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第14話 ゲイビデオはいやだ
しおりを挟む毒を以て毒を制す。
大昔にあった、毒を毒で解毒するなんていうとんでもない治療法から出来た諺だ。悪を滅ぼすために別の悪を利用すること。
……そう、まさに今の俺の状況のことである。
「あ、ちょ、すみません。靴舐めるのはやめてもらって。汚いんで」
足元に這いつくばって俺の靴を綺麗にしようとしているチンピラにドン引きしながら声をかける。
「ハッキリ言う感じ、素敵っす」
ついさっきまでチンピラたちを一人でボコボコにしていたお兄さんが、俺の言葉にクネクネしながらそう言った。
……既視感のある動きである。よく見たら、この塩顔にも見覚えがある気がする。俺の知ってる顔よりはちゃんと目が開いてるけど。
「あの、仕事遅れちゃうんで……」
「あ、自分、送りますよ!」
いや、一人で行かせてください。
……一体全体、どうして俺はまたこんな奇妙な事態に巻き込まれているのか。
事件はいつも通りの夕方。飲み屋の連なる慣れた通勤路を歩いていると、一人の男がこう言って絡んできたことから始まる。
「お兄さんさ、モデル業とか興味ない?」
路地裏からヌッと飛び出してきたそいつは、そう言って俺の腕にピッタリ引っ付いた。
退色してほとんど黄土色になっている金髪と、まさに日サロ通ってますって感じのテカテカした褐色の顔。白Tから伸びる微妙に鍛えられた腕。ピタピタのスキニーに包まれた細い脚。
「興味ないです」
「ほんと? お兄さん絶対モデル向いてるよ? すげえ綺麗な顔してるもん。よく言われるでしょ?」
「言われないです」
ツカツカ早足で歩く俺にめげずに張り付いてくるフジツボ男。
「俺、ちょっと写真撮らせてくれるモデルさん探しててさ」
「………」
AV俳優を探してるってはっきり言えよ。バレバレなんだから。
……これから起こる事を話す前に言っておこう。この時、俺は完璧に油断していた。この街で働き始めて早数年。こういう輩に絡まれる事に慣れすぎていたのだ。
このままこの人引っ付けて店まで行ったら店長に迷惑かかるよな。
寝起きに走るのめんどくさいな。
なんて、フジツボを引っ付けたまま呑気に考え事をするくらいには。
だってターゲットなんて他にいくらでもいるじゃん。しっかり断ってればさっさと他に移るだろ。そう思っていたのだ。
まさか自分が、フジツボ男の仲間がいる方向に誘導されているとは知らず。
路地からニュッと出てきた腕に引っ張られ。あれよあれよという間に雑居ビルの中。
――あ、やべ。これまずいわ。そう思った時には、どこからか現れたムキムキの人に羽交い締めにされて、ずるずる暗い階段を登らされていた。
まじで手際良すぎ。こいつら絶対常習犯じゃん。
「むぐぐ」
「まあまあ。気持ちいいことしかしないからさ、いい子にしてれば大丈夫だって」
……うわ、最悪だ。
これから何をされるのか完全に理解してしまった。
あと、顔を近づけてきたフジツボ男の口が尋常じゃなく臭い。
「お兄さんみたいな綺麗な男の画は高く売れるだろうなあ」
『生意気ノンケをこらしめる』
検索をしたら100件はヒットしそうなチンケなAVタイトルが俺の頭の中をよぎった。ノンケじゃないですって言ったら離してもらえるだろうか。処女でもノンケでもないなら、こんなヒョロヒョロ栄養失調系ゲイに需要ないだろ。
……え、あるの? ニッチな層には? そうなの?
ずるずる。ガタガタ。ドナドナ。かかとを階段に引っ掛けながら、暗い暗い上階へと引き摺られていく。
「むぐぐぐ」
「そんな怖がらなくていいって」
正直に言おう。状況は割と絶望的。腕っ節には全くもって自信がない。
なんせ子供の頃から常に栄養失調スレスレで生きてきた人間である。
たとえ相手が見せかけ筋肉フジツボ男一人であっても、俺は普通に負ける。それこそ拳銃でも持たせてもらえない限り、ここを切り抜ける術はないだろう。
……アーメン。俺の尻。どうか帰る時まで俺と俺の尻が無事でいられますように。あと、どうせAVデビューするなら、その分たくさんお金が貰えますように。
……は? ギャラ出ないの? 嘘だろ? お前ら流石にそれはクズが過ぎるって。
ズルズル連行された先では、大きなマットレスとその周りを囲うように設置された大量のカメラが待ち構えていた。
力任せにマットレスに引き倒される。
ああ、もう最悪。
そう諦めて目を閉じた時、どこからか聞きなれた音がした。
――ポピン。この状況に似合わない間の抜けた音。
だが男たちはそんな事には構わない。俺をぬるぬるにせんと、ローションやらバイブやらを持ってジリジリ迫ってくる。
――ブーブーブーッ。再びスマホの音。ただし今回はメッセージの通知音じゃなくて、電話の着信音だ。
――ピッ
「はい、草津……」
ボディピアスだらけの男が、慌てた様子でスマホを取った。
体の角度は15度。口元に手を添えて、すっかり真面目なサラリーマンみたいになった彼が電話の向こうの相手に向かって何度も相槌をうつ。
「……はい。はい。はい……え?、あ、はい……」
はい、の度に段々彼の顔が青ざめていった。
視線が、俺の方を向いていた気がしたのは気のせいだろうか。
ものすごく怯えた顔。
……え、何?俺の後ろに悪魔でも見えてる?
