原作ゲームで闇堕ちして死んだ推し(ラスボス)の少年時代が落ちてたので、愛でて貢いで幸せにする

チャトラン

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47 彼の願い

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「……なんでシドがここに?」

驚きで声が掠れる。

――シド? 
……まさか。国王様がこんなところにいるはずがない。俺があんまりシドのことばかり考えてたせいで、白昼夢でも見てるんだろうか。

これまたなんとも懐かしいことを考えながら、俺はシンと静かな裏路地の暗闇に佇むシドを、幻でも見ているような気持ちで眺めていた。
そんな俺の容姿をどこか驚いたような観察するような視線で見つめていた彼が、ゆっくりとビジョンブラッドの瞳を細める。

「……そう言うアンタはなんで此処にいるんだよ」

そして、壁に預けていた背中を離しながらそう言った。
身を起こしたせいで影に沈んでいた美しい相貌が顎から順に口元、鼻先と、月明かりに照らされる。
最後に現れた深い赤色の瞳が、キラリと光を反射しながら俺を見つめた。
パレードでは遠巻きに見ることしかできなかった彼の顔がよく見えた。
銀色の髪が柔らかく色白の頬にかかる様子には王族としての気品が漂っている。出逢った頃から、整った顔立ちをしたひどく綺麗な人ではあったけど。かつては原石だったそれが、いまは磨かれた宝石へと変わったようだと思った。
長い足がゆったりとこちらに向かって歩き始める。
俺は何故だか悪さが見つかったような、怖気付いたような気分になって、じわじわと無意識のうちに後退りをした。

「……シ、シド」

呆然としたまま彼の名前を呼ぶけれど、彼の足が止まることはなかった。
トンッと背中が壁に当たって俺がこれ以上後退りができなくなったのと同時に、すぐ目の前でカツ……と彼が足を止める。
そして少しだけ手を伸ばせば届く距離で、俺のことを静かに見下ろすのだ。
……以前は、俺の方が高かったのに。こうして近づいてみると、俺たちの身長差がよくわかった。
すっかり大人になってる。
『ラスト・キング』で見たままのシドだ。
ああやっぱり、かっこいいな。
こんなに大きくなったのか。
でも『ラスト・キング』での彼みたいにやつれてない。
よかった。きっと今の彼は一人ぼっちじゃなくて、食事を促してくれるような仲間がいるんだ。
本当によかった。嬉しい。
呆然と彼を見上げているだけで、胸のうちに次々とそんな言葉が湧き上がってくる。
言いたいことばかりで何から言ったら良いのか分からない。
そもそもずっと会いたかったシドが自分から会いに来てくれるなんて、あまりに俺に都合の良すぎるこの状況が本当に現実なのかも……。
そんな気持ちのまま彼の顔を見つめていれば、そんな俺の表情を見て毒気が抜かれたと言うようにシドが小さくため息を吐き、ふっと表情を和らげた。

「……こっちは一ヶ月前からずっと探してたってのに」

「…………え?」

――"一ヶ月前から探してた"?
涼やかな美青年に成長したシドを前にして、夢でも見ているみたいにぼんやりしていた俺は、はたと我に返る。
一ヶ月前から、探してた? 誰を? ……俺を??

「ほら、落とし物」

言われている意味がわかりません。
そう顔に書いていたんだろう俺にシドが呆れ顔をする。……懐かしい表情だ。
そして、シャラと目の前に何か光るものが差し出された。
彼の形の良い指先が何か細い鎖を引っ掛けている。
その先を辿るようにゆっくりと視線を下に動かせば、「あ」なんて声が漏れた。
それは、ひどく見覚えのある懐中時計だったのだ。まさについさっき考えていたあの懐中時計である。
日本に忘れてきたと思っていたのだけど、一体どこで落としてきたんだろうか。

「牢獄に落ちてた」

俺の考えていることを読んだようにシドが言った。
牢獄に、落ちてた。
馬鹿みたいに彼の言葉を繰り返しながら、懐中時計を見つめる。
そうだ、俺、扉から放り出された時バランスを崩して転んだんだった。あの時に落としたんだろう。それを見たシドが、俺が牢獄に来たんだと、気がついて……。
彼が指を下げて、時計を俺の手のひらに置く。鎖が遅れてシャラと手のひらに流れ落ちてくる。

「……これって夢じゃない?」

手のひらに乗せられた懐中時計を見つめたまま、いつかのように確認すると、頭上のシドが「夢じゃない」といつかのように答えてくれた。
つい目を丸め、首を傾げ、彼の顔を見上げる。

「……シド」

「気づくのが遅いだろ」

「……だって、シド、国王様になったんじゃ、なんでここに? ……いや、違……は、ご、護衛は?!」

突然すぎる目の前の状況を飲み込んだ後。
まず咄嗟に出た言葉が彼に会えた喜びだとか感動を伝える言葉ではなく「暗殺未遂とかあったのに!? 一人でここにきたの!?!?」なあたりが俺である。情緒もクソもない。
ハグをされるわけでもなく、成長した姿に涙を流されるわけでもなく、ワッシと肩を掴んで叱られたシドは目の前できょと……と目を丸めていた。
どこか幼くて昔の彼に戻ったみたいな表情だった。
それからじわじわと力を抜いた彼が、頭上で深々としたため息を吐く。

「……そうだよな。アンタはそういう奴だ」

ついでにそんな言葉が降ってきて、彼の可愛い表情に毒気を抜かれた俺はゆっくりと首を傾げた。
そういう奴。そういう奴ってなんだ。

「パレードでも散々探したのに、顔も見せないし」

……探してた?? パレードで??

