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8.疑念と確信

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 [おお、流石に大きいな]
 少々強引な速度で3つの宿場を駆け抜け、俺はついに鉱山都市ヌールへと到着した。
 ナザニアから数えて4つ目の宿場を超えた辺りから見え始めた山影、ヌール鉱山が今、眼前へ威風堂々とそびえ立っていた。
 そしてその手前では、ヌール鉱山を産業母体として発展してきた鉱山都市ヌールが、その存在を主張していた。
 ヌール門前の人通りは、王都ノーテと同じくらいスムーズだ。鉱山事業という地盤がしっかりしている為もあり、入都税はかかっていないようだ。
 俺はナザニアでも行った入都手続きを終え街へと入る。辺りはすでに暗く、冒険者ギルドと宿屋以外はすでに店仕舞いしているだろう。
 今日のところは宿を取り、明日にでも各ギルドのギルドマスターを訪ねる事にした。
 「いらっしゃ~い。今日のお宿はお決まりかしら~?」
 妙に間延びした喋り方をする、にこやかな女将さんに出迎えられた。
 「部屋とうまやをお借りできますか?」
 「大丈夫よ~。両方合わせて1泊銅貨15枚になるけどいいかしら~?」
 「はい、それでお願いします」
 「お食事はどうします~?」
 「そうですね・・・。この辺りの名物料理みたいなのがあれば、あとこの子も一緒に食べても大丈夫ですかね?」
 俺は少し考え、ミレニアを見せながらヌールで好まれてる料理を頼んでみる。せっかく来たのだから、その土地ならではの物を食べてみたい。
 「あら~!可愛い猫ちゃんね~!ここの人達は優しいから大丈夫よ~。そうねぇ~、ヌールの名物と言えばハリピットの香草焼きかしら~」
 女将さんの口から、聞いた事のない食材の名前が飛び出す。これは食してみなければ。
 「ではそれを2人分お願いします」
 「あら~、一杯食べるのね~。え~っと・・・はいコレ」
 女将さんは、エプロンのポケットから鍵を一つ取り出し、俺に渡してくる。
 「階段を上って3番目のお部屋を使ってね~」
 そう言って女将さんは厨房へと引っ込む。
 食事までまだ時間があるようなので、俺はまずリュミエールを厩へと連れて行き、飼い葉を用意してやる。リュミエールは嬉しそうに食べ始める。
 続いて部屋に向かい背負っているかごを下す。と、同時に肩へと飛び乗ってくるミレニア。
 全てストレージ内に収納してあるため、荷解きと言うほどの荷物はないので、そのまま1階の食堂へと降りていく。
 適当な席に付いてミレニアの頭を撫でている事しばし。
 「は~いお待たせ~。こちらがヌール名物ハリピットの香草焼きよ~」
 女将さんは、両手で抱えながら持ってきた大皿を俺の目の前に置く。
 飴色に染まった丸々とした鳥の姿焼きが2つ。そこから漂ってくる、香ばしい肉の焼けた匂いと数種類のハーブが一体となった香り。
 ミレニアが目を輝かせて俺を見ている。どうやら気に入ったようだ。
 [んじゃ食べるか、骨は気を付けろよ?] 
 [無用な心配じゃ!そんな事よりはよう食そうぞ!]
 ミレニアが待ちきれないとばかりにせっついてくる。
 「いただきます」
 俺の言葉を合図とばかりに、片方の鳥肉へと飛びかかるミレニア。
 [美味じゃ!美味じゃ!]
 ミレニアは心話で歓声を上げながら、鳥肉に顔を埋めていく。その様子を楽しみながら俺ももう1羽の鳥肉へとナイフを走らせる。
 「うっま!」
 噛むほどに溢れる肉汁、それは鴨に似た味わいを持っており実に濃厚だ。そして、そこに加わった香草の匂いと味が清涼感を生み出し、後味をすっきりしとしたものへと変えていく。
 [うむうむ、妾は満足じゃ。]
 一足先に食べ終えたミレニアが、しきりに口周りを舐め顔を洗っている。
 [これは滞在中に多めに買い込んでおきたいな]
 [おお、それは名案じゃ!全て買い占めよ!]
