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第22話 全部教えて
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最後の晩。
……まあ、俺は最後になるって知らなかったわけだけど。
男の傷がだいぶ良くなってきたから、部屋の掃除兼快気祝いってことで母さんの残していった酒を二人で開けた。
悪ガキ二人が揃うとロクなことしないよね。
ソファーに座った男の脚の間に座りこんで。薄暗い部屋でたまたまやっていた映画を見ながらくだらない話をする。
目の前にはポテトチップスとかスナック類。あと酒を割る用の炭酸ジュース。酒以外は割といつも通りの夜。
「シーナはさ、なんで俺のこと拾ったの?」
そんないつも通りのはずの夜。男がふと思い出したみたいにそんなことを言いはじめて、俳優の演技にぶつぶつ文句を言っていた俺はポカンと後ろを振り返った。
「………何、いきなり。どした?」
「なんとなく」
なんとなく?
突然始まった真面目な話に、なんだなんだと、男の脚の間でモゾモゾ居住まいを正す。
「……や、別に。深い理由はないけど」
それこそなんとなく。可哀想だったから。
「……困ってる人みんな助けようとしちゃうタイプ?」
「……俺が?」
いや、違うだろ。
「……そんなお人好しに見えた?」
「いや。全然。だから不思議だった」
男が長い前髪を鬱陶しそうにかきあげ、タバコの箱を手に取る。
未だにポツポツ絆創膏の巻かれた指で器用に一本引き出して、全く似合わない蛍光ピンクのライターにシュボと火をつける。
包帯グルグル男が蛍光ピンク使ってたらさぞマヌケで面白いだろうなって、俺が悪ふざけで買ったライターだ。
「………こいつ、俺が拾わなかったら死ぬのかなって」
そう思ったから。
薄い唇から長い舌のように煙が垂れる。最近ようやく腫れがマシになってきた目が煙の間からこちらをチラリと見る。
「……行く場所、ないだろうし」
行く場所があったらあんなところで隠れるみたいに倒れこんだりしないだろう。
「なんか、捨てられてるの可哀想だったし」
あー、そっか。
言葉にして何となく色々理解してしまった俺は、男の方に振り返るのをやめて、またテレビの方に向き直った。
白黒のローマの街並みが映っている。
「……、ほら。俺も捨てられたばっかりだったから。路地裏でゴミみたいに倒れてるあんたに共感しちゃったのかも」
母さんに捨てられてひとりぼっち。
残ったのは母さんの昔の男に押し付けられた借金だけ。
バイト代じゃ家賃まで賄えなくて、実はこのアパートももうすぐ追い出されることになっている。
行く場所がないのも。捨てられて可哀想なのも。全部俺のことだ。
「……誰にも助けてもらえないよりは、俺みたいなのでもまだいるだけマシでしょ」
つまり俺は、汚い路地裏で雨晒しになって死にかけている男に、自分を重ねた。自分を重ねた男を助けることで、自分のことも助けたような気になりたかったのだ。
「シーナには助けてくれる奴がいないの?」
「いない」
グッとビールを煽った。
ちょっと不安がぶり返してきたからだ。
なんたって俺は無力な高校生のガキだったので。この状況を打開するような手なんて、それこそ犯罪に手を染めるくらいしか思いつかなくて。男に出会う前は割と人生おしまいって感じの気持ちだった。……まあ、今も問題は何にも解決してないんだけど。
「………そんなに飲んで。まだ高校生のくせに、悪い奴」
気を使われたのかも。突然変わった話題にノって笑った。
「は? そっちだってそんなに変わんないでしょ」
「シーナよりは大人だから」
「目くそ鼻くそ」
「じゃあシーナは鼻くそか。俺は目くそね」
「……あ~、この酔っ払いうぜ~~」
バタ、と男の脚に仰向けに倒れ込む。
タバコを灰皿に押し付けた男が、俺の顔を見下ろしてふは、と笑った。
「酒弱すぎ。顔真っ赤だから」
「あ、」
手の中のビール缶を取り上げられる。
それを男がグッと煽った。
男の腿に後頭部を乗せたまま、喉仏が上下に動くのをぼんやり見上げる。
なんかエロいな。とか、ふやけた脳で考えていたら、チラ、と目があってちょっとバツが悪くなった。
「………なに、えっち」
「……いや。俺もそっち飲みたい。なにそれ」
「サングリア」
「さん…? なに?」
「知らない。なんか女子が飲んでるやつ」
「俺も飲みたい」
手を伸ばしたけど、「あ、こら」と缶が遠ざけられた。けち臭いやつめ。
「だめ。もうシーナには酒持たせないから」
「えー」とブーイングをするも男の意志は固いらしい。「ダメです」と言って母親みたいな顔をして首を振っている。
「じゃあ一口。ちょーだい」
なら、缶を持たなきゃいいんだろ。そう思った俺は、あ、と仰向けになったまま口を開けた。バカっぽいけど今更気取るような相手じゃない。
「はやく」と言いながら、腫れも引いてきて、ちょっとはマシな見た目になってきた顔を口を開けた間抜けヅラのまま見つめた。
……なんか最近気づいたんだけど、こいつもしかして素顔は割とかっこよかったりする?
