上 下
28 / 35

第23.55話

しおりを挟む

白い肌。長い睫毛。外国のお人形みたいな顔。
こんな子の隣に並ぶのってどんな人かしら。
シーナの荒れた恋愛模様を見守りながらよく考えていた。
綺麗な子、ハンサムな子、面白い子、賢い子。
色んな子がシーナに近づいてきた。
まあ不思議なくらい全員曲者揃いだったけど。結局、どんな相手もシーナにはしっくりこないみたいだった。
誰と付き合っても「恋愛とか正直遠慮したいんだけど。俺」と首を傾げる。その割に何かを埋めるように上辺だけの恋人を絶やさない。
こういう子ほど運命の相手に出会うとどうしようもないくらい一途になったりするんかな。ぜーんぜん想像できんけど。
そんなことを呑気に考えていた過去の俺よ、お前の予想は正しかったぞ。かなり斜め上の方向にな。



「あー、いい泡ができたなあー」

弟が飛び込んでくるまでの数分。
俺は洗いざらい今まで隠していたことを吐かされていた。

いや、あの、本当……俺、シーナと初めて会った時は何も知らなかったんです。成人前に家飛び出してから、向こうとはほとんど絶縁状態やし。清く正しくカタギの人やってました。
ただシーナを雇ってから暫くしてな、弟からひっさしぶりにメッセージが来てな……。

『にいちゃんとこのバイトさん、俺の"兄さん"のお気に入りやからぜっっっっっっったい危険な目に合わせんで。てかなんでそんなやばい人雇ってしまったん』

……ってな。もうそんなん言われても仕方ないやん。
シーナとも仲良くなった後でクビにとかしたくないしな。
でも聞けば聞くほど弟の"兄さん"やばい人やしな。
もー、どうしたらいいか分からんくて。
あーだこーだ考えてたらな、シーナに接触してアイツが謎にストーカー化したやろ。それまでずっと隠れて面倒な奴追い払ってるだけやったんにな。
ど、どうしよ~!?って慌ててるうちにシーナがアイツに恋してしまったからな。ほんならそれでいいやん!めでたしめでたしやん!ってなってな。

大事なヒゲを懸けた俺の熱烈なマシンガントークに、椅子の前にしゃがみ込み頬杖をついてこちらを見上げていたシーナはウンウンと頷いた。

「……なんだ、俺、店長もヤクザの人で、雇われてた時からずーっと騙されてたのかと思いました」

「いえ! 純粋無垢なカタギのお兄さんです! シーナのことは雇った後に知りました!」

「……フーーーン」

椅子に拘束されて美人に白い目で睨まれているこの状況。
ちょっと変な趣味に目覚めそうだが、今はかわいい後輩に誠心誠意謝るのが先である。まじで何も知らずに雇いました。弟と手を組むために雇い入れたとかじゃありません。

「弟さん以外の組員とは関係ないんですか?」

「ないです!」

「まあでも、俺の情報は弟さんに売ってたんですね」

「はい!」

「で、その情報はあの男に流れてたと」

「はいそうです!すみませんでした!!!!」

縛られてなかったら五体投地をしていたところである。
自分の身が可愛くてすみません。
顔にビシバシ刺さる視線が痛い。
はあ、とため息をつき、階段の方を見遣ったシーナが「なら………」と小声で言った。

「もう少しだけ付き合ってもらってもいいですかね」



「にいちゃんと俺を許してやってください! すみませんでした!!」

バン!!
と、飛び込んでくるなりスライディングで土下座をキメた弟に、ああ、と頭を抱えたくなった。兄は椅子に縛り付けられ、弟は地面に額を擦り付け。ちなみにこれが10年ぶりの再会。なんとも情けない兄弟である。

「………にいちゃんの運命はあなたの態度で決まります。……すみません、名前聞きましたっけ?俺、人の名前覚えるの苦手で」

「役立たずのクソヤクザで大丈夫です!」

「長いな………」とシーナが呟く。

「弟くんでいいと思います」

シーナが人の名前や顔を覚えるのが壊滅的に苦手なことを知っているのでつい助け舟を出す。俺の声を聞いたバカ弟がハッと顔を上げた。最後に見た時より随分大人びた顔は、本当に俺とそっくりで。ああ、こりゃバレるわな、と空笑いをした。昔はもうちょっと似てなかったんやけどな。

「じゃあ店長と手を組んで長年俺の情報を横流ししてくれていた弟くん」

「はい、すみませんでした」

「今朝もう、あのアンポンタンに会いました?」

「あ、あんぽん……」

「おっと……ちょっと私怨が。えっと、あなたの上司のストーカー男です。会いました?」

「………は、はい。会いました」

「俺のことなんか言ってました?」

「………」

「ヒィー!」

しゃわ……と俺の顎にやけにきめ細かい泡が乗せられて叫ぶ。早く答えてくれバカ弟!

