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第一章『運命の出会い』

第三話『天使って、おるんや』

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膝を突き合わせて本郷……透さんと話す時間を作る、その口実が定まらず、時間ばかりが過ぎていった。これでも自分なりに悪戦苦闘しながら、話の糸口というか、ごく自然に一緒に話せる流れが作れれば……的な工夫を凝らそうとしたのだけど、透さんは、夕飯の準備をすると、定時で直ぐに上がって、風の様に去ってしまうので、その軽やかな背中を見るだけで、俺は口を噤んでしまって。結局そのまま、何する訳でもなく年末を迎えてしまった。


カレンダーを捲って、12月のページに変えながら、重い溜息を吐く。このままだと、何の動きも見せられないまま、今年そのものが終わりを迎えそうだ。透さんにだってプライベートな時間はあるし、それを奪う権利は友達や親族にだってありはしない。唯一それが出来るとしたら、恋人やパートナーだけだと思うのだけど。透さんにとっての、大切な人の存在すら未確認な俺には、自分のガラスのハートを守る事に必死で、手も足も出なかった。


年末年始のスケジュールはとっくの昔に決まっていたから、透さんがクリスマスイブと、クリスマス当日にこの家に来ない事は決定事項だ。当たり前の様にサクッとその方向で予定が組まれてしまっていたので、口を挟める隙が全くなかった。


『じゃあ、この日とこの日は、一応お夕飯は作っておきますが、もしも会社の方で宴会等が入ってしまったら食材が勿体ないので、その際は事前にご相談下さいね』


完全なる仕事モードの透さんの微笑みを真正面から見てしまった俺には、頷く以外の選択肢は無かったのだけど。


「……あれが、最後のチャンスやったよなぁ」



『そう言えばその日は、本郷さんはどう過ごされるんですか』


『友達との約束があったりするんですか』


『普段友達とは、どんな話して過ごしてるんですか』


『恋バナとかしたりするんですか』


『もしかして、恋人とかいたりするんですか』


『もしいなかったら、俺と』




「うわぁ、きもいきもい……無理や、絶対」


今ですらヤバい雇用主なのに、これ以上問題行動を起こして、ましてや透さんに距離を置かれでもしたら、冗談抜きで生きていけない。心理的にもそうだけど、単純に物理的な意味でも。


透さんだから何とかなってるけど、もし他の人や異性だったら、俺の人間関係クラッシャーの性質が発揮されて、色々と面倒事を抱え込んでいたかもしれないのに。下手に既婚の主婦だとかを選んでいたら、そのハウスキーパーさんが俺に勝手に嵌って、その家庭を壊してしまったりだとか。恋人がいる人なら、その相手を振って俺にアタックしてきたりだとか……想像しただけでも、げんなりする。


そうした意味でも、普通であれば恋愛関係に発展しない男性でもある、物凄く稀有な存在の透さんに逃げられてしまったら、俺自身の生活が本当の意味でも成り立たない。あの人は、俺に合わせているけれど、あれでいて、決して俺に、いや、他者に染まったりはしない人だ。だから、俺も安心して自分自身のプライベートスペースに招き入れられたし、安心して片想いに耽る事が出来た。透さんが簡単には靡かない人だからこそ、この恋に没入出来たんだ。


透さんは、仕事や、人間関係の面倒臭さに対する愚痴を聞いて共感してくれるけれど、自分の考えは一切口にしないし、プライベートな話にも便乗したりしてこない。適度な相槌を打ちながら、けれど仕事に従事する手は休めず、ハウスキーパーのプロとしての顔を決して崩さず……俺は、そんな仕事人気質な透さんにも好感を抱いていたから、不満らしい不満はなかったのだけど。でも、俺の男としての勘は、『この人は、本当はそんなに器用な人ではない』と、ぽつりと呟いていた。言葉や態度の端々に、透さん本来の、甘えたがりな性質は垣間見えたから。


ある時、透さんは、強い決心を固めたかの様な面持ちで、それでいてとても申し訳なさそうに、俺に向けてある提案をしてきた。


『あの、差し出がましくて、すみません。豆苗が安かったので今朝購入してきたんですけど……一回使っただけだと勿体ないので、良ければ育ててみても宜しいですか?』


一大決心した様なその眼差しに、俺は呆気にとられた。そんな事、わざわざ俺に尋ねてこなくても好きにしたらいいのに、と思いつつも、透さんにとっては結構な高いハードルだった様で。そんな透さんの気持ちを汲んだ俺は、安心させる様な笑みを心がけてから、透さんに向けて頷いた。


