上 下
7 / 7

最終話『これからも、その先も、ずっとずっと』

しおりを挟む



目が覚めると、僕の身体をすっぽりと自分の腕の中に収めているその人と、ぱちり、と目が合った。これまで生きてきた中で、画面の向こう側にいる存在と並べ立てても一度として見た事がないまでの秀逸な美貌の持ち主に、瞬きという行為を忘れ去ったかの様に穴が開くほど至近距離から見つめられて。僕は、ひゅ、と細かく息を吐いて、驚愕に身を固めた。


「おはよう、茜」

「……おはよう、ございます」


人間関係の構築の第一歩として、挨拶を交わすというものがある。恐らく、見た目から受ける年齢差が一回り以上違うだろう僕に対して、それを第一に踏んでくれる気遣いは有難いと思いはするけれど、いかんせん距離感がバグっている。其々の意味合いが持つ熱量が僕の中でぶつかり合って、頭の中がすっかりと混乱してしまった。


「朝ご飯食べる?疲れてるだろうから、お粥にして貰った」

「……いらない」

「食べないと身体が回復しないよ?貴方は育ち盛りなんだから、余計に食べないと」


常識外れの存在から、常識を語られてしまった。言われている意味は分からないでも無いし、それに関しては同意見ではあるのだけど。そんな風に僕の食欲を減退させた原因は、目の前にいる自分自身なのだという自覚は皆無の様だ。自分勝手な部分は、人間の姿を形取っている今でも変わらずにあるみたいだな。


寧ろ、無色透明の存在から、実態を伴った存在になった事で、目に見えた存在感が増してしまっていて、これまで以上の圧力を、ぐん、と感じる。それともこれが、魂の同化を果たした『    』が持つ、その場に居るだけで放たれるプレッシャーなのだろうか。


「部屋に持ってこさせようか?いま、人を呼ぶから……」

「ちゃんと食べるから、人にあまり頼らないで」

「嗚呼、ごめんね、気が利かなくて。まだ、二人っきりが良かったよね。貴方が望むなら、貴方の身の回りのお世話は、全部俺が……」

「違う。自分の事は自分でしたいだけ……ッ、」


というか、朝ご飯って事は、もしかして僕、そんな時間までぐっすり寝ていたって事?隣にこうして、頑強な身体の作りをした熱源があって、それに気が付きもしないで?俄には信じられないし、更に言えば、僕のお尻を何の許可も取らずに撫で回しているその右手の動きも、僕の顎を引き寄せて今にもキスしようとしてくる顔の傾きすらも信じられないし、断じて認められない。


「やめ……ッ、やだ、離してっ、『    』」

「どうして?今は人払いしてあるから、恥ずかしがる必要なんて無いよ。だから、あんまり焦らさないで、茜」


身体をがっしりと鍛え抜いた大人の男性に上から覆いかぶさる様にして身体を押し付けられ、ほとんど身動きが取れない。そんな中で、親の他に誰にも触れられた事の無いデリケートな部分を思う存分弄られて、背筋に生理的な怖気が襲った。朝ご飯の話は一体何処に行ってしまったのか。本来ある目的がいつの間にか色の付いた物にすげ変わってしまっていて、あまりの理不尽さに目尻に涙が浮かんだ。


「『    』、駄目、やめて……ッ僕、初めて会った人と、こんな事したくないよ」


身体の中に熱が生まれていく自覚はあって、だけど、それは『    』に無理矢理に与えられた熱だから、絶対に認めたくなくて。身体の変化を悟られない内に、腕の中から解放されたいと強く願った。けれど、『    』は、そんな逃げの一手を打とうとする僕を逃してくれなかった。


「冷たい事言わないで。初めて会っただなんて……加減が分からなくなってしまうから」


声の中に温かさは間違いなくあれど、先程までの探りを入れる様な気遣いが見られる態度とは打って変わった『    』の気配を察知した僕は、ビクッと身体を震わせて、緊張で乾いた喉を潤す為に、生理現象に近い形で、ごくり、と唾を飲んだ。


