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第一章『運命の出会い』

第九話『幸せを形にしたら、それは俺にとって、貴方だった』

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新幹線に乗って、新大阪駅に辿り着く頃には、俺の喉は喋りすぎた影響でカスカスになっていた。だから、俺の家に着いて、交互に風呂に入り、身支度を整えて寝室に進んでも、喉の状態を心配された透さんに、『また、二人きりの時に、話の続きを聞かせてね』と穏やかに制されてしまい、自分自身の体調も一番分かるしで、渋々とそれを許諾した。


先に風呂に入った俺が、当たり前の様に自分のベッドの斜め下にある床に布団を敷いておくと、寝室に上がった透さんは、その様子を見て、頬をサッと朱く染め上げた。あからさまに挙動不審になる、その初心な態度が堪らなくて。俺は、風呂上がりの透さんが、扉の前で立ち尽くしている所に向かい、その手を取って導き、自分のベッドに座らせた。


「長旅お疲れ様。弾丸やったから疲れたでしょう」

「疲れは多少あるけど、恥ずかしいの誤魔化すのに調子に乗ってお酒を飲み過ぎたから……それでまだフワフワしとるかな」


確かに、透さんは、ディナーを予約した店で、まるで水の様にボトルを空けてしまっていた。酒豪の印象は無かったので驚いたけど、その代わり、普段はあまり見られない透さんの酔った姿が見られたし、満足はしている。透さんは、俺が、テーブルの上にある透さん手の上に、そっと自分の手を重ねて、立て板に水の状態で、目と目を合わせながら、透さんの好きな所を話している時も、恥じらいながらも相槌を返して、話しやすい空気を整えてくれた。あれも、お酒の力を借りているのだとしたら、可愛らしくて、いじらしくてならない。


「水持って来ようか?」

「大丈夫、さっき、下で飲んできたから」

「そう……」


話がひと段落すると、お互いの間に、穏やかな沈黙が毛糸針の様な先の丸いそれで、ちくちくと丁寧に縫われていった。話をしていないと落ち着かないとか、そう言えば、透さんを相手にしてきた中で思った試しがない。俺はこれでいて人見知りだから、そんな風に思える相手は稀なのだけど。その相手が自分の好きで止まない人だという所は、何て現金な奴、としか思えず、自分自身に呆れた。


「昨日今日って、ホンマにずっと楽しかった。僕の所為で、後半少し、わちゃわちゃしたけど……潤が僕をきちんと叱って、その後も沢山気遣ってくれたから、色々あったけど素敵な日やったね、で終わって。こんなクリスマスイブが過ごせたの、初めてや。ありがとうな」


ふふ、と口元を和ませながら、慈しむ様に昨日今日を振り返る透さんの身体や、少しだけ水分を含んだ髪からは、俺が使っているボディソープやシャンプーと同じ香りがして、それだけで胸がいっぱいになって、ドキドキした。今時、学生だって、こんな些細なことで挙動不審になったりしないのに。その相手が透さんだというだけで、こんなにも心の余裕というものが無くなってしまう。


この人に、これ以上、不甲斐無くも情けない姿は見せたくない。いや、もう、色々と手遅れなのは分かっているけど、自分の欲望や下半身事情に振り回されてる仕様もない男の姿は、やっぱり隠して置きたかった。


「俺も、こんなに楽しくて充実したクリスマス、経験した事ないです。俺の思い付きに付き合ってくれて、ありがとうございます」

「ううん、こちらこそ。そう言えば、指輪の代金、まだ払ってないんやけど。ごめんなさい、渡せるタイミングがのうなってしもて」

「そんなん、ええです。あれは、俺が透さんにプレゼント……ずっと身に付けてて欲しくて買うたもんですから」


今日買ったイヤーウォーマーといい……この人の謙虚な部分は美徳だと思うし、普段は好ましく感じたりもするけれど、だからと言って、こんな場面にまで持ち込まれたら話は別だ。あれは、俺が透さんに恋人の証にと購入したものだし、それにそう、それは、はっきり言って。


「仕事でもプライベートでも、ずっと付けてて。それで、自分で買うたん?って聞かれても、恋人に貰うたって、その人にちゃんと伝えて」


この人を、早く束縛したかった。もうこの人は俺の物なんだから近付くなと、透さんの周囲にいる人間を、牽制したかった。


「……うん」


湯上がりだから、という理由もあるのだろうけれど、透さんの頬っぺたは、林檎みたいに赤く染まっている。もごもごと、殆ど唇を動かさずに返事を返し、指先を膝の上でもじもじと動かして。恥じらいを全面に押し出しているその姿は、頭の天辺から足の爪先まで、あまりにも可愛らしくて。心臓がギュッと高鳴って、胸で温まった熱い血液を全身に送り届けた。


……これは、このまま、ああなったりそうなったりしてええって、流れでしか無いよな。透さんも、俺のベッドに並んで座ったまま動かへんし。今日、クリスマスイブやし。いくら透さんが奥手やっていうても、それくらいの気持ちは固めて来とると思うねん。あぁ、でもがっつかれてるとか、余裕無い男に思われたら嫌やな。透さん、どう思ってるんやろ。このまま先に進んでもええって、考えてくれとんのかな。『そんなつもり無かった、最低』とか言われたらマジで凹む。即死できる自信すらある。今までは、そんな空気読まへん人間、その場でサヨナラやったけど、透さんとは、そんな理由でなんて絶対に離れたくない。


こんなにも、絶対に失いたくない、誰よりも自分よりも大切にしたいと思える人、生まれて初めて出会ったから。


「僕、潤を好きになって、良かった」


大切な物を大切に扱うのが下手な人間だった。だから、貴方に出会ってからは、全てが手探りで。貴方が家の事をして、笑顔を見せたりしてくれる姿に、視線だけしか送れなかった。


「いま、こんなに幸せやから、凄く怖くなる時もあるんだけど。それでも、怖がってばかりいたら、前には進めないって思うし。あの時ああしたら良かったって、後悔もしたくない。せやから……」


貴方がこの家にいて、俺に微笑み掛けてくれる、その光景が、とてもとても、尊くて。



「僕に、触って」



幸せを形にしたら、それは俺にとって、貴方だった。



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