『本郷さんの好きにして下さい。うちの母は、家庭菜園もしていたので、野菜や植物が日常にある生活には慣れていますから』

『本当ですか?……良かったぁ』


俺の食費が多少なり浮くだけの話なのに、透さんは自分の事の様に喜んでくれた。そんな、暖かくて気遣いに溢れて、倹約家の一面も垣間見せる透さんに、ますます気持ちが溢れて。俺は、つい調子付いて、余計な提案までしてしまった。


『そうだ、もし食指が動く様なら、庭も好きに使って下さい。家庭菜園の手伝いなら、俺にも出来ますから』

『え……?ほ、本当ですか?!』


その時の、パッと花が咲いた様な明るい表情には、雇い主の思い付きで述べた提案を嫌々引き受けているといった悪感情は全く感じられず。透さんは、心の底から俺の提案を喜んでくれている様に見えた。そして、その印象は俺の見間違いではなく、次にこの家に透さんが現れた時、彼は家庭菜園を再建する為に必要な機材を家の中から探し当て、家にある物では足りない物品を家計費として渡している月額予算内にきっちりと収めて購入し、自分の用意した防虫着に着替えて、サクサクと行動に移していった。


『秋蒔きの時期に丁度良く重なって良かったです。それに、八城さんが居てくれて助かりました。再建から始めるとなると、意外と力仕事も多いので……』


頬に、鼻の頭に、土を擦り付けた跡を作りながら、はにかむ様にして笑った透さんを見ているだけで胸がいっぱいだったのに、更に、そんな風に頼りにまでしてくれて。一言だって、手伝って下さいとか言って来なかったのに。なんでこの人は、こんな風にして俺の心の琴線に触れる話を、最も簡単にしてしまうのか。単純に、狡いと思った。その存在そのものが。


『何でも言って下さい。俺に出来る事なら、いつでも手伝います』

『ふふ、そんな風に言われたら、何でもかんでも甘えちゃいますよ?』


もう、ホンマに、この人どうしたらええの。可愛い。頭の天辺から爪先まで可愛い。甘えて、もっと俺を頼って。そんなん、この人の性格考えたら、雇用主の俺には簡単に言えへんのは分かるけど。せやけど俺は、透さんの為なら、ホンマに何でもしたいって思うから。


『何でもかんでも、甘えて下さい。本郷さんは、一人でやろうとし過ぎです。今日だって、土やら肥料やら重い物ばかり買い出しに行って。一言言ってくれたら、俺……』

『優しいですね、八城さん。でも、これは僕の趣味の一環でもあるので。寧ろ、僕の趣味にこの家を巻き込んでしまっていいのかな、って……だから、その、あまり甘えたりとかは』

『そんな、つまり、本郷さんは俺に遠慮してたんですか?』

『え……?あ、……そう、です。えへへ、あんまり甘えてばかりだと、お給金だって頂いてるのに、格好が付かないよなって』


どんだけ健気なん。いや、それが仕事なのは分かっとるし、この人に対しては、俺の中にある様々なフィルターが掛かってるからってのも分かっとるけど。でも、あまりにも、これは……このままだと、余計な負担を抱え込んだり、不必要なストレスまで背負い込んでしまうかもしれない。


『それ以上に、貴方は、俺の生活を成り立たせてくれている、大切なパートナーです。だから、俺に出来る事があれば、一人で抱え込まずに相談して下さい』


まだ、出会ってから三ヶ月と少ししか経っていないけど、このまま、この人の性質に気が付かずに生活を続けていたらと考えると、『健気な人だな』と手放しに喜べる問題じゃないな、と思った。早い段階で気が付けて良かった、と俺は胸を撫で下ろして、透さんの顔を真剣な眼差しで見つめた。


『はい。じゃあ、お言葉に甘えて、そんな時が来たら、お声がけしますね』


透さんは、その時、そんな当たり障りの無い台詞を俺に向けて優しく告げた。けれど、それから先、透さんの口から、俺に対して何か手伝って欲しいという甘えが生まれる事はなかった。寂しいとか、もやもやするというか、そんな気持ちはあるけれど。仕事である以上は仕方がない部分もあるよな、と最近では半ば諦めてもいる。それでも俺は、いつだって『八城さん、こっちに来て手伝って下さい』と、透さんが言ってくれるのを、来る日も来る日も、待ち続けていた。


「……はぁ、もう今日は夕飯食べたら風呂入ってさっさと寝よ」


新しいページに進んだカレンダーを眺めていても、そのカレンダーにプライベートな予定が勝手に増えていく筈もない。透さんが書き加えてくれた出勤日と、俺の休みが記載されているだけで、ただ単に、明日から本格的な年末が始まりますよと言う事実をお伝えしてくるだけの、いつも通り代わり映えのないページでしかなかった。


