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第13話 お弁当代しめて、29万円なり

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――それ、幻覚じゃないんだよなあ。

画面の向こうにいる人、本当に大の男二人を蹴散らしたあの人と同一人物なんだろうか。
あんなカッコいい人が俺の手料理なんかで動揺しないで欲しい。むしろ、「三つ星シェフの作った料理しか食べないって決めてるんだ、ごめんね」とか言ってもらった方がこっちとしては「あ、やっぱり?」って安心できる気がする。

《幻覚じゃないよ》

『ウ、ウソ……』

嘘でもないです。
あんなことがあった後なのにマジで何にも変わらないよな。ストーキング対象の前で大立ち回りして、ヤクザバレしたとは思えない。一切ブレないスタンスにいっそ感心してしまう。

《本当。で、手作り大丈夫? 俺のあげられるものって、もうほんとそれくらいしかないんだけど》

『俺、シーナのおはようもおやすみも毎日貰ってるのに? これ以上戴いていいの?』

………ダメだ。この狂人まともに相手してたら話が永遠に進まない。

「だーかーらー、いるのか! いらないのか!!って聞いてんの!!」

部屋のどこかにあるんだろう盗聴器めがけて、わざとギャン!と怒って見せた。
スマホが慌てて通知音を鳴らす。

『お、おにぎり!!!!!』

「おにぎり?」

………おにぎり??????

《え、好きな食べ物、おにぎりなの?》

『はい』

……好きな食べ物がおにぎりなこととかある? オーダーメイドスーツバチバチに着こなしてた大人が? 野球少年くらいじゃないの、おにぎりが好物なのって。咄嗟に思いついた料理がおにぎりだったんだろうけど、あまりに珍回答すぎてちょっと笑ってしまう。

《……ちなみに具は何が好きなの?》

『ツナマヨ』

「つ、ツナマヨかあ」

天を仰ぐ。
い、意外と子供舌なんだね?
牛肉とか鮭とかじゃなくてツナマヨなんだ。
大人の男のこういう、子供の頃から好きですって感じの好物良くないか? そんなことない? ……そんなことないな、相手はストーカーだぞ。しっかりしろ。我に返ろうとブンブン頭を振る。

《嫌いな食べ物とかなかったら、おにぎりとお味噌汁と簡単なおかずとか作っておくけど。あ、それともすごい忙しいみたいだしお弁当にして置いとこうか?》

『……全部、何でも食べる、俺。嫌いな食べ物もないし。お弁当すごく、ものすごく食べたいです』

俺が怒ったのが効いたのか、やっぱやーめた!ってなられるのが嫌なのか。やけに素直になってしまったメッセージを笑いながら見下ろす。
なに?そんなに嬉しいの?俺の手料理が?別に俺、かわいい女の子とかじゃないし、料理もすごい上手ってわけでもないよ?

本当は、まんざらでもないんだけど。なんでこんなムズムズするんだとか考えてドツボにはまりたくないので今は無視。

《待って、あんまり期待してハードル上げないで。女の子の作るかわいいお弁当とか作れないから。いたって普通の、なんの変哲もないお弁当ね》

『うん』

《俺卵焼きはしょっぱい派なんだけど、しょっぱいので大丈夫?》

『うん』

……なんか、素直なワンちゃんみたいになっちゃったな。男の作る弁当一つで。






その日の夕方。
昨日と全く同じ流れで部屋を出て、扉に鍵をかけた。隙間からチラリと見えた台所の上には何の変哲もないお弁当。一食で何が変わるとも思えないけど、せめてもの抵抗として栄養バランス考えた和食をあれこれぎゅーぎゅーに詰めたやつ。一番の自信作は、豚肉の生姜焼きです。よろしくお願いします。

