正に漢としての生き方を変えてしまうほどの衝撃だったのだろう。恋とは、かくも人を変えてしまうのか、と城島は染み染み思っていた。
溌剌と成長した彰宏を側で支える仕事に就ける。城島にとって、それこそ、これ以上ない至上の喜びだった。しかし、拓海が長年に渡り諍ってきた百舌鳥家と中條家の命運を握る人物になってしまうとは、流石の城島も考えてはいなかった。
これから、この三人の行く末は……二つの家の展望は、一体どうなって行くのだろうか。
さて、俺もそろそろ動くとするか。城島は、一先ず何も口にすることなく、自分の鼻先を拓海の着物の中に埋めた。
今日、拓海が焚き染めた香は、城島が贈った沈香だった。やはり、選ぶ際に苦心しただけあって良く似合っている。
着物から、足袋に至るまで。今日、拓海が身に付けているものは全て、城島が誂えた物だ。この後来る客は、彰宏か雅か、はたまた、その両方か。
足先から、頭の天辺まで、すっかりと、城島の好む色に染まった拓海を見て、彼らは、一体どんな面持ちを見せるだろう。その胸中を慮るだけで、ふっと口角が上がる。
仕事は、仕事。心に打ち立てた忠義も、自分自身の立場も、忘れはしないが。
それでも。
この子だけは、譲れない。
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