原作ゲームで闇堕ちして死んだ推し(ラスボス)の少年時代が落ちてたので、愛でて貢いで幸せにする

チャトラン

文字の大きさ
上 下
51 / 72

◆シド視点 王城にて

しおりを挟む



白昼夢を見た。
すぐ隣に感じる柔らかな体温と、ロマンス小説を読んで眉を寄せる様子にケラケラおかしそうに笑う声、大嫌いだったこの銀髪を綺麗だ綺麗だとしきりに言って梳く手つき。

ああ、勿体無いことをした。

この夢を見るたびに考えるのは毎回同じことだ。
せっかく一度は手の内に転がり込んできた、この世で一番価値のあるものをみすみす手放してしまった。
本当に、バカなことをした。

あれから八年以上が経とうとしているのに、シドは初恋を忘れられずにいた。





「…………ド様、……シド様、起きてください。このようなところで寝ていては御身に危険が…………わっ……」

「……今、起きた」

誰かから伸ばされた手が体に触れる直前。
まるで野生の動物か何かのようにパチリと目を開けたシドを見て、手の持ち主であるバッシュが驚いたように動きを止める。
うとうととした瞬きを繰り返したシドは、既に青年というよりは壮年という方が正しい歳に差し掛かりつつあるだろう男の驚愕顔を見。
それからその後ろに見える薄暗い部屋を見。
ああ、どうやら自分はいつのまにかうたた寝をしてしまっていたらしい、と眉を顰めつつ内心で独りごちた。

……バッシュはおそらく、シドの姿が見えないことに困りはてた?メイドに頼まれてやって来たんだろう。

豪奢なカーテンの裏に隠れるようにして出窓の縁に腰掛けていたシドを見つけるのは、随分骨が折れたに違いない。
シドがあくびを噛み殺しながら「もう時間か」なんてことを呟くと、「一体なんだってこんなところに……」とバッシュがたっぷりとしたカーテンをまとめながら小さくぼやいた。

「貴方がこんなところでうたた寝をするなんて。……出過ぎたことを言うようですが、少し働きすぎなんじゃないですか? ちょっとでも休んだほうが」

「……」

シドがまだ華奢な少年だった頃。つまりは出会った当時から、この男の心配性なところは少しも変わらない。
それどころか最近一児の父になったバッシュは、以前にも増して年下の主君であるシドに口うるさく……いや、過保護になりつつあった。
元々世話焼きな質なのだろう。
彼の子供の誕生日が来るたび「あなたとあの方がいなければなかった命です」と大袈裟なほどの感謝を伝えられるのは、毎年の恒例行事である。
なんでも子煩悩が過ぎて奥さんにため息をつかれているらしい。
なかなか憎めない騎士の小言にシドは小さく笑いながら「いや……」と首を横に振った。
確かにここのところ、酷く忙しい日々が続いているのは事実だ。
けれど休むなんてことは、しばらくできそうにない。

「今が一番大事な時期だろ」

「それはそうですが……」

そう。なんせシドは明日、戴冠式を控えた身なのだ。
彼は明日、正式にこの国の国王になるのである。





前国王……父を王座から退け、事実上の国王になって早二年。
戴冠式の日取りが今日までずれ込んだのは、混乱した国を取りまとめるのに精一杯で、豪勢な式なんてものをやっている余裕がちっともなかったからである。

事実、シドはこの二年間。
いや、ここに辿り着くまでの期間を含めればもっと長い間、ずっと走りっぱなしだった。
その中でも王城に上がってからのこの二年間は、寝る間も惜しんで働いていた。
近年の傲慢な国王たちによる治世で、この国の上層部は腐敗し切っていたのだ。
国王を神のように崇め、おべっかと太鼓持ちばかりが上手いような人間しか王城には残っていなかった。
有力貴族たちも高い税で領民の首を絞め、代わりに自分はぶくぶく太るような連中ばかり。
まともなことを進言する貴族は僻地に追いやられ、この国はすっかりとダメになっていた。
故に事実上の国王になったシドは、まず前国王の言いなりになって様々な悪事を重ねていた側近たちの処分を決めることから始めなければならなかったのだ。
若く柔軟なだけまだマシな息子たちにさっさと家督を継がせ。
旗色が変わったと気づけば途端にシドに擦り寄ってくるようになった者たちとの、厄介な駆け引きも始まった。
そして、僻地に追いやられた優秀で信用のおける貴族を積極的に取り立て、身近に置けるよう重要な仕事を回し……。

