10 / 10
第二章『性悪説』
最終話『性悪説』
しおりを挟む
・
借金の取り立てが無くなった事で、母親の持病はパートに出られるくらいにまで回復した。薬代や診療代も必然的に少なくなり、二馬力になった我が家の家計は、以前よりも、だいぶ余裕のあるものとなっていった。僕は、そんな母親の状態を見て一大決心をし、アルバイトをしながら奨学金を利用して専門学校に通い、歯科衛生士の資格を取って、以前お世話になった宗川先生が運営している歯科に就職した。安定した職業に就いたので、奨学金を返しながらでも、ゆっくりと貯金が出来る。けれど、傑に肩代わりして貰った借金自体が無くなる訳ではないから、その貯金には手を付けず。定期的に借金の返済の手続きをしにくる、傑の側近だと名乗った大槻 昭雄さんに、纏まった金額をコツコツと渡し続けた。
大槻さんは、落ち着いたシルバーヘアを軽く撫で上げて、高級そうな鼈甲縁の眼鏡を掛けている紳士風の男性で、とは言え、僕と然程年齢差は無い様にも見える、背の高い美丈夫だった。返済の手続きを行っている最中も、穏やかな微笑みを浮かべながら、僕達の近況などの話を尋ねては、それに答えていく僕に静かに相槌を打ってくれて。これまで僕が接してきた会社の人間の誰よりも、人柄も接し方も落ち着いていた。この人の本職について、例えそうだと説明されても、殆どの人が簡単には納得しないだろう。それくらい、血みどろの世界とは隔絶した生き方をしている人間にしか見えなかった。
そして、いつもの様に返済の手続きに訪れた大槻さんを持てなしていた、ある日。
「今回の返済を持ちまして、貴方様のご負担されていた借用金は全て完済となりました。大変お疲れ様でございます」
言われた事の意味が分からず、僕は、ぽかん、と口を開いたまま、大槻さんに新しいお茶を出し、自分の席に座わり掛けた、中途半端な格好で固まってしまった。
「え……っと、あの、すみません。確か、この返済が始まる前に、借用金の金額の確認をした時は、こんなに早く返済が終わる様な金額では無かったと思うんですが……」
何とか、働かない頭に油を差して、脳内にある歯車を動かし始めると、大槻さんは、首を横に振って、取り敢えず席に着く様にと、僕を穏やかに促した。その言葉に従って僕が席に着くと、大槻さんは、事の経緯をゆっくりと話し始めた。
「確かに、傑様が肩代わりなさった貴方の借用金全体から考えてみれば、完済にはまだ程遠い状態にありました。しかし、貴方様と一緒に、その借用金の支払いを行なっていた第三者がいらしたのです。そして、その方の働きによって、借用金は完済に至った、という事です」
「第三者?それは、一体……」
それまで全く話に浮上してこなかった人物が、僕の借金の返済を手伝ってくれていただなんて、初耳もいいところで。戸惑いや驚きと共に、微かな不信感も感じながら、一体それは誰なのかと、胸の内に生まれた当然の疑問を解消しようとした。
「貴方様のお父様の元部下で、お父様と、とても懇意にされていた女性がいらっしゃいましたよね?その方が、ご自分の身を粉にして働いて、借用金の四分の三の金額をご返済されたのです。ご自分の所為で苦境に立たされてしまった貴方様に代わってね」
その話を聞いた瞬間に、胸の中に湧いて出た感情は、感謝ではなく、嫌悪感だった。どれだけの思いをしてでも、復讐を果たそうと思っていた人間の手によって、救われる。しかも、自分の意思とは無関係に。それが、どれだけの屈辱か。目の前に、その女が居ないのが分かっていても、忌々しくも腹ただしくて。思わず、口汚い罵りや誹りが生まれてしまいそうになるのを、最近漸く新調したばかりの奥歯を噛み締めて、堪えた。
「……必要ありません。その返済に使われたお金は、傑に返して下さい。何処かの慈善団体に寄付して下さっても構わない。僕は、誰の手も借りずに、その借用金を返済します」
「申し訳ありませんが、それは叶いません。向こう様と取り交わした契約と、貴方様と交わした契約の間には、明確な因果関係がありませんから」
「でも、元々は、同じ借用金で……」
「申し訳ありませんが、これは貸主である傑様ご本人による決定事項で御座います。どうあっても、この決定にご納得頂けないと仰るならば……」
大槻さんは、食い下がる僕の前に、一通の封筒を差し出した。見るからに上等な紙質で、赤い封蝋がなされて閉じられているその封筒は、その表紙に、傑の名前と、女性の物と思われる名前が連名で印字されていた。
「ご自分で、直接交渉なさって下さい」
その封筒の中身が一体どんな物なのか、僕だって、分からない訳じゃ無い。自分自身が受け取った経験は無いけれど、父親や母親が、それを手にしていた記憶はあるし。その後、その封筒を手荷物に忍ばせて、家族総出で粧し込んで、その送り主達の人生の門出を祝福した経験は、何度もあったから。
だから、これは、喜ぶべき出来事なんだ。
「自分の婚約者の心に残った憂いを、自分の手で晴らして差し上げたいと考えるのは、人ならば当然の発想でしょう。それに口を挟める人間は、例え親族であろうとも存在致しません……ですが、これだけは確かです」