「どこで見てた?」

俺が眉を寄せたまま目を丸めていると、チラと視線を落としたシドに尋ねられる。
それは、自分の晴れ姿を俺が見ていないなんて少しも思っていないような尋ね方だった。
懐かしいその感じについ眉尻が下がる。
こんな状況でなんだけど、俺はこの俺からの好意を少しも疑わないシドの態度が大好きなのだ。俺の気持ちが、彼に伝わっているのだと分かって嬉しくなる。

「中央広場の路地裏」

俺の言葉に、シドがギュッと眉間に皺を寄せた。
そして短く「そんなの分かるわけないだろ、馬鹿なのか」と罵倒の言葉が吐かれた。
バ、バカ……。シドにバカって言われた……。
……あれ、というか今の話の流れを聞くに、ひょっとしてパレードの最中、シドは俺のことを探してくれていたってことなんだろうか。
そういえば、確かにやたらと辺りを見回していた気がする。

……この懐中時計を見つけたからって、あの幸せなパレードの中でずっと俺を探してくれてた?? 
もう、八年も経ってるのに?? な、なんで??

「それで、七年前会いに来なかった理由は? アンタが少しも歳をとってないように見えるのはなんでだ?」

シドの言葉にグッと喉が締まる。

「……本当にごめん。色々と深い事情があって」

「ウィンターグレーに来て俺に会いにこなかったのにも深い事情があるのか」

「……それはシドが王様になったって聞いて。俺なんかが会いに行っても会わせてもらえないだろうと思ったから」

「……ふうん」

……ふ、ふうん??
何も変なことは言っていないはずだけど。
どこか怒った様子のシドに、つい眉が垂れる。
彼が怒っているところを見るのは初めてだ。

「……パレードで顔を見せればよかっただろ」

「あんなの邪魔できないだろ」

何より、初めて見る心から幸せそうなシドの様子に胸がいっぱいだった。

「……それで満足したって?」

「はい」

ジ、と無言のまま俺を見つめたシドが、天を仰いで「……はあ、」と深い深いため息をつく。
俺が彼にため息をつかれた意味を解らないままでいると、こちらに視線を落とした彼がこんなことを言うのだ。

「アンタが、死んだと思った」

「え」

「それで? ようやく見つけてみれば、俺に会うつもりもない上に、旅に出るだって?」

ひどいやつだよな、アンタ。知ってたけど。
もう一歩、シドが俺と距離を詰める。
き、聞こえてたんだ。
お互いの鼻先が当たるような距離に彼の顔が近づいて、極限まで目を見開いた俺はギシリと体を固まらせた。
呼吸もまつ毛の瞬きの音ですら聞こえるような距離だ。

「なあ、アンタ、今日なんで俺がここにいるのかも分かってないんだろ」

「……」

わ、分かってない。シドの言葉に、俺が視線を上げる。約束を、破ったからじゃないのか。
目の前で赤い瞳がツ……と細められた。甘やかなようで残酷な光が細い瞳孔の奥でゆらりと揺れる。

「八年前、壊れた牢獄を見て、俺がどんな気持ちになったのかも分かってない」

「……」

「俺が、なんで国王になったのかも」

「……」

「この八年、俺のことが好きだとすり寄ってくる奴らの下心丸出しの言葉を聞くたび、誰の言葉と比べて苦しくなっていたのかも」

「……」

「懐中時計を見つけた俺がどれだけ喜んで、どれだけ無様に慌てふためいたのかも」

「……」

「七年かけて手に入れた戴冠式の間中、『長ったらしい儀式はさっさと済ませて解放してくれ』と心底祈っていた理由も」

傷の残る左手をそっと取ったシドがぽつりぽつりと言葉を落とす。
八年のうちに体も精神も俺よりすっかり成長し大人になった彼が「分かってないんだろ」と言って俺を射抜くように見つめるのだ。
俺の頰を、額を合わせるようにしてこちらを見下ろす彼の髪がサラリと撫でた。

「ミナト」

「……っ、」

名前を呼んでくれ、と半ば無理やり彼を促して以来、ほとんど呼んでもらえなかった名前が、耳に心地良い静かな声で丁寧になぞられる。
彼がまるで赦しを乞うように、手袋をつけたままの俺の手のひらにその美しい顔をそっと寄せた。

アンタには、いろいろ教わったから、俺も力づくで連れて行ったりする前に教えるよ。

「人間っていうのはさ、地獄の中から掬い上げてくれた相手を、そう簡単に忘れられるようにはできてないんだ」

目を見開いたまま固まる俺の耳が、表通りの方から聞こえる車輪と蹄の音を拾う。それから、昼間も聞いた鎧の音。……昼間聞いたものの比じゃない。相当の数、それこそまるで国の要人を迎えにくるような数の鎧の音がする。
ここまで言われて、その迎えに来られた"要人"が、おそらくは彼だけではないんだろうことは、俺にも理解ができた。

……ダ、ダメだ。こういうひどく動揺した時はどうしたら良かったんだっけ。
そうだ、まずは状況確認。
ここはウィンターグレーだ。
目の前には、欲してやまないものをようやく手にしたような顔をする、世界で一番大好きな推し……いや、シドがいて。

「なあ、俺の神様、俺の願いならなんでも叶えてくれるんだろ」

……あ、あれ。

俺はハクリと息を呑みながら、胸の内でつぶやいた。

……こ、こんなはずじゃ。


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