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第15話 ベタな悪役
しおりを挟む「え、ヤクザの身内?」
ポカンとした店長がタバコをぽろっと取り落とした。
「……何いきなり。どしたんシーナ」
「いや、さっき、店長にそっくりのヤクザが……」
「……ヤクザに絡まれたんか?」
店長がぐっと眉間に皺を寄せて俺を見た。
言い逃がれは許さないぞ、と言うような真剣な目。
あれ、おかしい。問い詰めてるのは俺の方だったはずなのに。
掴んでいた店長のシャツをすごすご離して、いいや、と首を振った。そもそも、この人になんて説明したらいいのか分からない。
前に話したストーカーが実はヤクザで、ついさっきチンピラに変なビデオを撮られそうになって、ストーカーさんの部下に助けてもらって……。
「あ、いや、なんでもないです。下でヤクザみたいな店長みたいな男を見かけて。すごいそっくりだったから」
「……ふーん。そうなんや。俺にそっくりってどの辺が?そんなに男前やったん?」
パッと元の緩い雰囲気に戻った店長が笑う。
「つり目の細めの雰囲気イケメンでした」
「ズバッと言うわ~! でもそういうとこも好きやで!」
ふざけてクネクネ身を捩らせる動きはやっぱりさっきの男と似ている。
その姿をまじまじ見つめる俺に「ん?」と店長が首を傾げた。これでしらばっくれているとかだったらどうしてくれようか。そう思うけど、顔と喋り方動きが似ているくらいじゃ何の証拠にもなっていないし、何より詳しい説明をするにはまず店長にストーカーさんの諸々について話さなくちゃいけない。
というかもし店長があのヤクザと親戚なんだとしたら……、
そんなことを考えているうちに、いつのまにか開店時間が来てしまった。俺がどんなに混乱していたってお客さんはいつも通りやってくる。
そう、お客さん。
この時やって来た衝撃のお客さんのせいで、店長がどうのなんてことは一旦どこかにぶっ飛んでいってしまった。
今日、出てくる時、占いでも確認しておくべきだったかもしれない。
間違いなく今日俺の星座はランキング最下位。コメント欄にこうやって書かれてたことだろう。
――1日中面倒ごとに巻き込まれます。衝撃の事実を知ってしまうかもしれないので心の準備を。
開店直後。まだ客の一人も入っていない店にその二人組は現れた。
「はー、なるほど。あの子がそうか。驚いた、随分な別嬪さんで。あの坊主面食いだったか」
「そ?別にって感じじゃない?」
高級スーツに身を包んだイケオジの方は、バーに入ってくるなり、バチッと決まったツーブロックを撫で上げながら、セクシーな垂れ目でぐるりとバーを見渡し、俺に何故かニコリと微笑みかけた。鍛えているのだろう、男らしいけど清潔感のある腕には、見るからに高そうな腕時計がキラキラ輝いている。
真っ赤な口紅が艶やかなお姉さんは、サラッサラの黒髪が美しい涼やかな美人さんだ。口紅と同じく真っ赤ハイヒールを威嚇するみたいにカッカッと鳴らしながら俺の目の前まで歩いてくる。door to door前提の、ほとんど歩く気のないやつ。ひょっとして、車は運転手付き、フルスモークのベンツですか?