「生まれる前から……もっとずっと昔から一緒に居たのに、他人みたいに扱われたら、俺だって傷付くんだよ?」

「………ごめん、なさい」


人を言動や行動で傷付けたら、素直に謝る。それは、自分の立場を守る為ではなく、誠意の問題としてこれまでは受け止めてきたけれど。こと、『    』に対しては、その行為に寄せる期待は別物として考えている節がある僕だった。


「脱いで」


声質は何処までも柔らかいのに、まるで身体の芯までその声に縛られてしまったかの様に、身体が勝手に自分の服に手を掛けていた。寝巻きとして着せ替えられている、ゆったりとした作りをしている韓服は、肌触りが良く、どこにも引っかかる事なく、肌の上をするすると滑っていった。親や教師以外の人間に、こうして強制力を伴う強い言葉を選ばれた事がない僕は、相手が人の形をなした人外の存在であるという事実や、その存在の見た目があまりにも特筆した美貌の持ち主である年の離れた大人の男性だという事実に打ちのめされ、ただただ、その言葉に従うしかなかった。


僕は、神様に愛されてしまっただけの、ただの中学生だから。


「素直な子。負けん気がない訳じゃないのに、俺の前でだけは従順で……そんな所も魅力的だよ」


インナーや下着を身に付けていなかった僕は、韓服を脱ぐと直ぐに素っ裸になった。これまでずっと面識の無かった人を前にして、自分の裸体を晒していく現状は、何処までも僕の羞恥心を煽ったけれど。それを言葉にしたら、目の前にいる『    』の気に障ったり、無駄に意欲を煽るだけの様な気がして、全身を淫靡な眼差しで舐める様に見つめられても、何も言わずに歯を食いしばって耐え続けた。


「股を割って。きちんと可愛い其処が俺を迎えられる様に、今日から仕込んでいくから」


けれど、その台詞を受けた瞬間に、僕の中にある最後の砦は、ガラガラと音を立てて崩れ落ちていった。


「やだ、いやだ……ッ、他に何でもするから、それだけは、しないで」

「大丈夫。辛いのは最初だけだよ。直ぐに、俺無しじゃあ、いつだって物足りない身体になる。だから、怖がらずに、俺にその身を委ねて」


一方的な会話の応酬ばかりで、ちっとも話にならない。相手は人外、更に言えば高次元に在る存在だから、ある程度は仕方がないと分かっていても、こうして好意を寄せてくれているのだから、少しは聞く耳を持ってくれるかと思っていたのに。幼い頃から、それこそ生まれる前から僕に付き纏っては、最終的に自分の信者を使って僕を丸め込もうとしていた自分勝手な存在なだけはある。だけど、もしも僕がこの場でそれに頷いてしまったら、それこそ全てが万事、『    』の思う通りになってしまう。それだけは、何としても防ぎたかった。


『    』を憎んでいる訳ではないけれど、僕の人生は僕の物だという大前提まで、崩したくはないから。


「お願い。僕は、自分でちゃんと納得するまで、他の誰かを受け入れたくない。だから、僕の気持ちが『    』に追い付くまで、待って。それ以外の事なら、誠心誠意、精一杯頑張るから」


納得が行かない人生を歩むなら、せめて、舵取りくらいはしていきたい。定められた大きな道は変わらずとも、選択肢を自分から狭めていくつもりは、さらさらなかった。


「……貴方の気持ちが、俺に追いつくまで?そんなもの、時間がいくらあっても足りない。漸く貴方が手に入ったのに、どれだけ焦らしたら気が済むの?」

「『    』は、僕を自分に惚れさせる自信がないの?身体さえ手に入ったら、それで満足?」


神様を相手にして舌戦しようだなんて、これっぽっちも気持ちとしてはないのだけれど。結果的にそうなってしまったのだから、仕方ない。ある程度の譲歩を引き出せたなら、そして、この場を収められたら御の字と考えて、僕は、キッと『    』を睨み付けた。


「気持ちが伴わなければ、それは単なる凌辱と変わらない。僕の気持ちを踏み躙るなら、きっとこの先、僕の気持ちが手に入る事もない。それでもいいなら……好きにしたらいいよ」


