7 / 35
第7話 ストーカーの定義
しおりを挟む「……あれ、俺、なんかツヤツヤしてね?」
アパートの階段を降りた先。公共スペースの壁にかけられた小さな鏡を覗き込んで、思わず呟いた。
そういえばこの間、キャバ嬢のあの子が俺を見て変なことを言っていた気がする。
「シーナ、最近ビジュ良くない?」
またバカなこと言い始めたなと思ってその時は流したんだけど。あれ、確かに顔色がいいぞ。いつも通りの昼夜逆転生活を送ってるのに、なんだこれ。
時間のことなんて忘れて、ペタペタ顔を触る。
心当たりなんて一つしかなかった。
……もしかしなくても、俺、健康になってる?
……ストーカーのおかげで??
ちょっと理解が追いつかないんだけど。
ストーキング対象を健康にするタイプのストーカーもストーカーってことでいいの?
ストーカーって、大量の写真を送りつけてきたり、私物を盗んだりするやつじゃないの?
スキンケア用品とか日用品とか食料品とか貢いでくるタイプの親切な不法侵入者はなんて呼べばいいの?
後ろに通り過ぎていくライトを目で追いかけながら、地下鉄の中で悶々と考える。だけど考えれば考えるほど分からなくなって、混乱にグルグル目を回しながら、バーへの暗い階段を降りることになった。
……やっぱり、時間は全然間に合いそうだ。
混乱したまま立ち止まって、スマホをポケットから取り出す。
この人のおかげで遅刻しなくてすんだわけだし。助けてもらったんだからお礼を言うべきなんじゃないの?……お礼? ストーカーに??、
《……ちょっと色々良く分かんないんだけど、とりあえず助かったからお礼言っとく。ありがとう》
すかさず既読がつく。
ポピン
『ストーカーにお礼なんか言っちゃダメだよ』
まともな返事が返ってきて余計に目が回る。
この人、俺よりまともなんじゃないの。
ポピン
『でもシーナからのありがとう嬉しかったからスクショした。あと3日は徹夜で仕事頑張れる』
ポピン
『……あ、返信は嬉しいけど歩きスマホは危ないからだめだよ』
「……この人本当に誰? なんの人??」
真面目に(?)社畜してるらしい情報が入ってきて、また混乱する。なんで俺のストーカーなんかになっちゃったの。やっぱりまともな人なんじゃ。その瞬間、脳裏を元カレの可哀想な写真がよぎった。
いや、まともな人はあんなことしないだろ。正気に戻れ俺。
ちなみに、その後アイツがどうなったのかは聞いていない。「山に埋めました」とか怖いこと言われても困るからだ。
……そんな可能性を考えているのに"まともな人"はないだろ。
ポピン
『仕事大変だと思うけどがんばってね。俺もシーナの可愛い寝息リピート再生しながらがんばる。あ、変な客に絡まれたら俺に言ってね』
「……」
暗い階段の壁にもたれかかって、メッセージを見下ろす。
コイツのやることとか、メッセージとかだけを見れば、コイツは俺のことが好きなストーカー男なんだろう。
だけど、そう単純に考えるには、どうも引っかかるのだ。
だって俺、貧乏だし。可愛げもないし。
そんな色々されても何も返せないし。
コイツになんの得もないし。
優しいストーカーに至れり尽くせりされるって、なんか俺に都合良すぎないか。
絶対何か裏がある。
心当たりもなくもないのだ。
「……太らせて食べるとか?」
それともどこかに売り捌かれるのかも。
そういえば、ゲイ風俗がどうのって言ってたな。
売値釣り上げる為にピカピカにされてんのかな。うわ、これが一番ありえるわ。汚いおっさんに掘られるのはさすがにごめんなんだけど、どうしよう。
「……、んー、まあいっか」
その時はその時だろ。
これが、俺の悪い癖だった。面倒くさくなるとすぐ考えることを放り出す。ぼんやり。なあなあ。生きてれば上等。生きていけなくなったら、まあ、もうそれでいいんじゃねえの。やれるだけやったし。そんな感じ。
こんなんだから、可愛げがないとか、覇気がないとか、あれこれ言われるのかもしれないけど、考えたって分からないものは分からないんだし。仕方がない。
《ストーカーさんも、仕事頑張って》
まあ、この人もすぐ飽きるだろう。
ほら俺、賞味期限短いから。
深掘りするような人間性もないし、性格も特別よくないし。
だから恋人とも続かないし、母さんにも捨てられるし。
綺麗なのはパッケージだけって感じの人間だから。
「イメージと違った」とか言って、すぐターゲットを切り替えるはずだ。
ストーカーって、そういう勝手な理想作り上げるの上手そうだし。
そんなことを考えて、スマホの明かりを落とした。
暗い液晶に、皆の言う通り、何考えてるのか分からない可愛げない顔が映っている。何考えてるのか分からないって言うか、何も考えてないんだよな、俺。
頬の一部がまだ少しだけ黒っぽいのを見て、確かにこんな顔してるんじゃ殴りたくなるのも仕方がない気がするな、と思った。
「……成仏してくれ」
……俺みたいなの好きになるやつが悪い。そういうことにしておこう。
スマホをポケットにしまいながら、店への階段をリズム良く駆け降りた。
52
お気に入りに追加
384
あなたにおすすめの小説
【完結】【番外編】ナストくんの淫らな非日常【R18BL】
ちゃっぷす
BL
『清らかになるために司祭様に犯されています』の番外編です。
※きれいに終わらせたい方は本編までで留めておくことを強くオススメいたします※
