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◇ 攻略本p20参照 王の従臣バッシュ・ギブソンによる独白①
しおりを挟むバッシュは白馬に跨っている自身の主君が、先ほどからさりげなく周囲に目を走らせている様子を見て、一人眉を下げていた。
――無理もない。
思わず内心でため息をつく。
むしろ、よく我慢してくれている方だ。
本当なら今すぐこのパレードの列から抜け出して、王都を捜索して回りたいだろうに。
バッシュですら、新国王を警護するという任務についていなければ、今すぐに馬の上から辺りを見渡して。ついでに探し人の名前を大きな声で叫んでしまいたい気持ちに駆られているのだから。
『バッシュ、今すぐ王都に降りたい、着いてきてくれ』
王の寝室前で待機をしていたバッシュの元に、ひどく動揺した様子のシドが姿を現したのは昨晩。前夜祭の後のことだった。
唐突な言葉に驚くよりまず、バッシュはシドのその余裕のない態度に驚いた。
この八年。突然の戦闘にも、それこそ暗殺者が寝室まで侵入してきて危うく命を奪われかけた時ですら、彼は冷静だったのだ。
巧みな魔法によりあっという間に取り押さえた暗殺者を前に落ち着いた様子で椅子に腰掛け、手元で折れた髪飾りのみを気にしながら「……誰に雇われた?」と静かな声で尋ねるばかりの青年だった。
その白い首筋から伝う血に若い騎士たちの方がよっぽど慌てて「今すぐ手当を!」と廊下に向かって声を荒げれば「落ち着け。毒は塗られてない」とシド本人に嗜められる有様だったのだ。
修羅場慣れしている。ちょっとやそっとのことじゃ少しも動じない。
どんな厄介事がやってきても、その長い足を悠然と組んで王座に腰掛け、心のうちを見透かすようなひんやりとした眼差しで静かに的確な指示を出す。
まだまだ年若い国王だけれど泰然自若とした態度とそれに相応しい実力を持っている。
混乱した国に不安を募らせている国民や部下たちが、そんな新国王に救われているのは確かだった。
そんなシドが余裕を失ったところを見るのは、随分と久しぶりだ。
具体的に言うと、これで三度目だった。
一度目は、酒場まで彼を追いかけ呼び止めた時。そして二度目は、牢獄が壊されていたのを見たあの日。
どちらにも共通しているのは、彼である。
だからバッシュはシドの様子を見てすぐに、八年も会っていないあの不思議な青年のことを思い浮かべていた。
ゆっくりと息を整えているシドが、バッシュの胸に何かを押し付けてくる。
あの牢獄から走ってきたんだろう。
熱くなった手のひらから、バッシュはそれをうけとった。
『……懐中時計??』
『アイツのだ。牢獄に落ちてた。落とされてからまだそう時間がたっていない。せいぜい一日前だ』
気が急いているのだろう。随分と端的な返事だった。
彼の記憶力の良さはよく知っている。
――良かった、やっぱり無事だった。帰ってきたんだな、今になって。
バッシュは手元の懐中時計を食い入るように見つめながら、妙に現実感のない気持ちでそう思った。
もちろん、悪い意味ではない。
ミナトが日本に帰ると言う時、最後まで彼を引き留めようとしていたのはバッシュ自身である。
当時はまだシドとの付き合いも浅かったが。他人への警戒心を決して緩めない野生動物のような少年が、あの青年にどれだけ心を許して特別な感情を向けているか。二人を側から見ていたバッシュは、シド自身よりも早く気がついていた。
だから自身の気持ちにまだ気がついていない、まだまだ成長途中のこの少年があとになってひどく傷つくことになるのではないかと。一回り以上年上のバッシュは妙に心配になって、朝早くから宿に押しかけてシドに要らない世話を焼いていたのだ。
……彼が殺されたかもしれないと憔悴した様子で帰ってきたシドの様子も、もちろんよく覚えている。
だからもしも、ミナトが本当に帰ってきたのなら。それはバッシュにとっても喜ばしいことだった。
彼のいない間にも、随分と助けてもらったのだ。