例え、傑が生涯の伴侶として選んだ女性が、僕達家族を不幸の底に陥れた、憎き相手であったとしても。
「傑様の周囲にいる誰しもが、この結婚を良しと思っておりません。恐らく、婚約者である女性は、この結婚を阻もうとする様々な人物に、式当日であろうとも、その命を狙われる事となるでしょう。そして、その問題について、傑様ご本人からのご配慮は、一切御座いませんでした」
いつの間にか、僕は、その封筒を手にしたまま、静かに涙を溢していた。どんな感情からくる涙なのか、それをいま、解き明かしてはいけない。何故なら、僕は、この感情に一生涯を掛けて蓋をしていくと心に強く誓っていたから。
「そればかりか、ご自分の周囲にある人間達の数が不自然に減っていく現状にも、何も仰るご様子はない。まるで、『さぁ、いつでも自分とその婚約者の命を狙いに来い』とでも仰っているかの様に」
「……なんで、傑は、そんな危ない事を?」
封筒を、静かにテーブルの上に置き、自分の心の表面に浮かんだ疑問を手に取ると、大槻さんは、微かな苦笑いを浮かべた。
「これは、幼少期から傑様のお世話係を仰せつかってきた、私の一つの推測だと思ってお聞き下さると助かるのですが、それでも?」
後から後から頬を流れる涙を拭い、静かに、それでいて確かに頷くと、大槻さんは、僕の淹れたお茶を一口だけ含んで茶托に置き、口を開いた。
傑は、自分の周囲にいる人間を、これまでずっと、誰よりも大切にして生きてきた。たまの息抜き程度に、自分の性に合った人間と遊んだり、懇意にしている歯科に通う程度で、それ以外の時間はいつでも周囲に黒服を侍らして、親の言う事を第一に考える、血族の人間の模範とも言える様な人間だったそうだ。だから、唯一の例外である、僕に関わる事を除き、傑が黒服達を退けた状態で、自分の意思を何よりも尊重して行動した事は、ただの一度も無かったという。
何を犠牲にしても僕を救い出したい、という傑の意思を尊重し、傑の側近である大槻さん達は、僕の身の安全を第一に考えた上で、その当時、自分の娘の躾以外に、何ら問題行動を起こしていなかった穏健派の人間に牙を剥くという前代未聞の行動に打って出た。穏健派の男は、傑に嫁がせる予定であった娘の躾の件でケチが付き、すっかり落ち目にはなっていたものの、それまでに残してきた功績と、周りの親族の後押しをバネにして再び隆盛し、未だ血筋だけはしっかりと繋がっていた為もあって、傑の義父になるのは既定路線にあった。その為、そんな男をその手に掛けてしまった傑を中心として、数週間に及ぶ内部抗争が始まってしまったのである。
古くから自分自身を守り育ててくれた人間の犠牲を払い、何人もの構成員の屍の山を積み重ねていく、血で血を洗う惨劇が繰り返され、組織の規模縮小にも関わる騒動を巻き起こした傑だったが、穏健派だと思われていた男が、会社の金を着服していた事が後から発覚し、それを粛清した傑はお咎め無しとなって、先々から進められていた跡目相続の話にも同様に決着が付けられた。
しかし、一度身内に牙を向けた傑の立場は、その肩書きに似合わないまでに縮小されてしまった。また、内部抗争の発端となった僕が、傑を始めとした多くの人間達の計らいのもと逃げ道を用意してまで助け出してやったにも関わらず、おめおめと現場から逃走し、結局、傑の手を取る事は無かったという事実が発覚すると、周囲の人間の圧倒的大多数が、僕の粛清を叫んだという。けれど、傑は、それを絶対に許さなかった。そして、傑自身が肉の盾となり、僕の前に立ちはだかる事によって、その牙が僕に向かない様に仕向けていったというのだ。
そう、傑は、僕がそうとは知らなかっただけで、あのホテルから逃走して再会するまでの間、ずっと、僕を陰ながら見守り続けてくれていたんだ。
そして、そんな傑の気概に根負けした、古くからある親族達によって、傑自身が、身内の中に齟齬を起こしながら、そこまでしてまで、その身を守り続けるだけの価値が僕にあるのか、その見定めをする為の機会が与えられた。
傑は、そんな事をする必要などない、と最後まで強く抵抗したが、ならば、この状況がこの先ずっと続くのみだと、隠居した今で尚、強い発言力を有する父親に親族会議の場で言い放たれ、傑は、それ以上の反発をする事は叶わなかった。しかし、一体何を根拠にして、僕自身の価値判断が下されるのかは明らかにされず。傑の父親の価値観一つで、僕の命は天秤に掛けられる事になったのだった。
そして、あのクリスマスの日がやってきた。僕達は、傑の父親を中心とした大幹部達の監視下に置かれた状態で、その日を過ごした。尚且つ、傑は、骨伝導式の小型イヤホンを装着し、いつでも幹部達の指示を受けられる状態にあり、それによって全ての行動をコントロールされていたのだという。傑の側近である部下達も見守る、莫大な緊張感の中、傑は、僕をちやほやと甘やかしながら僕の警戒を解き、監視カメラと盗聴器が其処彼処に設置されている自分のマンションに僕を招き入れ、僕の顳顬に銃口を突き付けたまま長い長いラブストーリーを語り、僕がどんな答えを用意するのかを、只管に待ち続けた。
