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第23.55話
しおりを挟む白い肌。長い睫毛。外国のお人形みたいな顔。
こんな子の隣に並ぶのってどんな人かしら。
シーナの荒れた恋愛模様を見守りながらよく考えていた。
綺麗な子、ハンサムな子、面白い子、賢い子。
色んな子がシーナに近づいてきた。
まあ不思議なくらい全員曲者揃いだったけど。結局、どんな相手もシーナにはしっくりこないみたいだった。
誰と付き合っても「恋愛とか正直遠慮したいんだけど。俺」と首を傾げる。その割に何かを埋めるように上辺だけの恋人を絶やさない。
こういう子ほど運命の相手に出会うとどうしようもないくらい一途になったりするんかな。ぜーんぜん想像できんけど。
そんなことを呑気に考えていた過去の俺よ、お前の予想は正しかったぞ。かなり斜め上の方向にな。
「あー、いい泡ができたなあー」
弟が飛び込んでくるまでの数分。
俺は洗いざらい今まで隠していたことを吐かされていた。
いや、あの、本当……俺、シーナと初めて会った時は何も知らなかったんです。成人前に家飛び出してから、向こうとはほとんど絶縁状態やし。清く正しくカタギの人やってました。
ただシーナを雇ってから暫くしてな、弟からひっさしぶりにメッセージが来てな……。
『にいちゃんとこのバイトさん、俺の"兄さん"のお気に入りやからぜっっっっっっったい危険な目に合わせんで。てかなんでそんなやばい人雇ってしまったん』
……ってな。もうそんなん言われても仕方ないやん。
シーナとも仲良くなった後でクビにとかしたくないしな。
でも聞けば聞くほど弟の"兄さん"やばい人やしな。
もー、どうしたらいいか分からんくて。
あーだこーだ考えてたらな、シーナに接触してアイツが謎にストーカー化したやろ。それまでずっと隠れて面倒な奴追い払ってるだけやったんにな。
ど、どうしよ~!?って慌ててるうちにシーナがアイツに恋してしまったからな。ほんならそれでいいやん!めでたしめでたしやん!ってなってな。
大事なヒゲを懸けた俺の熱烈なマシンガントークに、椅子の前にしゃがみ込み頬杖をついてこちらを見上げていたシーナはウンウンと頷いた。
「……なんだ、俺、店長もヤクザの人で、雇われてた時からずーっと騙されてたのかと思いました」
「いえ! 純粋無垢なカタギのお兄さんです! シーナのことは雇った後に知りました!」
「……フーーーン」
椅子に拘束されて美人に白い目で睨まれているこの状況。
ちょっと変な趣味に目覚めそうだが、今はかわいい後輩に誠心誠意謝るのが先である。まじで何も知らずに雇いました。弟と手を組むために雇い入れたとかじゃありません。
「弟さん以外の組員とは関係ないんですか?」
「ないです!」
「まあでも、俺の情報は弟さんに売ってたんですね」
「はい!」
「で、その情報はあの男に流れてたと」
「はいそうです!すみませんでした!!!!」
縛られてなかったら五体投地をしていたところである。
自分の身が可愛くてすみません。
顔にビシバシ刺さる視線が痛い。
はあ、とため息をつき、階段の方を見遣ったシーナが「なら………」と小声で言った。
「もう少しだけ付き合ってもらってもいいですかね」
「にいちゃんと俺を許してやってください! すみませんでした!!」
バン!!
と、飛び込んでくるなりスライディングで土下座をキメた弟に、ああ、と頭を抱えたくなった。兄は椅子に縛り付けられ、弟は地面に額を擦り付け。ちなみにこれが10年ぶりの再会。なんとも情けない兄弟である。
「………にいちゃんの運命はあなたの態度で決まります。……すみません、名前聞きましたっけ?俺、人の名前覚えるの苦手で」
「役立たずのクソヤクザで大丈夫です!」
「長いな………」とシーナが呟く。
「弟くんでいいと思います」
シーナが人の名前や顔を覚えるのが壊滅的に苦手なことを知っているのでつい助け舟を出す。俺の声を聞いたバカ弟がハッと顔を上げた。最後に見た時より随分大人びた顔は、本当に俺とそっくりで。ああ、こりゃバレるわな、と空笑いをした。昔はもうちょっと似てなかったんやけどな。
「じゃあ店長と手を組んで長年俺の情報を横流ししてくれていた弟くん」
「はい、すみませんでした」
「今朝もう、あのアンポンタンに会いました?」
「あ、あんぽん……」
「おっと……ちょっと私怨が。えっと、あなたの上司のストーカー男です。会いました?」
「………は、はい。会いました」
「俺のことなんか言ってました?」
「………」
「ヒィー!」
しゃわ……と俺の顎にやけにきめ細かい泡が乗せられて叫ぶ。早く答えてくれバカ弟!