一見誠実そうな貴族の男に騙されずに済んだのも「……"本"曰くあいつは『注意。蝙蝠野郎です。背中を見せると必ず裏切ります。ろくなやつじゃない。気をつけて』らしいぞ」「……ミナト様は案外口が悪いんですね」と、そんなやりとりがあったからだし。
仲間を集めた古城に敵対貴族が唐突に攻め込んできた時、「俺が出るのが一番被害が少なく済むだろ」と剣を取ろうとするシドを諌め、止めることができたのも「そんな無茶を許したら、私がミナト様に叱られます……!」と彼を引き合いに出して止めることができたからだ。
……まあそれは、バッシュがミナトに叱られるのが可哀想だから止まったのではなく、怪訝な顔をしたシドが何かを思い出すように「……叱る? "俺の敵をなんとか皆殺しにしようと画策する"の間違いじゃなくてか?」と呟いて、「……確かに、あの数相手に正面きって戦う必要はないな」と妙に冷静になったからなのだが。
……シドのことになると少々……いやかなり様子がおかしくなりがちな正体不明の青年。
本人のいない場所で、あの温厚そうな青年の性格を色々と知っていった結果、今やバッシュはミナトを共に苦難を乗り越えた旧知の仲間のように思っていた。
けれど……いや、だからこそバッシュは、シドをこのまま行かせるわけにはいかないのだ。
――「……え? 戴冠式を控えた大事な時期のシドを警備が手薄な状態で王都に行かせた?? バッシュさんがついていながら?? どうして?? 今のシドがものすごく不安定で危険な状況にいると知ってるのに?? 戴冠式を無事終えることが今何より大切なことだと知っているのに?? え、すみません、責めてる訳じゃなくてシンプルに疑問なんですけど、なんで?? バッシュさんの職業ってなんでしたっけ。……え? "シド様の御身を一番近くでお守りする護衛騎士?"。…………それなら、自分が何をするべきか、もちろん分からないはずがありませんよね??」
ミナトと話した時間は全て合わせても数時間ほどしかないはずなのに、バッシュの頭の中では、あの整った顔をゆっくりと傾け、温厚そうな笑みに謎の圧を乗せながらミナトがそう言っていたのだ。
……全くもってその通り。明日の戴冠式を終え、正式に王位に着くまで、決して油断のできない身なのだ。
『……シド様、』
ミナト様は必ず、私が見つけます。
王都に詳しい信頼できる人間を集めて、隅々を探させます。
何より、明日には戴冠式も、新国王のパレードもある。
シドのことが大好きで大好きで仕方ないあの方が、見にこないはずがない。
最前列に陣取っているだろう。間違いなく。
『すぐに見つかります。今は、どうか明日の戴冠式を無事に迎えることだけをお考えください』
――「よし、それで良い。よくやったバッシュさん。あなたにシドを任せた甲斐があった」
バッシュの脳内で、ミナトがうんうんと頷きながら拍手をしている。
そうだ。これで良い、とバッシュも思った。
『"ミナト"という名前の黒髪の青年。ウィンターグレーの国民なら誰もが知っています。我々が探さなくとも、シド様に知らせようと皆がすぐに情報を上げてくれるはずです』
そう。ウィンターグレーでは、シドの出自と共にミナトという謎の青年についての情報がすでに周知されている。
もちろんそれは、大衆にシドを受け入れてもらうためシドの今までについての情報を流す際、伝わりやすいよう省略した伝記めいた話ではあるのだが。
人々はミナトをシドの恩人、ひいては自分たちの恩人だと思っている。中には、神がシド様を助けるために人の姿をとって現れたのだ、予言を授けて人を助けるなんてまさに神の所業だ、と彼を神聖視しているものもいるくらいなのだ。
王都で黒髪のミナトと名乗る青年が出歩いていて、話題にならないはずがない。
むしろミナトを丁重に保護して、「シド様でしたらこちらですよ!」と王城まで連れてくる可能性だってある。
ミナト様もシド様に会いたいはず。すぐに見つけることができるだろうが、門番にも念の為彼が来たら丁重に誰よりも優先してお通しするように言いつけて……。
当初、バッシュはそんな風に考えていたのである。
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