そして僕が、傑に向けて、自身の中にある本心を語り、傑のその気持ちに報いる言葉を口にした瞬間。傑の父親は、『もういい、やめろ』と、一言だけ告げて、僕達のその後の監視行為の全てを中断させたのだという。
つまり、僕は。僕をずっと守り続け、心身ともに疲弊しきっていたであろう傑を。僕の本当の自由を手に入れて、歓喜と安堵に満ちていただろう傑を。あの日、突き放したという事になるのだ。
僕は、何てことをしたんだ。確かに、傑がした事は、全てが万事、一方的な行動だ。僕は、一度だって傑に、助けて欲しいと告げた試しはないし、そもそも他の誰かに自分自身を救い出して欲しいと考えた時もない。だけど、その内情が分かれば、『何故一言そうと言ってくれなかったのか』『何故、僕の為に、こんな無茶な真似をしたのか』と問い詰めたりといった心境には、どうしてもなれなかった。そして、これだけ大変な思いをしておきながら、僕の人生を、自分の人生に巻き込まなかった傑の深い愛情に、僕は、再び落涙した。
あれから数年経った今でも、あのクリスマスの夜の出来事や、最後に傑と別れた植物園での会話は、昨日の事の様に思い出せる。傑が、僕の事を、本当に心の底から愛していたという気持ちには、ずっと気が付いていたのに。僕は、『どうあっても、彼と自分とでは生きていけないのだから』と、その気持ちを素直に受け入れずに、意固地になってしまって。
『貴方なら、きっと、そう言うと思っていました』
傑の最後にくれた、最初から全てを悟っていたとばかりのその言葉にも、碌な反応を返す事なく、その場を走り去ってしまった。
帰り道、止めどなく泣きながら、僕は、傑ただ一人の胸の内を、想い続けた。こんなにも、純粋に、それでいて不器用に、自分にとって大切な誰かを犠牲にしてまで、その人だけの幸せを願い、愛せる人が。これから先もずっと、血で血を洗う様な修羅の世界を、誰よりも大切な人をその腕に抱く事なく、生き続けなければならないだなんて。そんな、残酷な話があるだろうかと。
生まれや育ちによって、自分の人生をどうあっても自分では選べない環境の中、自分の中にある倫理観を、周りの大人達に壊されて。そんな世界に、愛する人を、本当の意味では巻き込めないからと、愛する人の気持ちや幸せを、第一に考えて、自分の身を引いて。
ねぇ、傑。君は、いま、本当にそれで、幸せなの。
これだけの愛を知ってしまったら、君以外の人を愛することなんて、絶対に出来ない。そんな人間に作り替えたのは君なのに、君は、そんな僕の手をあんなにもあっさりと手離して。
君が、あの日、僕のその手に縋り付いてくれていたなら。自分の持つ権力全てを総動員して、僕を囲い込んでしまったなら。
僕は、君を恨んで、呪って、誰よりも深い執着を、君だけに一身に注げたのに。
そんな風に、悔やんでも悔やみきれない、遣る瀬なさを、この数年、ずっとずっと胸に抱いていた。
見てはいけない。再び封を開けてはならない。その感情に。思い出に。生まれ損なった絆に。目を向けてはならない。そう、強く自分を戒め続けてきた。
けれど、無意識のうちに攲ててしまった耳に忍び込む、その音色は、とても綺麗で、鮮やかで。だから、その音色に、心のままに耳を傾けられる今が、とても愛おしく思えて。
でも、今、君の隣にいるのは、僕じゃないんだと。そして、その隣にいる人物は、僕がずっとずっと復讐を誓って、憎み、恨み、憤り続けてきた女であると知って。僕は、思ってしまったんだ。
世の中には、どうあっても勘に触る人間はいる。普段はそんな人間とは、関わらなければそれで済む話なのだけれど。それが、目の前に現れて、自分の大切な人間の周囲に纏わりついているとしたら、それに悪感情を抱いてしまうのは、人間が感情というものに時折支配されてしまう生き物である以上、仕方がない事なのだと。
「ご自分の命がどれだけ危ぶまれても、それ以上に、その決断が自分にとって必要であると考えない限り、傑様はその行動を起こしたりは致しません。そして、ご自分の立場を誰よりも理解なさっているあの方が、そんな決断をなさる時には、決まっていつも、貴方様の存在が渦中にある。つまり、この一見すると愚行としか判別しようの無い行動は、全て貴方様の為だけにあると……」
「もう、充分です。よく分かりましたから」
だから、そんな人間が目の前に現れて、それが自分の大切な人を苦しめているとしたならば、それを排除したいと考えてしまうのは、ごく自然な発想なのだ。
「………この封筒の中身、本当は、結婚式の招待状ではありませんよね。でなければ、僕は、此れを絶対に受け取らないと、傑に伝えて下さい」
「その必要は御座いません。貴方様のご指摘通り、此れの中身は、傑様が貴方に宛てた熱烈なラブレターと、シンデレラストーリーの主人公として有頂天になっている愚かな豚の末路を、特等席から観覧する為の招待状で御座います」
