原作ゲームで闇堕ちして死んだ推し(ラスボス)の少年時代が落ちてたので、愛でて貢いで幸せにする

◇ 攻略本p20参照 落ぶれた男バッシュ・ギブソンによる独白④

――数分後。
大通りを行くよりよっぽど短い時間で目的地である唄う仔牛亭が現れた。
シドが足早に道を横切り、ギッと重たい両開きの扉を開ける。
バッシュは何が何だか分からないままそれに続いて、明るい店内に入った。
酷く息が切れていた。雪の上をあんな速さで走り続ければ当然のことだが、目の前のシドはそうでもない。
……一体どんな体をしているんだろうか。いや、王族なのだからそのくらいで当然なのかもしれない。
……違うな。今考えることはそれじゃない。
まずはあの青年の無事をなんとか確認しなくては。
もしも彼が本当に例の青年だというのなら、いざというときは自分が……。
肩で息をしつつ、祈るような気持ちで店内を見回したバッシュの瞳が映したのは。
――再び、バッシュの予想とは全く違う光景だった。






「はは、やった。ストレートフラッシュ。わはは」

「……終わ……った……もう何も残ってねえ……すっからかんだ……カミさんに叱られる、家に帰れねえ……」

「おい誰かこの兄ちゃんを止めてくれ！！」

……上からキラキラと輝くコインや宝石や、金目のものを目の前に積み上げた黒髪の青年。
それとは正反対に、すっからかんのテーブルの上へパタ……と顔から倒れる男。
ドッ！　といつになく盛り上がる客たちを見回し叫ぶ店主の声である。

「ハッハッハ！！　おい、兄ちゃん、アンタ見かけによらず中々やるなあ！！」

「いやいや、ただの昔取った杵柄ってやつですよ」

……そう。あの青年は無事だったのだ。
身ぐるみ剥がされるどころか身ぐるみを剥いでいた。
ドワーフともすっかり仲直りしている。「酒、次なに飲みます？」なんて話しかけて「おかげで大勝ちしたんで、お仲間の分も奢りますよ。あ、すみません」なんて、卒ない様子で店員を呼んでいるのである。どんな手を使ったのか、この酒場に初めてきたとは思えない馴染みようだ。

「俺は勝った……勝ったんだ……」

「知ってるか。勝った分含めてまるごと大負けしたらな、それはつまり負けたって言うんだ……」

酒場にはちらほらと、青年を食い物にしようと寄ってたかってテーブルに着いたのに、逆に全てを搾り取られてしまったらしい懐の寒そうな顔をした男たちの姿があった。
そして、そんな彼らを見た青年は店員からジョッキを受け取りながら少しばかり得意げに笑ってみせるのである。
……男たちもあの品の良さそうな顔に騙されたんだろうが。どうやら見かけによらず青年は、随分と負けん気の強い性格をしていたようだ。
思いもよらない状況にバッシュが唖然としていると、隣から小さく息を吐く音がして視線を下げる。

「……」

シドだ。
酒場の入り口に立ったままのシドは、誰かがどこかに賭けるたびドッ！　と盛り上がる店内には少しも目をくれず、あの青年の後ろ姿を見ていた。
青年が大勝ちしている様子に驚いた風ではない。彼が無事だと信じていたらしい。青年の気の強さを既に知っていたのかもしれない。
彼はただ、青年が目の前にいるという信じられない状況を何とか飲み込もうとしているように、その後ろ姿に見入っているのである。

「ミナト、」

そして確かめるようにポツリと名前を呼んだ。
相変わらず感情の読めない、少し掠れるような声だ。けれども相変わらず少しばかり、バッシュと話す時とは違う声色をしていた。

「……？」

するとこの騒々しい歓声に満ちた酒場の中心にいたというにも関わらず。先程までニコニコと当たり障りのない笑みを浮かべていた青年が、瞳を不思議そうに丸めて振り返る。
そして、ごった返す客の中をキョロキョロと一生懸命に見回して。
フードを深々と被ったシドを見つけたかと思うと、じわじわ目を見開き。
この世で一番大好きな人を見つけたと言わんばかりの、混じりっ気のない満面の笑みを浮かべ、勢いよく椅子から立ち上がったのである。