白馬の王子様を探していたら現れたハイスペストーカー男に尽くされてる

チャトラン

文字の大きさ
上 下
2 / 35

第2話 ラッキーストライク

しおりを挟む

「シーナ、聞いてんの?」

「…ん、ああ、」

――まあつまり、こんなに長々前置きをして俺が何を言いたいかって。
俺と積極的に関わろうとする奴は、もれなくクズかバカか変人。またはイかれた奴だってこと。
……目の前の男はどれかって?
そんなの聞いてたらわかるだろ。

「聞いてる。別れるのはいいけどさ、なんで? 理由は?」 

「チッ……なんでって……」

俺が努めて冷静に返事をすると、男が苛立ったように頭を掻きむしって吐き捨てた。
……まじ? 今こいつ舌打ちした? 恋人との別れ話で舌打ちとかするか、普通。
そう言いそうになるのを俯いて堪える。
せめて別れる時くらいしおらしくしてみせろよクズ。
内心で呟いた子供っぽい文句が、まるごと自分に跳ね返ってきて顔を顰めた。フラれる時くらいしおらしくしてみせろよ、俺。

「……お前、何考えてんのか分かんねえし。付き合ってて萎えるんだわ」

ああ、出た。
ため息を飲み込む。
我慢だ、我慢だぞ俺。
これが終わったら、さっさと家に帰ろう。それで熱いシャワーを浴びて、一刻も早く寝てしまおう。
そう、だからなるべく穏便にこのくだらない会話を終わらせるんだ。

「ふーん、そっか」

そう。今更別れ話を切り出されたところで、取り乱したり、引き止めたりする体力なんて俺には残っちゃいない。
なんせ恋人にフラれるの、これで6回目なので。
6回。6回だぞ。しかも6回とも全部同じような理由でフラれた。
俺のこと好きじゃないよね、とか。仕事と俺どっちが大事なの、とか。正直もうウンザリだ。
仕事が優先に決まってんじゃん。当たり前だろ。こちとら借金にヒーヒー言って、学校もロクに通えない人生送ってんの。親の金で大学に通えるようなお前ら高等遊民と一緒にしないでくれ。

「………」

妬みなのか嫉みなのか。
そんなあまりにもみっともない文句が口から飛び出さないように、頬の内側をギュッと噛みしめた。今更醜い喧嘩なんてしたくない。

「……返事は?」

「うーん、」

――でも俺さ、付き合う前に言ったんだよなあコイツに。
恋愛できるほど余裕ないですって。好きとかよくわからないし、金もないし。働き詰めでデートとかする時間もありませんって。
それでもいいから付き合ってくれってゴリ押ししてきたのはそっち。今さら冷たいとか萎えるとか言われても、どうしようもないじゃん。

「うん。分かった。いいよ、別れよう」

今さら不毛な会話を重ねる気にもならなかった。みっともない言葉を口走るくらいなら、さっさとオーケーしよう。

「まじ?」

俺の言葉を聞いた元恋人の顔がパッと笑顔に切り変わる。
せっかくカッコいい顔なのに、鼻の頭にクシャッと皺が寄る笑い方。
ああ、告白を受けた時もこの笑い方をしてたな。この笑い方が好みだったから渋々オーケーしたんだっけ。なんてことを思い出してしまって、また喉に嫌な気持ちが迫り上がってきた。何これ、すごい不愉快。

「あのさ、俺。セフレにならなってやってもいいよ。お前顔はきれーだし。エロいし」

……わはは。恋人としては出来損ないだけど、ケツ穴は優秀だってか。やかましいわ。別れるにしてもそれなりの礼儀ってやつがあるだろ。ふざけんな。









「はは、キッショ。なるわけねえだろ。死ねよ」

……あー、口が滑った。









ドカン。
頬に衝撃が走った。
目の前にパチパチ火花が飛び散る。
――うわ、やりやがったコイツ。殴りやがった。

そう理解した瞬間には、俺はもう硬いアスファルトの上に叩きつけられていた。
目の前に落ちていたタバコの吸い殻に、痙攣する睫毛がパサパサ当たる。
ラッキーストライク。

「やべ……」

頭上の男がそう言って後退りした。

……ああ、そうだぞ。だいぶやばいぞ。別れ話で手を上げるのはクズの中のクズだ。選ばれしクズ。自覚を持て。悔い改めろ。ついでにその爽やかな黒髪も染め直せ。ややこしい。金のモヒカンとかにしとけ。そうしたら最初から近づかないから。

「、、」

そんな罵倒は、力の入らない体のせいで残念ながら言葉にならなかった。
俺は汚いアスファルトにグッタリ横たわったまま、走り去っていくクズの後ろ姿を恨めしく眺めた。なにこれ、すっげー惨め。

喉の奥がスースーした。悲しいのか、情けないのか、なんなのかわからない。捨てられるのは苦手だ。

「……あー」

挙げ句の果てにはしとしと雨まで降ってきて。
マジで最悪の朝だった。
朝焼けが差し込み路地裏が明るくなってきても、目の前がまだチカチカした。なんならグラグラも。ズキズキもする。
倒れた拍子に頭でも打ったのか。殴られたところが悪かったのか。一昨日から食パン一枚しか食べてないからなのか。
……多分これだわ、なんか腹も痛いし。

鼻が雨粒が落ちてきてゲホゲホみっともなく咳き込む。

「……うー、」

ここでうっかり死んで『ゲイの男性、路地裏で死亡。痴情のもつれか』とかニュースになったらどうしよう。不名誉極まりない。サイアク。この世で最も嫌な死に方だわ。

そんなバカなことを考えた後、俺の記憶はプッツリと途切れた。寝落ちしたんだか気絶したんだか。

――カツリ。
最後の最後、頬にポツポツ降っていた雨が止んで、視界の端に、上等な革靴が見えた気した。
うわ、本革。こんな汚い路地で雨に濡れるの勿体ないな。そんなことを考えたような、考えてないような。
どうだろ。気のせいかもしれない。

だって汚い路地裏でゴミみたいに捨てられている男になんて、まともな神経している人間なら誰も近寄りたがらないだろうし。
そう、まともな神経してればね。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~

綾雅(要らない悪役令嬢1巻重版)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」  洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。 子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。  人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。 「僕ね、セティのこと大好きだよ」   【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印) 【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ 【完結】2021/9/13 ※2020/11/01  エブリスタ BLカテゴリー6位 ※2021/09/09  エブリスタ、BLカテゴリー2位

美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした

亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。 カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。 (悪役モブ♀が出てきます) (他サイトに2021年〜掲載済)

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

ハイスペックストーカーに追われています

たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!! と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。 完結しました。

貧乏大学生がエリート商社マンに叶わぬ恋をしていたら、玉砕どころか溺愛された話

タタミ
BL
貧乏苦学生の巡は、同じシェアハウスに住むエリート商社マンの千明に片想いをしている。 叶わぬ恋だと思っていたが、千明にデートに誘われたことで、関係性が一変して……? エリート商社マンに溺愛される初心な大学生の物語。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

イケメン大学生にナンパされているようですが、どうやらただのナンパ男ではないようです

市川パナ
BL
会社帰り、突然声をかけてきたイケメン大学生。断ろうにもうまくいかず……

処理中です...