白馬の王子様を探していたら現れたハイスペストーカー男に尽くされてる

チャトラン

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第18話 なんでも知ってる

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「こんなとこにいたんだ」

スマホをポケットにしまって、パッと顔を上げた。
予想通り、さっきクラブの中で散々酒を勧めてきたお兄さんが立っている。こんなところまで、俺を追いかけてきたらしい。

「大丈夫?具合悪い?」

心配そうな顔を作って目の前にしゃがんだお兄さんに、ニッコリ笑った。「酔った」なんて、ありきたりな言葉を呟いて、多分力の入ってないんだろうふにゃふにゃな顔で笑うと爽やかなお兄さんの目があからさまにギラギラ熱を持ったのが分かった。

「……うん。かな、と思って水持ってきた。ごめん。俺が勧めすぎたね」

「ふふふ」

しゃがんだままの俺の背中を大きな手が摩る。
別に気分が悪いとか言ってないのに。下心見え見え。
……俺って酔うとなんでも笑えてくるタイプらしい。知らなかった。
気持ちの悪い手つきで背中をささる手にふくふく笑っていると、何を勘違いしたのか、やけに距離の近いお兄さんが俺の髪をそっと耳にかけて囁いた。

「ここじゃ辛いでしょ。どこかで休む?」

おっと。俺の仕込みは終わりらしい。お兄さんはそろそろ、巣穴に獲物を連れ帰ってむしゃむしゃ食べるフェーズに移りたいみたいだ。
ポケットの中でスマホが何度も震えている。

「肩かすよ」

お兄さんの腕が俺の腰に回った。
やっぱりこの人何かスポーツやってるな。
グッと力強く引き寄せられて近くなった横顔をぼんやり見つめると、「なに?」と照れたようにはにかまれる。
俺がこんなやつじゃなかったら、きっとこの顔でときめいていたのかもしれないけど。今は特に何の感慨も湧かない。
このお兄さん、いつもこういう手口でやってるんだろうか。手際がいいな。って、それだけだ。
……爽やかフェイスだもんなあ。きっとこんな雑な狩りでもホイホイ獲物がひっかかるのかも。
洋服越しに感じる逞しい体にもたれながらそう考える。
たしかに、昔の俺ならまあいいかなってホイホイついて行っていた気もする。

だけどなあ……、
髪がもうちょっと長い方が好きなんだよな。
それもツンツンした感じよりサラサラした柔らかい感じの方が。
肌も白くて、もう少し細くて背が高くて、手が大きくて。
あと、カジュアルな感じよりスーツとか似合う感じが好み。

アルコールでバカになってしまった脳みそがそんなことを考え始めて、頭の中に警告音が鳴り響いた。
誰のことだよそれ。やめておけって言ってんじゃん。馬鹿。
あの人は俺のことが好きなわけじゃないって気づいたばかりだろ。報われない相手に恋をするほど俺は間抜けじゃないはずだ。そもそも相手はヤクザだぞ。愛だの恋だのの為に、何もかも捨てるつもりかよ。

「……大丈夫。俺、一人で平気」

気づいたらそんなことを言って、体が勝手にお兄さんを振り払っていた。
今の俺じゃ、一人でまともに歩けもしないのに。
支えを失って、また路地にうずくまる。
「平気って、酔って辛いんでしょ?」と、散々飲ませてきた張本人が頭上で言った。

「辛くない」

「もう歩けてないじゃん。休みなよ。肩かすから」

「いらない」

ストーカーさんが来ないなら、あんたについて行く意味ないし。そう言うと「はあ?」と、頭上の声が苛立つ。

「誰だよストーカーさん。なに、酔っておかしくなってんの?」

膝に埋めた顔をグズグズ振る。
そうだよ。酔わないとこんなおかしいことできないからわざと酔っておかしくなってんだよ。
ほんのちょっと前まで「恋とか知らねえ。誰か一人に夢中になるとか無謀なこと絶対俺はしねーし理解できねー」なんてスカしていた人間が甘やかされて甘やかされてこのザマだ。
甘やかされたことなんかない人間を軽率に甘やかすから悪いんだ。
あの人がいなかったら一人でやっていけてたのに。