「………、」
黙ったまま、俺の顔をじっと見下ろしていた男がグッとサングリアを煽った。あ、ひど、ケチ。と、口を閉じようとした瞬間、顎に男の手のひらが添えられて、親指で唇をそっと押し上げられる。
「んむ」
俺の口を蓋するみたいに、男の乾燥した唇が押しつけられて。パチリと目を開いた。喉に落ちてくる冷たい酒をほとんど無意識にこくんと飲み込む。
「……、どう?」
「…………、」
どうって何が?
ポカンと口を開けて男を見上げたままの俺をチラと見た男が「美味しくなかった?」と微笑んで尋ねる。うわ、腹立つ。年下だからってバカにしてんだ。
「………よく分かんなかった」
「まじか。もう一口飲む?」
酒で顔が赤くなっていて良かった。今更赤みが増したところでこの薄暗い部屋じゃバレないだろう。
「……飲む」
気になってる相手とキスするチャンスを逃す手はない。
何食わぬ顔顔でそう答えて、また酒を煽る男をぼーっと見つめた。向こうにそんなつもりはないんだろうけどさ。思い出くらい貰ってもいいじゃんね。
「、」
男の傷はほとんど治っていた。まだあちこちにベタベタ大きな絆創膏やら湿布やら、青あざやらが残ったままだけど。可哀想なくらい腫れていた顔はだいぶマシになっていたし、ぱっくり割れていた前髪の下の傷も良くなった。ホッチキスをギャーギャー騒ぎながら抜いたのは一週間前。シャワーだって傷を避けながら浴びることができるようになった。
『お別れの挨拶になんと言っていいのか分からないの』
つけっぱなしのテレビからそんな台詞が聞こえてきて、あまりに今の状況にピッタリで思わず笑ってしまう。俺はかわいいヒロインでもないし、相手は正体不明のチンピラだけど。
望みのない恋とかバカのすることだ。
でも弱っている時を、身を寄せ合ってなんとかやり過ごして。なんか時々一緒に穏やかな日常を過ごしたりして。
そんなの、好きになるなって言う方が無理だと思う。少なくとは俺は無理だった。
「………」
好きになっちゃった。
ずっとここにいてくれてもいいよ。
そんなこと言ったら、こいつなんて言うかな。
降ってくる唇を目で追いながら、そんなことを考えた。
「ん、」
唇が重なる。
ゴクリ。俺の喉が動く。
唇が音を立ててゆっくり離れる。
「………シーナ甘いの好きだからこれも好きでしょ」
「……良く知ってんね。流石」
「うん。俺、好きな相手のこと全部知りたくなっちゃうタイプだったみたい」
最近気づいたばっかりだけど。
「は」
酒と、好きな相手とのキスで蕩けていた頭が一瞬で覚醒した。
「………なんて?」
「俺質問してばっかでウザくなかった?」
「……え、まあ」
ウザかったけど。
そう言うと、男の鼻にキュッと皺が寄った。
あ、俺、こいつのこの笑い方好き。それどころじゃないのについつい見惚れる。
「ごめん。これでも我慢してたんだけど。色々聞かれて嫌だった?」
「いや。別に。好きにしていいよ」
なんか基本くだらない質問ばっかりだったし。好きな食べ物とか。血液型とか。子供の頃好きだったアニメとか。
そんなことを呟く俺の顔を見て、男がはあ、とため息をついた。
「……シーナさあ、頭良いのに好きにしていいとか簡単に言っちゃうのなんで?」
「……や、だって本当に良いから」
「………ふーーん」
じゃあさ。
何故かジトリと座った目をした男がソファーから身を乗り出す。
絆創膏の巻きついた親指が、夏の夜に酒なんか飲んだせいでしっとりと汗ばんだ俺の頬を優しく撫でる。
「一個でいいから誰も知らないこと教えてよ」
「……」
一応言っておく。別に俺は……少なくとも当時は、そんなに軽いタイプとかじゃなかった。
でも、だってさ。初めて好きになった相手にこんなこと言われてさ、断れる奴がいると思う?