守り続けてきた最後の砦を失い、これ以上、一歩でも踏み進められたなら、僕の中にある男としてのアイデンティティすらも失うという状況下に自らを落とし込むと、僕は、必死になって、『    』ではない、他にいるともしれない神様に祈り続けた。どうか、僕の操が守られますように、と。すると、薬指以外の全ての指に指輪を付けた左手で、ぐしゃりと自分の頭を掻き混ぜた『    』は、眉間に深い皺を寄せてから、深い溜息を吐いて、じとり、と僕を睨め付けた。


「……これだけのプレッシャーを与えられても頷かないなら、仕方がない。これ以上は、貴方の心身に影響が出るだろうし、それを試そうとも思えないから、今回は諦めるよ」


口惜しい、という気持ちが如実に口調に表れている『    』に、胸をホッと撫で下ろすと、そんな僕を見てその心境に触れたのか、『    』はくすり、と微かに苦笑して、僕の身体にふわりとシーツを纏わせてから、僕の身体をシーツごと腕の中に引き寄せた。


「それにしても、本当に鍛え抜かれた強い魂をしているね。貴方なら、きっと、俺と共に永遠の時を在れる存在になると信じていたけれど……待っていて、本当に良かった。俺の目に、狂いは無かった」


うっとりと目を閉じて、僕の額に唇を落とした『    』は、しみじみとそう呟くと、シーツにすっぽりと身体を包み込まれた僕と再び視線を絡めた。


「本当は、貴方をこうして抱き締められるだけで心が満たされるけれど、やっぱりそれだけじゃ足りない。貴方の視線に触れる物全てに嫉妬してしまうし、いつだって触れ合っていたい。いつも俺の隣にいて欲しい……これから先も、ずっとずっと」


だからといって、あんな風に、騙し討ちする様な真似をしていい理由にはならない。僕がまだ若くて未熟で、思考力も備わっていない世間知らずだから今のうちに、という考え方は、どうしても好きになれない。『    』としては悪気は無かったかもしれないけれど、そのうち僕がしっかりした大人になってから、つまり、丸め込むのが面倒な存在になってから相対するよりも、心と身体の両方の成熟を待たずにして、そのどちらも謀略しようというのは、どう考えても間違っている。だから、そこだけは訂正しなくてはいけないと思って、自分の中に無理矢理勢いを作った。


「『    』の気持ちは嬉しいよ。だけど、他の誰かの命を天秤に掛ける様な真似をして、婚約契約証明書を書かせるなんて、大人が子供にしていい問題じゃない。だから、僕の気持ちとしては、やっぱり裏切られたというか、騙されたっていう気持ちはどうしてもある。そこからのスタートだから、時間は掛けるかもしれないけど、出来るだけ、『    』のことを知っていく努力はするつもりでいるから。あまり焦らずに、ゆっくりお互いの歩調を合わせていけたらなと思うんだ。だから、これからも、その……よ、よろしくお願いします」


反感を買う可能性大の、ぎりぎりの言葉を選びながら、自分の理不尽な立場を表明しつつも、今後も『    』と付き合っていく意向は自分の中にあるのだとハッキリ口にすると、『    』は、無言のままジッと僕の顔を見つめてから、ふ、と口元を和ませた。


「じゃあ、まずは、俺の事を知っていく為の最初の一歩として、貴方のその身体の隅々まで、俺を馴染ませて」


見る者全てに何処までも安心感を与える様な、絶世の微笑を浮かべた『    』は、その口から何処までも物騒な台詞を生み出した。そして、僕が、え?と思う間に、ついさっき優しくふんわりと身体を包み込んでくれたシーツを取り払い、再び僕を真裸の状態にすると、その身体に覆い被さって、ぽかん、とだらしなく開いていた僕の口にぬるん、と舌を挿入し、深々と口付けを交わし始めた。


「……ッ、ん……ふ……っ、」


ちゅく、ぐちゅ、と僕の口内を忙しなく『    』の長く太い舌が這い回る。上顎から舌の裏、歯茎の内側と外側まで、全て舌先でぬめぬめと蹂躙され、あまりの気持ち良さに、腰から下の力がくったりと抜けてしまった。田邊さんの身体を使っていた時もそうだったけれど、コイツはなんて卑猥で麻薬性の高いキスをするんだろう。こんな物を教え込まれたら、僕なんて年端もいかないただの中学生なんて、直ぐに骨抜きにされてしまう。