それを忌避したり、やり過ぎだと反発したりするのは、それこそ個人の発想に任せなければならない部分があるのは、確かだけれど。それをしてくれた相手が、自分のその身や、相手がどんな風に感じるかを考えるよりまず先に、自分自身をそれ以上に大切に想っていてくれたんだ、という前提を忘れてはいけないと思う。
「新婦側の親族友人席は豚の見栄が最大限に反映された状態のまま、新郎側には、これまで豚の世話をしてきた顧客と調教師、そして学生時代に虐めのターゲットにしていた同級生を密かに配置し、幼少期から調教済みに至るまでの過程を、披露宴の冒頭からプロフィールムービーとして流し、顧客と調教師による豚の調教の過程を苦労話としてスピーチさせる流れをサプライズ演出する予定です。因みに豚側の招待客は両親以外全て買収済みで、その式どころか、その後に予定されている入籍そのものが茶番である事を知った上で参列する予定となっております」
「………会社のお金に手を出したり、傑の意に反する行いをした人間の見せしめも兼ねているんでしょうが。相変わらず、やる事がエゲツないですね、あなた方の会社は」
「その仕打ちに本当の意味で耐え切り、そして乗り越えてきた人間は多くありません。ですから、それをして見せた貴方様を、大変気骨のある好人物であると、あの口のお堅い先代自らが、珍しくお褒めになっておいででした」
だから、そんな風に、己を犠牲にしてまで自分を大事にしてくれる人が現れた、その時は。
「………嗚呼、とても良いお顔をされていらっしゃる。私の様な人間にとっては、最高の絶景です」
ただ、穏やかに笑って、『ありがとう』と、伝えればいい。
「それでこそ、これまでの傑様の御苦労も報われるというもの。誰よりも、貴方様がその存在を開花される時を待たれていらしたのは、どうあってもやはり、あの方でしたからね」
「そうですか……」
こうして『目が覚めて』見ると、よく分かる。ああ、この人も傑と同じ様に、そして、この僕と同じ様に、程よく頭のネジがぶっ飛んでいる人なんだなと。同じ水に住む人間同士、最初から肌が合うのは、当然なのかもしれない。
「でも、借りたお金はちゃんと返します。それに、何があっても、その女は殺さない……勝手に死なせたりしないと、約束して欲しい。だから、その直接交渉をしに行く為にも、傑には、きちんと会いに行きますよ」
「畏まりました。傑様にも、そうお伝え致します」
「にも、という事は、貴方の上役はやはり、傑では無いんですね」
「はい。私は単なる、傑様のお世話を仰せつかった者ですから」
何とも食えない人だ。にっこりと人の良い笑みを浮かべているけれど、腹の底までは全く窺わせない。こんな人をよくまぁ、その筋の人間には向かないんじゃないかだなんて、さっきまでの僕は思っていたな。
修羅は、生まれながらにして修羅の道を歩まざるを得ない人達ばかりだ。それを生き方を選べなかった可哀想な人なんだと、他人が同情するのは勝手だけれど。
余計な気遣いや心配などしなくても、修羅の気持ちを本当の意味で理解出来る人間は、同じく修羅でしかないのだという事を、よく知っておく必要はあると思う。
触らぬ神に、祟りなし。だけど、それなら、僕は一体、どんな人間なんだろう。初めからそんな、修羅の道を歩む人達の気持ちが、ほんの少しだけでも分かる様な人間では無かった気がするし。やはり、環境というものが、人の生育には、一番大切だったりするのかな。
それとも人は、生まれながらにして、本当は。
「そう言えば、傑は、いま、この話を聞いているんですか?」
「はい。いつも、私が貴方様の元を訪れる際には、必ず」
「………側に、いるの?」
「はい。必ず、貴方様のお側にいらっしゃいます」
いつか話せる時が来たら、聞いてみようか。傑、君は、どちらだったの、と。
生まれながらの悪だったのか。
悪に染まらざるを得なかった人なのか。
『それを聞いて何になるの?』と尋ね返されたら、そうだな。
「悪趣味だね、相変わらず」
『子供を持つのって、どう思う?』なんて、真顔で返してみようかな。
借金の取り立てが無くなった事で、母親の持病はパートに出られるくらいにまで回復した。薬代や診療代も必然的に少なくなり、二馬力になった我が家の家計は、以前よりも、だいぶ余裕のあるものとなっていった。僕は、そんな母親の状態を見て一大決心をし、アルバイトをしながら奨学金を利用して専門学校に通い、歯科衛生士の資格を取って、以前お世話になった宗川先生が運営している歯科に就職した。安定した職業に就いたので、奨学金を返しながらでも、ゆっくりと貯金が出来る。けれど、傑に肩代わりして貰った借金自体が無くなる訳ではないから、その貯金には手を付けず。定期的に借金の返済の手続きをしにくる、傑の側近だと名乗った大槻 昭雄さんに、纏まった金額をコツコツと渡し続けた。
大槻さんは、落ち着いたシルバーヘアを軽く撫で上げて、高級そうな鼈甲縁の眼鏡を掛けている紳士風の男性で、とは言え、僕と然程年齢差は無い様にも見える、背の高い美丈夫だった。返済の手続きを行っている最中も、穏やかな微笑みを浮かべながら、僕達の近況などの話を尋ねては、それに答えていく僕に静かに相槌を打ってくれて。これまで僕が接してきた会社の人間の誰よりも、人柄も接し方も落ち着いていた。この人の本職について、例えそうだと説明されても、殆どの人が簡単には納得しないだろう。それくらい、血みどろの世界とは隔絶した生き方をしている人間にしか見えなかった。
