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第一章『無意識の衝動』
第三話『年下幼馴染の、告白』
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「最近、明るくなったよね、瑠衣君。大学で何かあったの?」
同じ大学に通う為に、克樹の家庭教師をする事になった僕が、いつもの様に彼の自室で同じ机を共有していると、隣にいる克樹から、何気無い質問が投げ掛けられた。自分では自覚が無いから、どんな風に答えるべきなのか分からなくて、えっと、と暫し逡巡していると、克樹はジッと僕の返事を待って、まんまるの大きな目で、穴が開きそうなくらいに僕の顔を見つめてきた。
「その……僕、大学で友達が出来て。そいつの影響かな、とか」
「ふぅん。どんな人なの?」
「どんな、……えっと、明るくて、優しくて、ちょっと天然っぽい感じ、かな?」
「写真ある?」
「ある、けど……」
見たいんだろうな。初めて、自分のコミュニティから外れた人間と僕が知り合ったから。心配してるからかな、やたらとグイグイ来る。圧が、凄いというか。写真見せるまで何があっても引かない感じが。ていうか、やっぱり、この子、昔からこの感じ変わらないなぁ。中学三年の夏休み前に、クラスの男子から珍しくカラオケに誘われた時も、いつ、誰と、どの店に行くのかを徹底的に聞き出して、呼ばれてもいないその場所に颯爽と現れたっけ。
中学時代の学年差なんて、大人の比じゃない位に垣根があるのに、物ともせず。服装だって、その場の誰よりも大人びていて、全く違和感なく溶け込んでいた。だけど、カラオケに誘ってくれたクラスメイトも、まるで海老で鯛が釣れた、みたいな反応で出迎えて。やっぱり、この子は特別な子なんだな、と思って、ある種の羨望の眼差しを向けてしまったけれど。
あの時僕は、心の中で、ほんの少しだけ。『どうして来たの』と、思ってしまったんだ。
こんなにこの子にお世話になりっぱなしの僕に、そんな感想が芽生えるなんて、と恥じて。直ぐにその本音は真っ黒い罪悪感で覆われてしまって、息の根を止めてしまったけれど。
あの声に、もっと耳を傾けていたら、良かったのか、どうなのか。
「天文学部とか、モテ意識し過ぎてて、ちょっと引いちゃうな。あ、瑠衣君は別だよ?俺の言った通りに、目立たない所にしてくれたんだもんね。でも、だからって、あんまり距離が近過ぎると、この人の派手そうな交友関係に巻き込まれちゃうよ。だから、これ以上この人と仲良くするのは、お勧めしないな」
何だろう、この感情。胸につっかえて、触ると、きっと、表面がざらざらとしていて。あの、中学三年の夏、ふと目にした様な、指先で微かに触れた様な。煩わしいからって、簡単に取り出してポイって捨てられなくて。寧ろ、抱えている方が正常なんじゃないかっていう。
感情。感覚。感触。
「お前に、あいつの、何が分かるの」
寧ろ、原動力。
「……瑠衣君?」
「あいつは、良い奴だ。だから、そんな風に言わないで」
「待って、瑠衣君、落ち着いて」
「僕は、落ち着いてる」
「……うん。分かった、そうだね。その人の事、よく知りもしないのに、知った様な口聞いて、嫌だったよね」
克樹の、この上から目線の共感は。
優しさだろうか。
気遣いだろうか。
押し付けなんだろうか。
だけど、この場合、どう考えてもお前が僕に共感する場面ではないだろう。
少なくとも、こんな風に僕の身体をきつく抱き締めて、背中や頭をゆっくりと撫でながら、耳元で甘く囁くっていうのは、シチュエーションとして間違っていると思う。だけど、謝って欲しいのとは、もっと違うし。じゃあ、僕はこの子に、どうして欲しいんだろう。
「ただ、心配なんだ。瑠衣君は人を信じやすいから。中学の時だって、クラスメイトにカラオケに誘われた時あったでしょ?俺が来たから普通に遊んで終わりだったけど、あの時、あいつら本当は、瑠衣君にだけマイクを回さないつもりでいたんだって」
ざら、ざら。
「俺が紹介する人間なら、そんな事絶対に無いから……だから、もう少しだけ待っていて。直ぐに同じ大学に通って、貴方の友達に相応しい人を紹介するから」
ざら、ざら、ざら。