 よほど気に入ったのだろう、ミレニアはとんでもない事を言いだす。
 [流石に全部は無理だよ。まあ、買えるだけ買うつもりではあるけど]
 俺はそう言ってミレニアの頭を撫でる。鳥肉には様々な調理法があるし、色々作って試してみたいのだ。
 「ごちそうさまでした」
 遅れて俺も完食した。思った以上に骨から身が離れやすく、とても食べやすかった。
 俺は空になった大皿を持って、厨房の方へ向かう。
 「あら~全部食べちゃうなんて凄い食欲ね~。美味しかったかしら~?」
 少し驚いた様子を見せるがにこやかに大皿を受け取る女将さん。
 「はい、とても美味しかったです。ハリピットと香草は市場で手に入りますかね?」
 俺は女将さんにお礼を言いつつ、材料の確認をする。
 女将さんによれば、ハリピットは養殖はされていないが、比較的安易に狩る事の出来る鳥との事で、市場にいけば常に入手可能との事。香草の方も同じく手に入るようだ。
 ついでに都市内の情報を色々と教えて貰い、マップを埋めると部屋に戻った。
 [とりあえず今出来るのかこのくらいか。忍び込んで調べようにも、流石に個人宅までは解らないし。・・・いや、待てよ]
 勝手が解らない以上、調査の開始は明日以降にと考えたところで、俺は一つ出来る事があると気付いた。
 そうとなれば善は急げとばかりに、腰の刀をストレージに仕舞い、入れ替わりで黒い外套を取り出し、肩に乗ってきたミレニアを覆うように被る。
 そして、隠形スキルを駆使しつつ宿から抜け出すと、建物の合間を縫うようして影の中を素早く移動していく。
 いくら夜とは言え、多少なりの人通りもあり、衛兵の巡回も行われている。これから行う事を考えたら目立つのは危険だ、俺はマップに常に気を配りながら、危機回避と隠形スキルを併用して都市内を駆け抜ける。
 ヌールという都市は、鉱山の採掘事業に伴って発展してきた都市であるため、全ての区画や街路が鉱山から産出される鉱石の運搬をスムーズに行うように整備されている。
 そして、鉱山の手前付近に行くほど、工具のお店や鉱員の宿舎など鉱山に係りの深い建物が増えて行き、鉱山の一番手前には、作業計画の割り振りや鉱員の管理、斡旋などを行っている、鉱山事業管理局が存在している。
 つまり今、俺はソコを目指して進んでいる。鉱山関係の管理を行っているという事は、当然その建物に鉱山長の仕事場があるという事になるからだ。
 [衛兵がいるか・・・。さてどうしたもんかね]
 管理局の建物が見えるところまで来た俺は、その入り口に立つ二人の衛兵に気付く。流石に国営事業の出先機関なだけあり、警備体制は万全のようだ。
 [流石に危害を加える訳にもいかないし、・・・いやまあ勝てるとも思えないけど。これは裏口なんかも・・・いるよね当然]    
 俺は衛兵に見つからないように建物を移動し、管理局の裏口を確認するが、そこにも1人警備に立っているのを確認した。
 [せめて催眠とか認識阻害の魔法でもあればな。・・・催眠、催眠か]
 俺はふとある事を思い出す。それは昔見た炎を使った簡単な催眠術。
 言葉の誘導と炎の揺らめきを使い、相手を催眠状態に落とすと言う物だ。幸い、炎は火の元素魔法で遠隔操作できるし、風の元素魔法を併用する事で、相手の耳元に囁く声を届ければ姿を見せる事無く術をかけられる。
 俺はまず風の元素魔法を使い、裏口の衛兵との間に空気の層で伝声管のような物を構築し、通っていった声質も変化するように設定する。
 準備が整ったところで、火の元素魔法で衛兵の目の前に小さな炎を出現させ、それを左右に揺らめかせる。
 突如出現した炎に衛兵は一瞬驚き、腰に帯びた剣へと手をかけるが、炎を注視している間に意識が朦朧もうろうとし始めたようで、身体の力を抜き、動く炎を見つめている。
 その状態を確認した俺は、ゆっくりとしたトーンで静かに語りかける。
 頃合いを見て俺は衛兵に指示を出し、右手を上げさせてみる。
 [よし、うまく行ったみたいだ]
 俺は最後に衛兵へと指示をだし、キーワードを設定する。これで、これから起こる事に関して衛兵は反応しなくなる。 