そして、いつもの様に返済の手続きに訪れた大槻さんを持てなしていた、ある日。
「今回の返済を持ちまして、貴方様のご負担されていた借用金は全て完済となりました。大変お疲れ様でございます」
言われた事の意味が分からず、僕は、ぽかん、と口を開いたまま、大槻さんに新しいお茶を出し、自分の席に座わり掛けた、中途半端な格好で固まってしまった。
「え……っと、あの、すみません。確か、この返済が始まる前に、借用金の金額の確認をした時は、こんなに早く返済が終わる様な金額では無かったと思うんですが……」
何とか、働かない頭に油を差して、脳内にある歯車を動かし始めると、大槻さんは、首を横に振って、取り敢えず席に着く様にと、僕を穏やかに促した。その言葉に従って僕が席に着くと、大槻さんは、事の経緯をゆっくりと話し始めた。
「確かに、傑様が肩代わりなさった貴方の借用金全体から考えてみれば、完済にはまだ程遠い状態にありました。しかし、貴方様と一緒に、その借用金の支払いを行なっていた第三者がいらしたのです。そして、その方の働きによって、借用金は完済に至った、という事です」
「第三者?それは、一体……」
それまで全く話に浮上してこなかった人物が、僕の借金の返済を手伝ってくれていただなんて、初耳もいいところで。戸惑いや驚きと共に、微かな不信感も感じながら、一体それは誰なのかと、胸の内に生まれた当然の疑問を解消しようとした。
「貴方様のお父様の元部下で、お父様と、とても懇意にされていた女性がいらっしゃいましたよね?その方が、ご自分の身を粉にして働いて、借用金の四分の三の金額をご返済されたのです。ご自分の所為で苦境に立たされてしまった貴方様に代わってね」
その話を聞いた瞬間に、胸の中に湧いて出た感情は、感謝ではなく、嫌悪感だった。どれだけの思いをしてでも、復讐を果たそうと思っていた人間の手によって、救われる。しかも、自分の意思とは無関係に。それが、どれだけの屈辱か。目の前に、その女が居ないのが分かっていても、忌々しくも腹ただしくて。思わず、口汚い罵りや誹りが生まれてしまいそうになるのを、最近漸く新調したばかりの奥歯を噛み締めて、堪えた。
「……必要ありません。その返済に使われたお金は、傑に返して下さい。何処かの慈善団体に寄付して下さっても構わない。僕は、誰の手も借りずに、その借用金を返済します」
「申し訳ありませんが、それは叶いません。向こう様と取り交わした契約と、貴方様と交わした契約の間には、明確な因果関係がありませんから」
「でも、元々は、同じ借用金で……」
「申し訳ありませんが、これは貸主である傑様ご本人による決定事項で御座います。どうあっても、この決定にご納得頂けないと仰るならば……」
大槻さんは、食い下がる僕の前に、一通の封筒を差し出した。見るからに上等な紙質で、赤い封蝋がなされて閉じられているその封筒は、その表紙に、傑の名前と、女性の物と思われる名前が連名で印字されていた。
「ご自分で、直接交渉なさって下さい」
その封筒の中身が一体どんな物なのか、僕だって、分からない訳じゃ無い。自分自身が受け取った経験は無いけれど、父親や母親が、それを手にしていた記憶はあるし。その後、その封筒を手荷物に忍ばせて、家族総出で粧し込んで、その送り主達の人生の門出を祝福した経験は、何度もあったから。
だから、これは、喜ぶべき出来事なんだ。
「自分の婚約者の心に残った憂いを、自分の手で晴らして差し上げたいと考えるのは、人ならば当然の発想でしょう。それに口を挟める人間は、例え親族であろうとも存在致しません……ですが、これだけは確かです」
例え、傑が生涯の伴侶として選んだ女性が、僕達家族を不幸の底に陥れた、憎き相手であったとしても。
「傑様の周囲にいる誰しもが、この結婚を良しと思っておりません。恐らく、婚約者である女性は、この結婚を阻もうとする様々な人物に、式当日であろうとも、その命を狙われる事となるでしょう。そして、その問題について、傑様ご本人からのご配慮は、一切御座いませんでした」
いつの間にか、僕は、その封筒を手にしたまま、静かに涙を溢していた。どんな感情からくる涙なのか、それをいま、解き明かしてはいけない。何故なら、僕は、この感情に一生涯を掛けて蓋をしていくと心に強く誓っていたから。
「そればかりか、ご自分の周囲にある人間達の数が不自然に減っていく現状にも、何も仰るご様子はない。まるで、『さぁ、いつでも自分とその婚約者の命を狙いに来い』とでも仰っているかの様に」
「……なんで、傑は、そんな危ない事を?」
封筒を、静かにテーブルの上に置き、自分の心の表面に浮かんだ疑問を手に取ると、大槻さんは、微かな苦笑いを浮かべた。