「みんなの歌を聴いているだけの、何が悪いの」
「え……?」
「端っこで、みんなの歌聴いて、拍手してるだけでも、僕は良かった。誘われた事が嬉しかったから。それの、何が駄目なの」
「いや、だって、そんなの」
ざらざら、ざらざら。
「可哀想でしょ」
ぱん、という、乾いた音がして。それから一拍置いてから、自分の右手の掌が、じぃん、と痺れた。人を叩いたのは、生まれて初めてで。その相手が、僕が誰よりも大切にしてきた幼馴染だという事実にも、我ながら驚愕した。
だけど、僕は、僕をハッキリと可哀想な人間にしたその子を、許せなかった。僕を爪弾きにしようとした、クラスメイトへの憎しみなんて、心の中には全く無く。そればかりか、今この時の為の布石を用意してくれた事実に、感謝すらしていた。
「僕は、可哀想な奴なんかじゃ、ない」
ぽかん、と口を開いたまま、茫然自失とした様子で叩かれた左頬を指先でゆっくりとなぞった幼馴染は、僕の台詞を聞くだにハッと我に帰り、叩いた方の僕の手を掴んで、簡単に荷物を纏めて帰り支度をし、その場から立ち去ろうとしていた僕を必死で引き留めた。
「待って、違う……ッ、そんなつもりじゃ……」
「可哀想な僕を見て、優越感に浸りたかったんだ」
「だから、違うよ、瑠衣君……っ、待って、話聞いて」
「じゃあ、なんで、僕の友達まで、馬鹿にするの。僕に友達が増えるのが、そんなに嫌?」
カラオケでの経験がきっかけになって、クラスメイトと友達になれたかもしれない。その可能性の芽を摘んだ側面には、目も向けずに。そればかりか、初めて普通に知り合った友達まで馬鹿にして。自分自身を馬鹿にされる以上に、悔しかったし、惨めだった。これだけ長く一緒に過ごしてきたのに、僕の心の導火線が何処にあるかも知らないなんて。それこそが、僕という人間を尊重していない証拠なんだって、どうして分からないの。こんなの、信頼関係以前の問題だ。
「僕が、可哀想なままでいてくれないと、嫌なの」
「そんなんじゃ……ッ」
「じゃあ、何。理由は?」
だけど、これまで培った僕の人間関係の全てを掌握し続けてきた生意気な幼馴染の口から出た台詞は。
「………その人が、カッコいい、から」
真剣で必死な眼差しと共に発せられたその台詞に秘められた本音が見抜けないほど、察しが悪い人間ではないけれど。これまで過ごしてきた時間の蓄積があるからこそ、焦りが勝つ。こくん、と勝手に喉が鳴って、背中には、冷や汗が流れた。自分の中にあったそれまでの勢いは、これまで内に秘めてきた本心をポロポロと吐露していく克樹を前にして、みるみる萎れていった。
「初恋の相談とか、思春期とか、これまでずっと耐えて、耐えて、必死で耐えてきたのに。こんな人が、いま貴方の一番近くにいるなんて、もう無理だよ……」
空手、習ってたよな。もう虐められたくないからって、小学校低学年の頃から。だからこんなに、身体が分厚くて、僕なんか、すっぽり包み込めるくらいに歴然とした体格差が生まれてしまって。身長だって、いつの間に僕を追い越したんだろう。並んで立つと、こんな風に微かに見上げ無くちゃいけないし。それに、吃驚するくらい整った可愛い顔の眉間に、薄らと皺が入っても、それが似合う男になったんだね。
知らなかった。お前をきちんと見てこなかったのは、向き合って来なかったのは、僕の方だったなんて事、ちっとも知らなかった。
「そんな、俺達の摩擦になる人と仲良くするの、やめてよ。それとも瑠衣君は、俺よりもその人の方が大切なの?」
親友と、幼馴染じゃ、比べる対象にならないし。そもそも、人の大切さを比べるのは、人として駄目なんじゃないの、という意見は、求められていないし。そんな詮無い話をこの場で口にする奴はどうかしている。いくら、精神的アドバンテージが此方側にあっても、それはとてもとても、気遣いが無いように思えてならないから。
誠意には、誠意で応えたい。相手がお前なら、尚更。だから、そんな訳ないだろ、と答えるくらいが、恥ずかしがり屋な僕の精一杯なんだけど。それだと、お前の性質上、納得しないだろうから。
「お前以上に大切な人なんて、僕には、いない」
自分の精一杯くらい、通り越すしか無いよなぁ。
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