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◇攻略本記載なし 王の寝室を警備する騎士イーサンが見た噂のお二人について②

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以前も言った通り警備の人間というのは、主人の日々の生活の片隅にいつも存在しているものだ。
だからこそ非常時以外は、なるべく主人の邪魔にならないように気配を消して職務に徹しているのが良き警備のあり方とされている。
飾られている鎧を着た置物だと思っていただけるのがイーサンとしても一番なのだ。

シド様を含め王城にいる人々はイーサンのような人間の仕事がそういうものであると理解をしているため、基本的にイーサンに声をかけてくるようなことはない。
しかしミナト様はあまりそう言った存在に慣れておられない様子だった。
まるで対等な人間のように「いつもご苦労様です」だとか「お疲れ様です」だとか「おはようございます」だとか、お声をかけてくださるのである。
そういったことは大変珍しいことなのでイーサンは反応にこまってしまったが、ニコリと笑って挨拶をされて勿論嫌な気分はしない。
むしろありがたいことである。職務中でなければ、最敬礼の姿勢をとり、感謝と好意を込めて溌剌と返事をしたいところだ。
しかしイーサンは勤務中なので、真顔でミナト様の方へチラリと視線をやり、それからガチャッと鎧を鳴らし短く敬礼をする。
そして元の姿勢に戻る。
ミナト様はそういったイーサンの対応を数度見ると、「おや、これは……?」という顔をして、そのうちイーサンに声をかけてくることが少なくなった。
きっとこの仕事に理解を示してくださったのだろう。
しっかりとした返事を返すことができなくて心苦しい思いをしていたので、イーサンにとっては大変ありがたい心遣いであった。

それでも初めの頃は、やはりイーサンの存在がどうしても気になるようで。
扉から外に出るとシド様との会話の声を押さえたり、「ふあ」と思わず漏れた欠伸をそっと口を押さえて堪える姿が見られた。
しかし時が経つにつれて、こちらを意識しないことに慣れてくださったようで、そのうちお二人のありのままのやりとりなどが、イーサンのすぐ近くでちらほらと見られるようになったのだ。
このシンと静かで淡々とした二年間は一体なんだったのかと言いたくなるほど、変化の多い一年である。
まるでミナト様がこの日が沈み上るだけの廊下に季節を運んできたようだと思った。
シド様も、ミナト様のお隣ではさまざまな姿をお見せになるのだ。


『……あんな人間が領主になり得るならそもそも世襲制なんてものが間違ってると言わざるを得ないだろ。なんなんだあの無能』

『……頭いたい。その辺の野良犬とっ捕まえて領主に据えた方がまだマシだよ。本当になんだったんだあの無能』

ある晩は廊下の向こうから、ウンザリした様子のシド様とぐったりとした様子のミナト様が一つの書類を見ながら歩いてきたり。


『働きすぎ。スリーアウト。チェンジ。今日は強制的に休んでもらいます。バッシュさんの許可ももらいました』

『……悪かったって』

『体が丈夫になったからってその分無理してちゃ意味ないんですよ。分かっておられますかシド国王』

『その呼び方やめてくれ』

どこか怒った様子のミナト様に腕を引かれて、しおらしく、けれどどこか懐かしがるような顔をして、その後ろをついて歩くシド様が見られたり。


『今すぐ離して。あと何も聞かずに水と椅子と縄とガーゼを用意してほしい』

『……一応聞くけど何をしようとしてるんだ?』

『何も聞かずにって言っただろ。……汚い言葉でシドを貶めやがったあのクソ野郎を拷問するためだよ。俺を止めないで』

『止めるに決まってるだろ……ほら、夕飯運ばせるからとりあえず落ち着いてくれ』

何があったのか珍しく怒り心頭な様子のミナト様を、ここのところどこか暗い表情をしていたシド様が、呆れたようなそれでいてどこか救われたような表情で引っ張りながら、部屋に入っていく様子が見られたり。