……俺はいないと思う。
「いーよ」
俺がそう言うと何故か男の目が丸くなった。
……何であんたが驚くんだよ。
……まあ、俺は最後になるって知らなかったわけだけど。
男の傷がだいぶ良くなってきたから、部屋の掃除兼快気祝いってことで母さんの残していった酒を二人で開けた。
悪ガキ二人が揃うとロクなことしないよね。
ソファーに座った男の脚の間に座りこんで。薄暗い部屋でたまたまやっていた映画を見ながらくだらない話をする。
目の前にはポテトチップスとかスナック類。あと酒を割る用の炭酸ジュース。酒以外は割といつも通りの夜。
「シーナはさ、なんで俺のこと拾ったの?」
そんないつも通りのはずの夜。男がふと思い出したみたいにそんなことを言いはじめて、俳優の演技にぶつぶつ文句を言っていた俺はポカンと後ろを振り返った。
「………何、いきなり。どした?」
「なんとなく」
なんとなく?
突然始まった真面目な話に、なんだなんだと、男の脚の間でモゾモゾ居住まいを正す。
「……や、別に。深い理由はないけど」
それこそなんとなく。可哀想だったから。
「……困ってる人みんな助けようとしちゃうタイプ?」
「……俺が?」
いや、違うだろ。
「……そんなお人好しに見えた?」
「いや。全然。だから不思議だった」
男が長い前髪を鬱陶しそうにかきあげ、タバコの箱を手に取る。
未だにポツポツ絆創膏の巻かれた指で器用に一本引き出して、全く似合わない蛍光ピンクのライターにシュボと火をつける。
包帯グルグル男が蛍光ピンク使ってたらさぞマヌケで面白いだろうなって、俺が悪ふざけで買ったライターだ。
「………こいつ、俺が拾わなかったら死ぬのかなって」
そう思ったから。
薄い唇から長い舌のように煙が垂れる。最近ようやく腫れがマシになってきた目が煙の間からこちらをチラリと見る。
「……行く場所、ないだろうし」
行く場所があったらあんなところで隠れるみたいに倒れこんだりしないだろう。
「なんか、捨てられてるの可哀想だったし」
あー、そっか。
言葉にして何となく色々理解してしまった俺は、男の方に振り返るのをやめて、またテレビの方に向き直った。
白黒のローマの街並みが映っている。
「……、ほら。俺も捨てられたばっかりだったから。路地裏でゴミみたいに倒れてるあんたに共感しちゃったのかも」
母さんに捨てられてひとりぼっち。
残ったのは母さんの昔の男に押し付けられた借金だけ。
バイト代じゃ家賃まで賄えなくて、実はこのアパートももうすぐ追い出されることになっている。
行く場所がないのも。捨てられて可哀想なのも。全部俺のことだ。
「……誰にも助けてもらえないよりは、俺みたいなのでもまだいるだけマシでしょ」
つまり俺は、汚い路地裏で雨晒しになって死にかけている男に、自分を重ねた。自分を重ねた男を助けることで、自分のことも助けたような気になりたかったのだ。
「シーナには助けてくれる奴がいないの?」
「いない」
グッとビールを煽った。
ちょっと不安がぶり返してきたからだ。
なんたって俺は無力な高校生のガキだったので。この状況を打開するような手なんて、それこそ犯罪に手を染めるくらいしか思いつかなくて。男に出会う前は割と人生おしまいって感じの気持ちだった。……まあ、今も問題は何にも解決してないんだけど。
「………そんなに飲んで。まだ高校生のくせに、悪い奴」
気を使われたのかも。突然変わった話題にノって笑った。
「は? そっちだってそんなに変わんないでしょ」
「シーナよりは大人だから」
「目くそ鼻くそ」
「じゃあシーナは鼻くそか。俺は目くそね」
「……あ~、この酔っ払いうぜ~~」
バタ、と男の脚に仰向けに倒れ込む。
タバコを灰皿に押し付けた男が、俺の顔を見下ろしてふは、と笑った。
「酒弱すぎ。顔真っ赤だから」
「あ、」
手の中のビール缶を取り上げられる。
それを男がグッと煽った。
男の腿に後頭部を乗せたまま、喉仏が上下に動くのをぼんやり見上げる。
なんかエロいな。とか、ふやけた脳で考えていたら、チラ、と目があってちょっとバツが悪くなった。
「………なに、えっち」
「……いや。俺もそっち飲みたい。なにそれ」
「サングリア」
「さん…? なに?」
「知らない。なんか女子が飲んでるやつ」
「俺も飲みたい」
手を伸ばしたけど、「あ、こら」と缶が遠ざけられた。けち臭いやつめ。
「だめ。もうシーナには酒持たせないから」
「えー」とブーイングをするも男の意志は固いらしい。「ダメです」と言って母親みたいな顔をして首を振っている。
「じゃあ一口。ちょーだい」
なら、缶を持たなきゃいいんだろ。そう思った俺は、あ、と仰向けになったまま口を開けた。バカっぽいけど今更気取るような相手じゃない。
「はやく」と言いながら、腫れも引いてきて、ちょっとはマシな見た目になってきた顔を口を開けた間抜けヅラのまま見つめた。
……なんか最近気づいたんだけど、こいつもしかして素顔は割とかっこよかったりする?