そのページを只管に眺め続けるという不毛な時間を取り止めて、自分の生理的行動を速やかに終わらせて床につく算段を進める。しかし、カレンダーから離れて、透さんがさっき作ってくれたばかりの出来立てのおかずのラップを剥がしている時、突然年季の入った家のインターホンが鳴ったので、俺はその夕食を用意する手をぴたりと止めてしまった。


宅配便は頼んでいないし、早めの老後をハワイで満喫している両親からの宅配の連絡もない。兄夫婦とは何だかんだで最近は良好な関係を築いているから連絡は密に取っているけど、訪ねる時は必ず連絡をくれるので、其方の可能性も今のところ無かった。なんだ?と思いつつ玄関に向かい、ドアの覗き穴から外を見渡す。すると、そこには、鼻の頭を真っ赤にした透さんが、真っ赤な手の指を鳩尾付近でもじもじと動かしながら佇んでいて。驚いた俺は、直ぐにドアの解錠をして、透さんを出迎えた。


「本郷さん?」

「あ、……八城さん。こ、こんばんは」


ドアが思いの外早く開いたからか、透さんは俺が出迎えると、少しだけ慌てた様な素振りを見せた。


「お休みのところ、すみません」

「いえ、全然。どうかしましたか?忘れ物でも?」

「いえ、その……そういう訳ではないんですが」


珍しく言い淀む透さんの次に続く言葉を待っていたけれど、外があまりにも寒いので、取り敢えず中に入る様に促す。すると、透さんは、申し訳無さそうにしながら俺に頭を下げて、家の中に足を進めた。


「いま、暖かいお茶を淹れますね。少し掛けて待っていて下さい」

「そんな、お構いなく。突然押し掛けて来たのは、僕の方ですから」

「こうなった限りはお客様ですから、大人しく俺の淹れたお茶を飲んで、俺に事情を話して下さい……ね?」


お客様、という部分を誇張するでもなく、軽く主張すると、透さんは唇をきゅ、と噛み締めてから、すみません、と再び頭を下げた。そして、白いセーターの上から羽織っていた、ダークブラウンのピーコートを脱いでから居間に進んだ。


ピーコートは、学生が着ている様な雰囲気のある物ではなく落ち着いた仕上がりで、年が俺より二つ上だという透さんの年齢でも良く似合っていた。だけど、どうしても透さん本人の儚げで可憐な印象を引き立ててしまっていて、申し訳ないけれど、学生時代の透さんを彷彿とさせてしまっている。可愛かっただろうな、学生時代の透さん。今だって、意味が分からないくらいに可愛いのに、それに幼さまでプラスされて。


もっと早くに出会いたかった。そして、もっと早くから貴方と、一緒に思い出を作りたかった。


「粗茶ですが」

「いえいえ、お構いなく……ふふ、何だか不思議です。失礼なのは承知なんですけど、その……嬉しくて。八城さん、お茶っ葉のある場所が分かる様になられたんですね」

「何だかんだで、覚えましたね。来客が無いわけでもないですし、必要最低限のマナーは学びました」

「そうか……そうですよね」


ああ、やっぱり、最初の出会い頭のアレは、透さんの中で『あ、この人、全然できてないな』という判断が下されていたんだな。つまりは、履物を用意していたのも、透さんの完全なる気遣いだったというわけだ。俺が履物を用意していたら、透さんはそれにすんなりと履き替えていたのかもしれない。でも、ちゃんと定職に就いて仕事をして、透さんのサポートを受けながら一人暮らしを始めて、そうして人と接するうちに、俺の中でも、色々な心理的変化が生まれていって。


目の前に広がる穏やかな光景や、自分に向けられる気遣いは、当たり前のものではなくて。全て、他の誰かの優しさや努力で築かれているものだったんだと、気付かされて。そんな風に、言葉にしなくても教えてくれる人達に囲まれて、日々勉強して。そんな環境にある自分は、恵まれた人間なんだろうな、と思えた。


そして、俺がそんな人間になれたのは、間違いなく、目の前にいるこの人のおかげだった。その紛れもない事実や、俺のほんの少しの変化を知っただけで、こんなにしみじみと喜んでくれるなんて。


「今朝、霜が余りに深かったので、妙だな、とは思っていたんですけど。天気予報を確認したら、今日の夜から雪になるって。昨日はそんな予報出ていなかったのに……それで、僕、真っ先に、このお家のお庭の事で頭がいっぱいになってしまって。まだ早いかと思って、雪の対策をしていなかったものですから」