「これは、幼少期から傑様のお世話係を仰せつかってきた、私の一つの推測だと思ってお聞き下さると助かるのですが、それでも?」
後から後から頬を流れる涙を拭い、静かに、それでいて確かに頷くと、大槻さんは、僕の淹れたお茶を一口だけ含んで茶托に置き、口を開いた。
傑は、自分の周囲にいる人間を、これまでずっと、誰よりも大切にして生きてきた。たまの息抜き程度に、自分の性に合った人間と遊んだり、懇意にしている歯科に通う程度で、それ以外の時間はいつでも周囲に黒服を侍らして、親の言う事を第一に考える、血族の人間の模範とも言える様な人間だったそうだ。だから、唯一の例外である、僕に関わる事を除き、傑が黒服達を退けた状態で、自分の意思を何よりも尊重して行動した事は、ただの一度も無かったという。
何を犠牲にしても僕を救い出したい、という傑の意思を尊重し、傑の側近である大槻さん達は、僕の身の安全を第一に考えた上で、その当時、自分の娘の躾以外に、何ら問題行動を起こしていなかった穏健派の人間に牙を剥くという前代未聞の行動に打って出た。穏健派の男は、傑に嫁がせる予定であった娘の躾の件でケチが付き、すっかり落ち目にはなっていたものの、それまでに残してきた功績と、周りの親族の後押しをバネにして再び隆盛し、未だ血筋だけはしっかりと繋がっていた為もあって、傑の義父になるのは既定路線にあった。その為、そんな男をその手に掛けてしまった傑を中心として、数週間に及ぶ内部抗争が始まってしまったのである。
古くから自分自身を守り育ててくれた人間の犠牲を払い、何人もの構成員の屍の山を積み重ねていく、血で血を洗う惨劇が繰り返され、組織の規模縮小にも関わる騒動を巻き起こした傑だったが、穏健派だと思われていた男が、会社の金を着服していた事が後から発覚し、それを粛清した傑はお咎め無しとなって、先々から進められていた跡目相続の話にも同様に決着が付けられた。
しかし、一度身内に牙を向けた傑の立場は、その肩書きに似合わないまでに縮小されてしまった。また、内部抗争の発端となった僕が、傑を始めとした多くの人間達の計らいのもと逃げ道を用意してまで助け出してやったにも関わらず、おめおめと現場から逃走し、結局、傑の手を取る事は無かったという事実が発覚すると、周囲の人間の圧倒的大多数が、僕の粛清を叫んだという。けれど、傑は、それを絶対に許さなかった。そして、傑自身が肉の盾となり、僕の前に立ちはだかる事によって、その牙が僕に向かない様に仕向けていったというのだ。
そう、傑は、僕がそうとは知らなかっただけで、あのホテルから逃走して再会するまでの間、ずっと、僕を陰ながら見守り続けてくれていたんだ。
そして、そんな傑の気概に根負けした、古くからある親族達によって、傑自身が、身内の中に齟齬を起こしながら、そこまでしてまで、その身を守り続けるだけの価値が僕にあるのか、その見定めをする為の機会が与えられた。
傑は、そんな事をする必要などない、と最後まで強く抵抗したが、ならば、この状況がこの先ずっと続くのみだと、隠居した今で尚、強い発言力を有する父親に親族会議の場で言い放たれ、傑は、それ以上の反発をする事は叶わなかった。しかし、一体何を根拠にして、僕自身の価値判断が下されるのかは明らかにされず。傑の父親の価値観一つで、僕の命は天秤に掛けられる事になったのだった。
そして、あのクリスマスの日がやってきた。僕達は、傑の父親を中心とした大幹部達の監視下に置かれた状態で、その日を過ごした。尚且つ、傑は、骨伝導式の小型イヤホンを装着し、いつでも幹部達の指示を受けられる状態にあり、それによって全ての行動をコントロールされていたのだという。傑の側近である部下達も見守る、莫大な緊張感の中、傑は、僕をちやほやと甘やかしながら僕の警戒を解き、監視カメラと盗聴器が其処彼処に設置されている自分のマンションに僕を招き入れ、僕の顳顬に銃口を突き付けたまま長い長いラブストーリーを語り、僕がどんな答えを用意するのかを、只管に待ち続けた。
そして僕が、傑に向けて、自身の中にある本心を語り、傑のその気持ちに報いる言葉を口にした瞬間。傑の父親は、『もういい、やめろ』と、一言だけ告げて、僕達のその後の監視行為の全てを中断させたのだという。
つまり、僕は。僕をずっと守り続け、心身ともに疲弊しきっていたであろう傑を。僕の本当の自由を手に入れて、歓喜と安堵に満ちていただろう傑を。あの日、突き放したという事になるのだ。
僕は、何てことをしたんだ。確かに、傑がした事は、全てが万事、一方的な行動だ。僕は、一度だって傑に、助けて欲しいと告げた試しはないし、そもそも他の誰かに自分自身を救い出して欲しいと考えた時もない。だけど、その内情が分かれば、『何故一言そうと言ってくれなかったのか』『何故、僕の為に、こんな無茶な真似をしたのか』と問い詰めたりといった心境には、どうしてもなれなかった。そして、これだけ大変な思いをしておきながら、僕の人生を、自分の人生に巻き込まなかった傑の深い愛情に、僕は、再び落涙した。