身体も、そして、心すらも。


きっと、あの時したキスや、身体を隅々まで愛された経験は、既に僕の意識の深い所に根付いていて。だからこそ、僕は『    』をきちんとは拒絶出来なくなってしまったのかもしれない。そして、恐らくは、『    』もそれを少なからず察知している。だから、『    』は、こんな風に、ある程度の余裕を持って僕に接しているんじゃないかな。


内心では、『コレが堕ちるのも早そうだな、ククク』とか腹黒く思っていたりして。自分自身を神様だと語る様な怪しげな存在の話を頭から信じようなんて思っちゃいないけど、僕の興味や好意とか、魂その物が手に入ったらもう知らんぷりとか、そんな落ちがあっても、全然驚かないな、と頭の隅で思っていたら。


「大丈夫。貴方が俺をどれだけ好きになっても、俺は貴方を捨てたりしない。健やかなときも、病めるときも、愛し愛され、尽くし尽くされ、死んでも、その先も、ずっとずっと一緒にいよう」


とか、考えていたら、すぐさま『    』から訂正が入った。いくら相手が好きだからって、相手の心の中を覗くなんて、ちょっと下品ですよ。でも、その言葉に嘘はないと、僕のまだまだ短い人生経験からくる価値観ですら、『正解』と答えてくれていたから。


それなら、まぁ、いいか。とかなんとか、思ったり思わなかったりした。


『    』は、首筋から鎖骨、胸元から薄い腹筋と、昨日の夕方近くに辺り隙間なく散らされた朱い鬱血痕を更に深い色にしていくと、躊躇いなく僕の股間に顔を埋めて、薄い茂みに高い鼻先を押し付けた。身体は拭き清めてあった感覚はあれど、昨日からお風呂に入ってはいないのは明白だったから、汗やら何やらで決して清潔とは言えない場所の匂いを、絶世の美貌を持つ存在に嗅がれて、激しい羞恥心に駆られた。


うっとりと恍惚とした表情で、長い睫毛を震わせながら、深い深呼吸をする『    』に、もう勘弁して、と顔を真っ赤にして身悶えていると、『    』は僕の気持ちを知ってか知らずか、股間にある一番大切な部分の周囲にむちゅむちゅと唇を押し当ててから、陰嚢を鼻先で押し上げて、蟻の門渡りの部分にべったりと舌を纏わせた。そして、そこから僕の顔を見上げ、僕の双眸を灼熱の様に熱く鋭い視線で貫くと、続け様に与えられた刺激によってむくむくと兆し始めた、まだ一切触れていない僕の幼い性器を見て、くすり、と小さく笑った。


「触ってないのに、蜜をこんなに垂らして。あんまり期待されると、張り切っちゃうな」

「……ッ、みないで」

「じゃあ、俺からおちんちんが見えない様にしてってお願いして?そうしたら、俺がその願いを叶えてあげるから」


現人神そのものを体現する『    』が、その口調にも己が人格を現し始めると、僕は、息も絶え絶えになりながら、いつの間にか自分の心の表面に浮かんだ言葉を、本当に言いたかったかどうか判然としないままに口にしていた。


「『    』から、僕のおちんちんを、見えなくして。そして、早く……この熱をどうにかして」


その台詞が僕の口から放たれた瞬間、我が意を得たり、と言わんばかりに深い笑みを浮かべた『    』は、あんぐりと大きく口を開くと、僕の性器を根元まで一気に、ぱくん、と口の中に収納した。あ、という間の出来事に、僕が目をぱちくりさせていると、その次の瞬間に、膨大な快楽が股間から背中を伝って、その快楽を脳髄に、がつん!!、と強烈に叩き込まれた。


「……ぃ、…ッあ、ぁ、……やぁっ……?!」


じゅるじゅる、と先端から溢れる蜜を啜り上げ、舌を軟体生物の四肢の様に自由自在に竿に纏わせ、性器の根本から先端まで刮ぎ上げる様に刺激し、口内から空気を極限まで無くして頬肉まで使って性器を蹂躙する『    』の舌技に、元から使い物にならなかった腰から先に、全くといって力が入らなくなる。あまりの快楽に、かくかく、と情け無く腰が微振動し、だらしなく開け放たれ、嬌声しか生み出さなくなった口の端からは、たらたらと生温い涎が溢れていった。