「………シ、シーナさんに近づきすぎたから距離をおくようにって。あの、街とかで見つからないよう気をつけろって」

「なるほど」

シーナがカミソリを手に持ったまま、土下座の姿勢で顔だけを持ち上げている弟の目の前にしゃがみ込む。

「あの人、また逃げる気なんですね」

「……また?」

シーナのガラス玉のような瞳がキロリと弟を見つめる。
お父さんが北の方の人なんやったっけ。シーナの手の中にあるカミソリに身震いをしながら、そんなことを思い出した。冴え冴えとした瞳に、俺とそっくりの引き攣った弟の顔が映っている。

「はい。それでなんですけど。俺の祖父にどうやって連絡取れるか知りませんか」

「シーナさんの、お祖父さん?」

予想外の言葉に、首を傾げた。
シーナの家族は失踪した母親だけだったはずだ。
お祖父さんの話なんて一度も聞いたことがない。

「喜田誠。喜田組の組長なんですけど」

「……………は??????」

おい。おいちょっと待てバカ弟。
この子はあのヤバ男のお気に入り。
それだけじゃなかったんか。

「え、喜田、………あ、"シーナ"? 椎名って」

「はい。喜田詩織の駆け落ちを手伝ったあほヤクザの苗字です。俺の親父は外国姓だし。喜田の苗字も名乗り続けられないので」

「詩織さんの息子さん……わ、にいちゃん詩織さん会ったことあるやんな、子供の頃」

「……言われてみれば面影も……」

「似てなくてすみません。父似で有名なので」

すまし顔のシーナが「で」と話を元に戻す。
組長の孫を敵に回しかけている弟は、可哀想にでかい図体を丸めて涙目だ。

「連絡の取り方、知ってるんですか?」

「………連絡先、知ってどうされるんですか」

「ひみつです」

パチリ。シーナの長い睫毛が瞬く。

「………バカ弟~~」

「ふ、藤崎さんの連絡先なら………」

組長の孫から送られてくる無言の圧と、俺の髭に徐々に近づいてくるカミソリに我慢ならなくなった弟が小さな声で呟いた。

「藤崎さん?」

「この間、このバーに来てた人です………」

「ふーーん」と、シーナが頷いた。

「弟さん、あのアンポンタンには俺に呼び出されたこと秘密にしててくださいね」

「あ、いや……」

「……弟さん、唇の形がセクシーだってよく言われます?」

突然の言葉に弟の顔が固まる。

「はい?」

「いや、なんか今突然、弟さんの唇にキスしたくなってきたから。うっかりキスして、うっかりその写真撮って誰かに自慢してしまうかも……」

こんなのもう死刑宣告である。

「……あの、黙ってる以外のことで償います! な、なんでも! ほら! 借金の肩代わりとか! あと100万くらい残ってましたよね!」

「わあ。ヤクザって儲かるんですね」

「いや、バカ弟は貯金とかできんタイプやからお財布の中100円とかしか入ってないと思うで」

完全にシーナの側につき始めた俺にバカ弟が非難の目を送ってくる。

「……じゃあなんですか。ゲイ風俗とかに売り捌けばいいんですか」

別にそれはいいですけど。と、シーナが呟いた。

「あなたを売って、それで。残りの99万は? どうやって払ってくれるんですか?」

「ひ、酷い!」

チクリと意地悪を言われた弟がピッ!と子ウサギみたいな声を出して泣いた。組長の孫ってことで思いっきり萎縮しているんだろう。
高級スーツに大人の男が小動物みたいに肩をすくめてヒンヒン言うさまは中々見るに堪えないものがある。
シーナがつい最近、借金を完済し終わったことを弟に言いそびれていた俺は、哀れな男の姿からさっと目を逸らした。
いじめっ子の方はといえば、素知らぬ顔でサロンエプロンを脱ぎ捨て、身支度を済ませている。目の前でピーピー言っているヤクザは放置らしい。さすが喜田家の子供と言うべきか。

お相手さん明らかにヤバいヤクザやし。住む世界も違うし。心配してたんやけど。これはなんだかんだお似合いカップルなんちゃうか。
シーナの「借金はもう返し終わったんでいいです。何もいらないんで、ただあの人に黙っててください」という容赦のない言葉を聞きながら、俺はボンヤリそんなことを考え現実逃避していた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】売れ残りのΩですが隠していた××をαの上司に見られてから妙に優しくされててつらい。