あれから数年経った今でも、あのクリスマスの夜の出来事や、最後に傑と別れた植物園での会話は、昨日の事の様に思い出せる。傑が、僕の事を、本当に心の底から愛していたという気持ちには、ずっと気が付いていたのに。僕は、『どうあっても、彼と自分とでは生きていけないのだから』と、その気持ちを素直に受け入れずに、意固地になってしまって。
『貴方なら、きっと、そう言うと思っていました』
傑の最後にくれた、最初から全てを悟っていたとばかりのその言葉にも、碌な反応を返す事なく、その場を走り去ってしまった。
帰り道、止めどなく泣きながら、僕は、傑ただ一人の胸の内を、想い続けた。こんなにも、純粋に、それでいて不器用に、自分にとって大切な誰かを犠牲にしてまで、その人だけの幸せを願い、愛せる人が。これから先もずっと、血で血を洗う様な修羅の世界を、誰よりも大切な人をその腕に抱く事なく、生き続けなければならないだなんて。そんな、残酷な話があるだろうかと。
生まれや育ちによって、自分の人生をどうあっても自分では選べない環境の中、自分の中にある倫理観を、周りの大人達に壊されて。そんな世界に、愛する人を、本当の意味では巻き込めないからと、愛する人の気持ちや幸せを、第一に考えて、自分の身を引いて。
ねぇ、傑。君は、いま、本当にそれで、幸せなの。
これだけの愛を知ってしまったら、君以外の人を愛することなんて、絶対に出来ない。そんな人間に作り替えたのは君なのに、君は、そんな僕の手をあんなにもあっさりと手離して。
君が、あの日、僕のその手に縋り付いてくれていたなら。自分の持つ権力全てを総動員して、僕を囲い込んでしまったなら。
僕は、君を恨んで、呪って、誰よりも深い執着を、君だけに一身に注げたのに。
そんな風に、悔やんでも悔やみきれない、遣る瀬なさを、この数年、ずっとずっと胸に抱いていた。
見てはいけない。再び封を開けてはならない。その感情に。思い出に。生まれ損なった絆に。目を向けてはならない。そう、強く自分を戒め続けてきた。
けれど、無意識のうちに攲ててしまった耳に忍び込む、その音色は、とても綺麗で、鮮やかで。だから、その音色に、心のままに耳を傾けられる今が、とても愛おしく思えて。
でも、今、君の隣にいるのは、僕じゃないんだと。そして、その隣にいる人物は、僕がずっとずっと復讐を誓って、憎み、恨み、憤り続けてきた女であると知って。僕は、思ってしまったんだ。
世の中には、どうあっても勘に触る人間はいる。普段はそんな人間とは、関わらなければそれで済む話なのだけれど。それが、目の前に現れて、自分の大切な人間の周囲に纏わりついているとしたら、それに悪感情を抱いてしまうのは、人間が感情というものに時折支配されてしまう生き物である以上、仕方がない事なのだと。
「ご自分の命がどれだけ危ぶまれても、それ以上に、その決断が自分にとって必要であると考えない限り、傑様はその行動を起こしたりは致しません。そして、ご自分の立場を誰よりも理解なさっているあの方が、そんな決断をなさる時には、決まっていつも、貴方様の存在が渦中にある。つまり、この一見すると愚行としか判別しようの無い行動は、全て貴方様の為だけにあると……」
「もう、充分です。よく分かりましたから」
だから、そんな人間が目の前に現れて、それが自分の大切な人を苦しめているとしたならば、それを排除したいと考えてしまうのは、ごく自然な発想なのだ。
「………この封筒の中身、本当は、結婚式の招待状ではありませんよね。でなければ、僕は、此れを絶対に受け取らないと、傑に伝えて下さい」
「その必要は御座いません。貴方様のご指摘通り、此れの中身は、傑様が貴方に宛てた熱烈なラブレターと、シンデレラストーリーの主人公として有頂天になっている愚かな豚の末路を、特等席から観覧する為の招待状で御座います」
それを忌避したり、やり過ぎだと反発したりするのは、それこそ個人の発想に任せなければならない部分があるのは、確かだけれど。それをしてくれた相手が、自分のその身や、相手がどんな風に感じるかを考えるよりまず先に、自分自身をそれ以上に大切に想っていてくれたんだ、という前提を忘れてはいけないと思う。
「新婦側の親族友人席は豚の見栄が最大限に反映された状態のまま、新郎側には、これまで豚の世話をしてきた顧客と調教師、そして学生時代に虐めのターゲットにしていた同級生を密かに配置し、幼少期から調教済みに至るまでの過程を、披露宴の冒頭からプロフィールムービーとして流し、顧客と調教師による豚の調教の過程を苦労話としてスピーチさせる流れをサプライズ演出する予定です。因みに豚側の招待客は両親以外全て買収済みで、その式どころか、その後に予定されている入籍そのものが茶番である事を知った上で参列する予定となっております」
「………会社のお金に手を出したり、傑の意に反する行いをした人間の見せしめも兼ねているんでしょうが。相変わらず、やる事がエゲツないですね、あなた方の会社は」
「その仕打ちに本当の意味で耐え切り、そして乗り越えてきた人間は多くありません。ですから、それをして見せた貴方様を、大変気骨のある好人物であると、あの口のお堅い先代自らが、珍しくお褒めになっておいででした」