エロのみで構成されているためストーリー性はありません。
ゆっくり更新となります。
【注意点】
こちらは本編のパラレルワールド短編集となる予定です。
本編と矛盾が生じる場合があります。
※この世界では「ヴァルア以外とセックスしない」という約束が存在していません※
※ナストがヴァルア以外の人と儀式をすることがあります※
番外編は本編がベースになっていますが、本編と番外編は繋がっておりません。
※だからナストが別の人と儀式をしても許してあげてください※
※既出の登場キャラのイメージが壊れる可能性があります※
★ナストが作者のおもちゃにされています★
★きれいに終わらせたい方は本編までで留めておくことを強くオススメいたします★
※基本的に全キャラ倫理観が欠如してます※
※頭おかしいキャラが複数います※
※主人公貞操観念皆無※
【ナストと非日常を過ごすキャラ】(随時更新します)
・リング
・医者
・フラスト、触手系魔物、モブおじ2人(うち一人は比較的若め)
・ヴァルア
【以下登場性癖】(随時更新します)
・【ナストとリング】ショタおに、覗き見オナニー
・【ナストとお医者さん】診察と嘯かれ医者に犯されるナスト
・【ナストとフラスト】触手責め、モブおじと3P、恋人の兄とセックス
・【ナストとフラストとヴァルア】浮気、兄弟×主人公(3P)
・【ナストとヴァルア】公開オナニー
【完結】売れ残りのΩですが隠していた××をαの上司に見られてから妙に優しくされててつらい。
天城
BL
ディランは売れ残りのΩだ。貴族のΩは十代には嫁入り先が決まるが、儚さの欠片もない逞しい身体のせいか完全に婚期を逃していた。
しかもディランの身体には秘密がある。陥没乳首なのである。恥ずかしくて大浴場にもいけないディランは、結婚は諦めていた。
しかしαの上司である騎士団長のエリオットに事故で陥没乳首を見られてから、彼はとても優しく接してくれる。始めは気まずかったものの、穏やかで壮年の色気たっぷりのエリオットの声を聞いていると、落ち着かないようなむずがゆいような、不思議な感じがするのだった。
【攻】騎士団長のα・巨体でマッチョの美形(黒髪黒目の40代)×【受】売れ残りΩ副団長・細マッチョ(陥没乳首の30代・銀髪紫目・無自覚美形)色事に慣れない陥没乳首Ωを、あの手この手で囲い込み、執拗な乳首フェラで籠絡させる独占欲つよつよαによる捕獲作戦。全3話+番外2話
俺のかつての護衛騎士が未だに過保護すぎる
餡子
BL
【BL】護衛騎士×元王子もどきの平民
妾妃の連れ子として王家に迎え入れられたけど、成人したら平民として暮らしていくはずだった。というのに、成人後もなぜかかつての護衛騎士が過保護に接してくるんだけど!?
……期待させないでほしい。そっちには、俺と同じ気持ちなんてないくせに。
※性描写有りR18
騎士団長である侯爵令息は年下の公爵令息に辺境の地で溺愛される
Matcha45
BL
第5王子の求婚を断ってしまった私は、密命という名の左遷で辺境の地へと飛ばされてしまう。部下のユリウスだけが、私についてきてくれるが、一緒にいるうちに何だか甘い雰囲気になって来て?!
※にはR-18の内容が含まれています。
※この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。
後輩に本命の相手が居るらしいから、セフレをやめようと思う
ななな
BL
「佐野って付き合ってるやつ居るらしいよ。知ってた?」
ある日、椎名は後輩の佐野に付き合ってる相手が居ることを聞いた。
佐野は一番仲が良い後輩で、セフレ関係でもある。
ただ、恋人が出来たなんて聞いてない…。
ワンコ気質な二人のベタ?なすれ違い話です。
あまり悲壮感はないです。
椎名(受)面倒見が良い。人見知りしない。逃げ足が早い。
佐野(攻)年下ワンコ。美形。ヤンデレ気味。
※途中でR-18シーンが入ります。「※」マークをつけます。
彼女ができたら義理の兄にめちゃくちゃにされた
おみなしづき
BL
小学生の時に母が再婚して義理の兄ができた。
それが嬉しくて、幼い頃はよく兄の側にいようとした。
俺の自慢の兄だった。
高二の夏、初めて彼女ができた俺に兄は言った。
「ねぇ、ハル。なんで彼女なんて作ったの?」
俺は兄にめちゃくちゃにされた。
※最初からエロです。R18シーンは*表示しておきます。
※R18シーンの境界がわからず*が無くともR18があるかもしれません。ほぼR18だと思って頂ければ幸いです。
※いきなり拘束、無理矢理あります。苦手な方はご注意を。
※こんなタイトルですが、愛はあります。
※追記……涼の兄の話をスピンオフとして投稿しました。二人のその後も出てきます。よろしければ、そちらも見てみて下さい。
※作者の無駄話……無くていいかなと思い削除しました。お礼等はあとがきでさせて頂きます。
βの僕、激強αのせいでΩにされた話
ずー子
BL
オメガバース。BL。主人公君はβ→Ω。
αに言い寄られるがβなので相手にせず、Ωの優等生に片想いをしている。それがαにバレて色々あってΩになっちゃう話です。
β(Ω)視点→α視点。アレな感じですが、ちゃんとラブラブエッチです。
他の小説サイトにも登録してます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる