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第25話 頑張れ後継ぎ(デコイ)くん
しおりを挟むそれから、とんとん拍子にことは進んだ。
乗り込んで行った俺の方が驚くぐらいに。全てが順調に。あまりにもスムーズに。
とは言え、今まで普通に暮らしてきた一般人の男が、血縁関係だけで突然ヤクザのトップを張れるはずがなく。
というかそんなことになったら流石に文句が出て大騒ぎになるだろう。
だからものすごーくマイルドに分かりやすく言うなら次期組長になるための修行をしばらくしようねってことになった。ある程度、見れるようになってから俺を正式な後継ぎとして紹介してくれるらしい。
それでもぽっと出の男が突然後継ぎなんてどうなんだって話だけど。
この組というのは、かなり昔から続く由緒ただしい家(由緒正しいヤクザってどうなんだ)だということが助けになった。血筋を大事にする風潮が図らずも俺の追い風になってくれたわけだ。
御年80歳にもなろうかというおじいさん……俺の祖父が未だに隠居できていないのも、その"血筋"が原因だったらしい。
跡目を巡って、それはもう醜い争いが組の中で繰り広げられているのだ。現在進行形で。
ちなみにその争いの矢面に担ぎ上げられているのは、一応祖父と血縁関係はあるけど遠すぎてほぼ他人の男たちである。
祖父の祖父の兄弟の子供の子供とか。説明されたけど、ちょっと俺の頭では何言ってんのか分かんなかった。
とにかく、そんな人たちが引き摺り出されてしまうくらい、この家では血筋が重要視されているってことなんだろう。
そんな中に俺こと、直系の孫(またの名をデコイという)の登場である。
祖父からすれば、あちこちで勃発している組の諍いをまとめるチャンスだし。俺からすればあいつを捕まえるチャンスなのである。
さっさと一人前になって、あの鬱陶しい争いを止めてくれ。そんな祖父の言葉に俺はニッコリ頷いた。
「お久しぶり、坊ちゃん」
――あれ、もしかしてこれって謀られてたのかな。ようやくそう気づいたのは、見覚えのあるオジサンが俺の教育係としてニヤケ面で挨拶しにきた時だった。相変わらず派手な柄シャツがよく似合っている。この人よく会うなあ。
「一年以内にそれなりに仕立てろとの仰せでな。ちょっとオジサン厳しくなっちゃうかもしれない。嫌いにならないでね」
ポリポリと首の後ろを掻いてそう言うオジサンに頷いた。
わざわざ祖父から教育係に指名されるくらいだ。よっぽど信頼されているんだろう。
そういえば俺が何かをしようとした時、いつもこのオジサンがそばにいたな、と思ったけど深くは考えなかった。俺だって祖父のことを利用してるんだから。祖父に利用されることに文句はない。
「じゃあ、今日からここでお勉強ね」
というわけで、もちろん、バーは辞めることになった。当たり前だ。ヤクザの次期組長候補が一般人の来るバーで呑気にカクテルつくってたら、皆腰抜かしちゃうだろうし。パトロールのお巡りさんも困ってしまうだろう。
何より、俺には覚えなくてはならないことが死ぬほどあるのだ。ほぼ軟禁状態である。
知ってるか。歴史が古いってことは、それだけしきたりとか暗黙のルールとかが多いってことなんだよ。
「………銃の撃ち方とか習うんだと思ってた」
ローテーブルに頬杖をついてボヤく俺の前には、関係者のプロフィールがズラリと並んだ分厚い冊子。俺が人の名前を覚えるのが下手だと言ったおかげで特別仕様の全編フルカラー写真付きである。組の関係者は勿論、取引相手から敵対組織の構成員まで。………これ全部覚えろって?
「今どき銃とか流行らないからね」
「………えーー」
「えーーじゃないの。FPSゲームでもやってなさい」
そもそも、下っ端構成員じゃないんだから、そんな矢面に立たされるわけないでしょ。
心配しなくても、"それっぽい仕事"もその内回ってくるよ。
そう言うオジサンにため息をつく。
「…………」
別にそれっぽい仕事は望んでないんです。ただ今のこの時間が辛いんです。
隅から隅まで多種多様なオジサンの写真が並んだ本にチラリと視線を落とす。さながらオジサン図鑑。時々若い男と女もいるけど。8割方オジサン。
ペラペラページをめくっていると、あるところでピタリと手が止まった。
見覚えのある顔。っていうか、俺がこんなことをしている原因。
「……ふ、」
名前を見て、つい吹き出してしまった。なんて言うか、ピッタリの名前だったからだ。
爪の先で細い顔の輪郭をツルツルなぞる。あー、こうして見るとほんとカッコいいなこの人。オッサンとチンピラばっかりの中に並んでるからかな。すっごいカッコいい。
可哀想にな、俺なんかに好かれて。こんなカッコよかったら美男美女選び放題だろうにな。もう逃してあげられないな。
「こら。イケメン見てなに惚けてるの」
ああ。
せっかくオジサンでゲシュタルト崩壊した脳を癒していたのに。目の前に座ったオジサンに邪魔をされる。
「………はあああ」
「……人の顔見てため息ついちゃいけませんってとこから教えたほうがいいかな? 生意気坊主め」
「いででで」
――額に青筋を立てたオジサンにむぎぎぎっと頬をつねられ続けること早数ヶ月。
ズダン。
そんな音を立てて、初めて撃った銃弾が眉間のど真ん中を貫いた。
「…………」
オジサンが口からポロ、と飴玉を落とした。やっぱ歳をとると口元が緩くなるんだろうか。痺れた手をプラプラ振りながら銃弾の開けた穴を眺める。
「坊ちゃん、銃撃てたんか」
いいや。祭りの射的だってやったことない。
オジサンに教えてもらった通りにやっただけだ。
「………俺、なにかと器用だから」
「……こりゃ驚いた」
銃を撃って一番に思ったことが「お手軽花火って感じ。拍子抜け」なあたり多分俺の情緒は終わっている。
ほんのりと漂う硝煙の匂いをスンと吸い込んで、やっぱり夏祭りとかの気分になってしまう。緊張感がまるでない。
今更になって、いつだかキャバ嬢のあの子に言われた「自覚がないだけヤバイ」の意味が分かった。実弾打たないと自分の頭の作りがちょっとおかしいことに気付けないとは。やっぱり俺ってボンヤリしてるんだろうな。
俺を共感性のない非情な人間ととるか、一人の男のためにここまでできる情熱的な人間ととるか。そのあたりは周りの大人の判断に任せることにしよう。と、後ろのオジサンをチラ……と伺う。
「驚いたっていい意味? 悪い意味?」
「……マアこの世界だといい意味だわな」
なら良いか。ウン、と頷いた俺の髪を仕方なさそうな顔をしたオジサンが掻き回した。
祖父が揶揄って俺を"サラブレッド"なんて呼んでいたのは、間違いじゃなかったらしい。社会不適合者のサラブレッド、的な意味で。大変不名誉ではあるが。
……そんなこんなで、一年かけて行われるはずだったお飾り後継ぎ養成計画は、なんと半年足らずで終了したのである。
愛のパワーか。これが。……いや、今のは流石に寒いからナシで。
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