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第2話 ラッキーストライク
しおりを挟む「シーナ、聞いてんの?」
「…ん、ああ、」
――まあつまり、こんなに長々前置きをして俺が何を言いたいかって。
俺と積極的に関わろうとする奴は、もれなくクズかバカか変人。またはイかれた奴だってこと。
……目の前の男はどれかって?
そんなの聞いてたらわかるだろ。
「聞いてる。別れるのはいいけどさ、なんで? 理由は?」
「チッ……なんでって……」
俺が努めて冷静に返事をすると、男が苛立ったように頭を掻きむしって吐き捨てた。
……まじ? 今こいつ舌打ちした? 恋人との別れ話で舌打ちとかするか、普通。
そう言いそうになるのを俯いて堪える。
せめて別れる時くらいしおらしくしてみせろよクズ。
内心で呟いた子供っぽい文句が、まるごと自分に跳ね返ってきて顔を顰めた。フラれる時くらいしおらしくしてみせろよ、俺。
「……お前、何考えてんのか分かんねえし。付き合ってて萎えるんだわ」
ああ、出た。
ため息を飲み込む。
我慢だ、我慢だぞ俺。
これが終わったら、さっさと家に帰ろう。それで熱いシャワーを浴びて、一刻も早く寝てしまおう。
そう、だからなるべく穏便にこのくだらない会話を終わらせるんだ。
「ふーん、そっか」
そう。今更別れ話を切り出されたところで、取り乱したり、引き止めたりする体力なんて俺には残っちゃいない。
なんせ恋人にフラれるの、これで6回目なので。
6回。6回だぞ。しかも6回とも全部同じような理由でフラれた。
俺のこと好きじゃないよね、とか。仕事と俺どっちが大事なの、とか。正直もうウンザリだ。
仕事が優先に決まってんじゃん。当たり前だろ。こちとら借金にヒーヒー言って、学校もロクに通えない人生送ってんの。親の金で大学に通えるようなお前ら高等遊民と一緒にしないでくれ。
「………」
妬みなのか嫉みなのか。
そんなあまりにもみっともない文句が口から飛び出さないように、頬の内側をギュッと噛みしめた。今更醜い喧嘩なんてしたくない。
「……返事は?」
「うーん、」
――でも俺さ、付き合う前に言ったんだよなあコイツに。
恋愛できるほど余裕ないですって。好きとかよくわからないし、金もないし。働き詰めでデートとかする時間もありませんって。
それでもいいから付き合ってくれってゴリ押ししてきたのはそっち。今さら冷たいとか萎えるとか言われても、どうしようもないじゃん。
「うん。分かった。いいよ、別れよう」
今さら不毛な会話を重ねる気にもならなかった。みっともない言葉を口走るくらいなら、さっさとオーケーしよう。
「まじ?」
俺の言葉を聞いた元恋人の顔がパッと笑顔に切り変わる。
せっかくカッコいい顔なのに、鼻の頭にクシャッと皺が寄る笑い方。
ああ、告白を受けた時もこの笑い方をしてたな。この笑い方が好みだったから渋々オーケーしたんだっけ。なんてことを思い出してしまって、また喉に嫌な気持ちが迫り上がってきた。何これ、すごい不愉快。
「あのさ、俺。セフレにならなってやってもいいよ。お前顔はきれーだし。エロいし」
……わはは。恋人としては出来損ないだけど、ケツ穴は優秀だってか。やかましいわ。別れるにしてもそれなりの礼儀ってやつがあるだろ。ふざけんな。
「はは、キッショ。なるわけねえだろ。死ねよ」
……あー、口が滑った。
ドカン。
頬に衝撃が走った。
目の前にパチパチ火花が飛び散る。
――うわ、やりやがったコイツ。殴りやがった。
そう理解した瞬間には、俺はもう硬いアスファルトの上に叩きつけられていた。
目の前に落ちていたタバコの吸い殻に、痙攣する睫毛がパサパサ当たる。
ラッキーストライク。
「やべ……」
頭上の男がそう言って後退りした。
……ああ、そうだぞ。だいぶやばいぞ。別れ話で手を上げるのはクズの中のクズだ。選ばれしクズ。自覚を持て。悔い改めろ。ついでにその爽やかな黒髪も染め直せ。ややこしい。金のモヒカンとかにしとけ。そうしたら最初から近づかないから。
「、、」
そんな罵倒は、力の入らない体のせいで残念ながら言葉にならなかった。
俺は汚いアスファルトにグッタリ横たわったまま、走り去っていくクズの後ろ姿を恨めしく眺めた。なにこれ、すっげー惨め。
喉の奥がスースーした。悲しいのか、情けないのか、なんなのかわからない。捨てられるのは苦手だ。
「……あー」
挙げ句の果てにはしとしと雨まで降ってきて。
マジで最悪の朝だった。
朝焼けが差し込み路地裏が明るくなってきても、目の前がまだチカチカした。なんならグラグラも。ズキズキもする。
倒れた拍子に頭でも打ったのか。殴られたところが悪かったのか。一昨日から食パン一枚しか食べてないからなのか。
……多分これだわ、なんか腹も痛いし。
鼻が雨粒が落ちてきてゲホゲホみっともなく咳き込む。
「……うー、」
ここでうっかり死んで『ゲイの男性、路地裏で死亡。痴情のもつれか』とかニュースになったらどうしよう。不名誉極まりない。サイアク。この世で最も嫌な死に方だわ。
そんなバカなことを考えた後、俺の記憶はプッツリと途切れた。寝落ちしたんだか気絶したんだか。
――カツリ。
最後の最後、頬にポツポツ降っていた雨が止んで、視界の端に、上等な革靴が見えた気した。
うわ、本革。こんな汚い路地で雨に濡れるの勿体ないな。そんなことを考えたような、考えてないような。
どうだろ。気のせいかもしれない。
だって汚い路地裏でゴミみたいに捨てられている男になんて、まともな神経している人間なら誰も近寄りたがらないだろうし。
そう、まともな神経してればね。
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