白馬の王子様を探していたら現れたハイスペストーカー男に尽くされてる

チャトラン

文字の大きさ
上 下
16 / 35

第13.55話 部下Sは見た

しおりを挟む

「この子、俺の大事な子。誰にも言わないでね」

兄さんの、大事な子。
あの、人間と虫の区別が本気でついてないんやないかなって感じの兄さんの大事な子。
俺は食い入るようにして液晶を見つめた。
不思議な色をした瞳が印象的な、なんというか、アンニュイな雰囲気漂う青年だった。なるほど、こういう放っとけない感じの子がタイプなのか。

……ん?
バカだ、脳筋だ、駄犬だ。そう普段散々言われているくせに、こういう時に限って頭が回る自分が憎い。やっぱアホなんかな、俺。

スマホからイヤホンに一瞬視線が移ったのを、兄さんは見逃してくれなかったらしい。
俺の考えを肯定するように、完璧な形の目を柔らかく細め、俺のことをじっと見つめたままイヤホンを耳に付け直す。途中、フンフンと、この場に似合わない調子外れの鼻歌と呑気なシャワーの音が聞こえた。

……なあ、つまり今聞こえてきた声、兄さんの"大事な子"、写真のこの子の声ってことやんな? と、盗聴? 盗聴して行動監視してしまうくらい大事な子ってことなん?

……やばい。これ、絶対やばいやつや。
普段、人間になんてさらさら興味のない兄さんの、見たことのない執着心に顔が引き攣る。

死ぬまで忘れんように、と大事な子の顔を凝視していると、兄さんの細く美しい指先が俺の視線を誘導するみたいに写真の上でツツツと横に動いた。指は"大事な子"に馴れ馴れしく肩を組むニヤけ顔のオッサンの上でピタと、止まる。そして形の良い爪がそいつの顔をギギギ……と音を立てて引っ掻いた。
………ひぇ。情けない声を出さんかったことを、誰か褒めてほしい。

「これ、俺の大事な子に手出そうとしたクソ虫」

……ああ、ご愁傷様。
たった今、地獄行きが決定した男に祈りをささげる。
兄さんに大事な子がいたことにも驚いたが、まさかその子に手を出すアホがいるとは。

「今日中」

スマホをポケットにしまい歩き始めた兄さんの後を追いながら、俺は密かにほっと息をついた。
……いや、助かった。兄さんの大事な子のことちゃんと教えてもらえて。
実はあなた今まで、とんでもない地雷が埋まった街を呑気に散歩してたんですよ、と後から聞かされたような気分だ。ホッとしたけど、心臓に悪すぎる。
街でウッカリ出くわして失礼を働いたりせんで本当によかった。

「……了解しました」

分からんかったやつがおるかもしれんから一応。「今日中」とはつまり、あの男……失礼、クソ虫に今日中にお仕置きをしてこいという意味である。もちろん俺にノーと言う権利はない。断る理由もないしな。

ふんふんふんと、ついさっきイヤホンから漏れていた鼻歌をとびきり上手にした音が、兄さんの口からご機嫌に溢れた。
さっき歌ってたの、ウイスキーのCMのやつやったんやな。下手すぎてわからんかったわ。兄さんはなんで分かったんやろ。

兄さんが畳の上に転がっている男の腹を駐車場の止め石を踏む時とさして変わらないテンションでガッと踏みつけて、廊下に出ていく。

お相手さんはきっと大変だろう。
ポケットからタバコを取り出して、口に咥える兄さんを見てふとそう思った。
兄さん好きなものは少ないけど、いざ好きになるとタバコの銘柄も、好きなお茶のメーカーも、お気に入りのレストランで頼むメニューも、この数年ずーーっと変わらんような人やもん。
溺愛しすぎて「重い」とか言われたりせんやろか。大丈夫かな。
興味はあるけど、なにが兄さんの癇に触るか分からん。触らぬ神に祟りなし。俺にあの子のことを話した意図は分からんけど、ひとまずあの綺麗な兄ちゃんには近づかんに限るな。