 [交渉スキルが上がりました]
 相手を催眠状態に変化させた、説得できたという判定なのだろう、アインがアナウンスを告げてきた。
 それを聞きながら俺は静かに衛兵の脇へと滑り込むと、裏口の開錠へと取り掛かる。
 それほど難しい鍵ではなかった。裏口の扉はカチッと小さな音を立てると内側へと静かに開き、俺は内部へと滑り込んだ。
 [・・・よし、ここまでは順調]
 流石に誰もいないとは思うが、俺は念のために危機回避と隠形を維持したまま、管理局内を捜索していく。
 裏口から入ったところはちょっとした厨房のようだ、おそらく鉱員がこの管理局で食事を取れるように作られたのだろう。
 厨房から出たところには食堂、その先に表口も見える。
 奥には受付窓口らしき場所、おそらく鉱員への作業の斡旋などを行っている場所だろう。
 そのまま視線を動かして行くと、右の方へ事務室へと続くだろう扉が見える。
 [・・・このフロアに階段は無いな。2階へ行くには事務室を経由する必要があるか]
 どうやらギルドのように講習室などは無いようだ。現在いる場所、鉱員が自由に出入り出来る範囲に階段は見当たらない。
 俺は事務室へと続く扉に手をかける。ありがたい事に鍵ついていない。そのままスルリと滑り込み、事務室の中を観察する。 
 事務室の中にはいくつもの机が並んでおり、それぞれに色々な、事務用品と思われる物が置いてある。
 ザッと見た感じそこは一般職員の作業机のようで、鉱山長の席と思わしき場所は見当たらない。
 俺は机の合間を移動し、部屋の奥にある扉に向かう。その扉にも鍵はついておらず、開けてみると廊下へと繋がっていた。
 廊下の右奥には2階へと続く階段、左側には部屋が2つ。2つの部屋にはそれぞれ、休憩室とトイレの文字、おそらく事務室で仕事をしている職員が使用するのだろう。
 用事のないその2つの部屋は無視し、俺はそのまま右奥の階段を上り2階へと進む。
 音を立てないよう注意しつつ、2階に上がってみると扉が3つあった。
 [このどれかだな]
 俺はまず階段を上ってすぐの扉へと手をかける。この扉にも鍵はない、中を覗いて見るとしっかりとした造りのソファーなどがあり、どうやら応接室になっている事が解る。
 次いで左奥の扉へと手をかける。ここも鍵はかかっていない。
 なんだか妙に防犯意識が低いような印象を受けたが、こちらの部屋は資料室だった。
 ちょっと気になったので中を調べてみると、過去の鉱石産出量や現在は廃坑となっている場所、 鉱山内に棲息する生物への調査報告書などが見受けられる。
 せっかくの情報なのでザッと目を通し、アインの情報ストレージへと保存する。これでいつでも調べ直す事が可能だ。
 そして最後の扉に手をかける。当然ながら、ここまで何もなかった以上この扉が本命だろう。
 案の定扉には鍵がかかっており、解除作業へと移る。
 [開錠スキルが上がりました]
 鍵がカチリと開くと同時にアナウンスが入る。裏口と合わせて丁度熟練度が上がったようだ。
 扉を開け中を見る、少々豪華な造りの室内。ゆったりとした事務机。間違いなく統括者の使う部屋のたたずまいだ。
 まずは罠が無いかをサーチする。もしこの部屋の中に見られたら困る品物があるなら、賊の撃退用に罠を仕掛けていても不思議ではないと考えた。
 結果的に罠が無い事は判明したが、念のため隠し金庫などの可能性を調べていく。しかしそれらしい反応は見つからない。
 [流石に当代になってから隠し金庫などを設置したら、職員からも怪しまれるか]
 歴代の鉱山長がどう言う人物だったかは解らないが、現時点でサーチにかからないのだから、少なくとも隠し事の少ない人物だったのだろうと思われる。・・・あくまで予想でしか無いが。
 [さて、それじゃ本格的に始めるか]
 俺はそう意気込むと、まず机の中から調べ始める。勿論鉱山長が怪しまないように配置などは全てスクショしてから調べ、元の配置と寸分違わない状態に戻しておく。
 [机はハズレか、んじゃ次はチェストボックスだな]