「………、」
黙ったまま、俺の顔をじっと見下ろしていた男がグッとサングリアを煽った。あ、ひど、ケチ。と、口を閉じようとした瞬間、顎に男の手のひらが添えられて、親指で唇をそっと押し上げられる。
「んむ」
俺の口を蓋するみたいに、男の乾燥した唇が押しつけられて。パチリと目を開いた。喉に落ちてくる冷たい酒をほとんど無意識にこくんと飲み込む。
「……、どう?」
「…………、」
どうって何が?
ポカンと口を開けて男を見上げたままの俺をチラと見た男が「美味しくなかった?」と微笑んで尋ねる。うわ、腹立つ。年下だからってバカにしてんだ。
「………よく分かんなかった」
「まじか。もう一口飲む?」
酒で顔が赤くなっていて良かった。今更赤みが増したところでこの薄暗い部屋じゃバレないだろう。
「……飲む」
気になってる相手とキスするチャンスを逃す手はない。
何食わぬ顔顔でそう答えて、また酒を煽る男をぼーっと見つめた。向こうにそんなつもりはないんだろうけどさ。思い出くらい貰ってもいいじゃんね。
「、」
男の傷はほとんど治っていた。まだあちこちにベタベタ大きな絆創膏やら湿布やら、青あざやらが残ったままだけど。可哀想なくらい腫れていた顔はだいぶマシになっていたし、ぱっくり割れていた前髪の下の傷も良くなった。ホッチキスをギャーギャー騒ぎながら抜いたのは一週間前。シャワーだって傷を避けながら浴びることができるようになった。
『お別れの挨拶になんと言っていいのか分からないの』
つけっぱなしのテレビからそんな台詞が聞こえてきて、あまりに今の状況にピッタリで思わず笑ってしまう。俺はかわいいヒロインでもないし、相手は正体不明のチンピラだけど。
望みのない恋とかバカのすることだ。
でも弱っている時を、身を寄せ合ってなんとかやり過ごして。なんか時々一緒に穏やかな日常を過ごしたりして。
そんなの、好きになるなって言う方が無理だと思う。少なくとは俺は無理だった。
「………」
好きになっちゃった。
ずっとここにいてくれてもいいよ。
そんなこと言ったら、こいつなんて言うかな。
降ってくる唇を目で追いながら、そんなことを考えた。
「ん、」
唇が重なる。
ゴクリ。俺の喉が動く。
唇が音を立ててゆっくり離れる。
「………シーナ甘いの好きだからこれも好きでしょ」
「……良く知ってんね。流石」
「うん。俺、好きな相手のこと全部知りたくなっちゃうタイプだったみたい」
最近気づいたばっかりだけど。
「は」
酒と、好きな相手とのキスで蕩けていた頭が一瞬で覚醒した。
「………なんて?」
「俺質問してばっかでウザくなかった?」
「……え、まあ」
ウザかったけど。
そう言うと、男の鼻にキュッと皺が寄った。
あ、俺、こいつのこの笑い方好き。それどころじゃないのについつい見惚れる。
「ごめん。これでも我慢してたんだけど。色々聞かれて嫌だった?」
「いや。別に。好きにしていいよ」
なんか基本くだらない質問ばっかりだったし。好きな食べ物とか。血液型とか。子供の頃好きだったアニメとか。
そんなことを呟く俺の顔を見て、男がはあ、とため息をついた。
「……シーナさあ、頭良いのに好きにしていいとか簡単に言っちゃうのなんで?」
「……や、だって本当に良いから」
「………ふーーん」
じゃあさ。
何故かジトリと座った目をした男がソファーから身を乗り出す。
絆創膏の巻きついた親指が、夏の夜に酒なんか飲んだせいでしっとりと汗ばんだ俺の頬を優しく撫でる。
「一個でいいから誰も知らないこと教えてよ」
「……」
一応言っておく。別に俺は……少なくとも当時は、そんなに軽いタイプとかじゃなかった。
でも、だってさ。初めて好きになった相手にこんなこと言われてさ、断れる奴がいると思う?
……俺はいないと思う。
「いーよ」
俺がそう言うと何故か男の目が丸くなった。
……何であんたが驚くんだよ。
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