《お弁当、おいてるから。取っていってね》

ポピン
『神よ、あなたの与えたもうた糧に感謝します』

そして現在。バイトの前に財布に現金がないことに気づいて寄ったATMの前のベンチ。俺の手には通帳。

《ストーカーさん、ストーカーさん》

『はい。愛しのシーナの愛のしもべ、ストーカーです』

《悪ふざけはいいから。ちょっと大変なことが起こってて、あ、来てくれなくて大丈夫なんだけど》

『なに? 変な奴に絡まれた? 大丈夫?』

《なんか、口座残高が増えてるんだよね。ざっと29万円ほど。知らない?》

『何で俺に聞くの?』

《いや、ストーカーさんしかいないと思って》

『ストーカーさんしかいないのところホーム画面にしちゃった。これで毎日シーナに愛の告白してもらえる。……俺、天才かもしれない』

《ストーカーさん、俺、茶化して話そらす人ってあんまり得意じゃ………》

『すみませんでした。俺が入金しました。お弁当代です。すっっっっごく嬉しいのでお礼として入金しました。本当に嬉しい。蓋開けて覗いたんだけどすごい美味しそうだった。超仕事頑張れる。一週間は不眠不休で仕事できる』

前から気づいてたけど、この人俺にちゃんと寝ろっていう割には生活リズムガタガタだよな。

《それは嬉しいけど、お金はいらないって。俺が何かお礼したくて作ったのに意味なくなっちゃうじゃん。そもそもお弁当に29万円って価値観どうなってんの》

ヤクザはみんなそうなの?

『勘違いして欲しくないんだけど、シーナの愛情たっぷりお手製弁当は29万ぽっちの価値じゃないから』

そんな話は誰もしてないんだよ。
チュンチュンと俺の靴に近寄ってきた雀に「この人どう思う?」と助けを求める。誰かこのヤクザを正気に戻してあげて。

『世界一高いお弁当が30万らしくて。じゃあそれより下の29万ならまだ常識の範囲内かなって思って、血反吐吐きながら苦肉の策で妥協して決めた29万だから勘違いしないで欲しい』

「………」

多分今すごい早口で言ってるんだろうな。文章で見てるのに伝わってくるわ。
暴走しているストーカーさんは一旦放置して、世界一高いお弁当で検索をかけてみる。うわ、ハイランクの和牛とブランド米のお弁当だって。すご。一食で、それもフルコースとかじゃないただのお弁当が30万円か。住む世界が違う。

《向こうは和牛でこっちはツナマヨなんだけど》

『シーナの綺麗な手が握ったおにぎり……オークションにかけたら百万は行く。俺が一千万で競り落とすけど』

綺麗な手……?
首を傾げながら自分の手を見下ろす。少し色が白くて痩せてるだけで、一般的な男の手だ。決して綺麗とかではない。

あと、ラップして握ったから誰が握っても同じだと思います。食べるまでに菌が繁殖して、ストーカーさんのお腹が大変なことになっちゃったら困る。トイレにこもるヤクザとか見たくないし。命の危険があっても俺、そんなの見たら絶対笑っちゃうから。

キャンキャン!
突然、間近で聞こえた犬の鳴き声にビクッと身体が跳ねた。
飼い主のお婆さんが「あらあらごめんなさいねえ、」と愛想笑いしながら通り過ぎる。おばあちゃんにそっくりなシーズーは、ベンチで通帳を見つめる不審者からご主人を守ろうとしているのか、厳しい顔で俺の方を睨みつけながら去っていった。

……長い間一緒にいると、思考とか顔が似ていくって言うの本当なんだな。プリプリしたシーズーのお尻を見送りながら考えた。
あれ、それとも、元からよく似た性質の相手に無意識に惹かれてるんだろうか。
シーズーのかわいいお尻が見えなくなったところで、目の前の狂人に向き合うことにする。

《……とりあえず、29万引きおろして部屋置いとくから。明日中に絶対持って帰るように》

『えー!』

えー!じゃないんだよえー!じゃ。
新たに送られてくるだろう文句を見ないように、すぐにスマホの画面を落とした。

てか、そもそもあのお弁当は、俺にはこれくらいしかできないからあなたのお役には立てませんよ、っていう俺の遠回しな意思表示でもあったんだけど。あの人それ分かってんのかなあ。
ベンチに腰掛けたまま、俺は重た~~いため息をついた。嬉しいとかいう感情はもちろんギュッと押し込めて蓋をした。いや、だって、相手はヤクザだし。報われない感情とか、もう絶対持ちたくないし。
……いや、報われない感情って何だよ俺。
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