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第26話 デコイくんの計画
しおりを挟む「誰がいい」
もう一度、俺の目の前で開かれた見覚えのある冊子。
現在地は半年前に俺が乗り込んだあの広い部屋。
向かいには、数ヶ月ぶりに見る祖父の姿。
相変わらず孫への愛情を微塵も感じない、冷めた瞳。
俺は苦労して丸暗記したページをパララとめくって、迷いなくそいつを指差した。
「こいつ」
これから俺が買って出る役割を跡継ぎ、またの名をデコイと言ったが、あれは大袈裟な話なんかじゃない。
血で血を洗う争いをしている組織の中で、つい最近までただのフリーターやってた男が「この世界のことは何にも知らないけど、孫だから跡継ぎになります! 血の繋がってないお前らは黙っててね!」と名乗り出るのである。
命の危険しかない。まさにデコイ。
とはいえ、すぐにポックリ死んでしまっては意味がないので、茨の道を歩こうとしている俺には、後継ぎとして公表されると同時に、護衛がつけられることになっていた。
護衛っていうか、側近っていうか。俺が組長になった暁には、右腕になる一番の部下。勉強を始める半年前にそう説明された俺が、普段は虚な目を輝かせた理由がわかるだろうか。
――聞くまでもなかった。バカな質問をしたな。
そんな顔をした祖父に肩をすくめる。何か文句が?
「マア、そういう約束やからな」
呆れた顔のまま、お祝いだと言って、一本の短刀が渡された。
ドスとかじゃないんだ。と少々ガッカリしつつ、ありがたく頂戴する。
その後は世間話なんかしない。さっさと解散だ。唯一の肉親とはいえ、お互い雑談するような仲でも性格でもない。「最近どう?」とか聞いたところで、向こうは俺のことなんて全部オジサンから聞いてるんだろうし。
お互いおざなりに別れの挨拶を済ませ、各々の仕事に戻った。
ある意味、家族らしい。よく似た性格をしているってことなんだろう。しっかり掘り下げるほどの関心もないので、とりあえずそう思うことにしている。
そして今日がやってきた。
俺が正式に跡継ぎとしてお披露目される日。
イカツイおじさんたちに見守られながら、右腕に任命した男と盃を交わすのも今日である。
「………」
結婚式みたいだと控室からコッソリ会場を覗いて思う。旦那さんが飲んだお酒をお嫁さんが飲むやつ。
血のつながりのない相手と盃を交わして擬似的な家族になる。部下とより強い絆で結ばれる。よく聞く話だけど、古き良きヤクザの価値観ってやつは変わってるよなと思う。俺にとってはありがたいことこの上ないしきたりだけど。
「似合うよ坊ちゃん」
「そう……?」
俺袴とか絶対似合わないんだけど、と祖父にぼやいたらスーツでバシッと決めてもいいよ、とのことだったのでありがたくそうさせてもらった。
でもこんなピカピカの高級スーツ着るはめになるとは。俺の月給より余裕で高い。勿論オーダーメイドだ。俺が祖父さんの屋敷に缶詰になっていた間に作られたらしい。
「うーーん」
後継ぎが吊るしのスーツ着てたんじゃカッコつかないのは分かるけどさ。俺みたいなやつがこんな高級品着ててもアホっぽいだけでしょ?
オジサンの褒め言葉にポリポリ頬を掻きながら鏡の前に立つ。
髪の毛をオールバックにして、嫌いなブルーの目を剥き出しにした自分を見て、おや、と思った。なんか、そんなに悪くない気がする。
ポピン。
聞きなれた通知音にキョロキョロ自分を見回していた鏡から視線を落とす。
電話番号もなにもかも丸ごと変えた最新のスマホに、弟くんからのメッセージ。
『もう止められませんでした。すみません。許してください』
いつのまにか、俺に随分怯えるようになってしまった文章を読んで、髪の毛を整える。
この数ヶ月、弟君とマスターと、時々祖父さんの協力のもと、俺はアイツの監視下から逃れていた。
つまり、アイツは数ヶ月俺の居場所がわかっていない。向こうからすると、神隠しにでもあったみたいに突然俺が仕事場からも家からも姿を消したままなのである。
この数ヶ月、『兄さんがやばいです』という趣旨の大量のメッセージが弟くんから届き続けていた。
――やばい? やばいってどういう風に?
スマホの画面を落として、オジサン図鑑に視線を戻しながら心の中の自分がソワソワそう言った。
アイツが、俺がいなくなったことで取り乱す様子なんて想像できない。ケロッとしてるんじゃないの。
そう思っていた俺を考え直させたのは、苦笑いのオジサンから知らされるアイツの仕事ぶり。
「なんか荒事ばっかり受けるようになって。あちこちで暴れまくってるらしいんだけど」
そんな言葉に俺はポカーンとした。
俺の中にあったアイツへのイメージと周りからのイメージと、それから本人の性格と。その辺に大きな乖離があることは流石に理解した。
そして俺はちょっとニヤけた。
だって、あの読めない男が、俺がいなくなっただけでそんなキレてるんでしょ? そんなのニヤけるって。最低な自覚はある。道徳・倫理の評価は小中通して1から2を彷徨っていた。
アイツは、本当に人を思い上がらせるのが得意だよなあ。
この数ヶ月、オジサンから時々入ってくる報告を聞いて、俺は勝手フワフワ浮かれようとする自分の心を蹴り付け踏みつけ砂をかける。そんな作業をオジサン図鑑片手に四六時中続けなくちゃならなかった。
今もほら、飽きずに弟くんからのメッセージで浮き足立っている。
俺の馬鹿野郎。思い上がっては失望してをアイツ相手に何回繰り返す気だ。アイツはちょっとイカれてるくらいに律儀なだけ。俺がアイツのことが好きでただ手放したくない。そばにいたい。そしてもうすぐその願いが叶おうとしている。それ以上を望むんじゃない。
そう何度言い聞かせても、俺の中のバカが「もしかしたら」と言い始めるんだから仕方がない。
バタン!と荒々しく開けられた扉に、俺はそっと振り返った。
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