――ピッ。
「……なに?どした?」
もう青を通り越して真っ白になった顔で電話を切ったピアス男に、ピンク色のディルドを持ったフジツボ男が真面目な顔をして尋ねた。
死を悟った老人のような表情をしたピアス男が皆を手招きする。
「「「「「すみませんでした」」」」」
「…………」
部屋に引き摺り込まれ、男たちが土下座をするまで、ほんの数分の出来事だった。即堕ち2コマかな?
それから俺は、まるで王様かなにかにでもなったみたいに傅かれながら撮影部屋から脱出した。
扉を開けてもらうのはもちろんのこと、暗い階段をライトで照らしてもらい、足元のゴミを事前に撤去してもらって、雑居ビルを出る。
そして例の見覚えのあるお兄さんが登場だ。
彼はビルから出てすぐの路地裏で、深々と頭を下げたまま俺を待っていた。
ここで冒頭のシーンに戻る。
数分でお兄さんにボコボコにされたチンピラ改め芋虫たちが地面をウゴウゴ動いて俺に助けを乞う。
いいから早く仕事に行かせてくれ。
「てめえらが逃げ回るせいでシーナさんの靴が汚れただろうが。死んで詫びろクソが」
「……あ、ちょ、すみません。靴舐めるのはやめてもらって。汚いんで」
「ハッキリ言う感じ、素敵っす!」
地獄の獄卒もかくやというようなドスの効いた声で唸った後、こちらを振り返り、それはもう人懐っこい声で「素敵っす」と笑いクネクネしてみせる器用なお兄さん。顎の下には可愛い握り拳(返り血)付き。
「あの、仕事遅れちゃうんで……俺、そろそろ……」
一刻も早くこの場から離れたい。
その一心で言った俺の言葉に、お兄さんはニコニコ笑ったまま無情な言葉を返した。
「あ、自分、送りますよ!」
断れるわけがない。本日二度目の不本意な連行である。
ツルツルぴかぴかのリムジンの元へ案内され、このお兄さんが誰の遣いなのか、もう何もかもを察してしまう。いや、分かってたけど。この仕立てのいいスーツと、手首からチラ見えしてる刺青を見ればバカでもわかるけど。
「どうぞ」
車の扉が開けられる。
大変見覚えのあるフルスモーク仕様の窓。
……あー、そういえば、さっき通知が来てたな。
大人しく車に乗り込んで、広い車内でメッセージを確認する。
『殺す』
「……」
俺はスマホからさっと目を離した。いや、リムジン乗るの初めてだし。スマホとか触ってたら勿体無いじゃん。断じて殺意に満ちたメッセージから目を逸らしたとかそういうわけではない。
……ちなみに、車内に置かれていたお茶とタバコは、ストーカーさんが好きって言っていた銘柄のものでした。
バーに着くと、運転席からスマートに降りたお兄さんが、恭しく扉を開ける。
「……あー、さっきの人たちは、」
車から降りながら、つい尋ねた。
あの人たち歩ける状態じゃなかったよな、と自分の汚れた靴を見て思い出したからだ。
「シーナさんが気にするようなことじゃないんで大丈夫です。ちゃんとお迎えが来るんで」
……お迎え?黄泉への?
引き攣った俺の顔を見て人懐っこくお兄さんが笑う。一見、美容師とかやってそうな、今時の青年だ。刺青がチラ見えしてさえなければ、至って普通の人に見える。……あ、いや、腕の下に謎の膨らみがあるな。全然普通じゃなかった。取り消します。
「……送っていただいてありがとうございました」
「いえ、シーナさんにはいつもお世話になってるんで!」
……お世話した覚えは一切ないけど。
は、ははは、なんて空笑いをして、一度頭を下げて、俺はさっさと彼の前から逃走した。
大慌てでバーへの階段を登り、バタンと扉を開ける。
「お、おはよー」
人懐っこい笑みでいつも通り俺を出迎える、何も知らない様子の店長にずかずか歩み寄り、胸ぐらを掴み上げる勢いで俺は言った。
「店長、ヤクザの身内、います?」
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