 俺は部屋の隅に設置されているチェストボックスを調べる。当然鍵がかかっているので解除してからだ。
 [ふーむ、ここも特にそれらしい物はないか。あとは本棚くらいか]
 最後に残った本棚を調べてみるが、ここにも特に怪しい物はない。あるのはせいぜい、今年の鉱石産出量の記録くらいなものだ。もっとも、後で役に立つかもしれないので、コレもアインの情報ストレージに保存しておく。
 [まあ、ある程度予想通りか。初日に調査場所が1つ潰せただけでも良しとしよう]
 俺は、おおむね予想通りの結果が得られた事に満足する。
 そもそもいくら専用スペースであっても、公共の施設の内部にある以上、隠し事には向かない。 つまり今回管理局へと侵入したのは、言わば可能性の除去の為だった。
 [んじゃ戻りますかね]
 俺は念入りに確認し直し、元の配置と寸分変わらない事を確かめると、そのまま管理局の裏口へと向かった。
 裏口の扉を開けると変わらず立ち尽くす衛兵。俺は裏口の鍵をかけ直すと、その横を通り過ぎざまに、予め決めておいたキーワードを呟く。
 ・・・1分後、兵士は相変わらず立ち尽くしている。まるで何事も無かったと言わんばかりに。
 俺はその様子を見て安心した。先ほど催眠をかけた時に、目覚めのキーワードを予め設定しておいた。それを聞いた者が、自身が催眠状態だったという認識すら消える条件付きのモノを。
 俗に後催眠と呼ばれるモノだが、実際はちょっと違う。衛兵を初期的な催眠状態にする事で、現状の認識力を低下させ、その上から異常がないという認識を重ね掛けする。そして更に、それが正しい認識であったと誤認させる後催眠を更にかけた。
 つまり現在衛兵は、最初から何も異常が無かったという催眠状態になっている。しかしそれは彼にとって正しい認識なので、精神的な齟齬を起こす事なく日常に戻るという訳だ。
 長居は無用と、俺は再び建物の合間を縫うように進み宿へと戻った。ちなみに宿に戻って危機回避と隠形を解くまでの間、両方の熟練度が上がる度に何度もアナウンスが告げられていた。
 [アイン、継続状態のスキルに関しては、解除した時にどのくらい上がったかの、まとめて通知に切り替えて貰えるか?]
 流石にちょっと対策を考えた方がいいと思った俺は、告知仕様の変更をアインにお願いする。
 [了解しました。次回よりその告知方式に変更します]
 俺はホッとして息を漏らす。取り敢えずこれでスキル使ってる間の連続告知はなくなるだろう。
 俺は黒い外套を脱ぎストレージに仕舞うと、刀を取り出し壁に立て掛ける。ミレニアはすでにベッドの上で丸くなっている。
 [さて、朝までの時間裁縫上げでもするか]
 俺は手際良く道具を取り出し並べると、恒例の朝までの時間潰しを始めた。
 -翌朝、支度をし、黒パンとシチューと言った一般的な朝食を終えると、俺は宿を出て、まず鍛冶ギルドに向かう事にした。バルザックの書簡があるとは言え、鉱石輸送の護衛なんて、新顔がいきなり回してもらえる仕事とは思えないからだ。
 なのでまずは鍛冶ギルドでフォスターと面会し、バルザックとフォスター、両者の書簡を持ち込もうという算段だ。
鍛冶ギルドに着いた俺は、ストレージから親方から預かったギルド宛ての書簡を取り出し、受付窓口へと差し出す。
 それを受け取った窓口の男性職員は、中を確認すると、慌てて奥へと駆けて行く。
 ややあって、迎えに来た職員に案内され、俺はヌール支部のギルドマスター、フォスターの元へと通される。
 「・・・兄ちゃんか?あの書簡を持ってきたのは」
 「初めまして。ノーテで親方と懇意にさせて貰っています、ウォルフと言います」
 身の丈は低いが筋骨隆々、種族的特徴と言える長いヒゲを蓄えた男、フォスターが俺を見てそう訊ねてきた。
 「アレには、詳しい事はお前さんに聞けと書いてあったがどう言うこった?」
 俺をソファーに案内しながら、フォスターは怪訝そうに尋ねてくる。
 「まずはコレを」
 俺は親方から預かったもう1つの書簡、フォスター宛の物を取り出し差し出す。
 ソレを受け取りサッと目を通すと、フォスターは俺に向かって手を伸ばしてくる。