―――そう思っていた時期が、俺にもありました。

俺は今、かつて写真の中で、そしてつい最近古びたアパートで見た例の兄ちゃんに深々頭を下げていた。
路地の向こうでこちらの様子に気づいた一般人たちが、やばいものを見てしまったって顔をして、足早に通り過ぎていく。そやな。わかるで。

すらっとした綺麗な男の子相手に、頭を下げるツヤツヤスーツの男と、芋虫みたいに足元に這いずり土下座をするチンピラ。
こんなん俺でも関わりたくないもん。
ダメな部下は持つもんじゃないわ。ほんとに。

「……た、たすけてください」

「おいこら何汚い手で触っとんねん。ふざけんなよ」

イケメンくんの足に縋りつこうとするチンピラを慌てて蹴り飛ばした。ほんと、ふざけんなよ。お前の軽率な行動で俺の首が物理的に飛びかねんのじゃ、ボケ。ほんと、ほんとに………、なんでこんなバカな部下を持ってしまったん俺。

横に立っているイケメンくんが怖がっていないかチラリと横目で伺った。ちょっと前例がなさすぎて分からんけど、兄さんのあの様子やと怖がらせるのもアウトな可能性が高い。

「……え、いや、自分を犯そうとしてたやつ助けるわけないじゃん」

眉間にシワを寄せたイケメンくんがそんなことを言うので、チラ見で済ませるつもりがついついあっけに取られてその横顔を凝視してしまった。
いや、それはそうなんやけどな。ほら、今殺されるかも分からんって状況やし。誰だってなりふり構ってられんやろ? 一番まともっぽいイケメンくんに助けを求めたくなったんやないの?とかチンピラどもの代弁をしたくなる。

「助け求める相手違くないですか」

いや、全くその通りなんやけども。

「……お兄さん、現代文とか苦手なタイプっすか」

「……え、すご、なんで分かったんですか」

感情がどシンプルすぎて人間ってより動物なんよ。人間の複雑な機微とか理解できん人やろ。

「お兄さんに似てる人を知ってるんで」

「……え、あの、ストーカーさんの部下の人ですよね」

あっけに取られた次は、恐怖に打ち震える。
嘘やろ。兄さんのことストーカーさんなんて呼んでるん、この人。恐れ知らずにも程があるやろ。いや、確かにストーカーまがいのことしてたけど。
途端に目の前のキレーな兄ちゃんがとびきり怖い人に見えてきた。そもそも今結構な状況やと思ったんやけど、何この落ち着き方。この人本当に一般人?

「……え、それともお兄さんも俺のストーカーだったりするんですか?」

「違います」

そっか。と呟く目の前の顔を見上げながら、俺は怯えつつ、首を捻った。
あれ、俺、この人にそっくりな顔の人、昔見た気がする。
……え。まじで誰やったっけ?
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

【完結】相談する相手を、間違えました

ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。 自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・ *** 執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。 ただ、それだけです。 *** 他サイトにも、掲載しています。 てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。 *** エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。 ありがとうございました。 *** 閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。 ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*) *** 2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。

鈍感モブは俺様主人公に溺愛される?

桃栗
BL
地味なモブがカーストトップに溺愛される、ただそれだけの話。 前作がなかなか進まないので、とりあえずリハビリ的に書きました。 ほんの少しの間お付き合い下さい。

ハイスペックストーカーに追われています

たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!! と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。 完結しました。

後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…

まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。 5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。 相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。 一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。 唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。 それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。 そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。 そこへ社会人となっていた澄と再会する。 果たして5年越しの恋は、動き出すのか? 表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。

異世界転移して美形になったら危険な男とハジメテしちゃいました

ノルジャン
BL
俺はおっさん神に異世界に転移させてもらった。異世界で「イケメンでモテて勝ち組の人生」が送りたい!という願いを叶えてもらったはずなのだけれど……。これってちゃんと叶えて貰えてるのか?美形になったけど男にしかモテないし、勝ち組人生って結局どんなん?めちゃくちゃ危険な香りのする男にバーでナンパされて、ついていっちゃってころっと惚れちゃう俺の話。危険な男×美形(元平凡)※ムーンライトノベルズにも掲載

異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話

深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

処理中です...