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第7.5話 シーナという男について

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「シーナ今日仕事何時まで? 飲み直そうよ」

「……あーいや、彼女に怒られちゃうんで。すみません」

「え、シーナって女の子もいけるんだっけ?」

――どうしてこう見事なくらい厄介な男ばっかり引き寄せるんやろ。

仲裁に入るべきか、入らないでいるべきか。そう迷いながらこっそり様子を伺った。
今夜シーナを口説いている男は、この辺りでそこそこ有名なホストである。
ちなみに人気だから有名な訳じゃない。色恋営業と、それに関するゴタゴタで有名。
つい最近、恋人に刺されて病院へ担ぎ込まれたと聞いたけど。退院したそばから新たな恋人探しとは。いやはや頭が下がる。

「女の子も好きですよ、俺」

……綺麗な顔で嘘つくなあ。
伏し目がちにグラスを拭きながらうそぶくシーナの端正な横顔を、灰皿にタバコを押し付けながらまじまじ見つめた。

自分が人間の顔を見て心から感心したのは今まで二回だけ。そのうちの一回がこのシーナと出会った時だった。
深いブルーと黒の混ざった不思議な色の瞳。白い肌。細い首。薄っぺらい体。とても二十歳には見えない大人びた雰囲気。

シーナがただカウンターの中で仕事をしている姿を、今も客たちが目で追っている。自分の好みとか置いておいて、この子のことを魅力的だと思う人間が多いのは間違いないはずだ。

そのシーナ本人はといえば、しつこい誘いに特に動じることもなく、ホスト男をうまく躱しつづけていた。
彼女ができたなんて聞いた覚えはない。「しばらく恋人はいいや」なんてあざをこさえた顔で呟いているのを聞いたばかりだ。
きっとナンパを断るために創り上げた架空の恋人だろう。
よくもまあそんなすまし顔でポンポン嘘が出てくるな、と感心してしまう。話をでっち上げているのがまあ上手いこと。頭の回転が早いんだろう。彼女の話を疑っているらしい男も、つけ込む隙がなくてヤキモキしているのがおかしい。

……ところで、架空の彼女がやきもち焼きでメンヘラな設定なのは、目の前のナンパ男がつい最近、そういう女に刺されたのを知っていてのことなんだろうか。

だとしたら、かなり面白いな。シーナならそのくらいのこと、何考えてるのか分からないあの綺麗な面のままやってのけそうだ。
顔がにやけそうになって、タバコに火をつけるふりをしてカウンターの中で俯いた。

「やきもち焼きなところも可愛いんですよ」

そんなキザな台詞がサマになっている。
少女漫画のヒーローみたいだが、シーナがそんなこと言うタイプの男じゃないことを知っているので、苦笑いしてしまう。ドライというべきか。感情が希薄というべきか。
シーナの選ぶ男が悉くクズなこと以外に、きっとその性格も恋人とうまくいかない原因の一つなんだろう。時々、飲んだくれて泣きながら「シーナは俺のことを愛してくれてない!」なんて叫ぶ奴らを見てきたし。

だけどまあ、生い立ちを聞いたらそんな性格もあまり責められないというか。
なんたって親の借金を返すために、高校生の頃から苦労して一人で生きてきた子だと知っているし。逞しくならなければやっていけなかったんだろうと思うと、あのサバサバしすぎている性格を見ていても少しホロリとくるというか。
適当な笑顔で笑いながらうまく大人たちの中に馴染んで、苦労なんて少しもしてないように振る舞って。
平等というかニュートラルというか、そういう態度に惹かれてシーナを好く客も多い。
あまり人と深く付き合おうとしないことにどんな理由があるのかは知らないが、どこに行ってもうまくやれるタイプなんだろうな、とは思う。器用で、ソツがない。この仕事に馴染むのも随分早かった。






――そんなことを考えているうちに、シーナがカウンターに身を乗り出して、男の耳元に口を寄せていた。
あら珍しい。案外ノリ気なん?そういう男タイプやったっけ?
そう思って様子を伺っていると、ナンパ男がみるみる青ざめて、逃げるように席を立ってしまう。

「道中、お気をつけて」

ニコニコ白々しい笑顔で手を振るシーナに、今度こそ我慢できなかった笑いが溢れた。
一体どんな脅し文句を言ったのか。あのホスト男の脳内では、シーナの彼女が包丁を振り翳して自分に向かってくるところだったのかもしれない。

いやほんと、若いのに逞しい子やわ。
どんな親からこんな子が生まれるのか。
どこかに高跳びしてしまったらしい親御さんと会うことは叶わないにしても、家族の顔くらいいつかは見てみたいものである。



「お疲れシーナ」

声をかけると、ふう、と肩を下ろしたシーナが頷く。

「今回はなかなかしつこかったな」

「まじでしつこかったです。ホストとは付き合わないって言ってるのに」

そういえば初めて会った時、元カレの客に殺されかけてたんやった。シーナがここで働くきっかけになった事件を思い出して苦笑いする。

「あの人、大丈夫かな」

思わず、といった様子で呟いたシーナに炭酸水を注いでやりながら「ん?」と首を傾げた。

「大丈夫って何が? 帰れんくなるくらい深酒してる感じはなかったで?」

それどころか、万札カウンターに叩きつけて猛スピードで店飛び出して行ったで?

「ああ、いや、そうじゃなくて」

扉を見つめたままのシーナがズボンの尻ポケットを触る。いつもスマホを入れているポケットだ。

「ストーカーさんの許容範囲が、どれくらいか分からないから」

あの人、無事に帰れるかなと思って。

「…………は、???」

ちょっと待て。
この子今とんでもないこと言わんかったか。

「すみません、モヒート一つ」

「かしこまりました」

「え、ちょ、シーナ……」

おい、と声をかける前に客のオーダーが入って、何食わぬ顔をしたシーナが離れていってしまう。
いやいや、なんでもない顔で言うことじゃなかったよな、今の。
また妙な男釣り上げたんか? ……ストーカーって言った?
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