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48 伝熱
しおりを挟む自分の敗北を悟ったのは、シドの言葉への答えが「確かにシドのことをこの世の何よりも愛している自信があるし、正直何ヶ月も前からグラッグラしてるけど、さすがに子供の頃から知ってる子に手を出すわけにはいかない……あれ、手を出されるのはもしかして俺の方なのか……?」などではなく「そもそもシドには俺なんかよりもっと良い相手が相応しいから」に変化したあたりだった。
……性格も顔も何もかも大好きな相手に一年近くアプローチされ続けたら誰でもそうなると思う。
むしろ、この一年、年上の大人としての倫理観だけで首を横に振り続けた俺を褒めてもらいたいくらいだ。
初めて「あ、キスをされる」と思った時、まだ自分から積極的に行く気にはなれなくて、それでもシドを遠ざける理由ももう見つからなくてそっと目を伏せて彼の唇を受け入れた。
ふわりとした温かな唇がほとんど触れるだけの、随分と優しいキスだった。
目を開けた瞬間、俺のことをジッと見つめる真剣な瞳と視線が交わる。
俺が少しでも嫌がっていないか、傷つけていないか。俺の些細な機微を見逃すまいとしているような瞳だった。
八年前と少しも変わっていない、そんな彼の不器用な様子に俺はつい「あーあ」と笑った。
――こんなふうに大切にされたら、そりゃあ好きになっちゃうよなあ。
眉をへにゃりと下げて内心で白旗を上げながら、離れて行った彼の唇を追いかけるように自分から唇を重ねた。
その時のシドの驚きようと言ったら。
まさか俺からキスをされるとは思ってもいなかったというような、きっと俺からは決してそういった行動が返ってこないだろうと思っていたような反応をするものだから。
ああ、これは本当にずっと待ってくれる気でいたんだな、俺が彼の想いにずっと応えられなくても今まで通りそばにいてくれるつもりでいたんだな、と分かって。
俺は思わず彼の頬を撫でながら「俺も好きだよ。多分シドと同じ好きだ」と気持ちを言葉にしたのである。
俺たちの関係を誰かに伝えたことは、まだない。
おそらくいずれ伝えることにはなるだろうと思う。
だけどもし公表したとしてもこの一年の雰囲気を見るに、大きく反対されることはなさそうだな、とシドのことになるとやや慎重すぎるきらいのある俺ですら思う。
なんというか、みんなの視線が好意的すぎるのだ。
みんなのシドを大切に思う気持ちと比例して、そのシドを助けた俺への好意も右肩上がりになっている気がする。
ただ、やっぱりシドの足を掬おうと目を光らせているしょうもない貴族がまだまだいるのも事実なので。変に公表して面倒な文句を言われることがないよう、とりあえずは今まで通り、シドの恩人として城に居候させてもらっている体を続けることにした。
ついでに『ラスト・キング』のゲーム知識をこっそりとシドの耳に吹き込むのも俺の仕事だ。
「ストーリーに関係がなさすぎて逆にハッピーエンドの伏線が張られている可能性が否めない」と、おそらくはただの趣味で書かれたのだろう貴族年表やらなんやらまで読み込んでいたことが今になってものすごく役に立っている。
そんなわけなので、一年前と同じように過ごしている俺たちの関係が一年前と違うものになっているというのを知っているのは、バッシュさんだけ……のはずだ。
一つだけ不思議なのは、前王妃様とお会いしたとき(俺はなぜだか彼女のお茶会に度々招かれている)、あの美しい鳥のような声で言われた「これからもシドさんと末長く一緒にいてさしあげてくださいね」というセリフである。
大好きなお兄ちゃんの隣に突然現れた俺をいつもジッ……と睨んでいるアランくんも、「フン」と鼻を鳴らすばかりで前王妃様の言葉について何も言わないし。
――あれ。これ、バレてる?? それとも友として、という意味??