「ゃ、……っ、ん、はぁ、…ッ、あ、あ、…」 


暫くすると『    』は、直ぐ様射精の態勢を整えてしまった、すっかりと勃ち上がった僕の性器の先端に次第に執着し始めた。其処は、皮をすっかりと被っている僕の亀頭がある部分で、激しく興奮すると痛みを生じる部分でもあった。だから、勃起自体に対する恐怖が自分の中にあって、これまでキチンと向き合って来なかったのだけど。本人で在る僕以上にその部位に対する熱意を向ける『    』は、ほんの僅か亀頭の先端部が見える部分に舌先を捻じ込んで、ぐりぐりと舌先を動かしながら其処を刺激し始めた。


「ここの皮、俺が剥いてあげるって約束したよね?普通なら一気にそれをするのは現実的じゃないんだけど、俺が相手なら大丈夫。今日で、大人の仲間入りしようね、茜」


にっこりと人の良い笑みを浮かべ、恐ろしい事を口にした『    』は、僕の性器の根本付近にある皮を、竿を握り締めながらゆっくりと下ろすと、亀頭の先端部に被っている皮と亀頭の間の隙間に舌先を捻じ込みながら、めりめり、と音が立ちそうな強引さで、僕の性器に被った皮を剥き始めた。普通なら痛みを感じて仕方がない筈のそれだけど、僕は不思議なほど痛みを感じることは無く。ただひたすらに、熱された様に強烈な快楽を感じて、あんあん、と仔犬の様な嬌声をひっきりなしに上げて身悶えた。


次第に本来の姿を現し始める自分の性器を、信じられない気持ちで唖然と見つめていると、『    』の興奮した声が僕の耳元まで届き、頭の中に響き渡った。


「赤ちゃんの時のままの姿だった時も可愛かったけど、こうして大人になっていく姿を見るのも格別だな。ずっとこうしてあげたかった……嗚呼、ほら、見て」


完全に勃起した亀頭が、うっすらとある雁首まで、ずるん、と剥き出しになると、『    』は歓喜の声を上げて、うっとりと性器の全体像を眺めた。『    』の手の動きに合わせて刺激を受けた僕の小振りな性器は、ぴくん、ぴくん、と恥ずかしそうに微振動しながら、『    』の手の中で産声を上げる様に先端からたらたらと蜜を溢していた。生まれて初めて外に出た為に、雁首の周辺に恥垢がべったりとこびり付いているのも、僕の羞恥心に拍車を掛けている。すると、ただでさえ信じられない状況下にあって、目の前にいた『    』が、信じられない事をし始めた。


恐らく、自分の所持品だと思われる仰々しい一眼レフカメラを枕元から引き寄せて、手元で器用にレンズを微調整してから、パシャパシャとそれを撮影し始めたのだ。


「……何で、と……」


まるで、親戚縁者が子供の成長記録を写真に収める様な、自然な態度に。


その、満ち足りた表情に。
慈愛に溢れた優しい笑みに。


この、『    』という存在が、僕に向ける愛情の形は、恐らく一つや二つではないのだという事を理解した。


だから、何故そんな真似をするのか、何故そんな仰々しい物が枕元にずっと準備されていたのか、という胸に沸いた疑問は、敢えて呈さず。僕は、自分自身の行く末を、この先の未来を見据えて、ただただ、呆然とするしかなかった。




「良く頑張ったねぇ、偉いねぇ、茜」




僕は、絶対に『コレ』から逃げられない。『コレ』が持つ止めどない愛情と、深過ぎる執着から、一生。



死んで、生まれて。
生まれて、死んで。


そうして魂が歩んできた、これまでと同じ様に。


これからも、その先も、ずっとずっと。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(5件)

ひより
2022.08.15 ひより

主人公が、何処までも追い詰められていく様が、いい意味で不気味でした。

解除
きょうすけ
2022.08.15 きょうすけ

ラストがゾクッとしました。続きが読みたい作品です。

解除
みねぎし
2022.08.15 みねぎし

神様?の執着愛が深過ぎて……グッときました。

解除

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。