痺れを切らしたらしいお兄さんが、俺の腕を無理やり取って引き上げようとし始めた。

「こんなとこでしゃがんでたって仕方ないじゃん」

酔わせた相手を無理やりホテルに連れ込むのは犯罪だぞクソ男。そんな言葉も出てこない。
ずるずる、引きずられるみたいにして、しゃがんだままの俺の足が前に滑った。
……あーあ。迎えに来てくれなかった。命だけ無事なら、他は別にどうなってもいいってことなのかな。じゃあ、やっぱり、ホントに俺のこと利用してただけってことなんだろうな。そんなことを考えてまた俯く。
今頃笑ってるに違いない。ちょっと優しくしたらアイツすぐ絆されたわって。

俺の一か八かの狩りは失敗。
このお兄さんの狩りは成功だ。
フラフラすぎて体に力入らないし。
やだなあ。ホテルとか行きたくない。



「…見つけた」

聞き覚えのある声がした。
近づいてくる靴音に心臓が跳ねる。
うそ。

「すみません。俺のシーナが迷惑かけたみたいで」 

強い力で握られ続けて痺れていた俺の手首から、お兄さんの腕が無理やり引き剥がされる。その代わりに冷たくて大きな手のひらが赤くなった俺の手首を労わるみたいに優しく捕まえた。

………夢かもしれない。
顔を上げる勇気が出ない。俺、今絶対ひどい顔してるし。

「…………恋人いるならクラブとか一人で来んなよ」

後退りしたお兄さんが、そう言い捨てて俺を置いて逃げて行く。
そうだよな。こんな人に喧嘩売る気にならないよな。でもこの人、俺の恋人でもなんでもないんだよね。
顔も上げられずにしゃがみ込んだまま、お兄さんが消えた道の向こうを眺めていると、頭上からそれを咎めるみたいに俺の名前を呼ぶ声がした。

「………シーナ」

ドアの向こうから聞いた声だ。穏やかで静かな低い声。
だけど、今は怒ってる。……怒ってる??なんで??別に怒られるようなことしてないよ俺。迎えに来て欲しいなんて言ってないし。他人に無理やりセックスさせられたって生きてさえいれば俺の価値は変わんないんでしょ。
子供みたいに拗ねていると、大きな手が俺の背中を優しく支えた。

「送るから。立って」

腕をそっと引き上げられてフラフラ立ち上がる。

「………具合悪いの?」

それでも俯いたままの俺に、怒っていたはずの声が少しだけ柔らかくなった。
それを聞いて喜んじゃうあたりもうダメ。
言い訳とか誤魔化しとかもうできない。
ていうか、婚約者の話なんかであれだけ動揺してる時点で、もうダメダメだと思う。

「………具合悪い」

「飲みすぎたんでしょ」

「バカだなあ」と、ため息をつく呆れた声にギューっと胸が引き絞られるみたいに痛んだ。少女漫画じゃん。

「……」

「………シーナ?」

こんなの、もう認めるしかない。
つまり、俺もあの人の子供だったってこと。
恋だとか愛だとかの前じゃ自分をコントロールできない。
自分がそんな奴なんて信じたくなかったけど。
顔を上げて、目の前にあった胸ぐらを力任せに引き寄せた。



「……ストーカーさんさ、俺のことならなんでも知ってるって前に言ってたよね?」

迎えに来てもらっておいて第一声がこれってどうなの。俺もそう思うけど。ちょっと今はそれどころじゃない。もう他の何もかもはどうでもいいから。これだけ確認させて。

「それってさ、俺の母さんのことも含まれてんの?」



路地の向こう。明るい大通りから差してくる光のせいで、ストーカーさんの顔はよく見えない。
だけどすぐ目の前。鼻先がぶつかりそうなほど近くにいるその人が、は、と息を呑むのがわかった。
……図星の反応じゃん。それ。
あーあ、と思った。今始まった俺の恋、即終了。
でもだからって、すぐに嫌いになれるかって言ったらそうじゃないわけで。
好きになっちゃったんだから仕方がない。
母さんもいつだかそんなことを言っていた気がする。
そう思うとちっとも楽しくなんかないのに妙に笑えてきた。母さんもこんな気持ちだったんだろうか。笑顔のまま、目の前の瞳を目を凝らしてじっと見つめる。

「………知ってるみたいだけど、一応自己紹介しとくね。俺、椎名渚。喜田詩織の息子です」
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