 「ったくあの野郎・・・。兄ちゃん、得物を見せて貰おうか」
 「どうぞ」
 俺は握りしめていた刀をフォスターへと差し出す。
 刀を受け取ったフォスターの片眉が、わずかにピクリと動く。そして息を止め、鯉口を切り刀身を引き出す。
 「・・・見事な造りだ、流石と言うべきか」
 刀身を鞘に戻し、フォスターは刀を俺に返してくる。
 「・・・くそったれ。まさかこんな事になってるとはよ」
 フォスターは怒りに顔を歪ませつつ呟いた。
 「失礼ですが、親方の書簡にはなんと?」
 そのまま腕を組み、何事かを考え始めたフォスターに俺は問いかける。
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 親方の書簡に書かれていた短い文章を読み上げ、どこか嬉しそうな声音で話すフォスター。しかし、顔は未だ険しいままだ。
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 「兄ちゃんの持つ得物、工夫して純度を上げちゃあるが、それに使われている鉄自体の質は低い・・・そうだろ?」
 「一目見ただけで解るとは、お見逸れしました」
 「この程度の質の鉄をあの域まで高められるなんざ、あの野郎じゃなけりゃ出来ねぇ事だ。・・・王都へ輸送されている鉱石の質が落ちている、そう言う事だな?」
 「はい、事の起こりは2年前の、鉱山長選定からとの話です」
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 フォスターは顔に手をやり溜息をつく。言葉にしないが他にも色々あったのだろう、典型的な子悪党タイプのようだ。
 「とは言え、さっきも言ったが俺の確認した限りでは質に問題はなかった。いくらあの野郎がろくでなしだろうと、一人でどうにか出来る事じゃねぇな」
 「ええ、本題はそこです。ギルドに運び込まれた鉱石は輸送されるまでこちらで保管しているのですか?」
 鉱山長、ゲルシュミットは限りなく黒いが、まずはギルド側の体制を確認しておくべきだと考え、俺はフォスターに尋ねる。
 「ああ、鉱石はギルド側で購入した上で運び込まれてくるからな。購入前、購入後、出発前の3回、俺が立ち合いで確認している」
 「なるほど、それであればギルド内で保管中にすり替える事は不可能ですね。次に、鉱石の輸送計画を知る人物ですが」
 「鍛冶ギルド、冒険者ギルド両方の職員は知ってるはずだ。だが、ギルド職員は全員信用していい。元々ギルドってところは、機密性の高い情報も取り扱う場所なんでな、職員になるには適正試験を突破してくる必要があるし、もし情報漏洩じょうほうろうえい何て事が発覚すりゃ、資格剥奪しかくはくだつの上で投獄もあり得る」
 フォスターの話を聞き、ギルドはギルドで職員に対し、重い処置を行う事もあるのだと納得する。人である以上、罰則制度は避けられないのかもしれない。
 「これは親方が疑っていたのですが、御者の方はどうですか?」
 「御者か・・・。あいつらは厳密にはギルドの職員じゃねぇしな、可能性としちゃあり得る。少なくとも今まで表に出てなかった問題だ、こっちとしても疑った事すらねぇしな・・・」
 そう言うとフォスターは再び腕を組み思案し始める。現時点で怪しいのがゲルシュミットと王弟殿下なのは変わらないが、輸送計画を漏らす可能性があるのは御者だろう。そして、その漏らす先がゲルシュミットであると言う可能性は充分考えられる。
 「輸送日程は乗り合い馬車と同じ日数ですかね?」
 「そうだな。護衛が付いているとは言っても夜の運行は無理だ。荷物自体が重い物だからな、馬をしっかり休ませる必要もある」
 「であれば、出発日さえ解れば現在どの辺りにいるかまで知る事が出来ますね。・・・そしてその情報を特定の場所へ送る事も」
 俺は、この世界でも使われているかは不明だが、馬の速度より早く情報をやり取りする方法が2つある事に気付いた。
 [ミレニア、心話ってのはこの世界では一般的なものなのか?]