「………シ、シーナさんに近づきすぎたから距離をおくようにって。あの、街とかで見つからないよう気をつけろって」
「なるほど」
シーナがカミソリを手に持ったまま、土下座の姿勢で顔だけを持ち上げている弟の目の前にしゃがみ込む。
「あの人、また逃げる気なんですね」
「……また?」
シーナのガラス玉のような瞳がキロリと弟を見つめる。
お父さんが北の方の人なんやったっけ。シーナの手の中にあるカミソリに身震いをしながら、そんなことを思い出した。冴え冴えとした瞳に、俺とそっくりの引き攣った弟の顔が映っている。
「はい。それでなんですけど。俺の祖父にどうやって連絡取れるか知りませんか」
「シーナさんの、お祖父さん?」
予想外の言葉に、首を傾げた。
シーナの家族は失踪した母親だけだったはずだ。
お祖父さんの話なんて一度も聞いたことがない。
「喜田誠。喜田組の組長なんですけど」
「……………は??????」
おい。おいちょっと待てバカ弟。
この子はあのヤバ男のお気に入り。
それだけじゃなかったんか。
「え、喜田、………あ、"シーナ"? 椎名って」
「はい。喜田詩織の駆け落ちを手伝ったあほヤクザの苗字です。俺の親父は外国姓だし。喜田の苗字も名乗り続けられないので」
「詩織さんの息子さん……わ、にいちゃん詩織さん会ったことあるやんな、子供の頃」
「……言われてみれば面影も……」
「似てなくてすみません。父似で有名なので」
すまし顔のシーナが「で」と話を元に戻す。
組長の孫を敵に回しかけている弟は、可哀想にでかい図体を丸めて涙目だ。
「連絡の取り方、知ってるんですか?」
「………連絡先、知ってどうされるんですか」
「ひみつです」
パチリ。シーナの長い睫毛が瞬く。
「………バカ弟~~」
「ふ、藤崎さんの連絡先なら………」
組長の孫から送られてくる無言の圧と、俺の髭に徐々に近づいてくるカミソリに我慢ならなくなった弟が小さな声で呟いた。
「藤崎さん?」
「この間、このバーに来てた人です………」
「ふーーん」と、シーナが頷いた。
「弟さん、あのアンポンタンには俺に呼び出されたこと秘密にしててくださいね」
「あ、いや……」
「……弟さん、唇の形がセクシーだってよく言われます?」
突然の言葉に弟の顔が固まる。
「はい?」
「いや、なんか今突然、弟さんの唇にキスしたくなってきたから。うっかりキスして、うっかりその写真撮って誰かに自慢してしまうかも……」
こんなのもう死刑宣告である。
「……あの、黙ってる以外のことで償います! な、なんでも! ほら! 借金の肩代わりとか! あと100万くらい残ってましたよね!」
「わあ。ヤクザって儲かるんですね」
「いや、バカ弟は貯金とかできんタイプやからお財布の中100円とかしか入ってないと思うで」
完全にシーナの側につき始めた俺にバカ弟が非難の目を送ってくる。
「……じゃあなんですか。ゲイ風俗とかに売り捌けばいいんですか」
別にそれはいいですけど。と、シーナが呟いた。
「あなたを売って、それで。残りの99万は? どうやって払ってくれるんですか?」
「ひ、酷い!」
チクリと意地悪を言われた弟がピッ!と子ウサギみたいな声を出して泣いた。組長の孫ってことで思いっきり萎縮しているんだろう。
高級スーツに大人の男が小動物みたいに肩をすくめてヒンヒン言うさまは中々見るに堪えないものがある。
シーナがつい最近、借金を完済し終わったことを弟に言いそびれていた俺は、哀れな男の姿からさっと目を逸らした。
いじめっ子の方はといえば、素知らぬ顔でサロンエプロンを脱ぎ捨て、身支度を済ませている。目の前でピーピー言っているヤクザは放置らしい。さすが喜田家の子供と言うべきか。
お相手さん明らかにヤバいヤクザやし。住む世界も違うし。心配してたんやけど。これはなんだかんだお似合いカップルなんちゃうか。
シーナの「借金はもう返し終わったんでいいです。何もいらないんで、ただあの人に黙っててください」という容赦のない言葉を聞きながら、俺はボンヤリそんなことを考え現実逃避していた。
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