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第17話 恋はハンティング
しおりを挟むそうだよな、一回くらいちゃんと直接会って、どういうつもりだったのか聞いてやってもいいよな。
そうコクリと頷いたが最後。
やけに興奮した様子の店長に、有無を言わさず制服を剥ぎ取られた。え、ちょ、ま。
バタン。
「……し、閉め出すんだ」
いつもの店長らしからぬ強行手段。
俺は暗い階段で途方に暮れるはめになった。
……店長に囃し立てられてつい頷いたはいいけど、つまり具体的にどうするのか。何一つとして考えていなかったからだ。……バカなの?
そもそもあの人俺と頑なに会おうとしないじゃん。どうやって会うんだよ。
ポピン。
聞き覚えのありすぎる音にビクと肩が揺れた。どんだけビビってんの俺。さっきからちょっとおかしいぞ。
“恋はハンティングやで♡"
「……………」
店長からだった。
てっきりストーカーさんからだと思ってバクバク暴れていた心臓を落ち着ける。なーにが恋はハンティングだよ。
「ああー……」
だからどうしろと。具体案を教えてくれよ。
「婚約者、いるんだって?」とか聞けばいいの? 突然距離詰めすぎでしょ。キモすぎ。お前何様?って感じに絶対なるじゃん。恋人ヅラしてんじゃねえよ。
そもそも、ただのストーカーとそのストーキング対象なんていう微妙な距離感に甘えてたのは俺だし。自業自得である。
ていうかあの人は、初めから俺自身のことなんか興味なかったわけだし。……
同じような言葉がグルグル頭の中を回った。
……結果、俺がどうしたかって?
フラフラ夜の街へと繰り出しました。
何とでも言ってくれ。
暗い階段でも、一人の部屋でも、こんな不毛なこと考えてられない。とにかく一人になりたくなかった。悪い癖。現実逃避である。
夜の繁華街だ。遊び場には困らなかった。
あちこちのお店を渡り歩いて、突然話しかけられた男に飲み物を奢ってもらったり。
女の子のグループに絡まれたり。
たまたま遭遇したお店の常連さんに「シーナが店の外にいるの初めて見た!」と騒がれたり。
その結果、俺がフラフラ流れ着いたのはうるさいクラブ。
しばらく前からポケットの中で何度も音を立てているスマホをとりあえず無視するためだ。
だってどんなメッセージ届いてんのか見るの怖いじゃん。まだちょっと、現実に向き合う心の準備ができていない。
「ね! 一人?」
一人でぼんやりしていると、また誰かに声をかけられた。
黒髪の短髪をした爽やかなお兄さん。いかにもスポーツマンって感じだった。
「一杯どう? 奢るよ」
お兄さんに差し出されたショットをじっと見つめる。
脳内のイマジナリー店長が「恋はハンティングやで♡」と、あの鬱陶しいウインクをした。
そしてその瞬間、俺の頭にとんでもなくくだらない作戦が降りてきたのである。
……ああ、嫌だ嫌だ。こんなバカみたいなこと、普段の俺なら絶対にしない。だけど恋だとか愛だとかそれでなくても苦手なことを散々考えて、半ばパニック……いや、ヤケになっていた俺はお兄さんの手からショットグラスを受け取った。
――狩には作戦が必要である。
「貰う」
「お、ノリいいじゃん」とお兄さんが白い歯を見せて嬉しそうに笑った。
この人にとっての狩の獲物は俺なんだろうか。
まあ、いい。ここまできたらなんだって構わない。
「じゃ、乾杯!」
お兄さんの言葉に頷き、グッと酒を煽る。
喉が焼けるような感覚がして、頭がカッと熱くなった。
「いい飲みっぷり!もう一杯いく?」
「いく」
「いいねー!とことん飲もう!」
「うん飲む」
ちなみに言っておかなくちゃならないことがある。
俺は、酒に弱い。弱いなんてもんじゃない。激弱。よわよわ。下戸中の下戸。
それを自分で自覚しているから今までの人生で酒を飲んだことって片手で数えられる程度にしかなかった。お客さんにお酒を勧められたときも舐める程度にしか飲まないくらい。
酒の弱いバーテンってどうなのって感じだけど。レアケースすぎて逆に、店長にでさえ俺の酒の弱さはバレていない。
……そんな俺がショットを何杯も飲んだらどうなるか。
そう、俺は一時間もしないうちにべろんべろんに酔っ払った。もーフニャフニャだ。多分もう人間の形をとどめていない。体感じゃ俺はもう溶けてる。
ほんとに、まともに立っていられなくなって、俺はフラフラ裏路地に出た。
世界がゆらゆら揺れていた。
汚れた壁に背中を預けて、ずるずるしゃがみ込む。
……あー酔った。こんなに酔ったのいつぶりだろ。……いつぶりだっけ。
しゃがむとポケットのスマホが熱を持っているのが分かる。
ふわふわした頭で、ぽちぽち通知を開く。
皆がお酒飲みたがる気持ちが今更わかった。色々ぼやけるから、怖いとかそういうネガティブな感情を誤魔化すのにちょうど良いんだ。あー、俺、今一個大人になっちゃったわ。
『ちょっとバタバタしてて気付くの遅れたんだけど、今どこにいる?』
『今日早上がりなの?』
『家まで大丈夫?』
『ナンパついて行っちゃダメだよ。気をつけて帰って』
『帰るの遅いね。まだ外にいるの?』
『一人で酔っ払うの危ないよ』
『シーナ、今クラブ? 一人で?』
俺がバーを出て十数分後くらいから、ストーカーさんからのメッセージが延々と溜まっていた。
ぱやぱやとろけた脳みそのまま、俺を心配する文字をスクロールしていく。
こんなのさー、送られたらいくら俺だって流石に自分のこと好きなのかなって思うじゃんね。
でも、もうそれって俺のこと心配してるわけじゃないってバレてるからな。
スクロールしてもスクロールしても終わりがないメッセージたちを見ていたら、今度はフツフツ怒りが湧いてきた。
深酒はするものじゃない。不安感とかは色々ぼやけるけど、その分リミッターみたいなのが外れる。要するに、超情緒不安定だ。
酔っ払った女の子がウッカリ元カレに電話をかけたりして後悔してるのを馬鹿だなーって思いながら見てたけど、今なら気持ちがわかる。
既読がついたからか、メッセージが増えていく。
ポピンポピンと鳴るスマホが黙ったままの俺の顔を照らす。
ヌッと頭上に影がかかったのを感じながら、ぽちぽちスマホに文字を打ちこんだ。
《やっほー、ストーカーさん。俺今から、クラブで会った知らない男にお持ち帰りされるとこ》
『…………は?』
俺は、スマホの画面をカチリと落とした。
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