「あぁ、それで……」


真面目な人だ。勤務時間外だというのに、自然が相手だから仕方がないと考えず、わざわざ訪ねに来てくれるだなんて。そんな所も堪らないけれど、あまり自分を犠牲にしないで欲しい。こっちが心配でならないし、もしも慌てて移動している最中に事故にでも巻き込まれたらと思うと、気が気じゃなかった。


やはり、会社のスマホを使っての電話やメールといった方法以外の連絡手段を見つけて置くべきか。現代では少しコミュニケーションツールとして、電話やメールのハードルは上がってしまっているし。となれば、よりハードルの低いSNSの連絡先交換、とか。


「あの、本郷さん。もし良かったらなんですが。こうした場合も、これから先あるかもしれないですし、そんな何気ない相談がもっとしやすい様に、その……SNSの連絡先、交換しませんか?」


うわ、ヤバい、めっちゃ緊張する。透さんと、SNS。改めて考えるだけで、動悸息切れが。あー、もう噛んだし、めっちゃやり直したい。目とか血走ったり、瞳孔開いたりしてへんかな。変態やない?見た目大丈夫そ?透さん、絶対不信に思うとるって。『こちとら仕事しに来とんのに、言うに事欠いて下心丸出しにして来おったキモ』って思わへんかな。


透さんは、絶対にそんな風に考える人やないって分かっとるけど、好きな人を前にして一挙一動に不安が付き纏うのって、普通やんか。だから、落ち着いて心臓。透さんは、そんな人やない。沈黙が訪れても、慌てず騒がす、ただ返事だけ待っとればええねん。


「……すみません、八城さん。会社の規定で、会社から配布されているスマホ以外で連絡先の交換は出来ないんです」


そうでした。そんな契約してました。頭から吹っ飛んでました。人生における超特大のチャンスを前にして頭空っぽになってました。うわー、吃驚した。こないに自分がアホやとは思わなかった。


「そう、ですよね。はは、すみません、ついうっかり。だから、今のは忘れて下さい」

「いえ、こちらこそ、本当にすみません。これからは、こうした事が無い様に気を付けますから」


謝らせてるし。もう、これホンマに、どう仕様もな。真面目に人生終わった。好きな人に連絡先聞いて断られた末に謝らせるとか、告白して振られた様なもんやんか。この場合、マジでそれやし。それそのものやし。まぁね、日頃の態度で分かれやってな話なんやけど。


嗚呼、それにしてもホンマに。透さんの中で、俺、全く可能性ないんやなぁ。


あ、やば。泣く。


待って、ホンマ意味分からん。ここで泣いたら、ドン引きされるとかいうレベルやなくて、解約問題にまで発展するかもしれへんのに。


ガラスのハートどころの騒ぎやないやん。どないしよ、どないしたらええの。だけどこんなん、現実が辛すぎて、受け止めきれへんし。


「八城さん」


違うんです、待って、本郷さん。これ、本当に何でも無いんで。目に突然ゴミが入って、それで俺……だから、ちょっと席外しますね。なので、俺には構わずに、先に家庭菜園の方始めてて下さい、すみません。




くらい、言えや、自分。




「見て、雪や。わぁ、綺麗やなぁ」




透さんの声に導かれ、今世紀最大に落ち込んでいる俺の視界に、雪の結晶が塊になって到来する。それを見て、子供の様にはしゃぐ透さんの口調は、俺の耳にとても聞き馴染んだものだった。


「でも、あんまり綺麗やって眺めてたらあっという間に積もってまう。急がんと……あ、」


はたり、と気付きを得たかの様に、パッと俺を振り返った透さんの顔は、みるみると赤く染まっていった。俺は、そんな透さんの反応が、あまりにも、胸の柔らかい所を刺激して来るので、碌に言葉を紡げず。ただ、黙って挙動不審な透さんを観察し続けた。今にも目尻から零れ落ちそうになっていた自分の涙は、いつの間にか止まっていた。


「あの、僕……実は、生まれがこっちなんです。でも、ハウスキーパーを雇う方は、地元の方より出張で此方にいらっしゃる方とか、都心部出身の方が多いので、言葉を矯正していて。仕事モードにもパッと切り替わるので、使い勝手も良くて」


もごもごと、聞き取りづらい、舌ったらずな口調で弁明を続ける透さんは、分かりやすいくらいに慌てていた。訛りを誤魔化していたのが地元民にバレる事ほど恥ずかしいものはない。俺にもその気持ちは分かるから、ふっ、と軽く吹き出す様にして笑ってから、透さんを落ち着かせる為に、口を開いた。


