原作ゲームで闇堕ちして死んだ推し(ラスボス)の少年時代が落ちてたので、愛でて貢いで幸せにする

チャトラン

文字の大きさ
上 下
48 / 72

37 大丈夫じゃない

しおりを挟む



「結局、高梨さんのあれって何だったんですか?」

「あれね、悪質なストーカーにあったんじゃないかって噂」

「うわ、マジですか? かわいそう、高梨さん」

「……、」

職場の廊下で、思わず立ち止まる。
あれからしばらくの時間が経って、俺は職場復帰を果たしていた。
覚悟はしていたけど、初めの数日の居心地の悪さといったらなかった。こっちからヒソヒソあっちからヒソヒソ。何も言わない人達も妙にチラチラとこちらを窺っていてやたらと視線が合うのだ。やりづらいったらない。
だけどまあ、仕方のないことだろうとも思う。職場の人間がナイフで手を刺されて意識不明で倒れてた……だなんてめちゃくちゃなゴシップだ。死んでたらゴシップにもできないけど。全然生きてるし。こうして普通に出勤してきているわけだし。しかもそいつが普段飲み会とかの参加率の低い、仕事だけはそれなりにちゃんとしてるけど、休日何してるか分からないタイプの社員で。
挙げ句の果て多くを語らず、少々気まずげな顔で、「……ご迷惑をおかけしました」なんて帰ってきたら誰だって噂するに決まってる。
俺でも多分しちゃうし。

「爽やかで良い人だと思ってたけど、案外女癖が悪いんですかね」

「気を持たせちゃうタイプなんじゃない?」

「あー、ぽいですー」

とはいえ、自分についてヒソヒソと話し合われる現場に居合わせるというのは、あんまり良い思いがするものじゃない。というか普通に気まずい。
……出直すか。
俺は手元の書類にチラ……と視線を落とした後、足音を立てないよう回れ右をしてきた道を引き返した。

「なんかあった?」

「あー、うん、大丈夫」

小さくため息をつきながらデスクに戻れば同僚から声をかけられる。
俺はそれに軽く首を振りながら席についた。
チラ、と他のデスクから数人の視線がよこされ、離れていく。

「……ほんとに大丈夫か?」

「大丈夫だって」

嘘じゃない。大丈夫だ。
仕事が少々やりづらいけど、それを除いたあの事件の弊害といえば、未だに警察から電話が来たりなんかすることくらいだ。
あとはまあ、ナイフに刺された左手の動きが少しだけ悪くなったこと。
未だにリハビリが続いていて貴重な休日が消費されて地味にストレスなこと。
気の毒そうな顔をしたお医者さんに「完全に元に戻すのは難しいです」なんて言われたことくらい。
……まあ色々と大変だけど、これらのことについてはあまり落ち込んでいない。
幸運なことに? いや、不幸中の幸いとでもいうべきか、あのアンポンタンに刺されたのは左手だったし。俺の仕事は基本パソコンのタイピングさえできれば問題はないわけで。
強いていうならちょっと日常の中で些細な不便はあるのかもしれないけど。例えば前みたいに、両手を激しく使うゲームはちょっと下手になった。
だけど、これまた不幸中の幸いで俺が好きなのはストーリーのあるRPGだし。リハビリさえ続ければその不便も少なくなっていくようだし。
特に気にすることじゃない。
強がっているわけじゃなくて、本当にそう思う。

「じゃ、俺先帰るわ」

「おー」

「すみません、お先失礼します」

だから朝起きて仕事に行って、コンビニに寄って帰って少しゲームをして眠る。
まさかほんの少し前にナイフで刺されて警察のお世話になった人間とは思えないなんとも普通の日常を、俺は送っている。




