原作ゲームで闇堕ちして死んだ推し(ラスボス)の少年時代が落ちてたので、愛でて貢いで幸せにする

チャトラン

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◆シド視点 八年

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それから一年、シドは王都に留まっていた。
と言っても、ミナトと過ごした宿に留まっていることはできず。
時々ミナトに言われたことをふっと思い出して温かい食事を摂る以外は、あちこちを点々としながら辺りの魔物を狩って時間を過ごした。

そして約束の日の数日前から、王都を出てミナトを待った。
しかしミナトどころかあの白い扉でさえ、シドの前に現れることはなかった。
理由なんて分かりっこない。
扉のつながるきっかけになったあの牢獄が見る影もなく壊れてしまったからかもしれない。壁も何もないのだ。扉なんて現れようがないだろう。
それとも突然繋がったものが突然繋がらなくなっただけで、深い理由なんて何もないのかもしれない。

何にせよすぐに帰る気にはならず、シドはミナトと最後に別れた山小屋に少しの間身を潜めていた。
ナイフで薪を割って、暖炉に火をつける。酷く寒いけれど、あの牢獄と比べたら随分マシだ。

――そうしているうちに、バッシュが迎えにきたのだ。
その時にはもう既に、約束の日から一週間が経過していた。

『シド様、いつまでもこんなところにいてはお体を壊します』

どうか一度王都にお戻りください。俺が代わりにここでミナト様をお待ちしますから。
この一年、なぜだかずっとシドのそばに控えていたバッシュがそう言った。
シドが宿を変えても、どんな手を使っているのか必ず探し当て、世話焼きな叔父か父のように世話を焼いてくる。
おろそかにしがちな寝食の世話や、ミナトのことを調べるために復帰した騎士団の情報や。
本人は「妻の命の恩人に尽くさなくてどうします。ミナト様ともあなたの面倒を見ると約束をしました」なんて言っていたが。
まるで権力も何も持っていないシドを自身の主人か何かだと決めているかのように、この一年バッシュはひたすらシドに付き従い続けていた。
そんな義理堅い彼の言葉に、シドは暖炉の炎を見つめたままふと声を出したのである。

『……なあ』

そしてこの一週間、いや一年。ずっと考えていたことを口にした。

『アイツが万が一また妙なところに落っこちていたとして、見つけてやるにはどうしたら良いと思う』

旅に出れば良いんだろうか。
だけど、俺一人じゃ見つけられないかもしれない。
王都に落ちたならまだしも、この国のどこかに落ちたっていうなら人手がいるはずだ。
でも俺には一人も味方がいない。

それはシドの純粋な質問だった。
賢く優秀でその辺の大人よりもよっぽど強い。
けれどまだまだ世間知らずな彼だからこその純粋な質問である。

『……それこそ俺が国王になって、国中の兵士を手に入れれば見つけてやることができるんだろうか』

子供の頃、国王への復讐心でいつか自分が国王になってやるなんて考えていたという話を、シドはバッシュにしたことがあった。その話は、王座なんてものにはもう興味がなくなったという風に締めくくられたのだが。
バッシュはその時のことを覚えていたかもしれない。
突然のシドの言葉にしばらく呆然としていた彼は、ハッと我に返ったかと思うと背筋を伸ばし、胸に手を当て。

『……これはずっと胸にしまっておくつもりでいましたが、あなた様より国王に相応しい王族は他にいないと、俺は随分前から思っておりました』

と、そんなことを口にした。
そして「馬鹿なことを言うなよ」と言うようにバッシュを暗い瞳で見上げるシドに「いいえ、本当です」としっかり目を合わせ答えたのである。

『あなたがもしそれを望むのであれば、もちろん望まなくとも、俺はあなたを決して裏切らない二人目の味方になってみせます。できる限りのことはいたしますよ』

一人目が誰だったのかは、今更聞くまでもないことだった。





それからだ。シドが騎士団を辞めたバッシュと共に、国中を旅することになったのは。

旅先ではバッシュの紹介で、何人かの領主……ウィンターグレーでは大変貴重な権力と良心のどちらをも持ち合わせた貴族たちである……と顔を合わせることになった。
彼らは皆、フードを下ろしたシドの素顔にひどく驚愕した様子だった。
そして国王の仕打ちを知ると「まさか我らの国王がそこまで落ちぶれていたとは」と彼への失望感を募らせ、こちらの話を聞いてくれた。
……これは全く予想していなかったことなのだが、旅を続けるうち、どうやら現国王に恨みを持っている人間は自分一人じゃなかったようだとシドは実感することになった。
思いの外、あの父王の敵は多い。敵の敵は味方。
つまりはシドの味方になり得る人たちが、息を潜めつつもこの国には多く存在していたのだ。