「またベタな悪役が来たな」
しみじみと呟く店長の言葉に、こっそり頷きながら、何故か俺の元に歩いてくる二人組を見る。確かに洋画の悪役登場シーンって感じだ。
バッサバサのまつ毛をした美女が品定めするみたいに俺を上から下までジロリと見回した。化粧ばっちりの美人さんに睨まれるのはなかなか居心地が悪い。こっちもキメキメの格好してるならまだしも、いつも通りのシンプルなバーテン服だし。……いや、俺キメキメの格好とかしたことないか。
「……こんな子にあの人の相手は無理でしょ」
こんなってなんだ失礼だな。……いや、そもそもあの人って誰だよ。
初対面の美人に突然罵倒されて、目を白黒させながら隣の店長の方に助けを求める。どなたですかこの人。
「サッパリや」とばかりに肩をすくめ、目をぐるりと回す店長。最近おしゃれ髭なんかを生やし始めたせいで、余計日本人離れしはじめた店長がそんな仕草をするとそれこそ映画みたいだ。胡散臭いチャイニーズマフィアって感じ。丸いサングラスでもかければ完璧。
目の前にはおあつらえむきな悪役が二人いるし。ここは雰囲気バッチリの薄暗いバーだし。ヤクザも最近よく出てくるし。
俺、いつのまに任侠映画の中に迷い込んでいたんだろうか。
「……何呑みます?」
どんなに癖が強くても客は客だ。仕事はせねば。
そう思いいつも通り注文を聞くと、にっこりと柔和な笑顔を浮かべながらスツールに座ったオジサンが「ロック」と、俺の後ろに並んでいるジャパニーズウイスキーを指差した。
薬指にきらりと指輪が光る。あ、結婚してるんだ。
尚更隣の美女との関係が気になってきたけど、そういうところからはそっと目を逸らすのがプロのバーテンダーのマナーである。
だけど俺はたかだか数年目のバーテンなので、バッチリ美女の方の薬指も確認した。指輪は見当たらなかった。
「ほら、涼ちゃんも座りなよ。何飲む?オジサンと同じので良い?」
「……」
ムスッとしたままの美女が、言われた通りヒョイとスツールに座る。終始視線はジットリと俺を睨んだままである。
あれ、俺何かしたかな。
昔の俺ならいざ知らず、最近の俺はかなりいい子だ。どこかの誰かさんのせいで休日は家でボードゲームざんまいだし、平日も美味しい料理を作るためにさっさと帰っている。恨みを買う暇もないはず。
ニッコリ営業スマイルを顔に貼り付けて、とりあえず言われた通り同じものでいいかと、二つロックグラスを取り出す。
「……あんたさ、あの人のなんなわけ?」
カウンターに頬杖をついた美女が、俺を睨みながらそう呟いた。
「……」
店長が俺の手の中からグラス諸々をひったくる。仕事は俺がするから、この見るからにお前に用があるお客のお相手をしていなさいということらしい。確かにこの美女俺に敵意剥き出しだし。店の中で騒がれても困るしな。仕方がない。
「……すみません。"あの人“というのはどなたのことでしょうか」
「は? あんたあの人と付き合ってるんでしょ?」
「その、あの人さんを存じ上げないんですが」
名前か、外見の特徴を教えてもらえると。
「名前?名前はちょっと……ほら、黒髪の、あの、とんでもないイケメンの、ちょーーー怖くて、ちょーーかっこいい」
黒髪のイケメンの、怖くてかっこいい……。
ふむ。と、頭上のライトを見上げ考える。やっぱり心当たりがない。そもそも、今俺、付き合ってる人とかいないし。いたら多分大変なことになるし。
「うーーん」
「……え?え?意味が分からないんだけど。美味しそうなお弁当持たせたのお兄さんでしょ?」
「おべんとう」
あ、これストーカーさんのことか。ここでようやく気がついた。気づくのが遅いとか言わないでくれ。だって俺あの人の顔とか知らないし。黒髪なのは知ってるけど。怖くて、かっこいい……ってところも、……これは知ってるか。
いやでも、付き合ってないしそもそも。付き合ってる相手って言われてパッとストーカーさん出てこないだろ。
てか、ストーカーさんってイケメンなんだ。このお姉さん、あのお弁当のこと無意識なんだろうけど褒めてくれたな。美味しそうに見えたならよかった。色々と言いたいことはあったけど、一番初めに言うべきことはこれだろう。
「俺、付き合ってません」
そう言うと、お姉さんがパチパチまつ毛をまたたかせた。
「……そんなはずない。あの人は、付き合ってもない人の手作り料理なんて食べないわ」
いえ、付き合ってる人の料理も食べると思えないけど……?と、首を傾げるお姉さんと、同じように首を傾げ見つめ合う。こっちが照れるくらい喜んでたけど。
「え、じゃあ、貴方達、どう言う関係なの?」
「……どういう関係なんでしょう」
俺が一番聞きたい。
苦笑いをしているだろう俺をお姉さんが大きな目をパチパチ瞬かせて眺めた。
恋人、はもちろん違うし、強いて言うなら友達?顔も名前も知らないのに友達?
最初はストーカーとその被害者、で間違いなかったと思う。肝心の俺に被害者意識はなかったけど。お弁当を置いていったり、一緒にボードゲームで遊んだりしてる今はそれももう怪しい。
「お姉さんとはどういう関係なんですか?」
だから答えを先延ばしにするために、そんなことを聞いた。
「……私? 私は彼の婚約者」
放たれた言葉に、分かりやすく脳がフリーズする。
……今この人なんて言った?
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