天城
BL
ディランは売れ残りのΩだ。貴族のΩは十代には嫁入り先が決まるが、儚さの欠片もない逞しい身体のせいか完全に婚期を逃していた。 しかもディランの身体には秘密がある。陥没乳首なのである。恥ずかしくて大浴場にもいけないディランは、結婚は諦めていた。 しかしαの上司である騎士団長のエリオットに事故で陥没乳首を見られてから、彼はとても優しく接してくれる。始めは気まずかったものの、穏やかで壮年の色気たっぷりのエリオットの声を聞いていると、落ち着かないようなむずがゆいような、不思議な感じがするのだった。 【攻】騎士団長のα・巨体でマッチョの美形(黒髪黒目の40代)×【受】売れ残りΩ副団長・細マッチョ(陥没乳首の30代・銀髪紫目・無自覚美形)色事に慣れない陥没乳首Ωを、あの手この手で囲い込み、執拗な乳首フェラで籠絡させる独占欲つよつよαによる捕獲作戦。全3話+番外2話

俺のかつての護衛騎士が未だに過保護すぎる

餡子
BL
【BL】護衛騎士×元王子もどきの平民  妾妃の連れ子として王家に迎え入れられたけど、成人したら平民として暮らしていくはずだった。というのに、成人後もなぜかかつての護衛騎士が過保護に接してくるんだけど!? ……期待させないでほしい。そっちには、俺と同じ気持ちなんてないくせに。 ※性描写有りR18

六日の菖蒲

あこ
BL
突然一方的に別れを告げられた紫はその後、理由を目の当たりにする。 落ち込んで行く紫を見ていた萌葱は、図らずも自分と向き合う事になった。 ▷ 王道?全寮制学園ものっぽい学園が舞台です。 ▷ 同室の紫と萌葱を中心にその脇でアンチ王道な展開ですが、アンチの影は薄め(のはず) ▷ 身代わりにされてた受けが幸せになるまで、が目標。 ▷ 見た目不良な萌葱は不良ではありません。見た目だけ。そして世話焼き(紫限定)です。 ▷ 紫はのほほん健気な普通顔です。でも雰囲気補正でちょっと可愛く見えます。 ▷ 章や作品タイトルの頭に『★』があるものは、個人サイトでリクエストしていただいたものです。こちらではいただいたリクエスト内容やお礼などの後書きを省略させていただいています。

美形な幼馴染のヤンデレ過ぎる執着愛

月夜の晩に
BL
愛が過ぎてヤンデレになった攻めくんの話。 ※ホラーです

騎士団長である侯爵令息は年下の公爵令息に辺境の地で溺愛される

Matcha45
BL
第5王子の求婚を断ってしまった私は、密命という名の左遷で辺境の地へと飛ばされてしまう。部下のユリウスだけが、私についてきてくれるが、一緒にいるうちに何だか甘い雰囲気になって来て?! ※にはR-18の内容が含まれています。 ※この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。

後輩に本命の相手が居るらしいから、セフレをやめようと思う

ななな
BL
「佐野って付き合ってるやつ居るらしいよ。知ってた?」 ある日、椎名は後輩の佐野に付き合ってる相手が居ることを聞いた。 佐野は一番仲が良い後輩で、セフレ関係でもある。 ただ、恋人が出来たなんて聞いてない…。 ワンコ気質な二人のベタ?なすれ違い話です。 あまり悲壮感はないです。 椎名(受)面倒見が良い。人見知りしない。逃げ足が早い。 佐野(攻)年下ワンコ。美形。ヤンデレ気味。 ※途中でR-18シーンが入ります。「※」マークをつけます。

彼女ができたら義理の兄にめちゃくちゃにされた

おみなしづき
BL
小学生の時に母が再婚して義理の兄ができた。 それが嬉しくて、幼い頃はよく兄の側にいようとした。 俺の自慢の兄だった。 高二の夏、初めて彼女ができた俺に兄は言った。 「ねぇ、ハル。なんで彼女なんて作ったの?」 俺は兄にめちゃくちゃにされた。 ※最初からエロです。R18シーンは*表示しておきます。 ※R18シーンの境界がわからず*が無くともR18があるかもしれません。ほぼR18だと思って頂ければ幸いです。 ※いきなり拘束、無理矢理あります。苦手な方はご注意を。 ※こんなタイトルですが、愛はあります。 ※追記……涼の兄の話をスピンオフとして投稿しました。二人のその後も出てきます。よろしければ、そちらも見てみて下さい。 ※作者の無駄話……無くていいかなと思い削除しました。お礼等はあとがきでさせて頂きます。

βの僕、激強αのせいでΩにされた話

ずー子
BL
オメガバース。BL。主人公君はβ→Ω。 αに言い寄られるがβなので相手にせず、Ωの優等生に片想いをしている。それがαにバレて色々あってΩになっちゃう話です。 β(Ω)視点→α視点。アレな感じですが、ちゃんとラブラブエッチです。 他の小説サイトにも登録してます。

処理中です...