 [妾のように直接と言う方法は無理じゃな。しかし、媒介となる道具があれば可能じゃ。その媒介の名は伝導石と呼と呼ばれておる]
 俺はフォスターに向き直り確認する。
 「伝導石と呼ばれる物の存在はご存知でしょうか?」
 「伝導石?確か各国の重要機関では使われてるはずだな。国内本部のギルドと総本部でもそれでやり取りしてるはずだ。だがあんなもん、一個人で買えるようなシロモノじゃねぇ」
 フォスターの話によれば、伝導石とは稀少鉱石を特殊な方法により加工した物らしく、購入するには莫大な金額がかかるとの事。少なくとも2年程度の鉱石横流しでは完全な赤字のようだ。
 となれば、もう一つの方法が現実的である。
 「では、鳥を使った書簡のやり取りはどうでしょう?」
 「鳥を使って?・・・いや、確かにその方法はある。今まで考えた事も無かったが、確かにそれなら馬車より先に輸送情報を伝えられる」
 どうやら答えは見つかったようだ。あとはその事実を確認するだけ。
 俺は昨夜の内に鉱山事業管理局へと忍び込み、鉱山長の執務室を捜索した事を伝える。
 流石のフォスターもコレには面食らったようだが、親方の信頼を獲得している事もあり、俺の事を信用してくれたようだ。
 「では作戦を詰めて行きましょう。鉱山長の自宅へは今夜にでも忍び込むとして、まずは俺が鉱石輸送の護衛に着けるよう、一筆書いていただけますか?本部のバルザック氏より書簡は預かってきているのですが、フォスターさんからもいただければ、潜り込むのは更に容易になります」
 「解った、俺からも書こう。その代りと言うのも変な話なんだが・・・、その刀ってやつの造り方を教えちゃくれねぇか?個人的興味もあるんだが、打ち上げたソレを兄ちゃんへの礼としたい」
 鍛冶師としての性分か、はたまたドワーフとしての興味か、フォスターは言いよどみながらも条件を提示してくる。
 俺としては、ドワーフの鍛冶技術を見れるまたとない機会でもあり、また、その技術によって生み出された刀が手に入るとなれば断る理由もない。
 一も二もなく返事を返し、刀の製法を伝える。勿論、打つ時には俺も参加する旨を交えつつ。
 「それで、次の輸送計画の日取りですが」
 「ああ、すでに鉱石の買い付けは終わってる。鉱石がギルドに運び込まれる時間を考えると、来週の炎日になるだろう」
 [来週の炎日、今日が土日だから約6日あるか。刀を打ちに来る以外は、冒険者ギルドで簡単な仕事でも見つけて時間を潰すか]
 ドゥニアの1週間は、炎土水風闇光安と表記された7日間で構成されていおり、週の始まりは炎からになる。
 「では刀を打つのは明日という事で・・・あ、ちなみに鉱山長の自宅なんて解りますか?」
 忍び込む都合もあるので、鉱山長が帰宅する時を狙って後を付けてもいいが、もし知っているなら聞いた方がはるかに早い。そう思い俺はフォスターに確認を取る。
 「ああ、奴の家なら何度か行った事がある。状況を考えると連れて行ってやるって訳にはいかねぇが、口頭でよけりゃここで教える事は出来る」
 フォスターはそう言うと、ヌール都市内の地図を持ってきて広げる。そして、街路などを指さしながら鉱山長の家の位置を教えてくれた。
 そして俺は、それを聞きながらマップの更新を行っていく。これでスムーズに事を進める事が出来るだろう。
 「良し、それじゃ一筆書いてやるから待ってな」
 そう言ってフォスターは事務机に向かう。
 ・・・ややあって、1通の書簡を持って戻ってくる。
 「こいつがあれば大丈夫だろう。・・・すまねぇがよろしく頼む」
 フォスターはそう言って書簡を渡し、深く頭を下げる。
 「みなさんの為にも最善を尽くします」
 俺はフォスターに頭を上げるよう促し、その手を取ると、決意を込めて固く握りしめる。
 「ではさっそく、冒険者ギルドの方へ顔通ししておきます」
 そう言って立ち上がると、俺はフォスターに見送られながら鍛冶ギルドを後にした。
 冒険者ギルドに着いた俺は、2通の書簡を手渡し、ギルドマスターへの面会を申し出る。
 本部ノーテのギルドマスターバルザックからの書簡と、ヌール鍛冶ギルドのギルドマスターフォスター、両者からの直筆の紹介状は予想以上の効果を発揮し、あっけないほどに次回の輸送計画の護衛メンバーに潜り込む事が出来た。
 [後は鉱山長の自宅を捜索して証拠探しだな。・・・あるといいんだけど]
 現在までの調査結果から見ても鉱山長は真っ黒だ。しかし、狡猾な人物という側面も見え隠れする事を考えると、証拠の隠滅はしっかり行っている可能性も高い。
 だが逆に考えた場合、その小悪党な性格から、保身の為の保険として証拠を保管している可能性もある。
 [・・・どちらにしても今夜が勝負。鬼が出るか蛇が出るか]
 俺は目の前に立つ鉱山長の家を睨み付け、思いを巡らした。
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