「気持ち分かります。俺も、仕事でこっちにおるから、矯正する必要なんて無いよなって思うとるんですけど、本郷さんと同じ環境におったら、そうやって努力しとったかもしれませんし」

「八城さん、訛り……絶対に地元の人なんに、変やなぁって思ってましたけど、もしかして、無理されてたんですか?」

「無理では無いんですけど、真面目な本郷さん前にしてたら、勝手に背筋伸びるっちゅうか……すんません、無理してました。無茶苦茶カッコつけてました」


こういう場合は、素直に吐いた方がいい。透さんが関西出身だと知れた以上、余計にそう思った。


「そんな……僕なんかに格好付けても、仕方ないのに」

「俺にとっては、仕方ないで片付けられる話や無いんです」


だからと言って、今や無いやろ、どう考えても。緊張の糸が解れた言うても、ダボダボにし過ぎやろ。抑えろって、変な勢いついとるで、俺。ちょっと、ホンマに黙らんかい。


「どうして?」


絶対良くない、こんなん、上手くいくわけない。せやから、ずっと胸の中で温めてきた本心を、いま話すわけには。


「透さんは、どうしてやと、思います?」


だからって、上から目線で、相手を試そうとすなや。困っとるやんか、透さん。突然『透さん』とか、名前呼びしてくるから。心の中で呼びまくってたからって、リアルでそないな態度取って良いわけないやろ。だいいち、偉そうにするか、下から行くか、どっちかにせぇよ。


嗚呼、でも。どっからどう見ても、俺の不意打ち食らって慌ててるこの人、無茶苦茶、可愛え。


「よく分からへん。いきなり、そないな話されても……」

「嘘やろ。俺の視線に、いつも気が付いてた癖に」


困らせたい。意地悪がしたい。半べそ掻いてる貴方はきっと凄く可愛い。だけど笑顔の方がもっとずっと見たい。笑ってる顔。俺の前で。



俺の前だけで。



「いつもなんて、そんな……僕に、なんや話があるのかなって思うて。せやから……もう、急やて、自分」

「急やないし。写真で見た時から、ずっとや」

「……ホンマに言うとん」

「うん」

「敬語使えや」

「はい」


こんな些細なやり取りすらも、愛おしい。貴方が、素の表情を見せたり、取り繕わないでいたりするだけで、心の底から嬉しくなる。


「分からん、もう。いまは、考えたくない。雪積もる前に色々せなアカンのに……なんでこんな話になっとんの」

「透さん、あの」

「取り敢えず、作業させて。そんで、僕を一人にさせて」

「……分かった」

「敬語」

「分かりました」


無理矢理にでも一人の時間を作って、考える余地を自分に与えて。これから雇い主である俺とどう接するべきか、どれが一番建設的な未来なのかを考えながら、黙々と庭先で家庭菜園の雪対策をしてくれている透さんの背中を眺めながら、俺は、やらかした、という気持ちよりも、達成感や爽快感の方が自分の胸にある事実に向き合った。


いつか、こんな日が来るとは思っていたけれど、まさかこんなタイミングで、初雪と共に訪れるなんて思いもよらなかった。


前園先輩、俺にはやっぱり、大人の恋愛は出来ないみたいです。あれだけ色々と話を聞いて、それに助言をしてくれていたのに、全部無駄にしてしまいました。いや、お前には当たって砕けるしかないとか言われてたけど、とは言え、他にも方法がありましたよね。嗚呼、脳内で、前園先輩が俺に向かって穏やかな笑みを浮かべながら手を合わせている。あの人の好みそうなシュチュエーションだわ、知ってる。


だけどね、前園先輩。貴方は透さんについて、色々と疑惑を抱いていましたよね。透さんが、人を手の平の上で転がすのが上手い的な、そんな感じに。俺の視線に気が付きながら、それを上手いこと躱して、自分自身をブレさせない所が、心臓むっちゃ強いみたいな。俺よりも、一枚も二枚も上手だから、お前の手には負えないよとか。それだけの手練手管を仕入れているなら、それだけの人間の相手をしてきているだとか。この仕事に就かなければならない特別な理由みたいなものがあったりするんじゃないかとか。


でもね、聞いて、前園先輩。信じられないかもしれんけど、透さん、全部、隅から隅まで、ホンマの天然やったんですよ。


「天使って、おるんや……」


雪が降り頻る光景の中、黙々と雪対策の作業を進める透さんの背中を、ただ只管に眺めながら。俺は、何故だか無性に、ホッとして。さっき流せなかった涙が鼻を通ってきたから、盛大に鼻を鳴らして、それを啜った。

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