つまりは国民の暮らしを助ける前に王城まるごと、いや、国丸ごとの洗濯から取り掛からなくてはならなかったのだ。
それもただの洗濯じゃない。何十年、下手したら何百年ものの、頑固な汚れを落とす洗濯である。
とにかく、ひたすらに目まぐるしい日々を乗り越え、ようやく明日に戴冠式を控えている今日。

――ああ、そうか。今日は戴冠式前夜のパーティーがあるのか。

シドは自身が探されていた理由にようやく思い至り、「はあ……」と重たいため息をこぼして、背後の豪奢なカーテンの中に背中を沈めた。
どうせ明日も同じようなお祭り騒ぎをやることになるのに。なんだって前夜にまでパーティーを開く必要があるんだよ。
声を大にしてそう言ってやりたいところだが、城の慣わしにまで口を出すのは良くないだろう。
それでなくとも今、国の体制を少々強引に変革している最中なのだ。
突然何もかもを変えてしまっては余計な反感を買う。
必ず変えなければならないところを変えて、こういった妥協できるところでは妥協して。
ゆっくりとやっていかなければいけないことは、シドも理解していた。
とはいえシドだってまだ年若い青年なのだ。
民衆に思われているほど完璧な聖人などではないし。
面倒臭いものは面倒くさく、行きたくないものは行きたくない。

――貴族という生き物はなんだってあんなに香水臭いんだろうか。鼻が潰れていないとなれないのか、貴族って。

カーテンに埋れたままシドはついそんなことを考えていた。
鼻の良いシドは、いつもいつもパーティーに出たあと頭痛に襲われる羽目になる。
ツンと澄ました美しい顔で呼吸をなるべく我慢して、爽やかな香りのシャンパングラスに顔を近づけた瞬間だけ息を吸い込む。
それが、この数年で身につけた夜会を生き抜くコツである。
……その間耳に入ってくるのは空世辞におべっかに当て擦りに。

「……ハア、こんな面倒な国の国王なんてものになってしまったのが運の尽きだな」

「滅多なことを言わんでくださいよ」

シドがため息交じりに呟くと、バッシュが苦笑いをしながら優しく嗜めてくる。
今の言葉が冗談であると分かっているからこその反応だ。バッシュのその反応に小さく口角を上げたシドが、窓の外の未だ雪の残る山々に視線を移す。
そして「……ああ、面倒だ。そもそもああいった場所で出る食事が好かない」なんて文句を呟きながら、窓の上に上げていた長い脚を下ろし、徐に立ち上がった。
そして形の良い手のひらで、カーテンの裏に置いていたらしい愛用の剣を掴み取りベルトに差す。
皮と金属の擦れる音が静かな部屋に響いた。戦中はしょっちゅう聞いていた音だ。懐かしい。

「やたらと小さくて、冷めていて、ろくに腹も膨れない。宝石か何かを食べてる気分だ。戦中じゃないんだから食事は腹の膨れる温かいものに限る。分かるだろ」

「はいはい。シド様を知っている皆はそんなことわかっていますから、パーティーの後にまた別のお食事が用意されていますよ。明日は大事な日ですからね。きっとあなたのお好きなポットパイが出てくるんじゃないですかね」

「……鹿肉のポットパイか?」

「鹿肉のポットパイです」

バッシュが年下の主君の言葉に返事をする。
そしてウィンターグレーの中でも随分と長身なバッシュにすっかりと背丈を並べた……それでいて自分のように男臭いわけではない、野生の獣のような美しい青年に育った主君の姿に目を細めてみせる。

「ですから早くメイド達にお姿を見せてあげてください。まだ着替えも済んでいないのにシド様のお姿が見えないと皆大騒ぎになってましたよ。騎士達が八つ当たりをされて泣いてます」

「……わかったわかった」

再び窓の外に顔を向けていたシドが、仕方なさそうに呟きながらバッシュの方へ振り返る。
形の良い輪郭を覆う銀髪は、今夜の月明かりを反射して柔らかな光を放っていた。
ナイフで切ったような深い二重には紅玉色の鮮やかな瞳がおさまり、常人と比べるといささか細い瞳孔が彼の特別な出自を思い出させる。
ほんの数年前まで、その存在を知られてさえいなかった彼が公の場に初めて姿を見せた時。彼の母親についてとやかく言う者こそあれ、彼が王族の血族であることを疑う者は一人もいなかった。
無理もない。これほど混じり気のない見事な色彩を持った王族は、近年の国王たちの肖像画を見てもまずいないのだから。それこそ、初代国王のあたりにまで遡らないことには。