シドはしばらくの間、彼等の領地に滞在し、王都を離れれば離れるほど貧困による治安の悪化でトラブルが絶えない街の問題解決に手を貸したりしながら、街を見回って過ごしていた。
人助けなんてミナトを探すのになんの関係もない行為だが、「人助けはRPGの基本」なんてよく分からない思想を、どこかの誰かが例の本の中でしつこく唱えていたせいだろう。
魔物退治のついでに、気がついたらそうしていた。

そのうちいらないと言っているのに「気が済まないんです、せめて受け取ってください」とあれやこれやとお礼の品を差し出されるようになった。
街に長居していると「シド様だ」「あら、シド様!」なんて声をかけられるようになり、シドへの返事を迷っていた領主がそんな人々の様子を見て、段々と協力に前向きになる。……なんてことが数年かけて国中を回っているうちに何度もあった。

一度は自分の目的のためだけに王座につくことを考えたシドだが、民たちの暮らしを見ているうち、やがて彼自身にも思うところができた。



そして決して少なくない数の長い長い準備期間と何度かの暗殺未遂を乗り越えた後。
五年もの月日をかけて、シドはようやく父に王位を退かせることに成功したのである。

国王の廃位。ウィンターグレーの長い歴史においてもなかなか前例のないことだったが、不満を溜めに溜めた国民たちが今にも革命を起こして立ち上がりかねない国の有り様と、国王の女癖の悪さ(なんと調べたところ、長年ウィンターグレーの属国のような立場にある隣国の姫に手を出した挙句、口封じをしていたことが判明したのである)。
そしてシドの存在を知った王妃の後押しを得ることができたことが、とても大きかった。

長い時間がかかったのは、国王やその側近たちの悪事などを少しずつ暴き、国民たちの不信感を高め、それに巻き込まれたくない貴族たちが掌を返し始めるのを待つ……なんていう随分と回りくどい方法を選んだからだ。
もう少し血生臭い手段を選べば短い期間で済んだのだろうが王座についたらゴールではない。
国王になってからが始まりなのだと、シドは理解していた。
国王になると言うことは、今まで出会った人々の暮らしに責任を持つと言うことだ。
だから今後に残る遺恨が少しでも少なくなるよう、なるべく付け入る隙を与えないように手回しに手回しを重ね、慎重にことを進めた。

そんな様子を見たバッシュから「なんだかあれですね。念には念を入れるようなやり方が、話に聞いたミナト様とどこか似てますね」なんて褒めてるんだか貶してるんだかよく分からないことを言われたが。
ミナトがシドを安全に逃すため、あの牢獄であれこれと策を講じていた様子を思い出し、つい胸の内で「確かに……」とシドも頷いてしまった。

城に入ってからは、さらに慌ただしい日々だ。
毎日が探り合いと駆け引きと密謀と騙し合いの連続。
こんなことなら戦いを仕掛けてきた一部の貴族たち相手に剣を振るっていた時の方がよっぽど肩が凝らなくて良かったなんてことを思う。
けれど後悔はしていなかった。
自分自身で何かを望んで、そのために行動ができるという状況がどれだけ贅沢なことかシドは知っていたからだ。
……何より、命の恩人がこの国のことを好きなようなので。
自分の手を引き、ニコニコと随分嬉しそうに街を案内する誰かを思い出し、フッと肩の力を抜く。


信仰のような恋情だった。
人並みの暮らしも幸せも何もかもあの馬鹿な神様に教わった。
ああ、やっぱり、あんな人を手放すんじゃなかったのだ。
自惚れなどではなく自分が泣いて縋ったら、彼は世界を丸ごと捨ててでも自分の隣にいてくれたかもしれなかったのに。
それくらいには馬鹿みたいな量の愛を向けられている自覚はあったのに。
本当に取り返しのつかないことをした。
彼みたいな人はきっともう二度と自分の人生に現れないだろうと思う。
当たり前だ。国王になった今のシドではなく、牢獄で死にかけている汚くて臭くて痩せぎすの子供を拾って労って逃して愛して、そんな妙なことをする酔狂な生き物はこの世に二人といない。

「シド様、皆がお待ちです」

シドはなんとも諦めの悪い自身の内心に小さくため息をつきながら、次期国王らしい着飾った格好で王城の回廊を歩いていた。
この姿を見たら、まさか誰も数年前まで彼が鎖に繋がれていたなんて想像できないだろう。
夜会の会場に続く大扉が目の前で開けられる。
シドの姿を見た人々が動きを止め、一斉に頭を下げた。


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