「ただいまー」

普通と少しだけ違うのは、家に帰ってまず一番に向かうのが押し入れの扉の前だということだ。
あとは毎日そこを開け当たり前に広がる押入れを見て、期待を裏切られたというようにため息をつきながらガチャリと扉を閉めているということ。
それから、それをもう何度も繰り返していて、無意識の習慣みたいになってしまっているということ。
きっと側から見たらちょっとどこかがおかしい人に見えるに違いない。
俺もそろそろ、もしかしておかしいのは自分なのかもと思う。
ひょっとしたら、押し入れが異世界に繋がっていてシドと仲良くなるなんて夢を見ていただけなのかもしれない。
そんなことをふと考えてしまうほど、あれからこの扉はうんともすんとも言わなくなってしまった。
だけど夢のはずがない。
ガチャリと押入れを閉める手の甲にざっくりと残ったみみず腫れを、確かめるように見下ろしながら思う。
ナイフを奪われないよう握りしめたせいで、傷口がずいぶん汚くなってしまった結果がこれだ。
ギョッとされがちなので外出をする時は手袋をしなくちゃならなくなった原因。今の季節はまだ良いけど、夏になったらどうしよう。汗とかやばそう。だんだんと暖かくなってきた気候に抱く、そんなリアルな悩みもどうしようもなく現実のもので。

「……じゃあなんで繋がらなくなったんだお前」

俺は扉をじとりと睨め付けながら、訴えるように一人で文句を言い続けていた。
なんとかしてシドの無事を確かめたい。
彼が初めて取り付けてくれた次の約束を守りたい。
その一心で、毎日飽きもせず繰り返していることだけど、正直なところ扉が繋がらなくなった心当たりは……なくもないのだ。
あまり考えたくない。でも最後の最後。
俺と牢獄に向かってぶち込まれた、あの魔法。
俺は牢獄から逃げ出すことに必死になっていたし、ナイフが貫通している手の痛みもわからないくらいにアドレナリンが出ていたから、あれがどのくらいの威力の魔法だったかは分からないけど。成人男性一人を吹き飛ばして壁に叩きつけるような威力って相当なはず。
ひょっとしてあの牢獄が壊れたから、扉が繋がらなくなったんじゃないのか。
だってあの日、ウィンターグレーの酒場に突然落っこちた心当たりだって、俺が扉を勢いよく閉めたせいで扉の立て付けが悪くなっていたとかそれくらいだ。
立て付けが悪くなったくらいで繋がる場所の座標がズレるような扉が、あんな魔法をぶち込まれたらどうなるか。
ある日ふと思い至ったそんな考えに俺は「うう」と頭を抱えることになった。
だってもしそうだとしたら俺にできることなんて、まるでないのだ。
それこそこうして毎日扉を開けることくらいしか。

「……ああー」

もどかしい。今この瞬間にもシドが酷い目にあっているかもしれないのに。
余裕のない呻き声を漏らしながら、俺は押入れの扉のドアノブから手を離した。
そしてスマホの壁紙に表示されたカレンダーを見下ろした。
俺が日本に帰ってきてからもう二ヶ月近くが経とうとしている。
もはや、俺の体験していた非日常を証明するのはこのみみず腫れと。あとは、ひょっとしたら俺の介入でシドの人生が本来のものよりずっと恐ろしいものになってしまったかもしれない想像するたびグッと引き絞られる心臓くらいになってしまった。

「……シドの無事を確かめられるならなんでもするって。頼むよ~」

ゴツン。扉に額をぶつけながらバカなことを呟くけど、もちろんそんな願いが「はいそうですか」と叶えられるはずがなく。
扉はいつまでもちゃんとただの押入れの扉をやっていて。

そしてそれは、約束の一年が経っても同じことだった。



しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

異世界転生してひっそり薬草売りをしていたのに、チート能力のせいでみんなから溺愛されてます

はるはう
BL
突然の過労死。そして転生。 休む間もなく働き、あっけなく死んでしまった廉(れん)は、気が付くと神を名乗る男と出会う。 転生するなら?そんなの、のんびりした暮らしに決まってる。 そして転生した先では、廉の思い描いたスローライフが待っていた・・・はずだったのに・・・ 知らぬ間にチート能力を授けられ、知らぬ間に噂が広まりみんなから溺愛されてしまって・・・!?

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。  謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。  五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。  剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。  加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。  そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。  次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。  一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。  妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。  我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。  こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。  同性婚が当たり前の世界。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」  洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。 子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。  人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。 「僕ね、セティのこと大好きだよ」   【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印) 【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ 【完結】2021/9/13 ※2020/11/01  エブリスタ BLカテゴリー6位 ※2021/09/09  エブリスタ、BLカテゴリー2位

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので! 本編完結しました! 『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく舞踏会編をはじめましたー! 他のお話を読まなくても大丈夫なようにお書きするので、気軽に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。

処理中です...