「今夜はアルゴン公爵も来ているんだったか。……あのたぬき爺、なかなか尻尾を出さないな」

「しっかりとお守りします」

「ああ、頼む。命を狙ってくる人間が多くて敵わない」

歩き始めたシドが首筋を触りながら呟く。
そこは今より王城の警備が整っていなかった頃、寝室まで侵入してきた暗殺者につけられた傷が少しだけ残っている。



「……ああ、そうだ」

バッシュを従え、ツカツカと長い脚で部屋を横切っていたシドが何か大切なことを伝え忘れていたというように、扉の手前で立ち止まる。

「パーティーの後、少しだけ留守にする」

サッと主人の前に立ち、扉の取手に手をかけていたバッシュがシドの顔色をチラリと確認した。
未だ敵も多いシドを一人で出歩かせることに、普段バッシュはあまり良い顔をしない。
けれども長い付き合いで随分と察しの良くなった年上の騎士は、シドの短い言葉だけで彼がどこに行くため"留守"にするのかを理解したらしい。
柔らかい笑顔を浮かべ「承知いたしました」と従順に頷いてみせた。


しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

親友と同時に死んで異世界転生したけど立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話

gina
BL
親友と同時に死んで異世界転生したけど、 立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話です。 タイトルそのままですみません。

お荷物な俺、独り立ちしようとしたら押し倒されていた

やまくる実
BL
異世界ファンタジー、ゲーム内の様な世界観。 俺は幼なじみのロイの事が好きだった。だけど俺は能力が低く、アイツのお荷物にしかなっていない。 独り立ちしようとして執着激しい攻めにガッツリ押し倒されてしまう話。 好きな相手に冷たくしてしまう拗らせ執着攻め✖️自己肯定感の低い鈍感受け ムーンライトノベルズにも掲載しています。

狼騎士は異世界の男巫女(のおまけ)を追跡中!

Kokonuca.
BL
異世界!召喚!ケモ耳!な王道が書きたかったので ある日、はるひは自分の護衛騎士と関係をもってしまう、けれどその護衛騎士ははるひの兄かすがの秘密の恋人で…… 兄と護衛騎士を守りたいはるひは、二人の前から姿を消すことを選択した 完結しましたが、こぼれ話を更新いたします

義兄の愛が重すぎて、悪役令息できないのですが…!

ずー子
BL
戦争に負けた貴族の子息であるレイナードは、人質として異国のアドラー家に送り込まれる。彼の使命は内情を探り、敗戦国として奪われたものを取り返すこと。アドラー家が更なる力を付けないように監視を託されたレイナード。まずは好かれようと努力した結果は実を結び、新しい家族から絶大な信頼を得て、特に気難しいと言われている長男ヴィルヘルムからは「右腕」と言われるように。だけど、内心罪悪感が募る日々。正直「もう楽になりたい」と思っているのに。 「安心しろ。結婚なんかしない。僕が一番大切なのはお前だよ」 なんだか義兄の様子がおかしいのですが…? このままじゃ、スパイも悪役令息も出来そうにないよ! ファンタジーラブコメBLです。 平日毎日更新を目標に頑張ってます。応援や感想頂けると励みになります♡ 【登場人物】 攻→ヴィルヘルム 完璧超人。真面目で自信家。良き跡継ぎ、良き兄、良き息子であろうとし続ける、実直な男だが、興味関心がない相手にはどこまでも無関心で辛辣。当初は異国の使者だと思っていたレイナードを警戒していたが… 受→レイナード 和平交渉の一環で異国のアドラー家に人質として出された。主人公。立ち位置をよく理解しており、計算せずとも人から好かれる。常に兄を立てて陰で支える立場にいる。課せられた使命と現状に悩みつつある上に、義兄の様子もおかしくて、いろんな意味で気苦労の絶えない。

【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」  洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。 子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。  人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。 「僕ね、セティのこと大好きだよ」   【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印) 【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ 【完結】2021/9/13 ※2020/11/01  エブリスタ BLカテゴリー6位 ※2021/09/09  エブリスタ、BLカテゴリー2位

処理中です...