シドと恋人になっているということがバレるようなことは、それこそまず人通りのない場所や私室でくらいしかしていないはずだけど。
いやまさか、キスしているところを見られ……て、……いやいやまさか。俺たちをストーカーでもしていない限り見られるなんてことは……あれ、俺をストーカーしてたのって、まさか……と、俺はアランくんの方をチラ見しながら、穏やかで美しい温室に似合わない冷や汗を流す羽目になった。
ちなみに気配に聡いシドなら何か気がついていたのではと思ってそのことを伝えれば、シドは「ああー……」と何か心当たりがあるというように声を出していた。
けれど「キスは見られてない……少なくとも今気にしてる相手には見られてないから大丈夫。……ちなみにアンタはどこからどこまでがキスだと思う? 口と口以外もキス?」と不穏な質問をされたので、「……色々察してしまいそうだからそれ以上言わないで」と首を振って、自分の脳みその回転を意識的に止めておいた。
「……さむ、」
はあ、と息を吐きつつこっそりカーテンを開け中を覗き込む。
そして柔らかな寝台の真ん中の膨らみがゆっくりと呼吸に合わせて上下しているのを見て、思わず笑みが浮かんだ。
ただの布団の膨らみなのに、あの中にシドが眠っていると思うとどうしてこうも可愛く見えるのだろうか。
そっとなるべく物音を立てないように寝台に潜り込む。
そして彼のポカポカとした背中に身を寄せた。
「……来ると思った」
「うわっ」
その瞬間、くるっと振り返った彼の長い腕の中に抱き寄せられる。
「バレてたか……」と呟く俺を少しトロリとした瞳で見下ろしながら、彼がゆっくりと瞬きをした。
「アンタ寒いと俺で暖取りにくるだろ……」
彼が俺の髪を避けながらポツリと言った。
額に柔らかなキスが降ってきて目を瞑る。
リップ音もほとんど鳴らないようなそっと触れるだけの口付けが額と鼻先にも落ちた。
「ふふ、シド、眠いんでしょ。あんまり寒いから一人じゃ眠れなくて。起こしてごめ……ん、」
冷たくなった俺の唇を温めるように、彼の唇が柔らかく押しつけられて言葉が止まる。
「……」
「……」
鼻先が軽く触れ合ったままの距離で、無言のままお互いの視線が混ざり合う。
彼の唇を受け入れた姿勢のまま、カプと下唇を噛んでやれば、未だ眠たそうな目をした彼が口元だけで小さく笑って、俺の腰を引き寄せた。
あ、と開いた彼の美しい形の唇から覗く野生的な牙にゾクリと背筋が震えて瞼を伏せる。
無意識に開けていた唇の隙間から熱くて薄い舌が割り入ってくる。
「ん、ふ、」
歯列をなぞられて、舌をくすぐられるたび小さく息が漏れた。
彼の両頬に添えていた指先を首筋から鎖骨へ滑らせればじゅと舌が嬲られて、自分のまつ毛が小さく痙攣するのがわかった。
寒い夜にする、彼とのキスが好きだ。
顔を傾けて口を開けてお互いの舌を絡めて吸って深く深く混じり合うようにするキスが、酷く心地よくて。
そっと目を開ければ、同じように目を開けた彼が俺の反応を伺うようにこちらをジリジリとした瞳で見つめてくるのが酷くたまらなくて。
ついつい両腕で彼の首を引き寄せるようにして、口付けの角度を深くしてしまう。
それがわかっているから、唇をそっと離したあとは、多少荒くなった息をお互いに交わしながら至近距離でジと見つめ合う。
それからグッと腹筋の力で起き上がったシドが俺の顔の横に腕をつき、もう一度覆い被さってくる。彼の銀色の髪が柔らかく頰を撫でるのがくすぐったい。
俺は目を伏せるように小さく笑いながら、彼の首に腕を回して近づいてきた唇を控えめにペロと舐めた。
どうぞ、君が望むなら全部好きなようにしてくれ。そんな意思表示である。
「ミナト」
「ん、」
……一人ではどんなに着込んでも眠れないような、一等寒い夜が好きだ。
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小説家になろう様でも2023年 03月07日 15時11分から投稿しています。
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