『……アンタまた来たのかよ』

『今日は負けてもごねないから。一戦だけ』

『もう今既にごねてるだろ。……で、もし勝ったら?』

『勝った方が負けた方になんでも一個言うことを聞かせられるでどうですか』

『……はは、いいな。やろう』

自室を手に入れたミナト様が仕事が早く終わった夜にチェスボードを抱えて訪ねてきて、その後しばらく楽しげな声が扉越しに聞こえてきたり。


『護衛の騎士に口説かれたんだって?』

『……口説かれてないです。ちょっとここのところ様子がおかしいだけです』

『……担当変えとく』

『…………この間パーティーで隣国のお姫様とダンスを踊ってたらしいシドくんには関係ないんじゃないですか?』

『……』

『嘘だって。ごめん。関係ないは嘘。ごめんごめん。ちょっと拗ねただけ』

『……なんでアンタが拗ねるんだよ』

『そりゃあ、二人がずいぶんお似合いだったからだよ…………ん?』

『……』

『……や、今のなし』

廊下の奥から小さくそんな会話が聞こえてきて、ミナト様と同じタイミングで「……ん?」と思わず声を出してしまったり。


『逆に聞きたいんですが、ミナト様はどんな方がシド様にお似合いだと思うんですか??』 

『そりゃあ、シドの横に並んでも見劣りしないルックスと、まだまだ安定してるとは言い難いこの国を治めていくシドの仕事をサポートできる程度の能力と、あとは無理しがちなシドにある程度強く出られる気の強さと、バカ貴族たちにやんややんや言われてもちっとも気にしない図太さを持ち合わせた……』

『……その全てが当てはまる方はあいにく一人しか知りませんが』

『……え?』

『『……』』

時には、何やら自分の主君と恩人のもどかしい微妙な関係につい痺れを切らしてしまったらしいバッシュ様と無言で見つめ合うミナト様のお姿が見られたりだとか。


まあ、なんとも不思議な関係のお二人である。
その出会いがあまりに特殊で、ミナト様がいまだにどこから来たのかもわからない正体不明のお人だからというのもあるのだろうが。
ふとした時は対等な友人のように見えたり、ふとした時は恐らくは同年代のはずのミナト様が兄のようにシド様を守ろうとしているように見えたり、またふとした時はシド様がミナト様を大切な宝物を見るような目で見つめながら、彼の意思を尊重したいとできる限り甘やかしているように見えたり。
お互いがお互いのことを特別大切に思っているのは確かだが、その感情が友情なのか親愛なのか恋情なのかは分からない。恐らくはそのどれもが絶妙なバランスで共存していたのかもしれない。



そんな二人がそっとキスを交わしている姿を寝室の扉の隙間からつい見かけてしまったのは、ミナト様が来て約一年後のことだった。
軽く俯いたままでいるミナト様の唇を掬うように顔を寄せるシド様の姿を見たイーサンは、耳を赤くして思わずギュッと槍を持っていない方の手を握り込んだ。
そっと唇を離したシド様が、彼の黒い髪を耳にかける。
すると伏せていた睫毛をゆっくりと上げたミナト様が、シド様の頬に控えめに手を寄せ、自分の意思を伝えるようにそっと口付けを返すのだ。

……いや、俺は何をしてるんだ。さっきからまじまじと。これじゃあまるで覗き見じゃないか。

はっと我に返り、お二人から視線を逸らす。




――そんな光景を目撃してしまった後も、なんだかんだ表立ったお二人の関係性に変化はないように見られた。
相変わらず親友のような友人のような、なんとも言い難い親しい距離感を保ったまま、職務に励んでおられるようだ。

しかし、変わったことが一つだけある。
恐らくこれを知っているのは、夜番であるイーサンだけかもしれない。






「なあ、なんでも良いんだよ。なんか一個でいいからあのお二人のことを教えてくれよ、なあ」

貝のように口をつぐむイーサンを見て、周囲の人だかりはとっくのとうに霧散してしまったというのに。しつこく絡んでくる酔っ払いの友人に、チラリと視線をやりながらイーサンは呟いた。

「……そうだな」

……ミナト様は、寒い夜がお好きみたいだ。

「……はえ?」

何それ。

友人の視線に眉を上げて、イーサンは赤い顔でまたグビリと酒を煽った。


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