だから、そんな風に、己を犠牲にしてまで自分を大事にしてくれる人が現れた、その時は。
「………嗚呼、とても良いお顔をされていらっしゃる。私の様な人間にとっては、最高の絶景です」
ただ、穏やかに笑って、『ありがとう』と、伝えればいい。
「それでこそ、これまでの傑様の御苦労も報われるというもの。誰よりも、貴方様がその存在を開花される時を待たれていらしたのは、どうあってもやはり、あの方でしたからね」
「そうですか……」
こうして『目が覚めて』見ると、よく分かる。ああ、この人も傑と同じ様に、そして、この僕と同じ様に、程よく頭のネジがぶっ飛んでいる人なんだなと。同じ水に住む人間同士、最初から肌が合うのは、当然なのかもしれない。
「でも、借りたお金はちゃんと返します。それに、何があっても、その女は殺さない……勝手に死なせたりしないと、約束して欲しい。だから、その直接交渉をしに行く為にも、傑には、きちんと会いに行きますよ」
「畏まりました。傑様にも、そうお伝え致します」
「にも、という事は、貴方の上役はやはり、傑では無いんですね」
「はい。私は単なる、傑様のお世話を仰せつかった者ですから」
何とも食えない人だ。にっこりと人の良い笑みを浮かべているけれど、腹の底までは全く窺わせない。こんな人をよくまぁ、その筋の人間には向かないんじゃないかだなんて、さっきまでの僕は思っていたな。
修羅は、生まれながらにして修羅の道を歩まざるを得ない人達ばかりだ。それを生き方を選べなかった可哀想な人なんだと、他人が同情するのは勝手だけれど。
余計な気遣いや心配などしなくても、修羅の気持ちを本当の意味で理解出来る人間は、同じく修羅でしかないのだという事を、よく知っておく必要はあると思う。
触らぬ神に、祟りなし。だけど、それなら、僕は一体、どんな人間なんだろう。初めからそんな、修羅の道を歩む人達の気持ちが、ほんの少しだけでも分かる様な人間では無かった気がするし。やはり、環境というものが、人の生育には、一番大切だったりするのかな。
それとも人は、生まれながらにして、本当は。
「そう言えば、傑は、いま、この話を聞いているんですか?」
「はい。いつも、私が貴方様の元を訪れる際には、必ず」
「………側に、いるの?」
「はい。必ず、貴方様のお側にいらっしゃいます」
いつか話せる時が来たら、聞いてみようか。傑、君は、どちらだったの、と。
生まれながらの悪だったのか。
悪に染まらざるを得なかった人なのか。
『それを聞いて何になるの?』と尋ね返されたら、そうだな。
「悪趣味だね、相変わらず」
『子供を持つのって、どう思う?』なんて、真顔で返してみようかな。
1
お気に入りに追加
75
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(5件)
あなたにおすすめの小説
【完結】別れ……ますよね?
325号室の住人
BL
☆全3話、完結済
僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。
ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。
尊敬している先輩が王子のことを口説いていた話
天使の輪っか
BL
新米騎士として王宮に勤めるリクの教育係、レオ。
レオは若くして団長候補にもなっている有力団員である。
ある日、リクが王宮内を巡回していると、レオが第三王子であるハヤトを口説いているところに遭遇してしまった。
リクはこの事を墓まで持っていくことにしたのだが......?
紹介なんてされたくありません!
mahiro
BL
普通ならば「家族に紹介したい」と言われたら、嬉しいものなのだと思う。
けれど僕は男で目の前で平然と言ってのけたこの人物も男なわけで。
断りの言葉を言いかけた瞬間、来客を知らせるインターフォンが鳴り響き……?
フローブルー
とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。
高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。
悩める文官のひとりごと
きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。
そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。
エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。
ムーンライト様にも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
テンポ良く最後まで読めました!
前半で読むの辞めなくて正解でした。溺愛パートでドキドキしました。
執着愛たまらんです!楽しんで読めました!