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16 欲しいものとかないんですか
しおりを挟む昼休みに入って人の少なくなったオフィスで、俺は一人卓上カレンダーに書かれた小さな星を睨みつけていた。
目の前に弁当を広げてはいるものの、まだ一口も手をつけていない。
最優先に取り掛かるべき問題がまだ解決していないからである。
先程から俺を悩ませ続けている赤い星の下には、ただ一言こう書かれていた。
"誕生日"。
……もちろんこれは俺の誕生日ではない。誰の誕生日かってもちろん、シドの誕生日だ。
彼の誕生日を祝えるなんてこんな機会を逃す手はない。
せっかくなら何か彼へ贈り物をしたいと考えたのだけど、シドの欲しいもの、これがちっとも分からないのだ。
「……欲しいもの、欲しいものとかあるのか?」
シドを見ているに、彼にはそもそも何かを欲しがるとかいう考え自体がないように思えた。
以前、雑談の延長で「牢獄から出たら何したい?」なんて質問をしたことがあるのだけど、その時も彼の口から具体的な望みが出てくることはなかったし。
「牢獄から出たい」という小さな頃からの望みですら叶わないような人生を送ってきたのだから仕方のないことなのかもしれない。
だけども彼にどうしてもプレゼントをあげたい俺としては、ものすごく困るわけで。
「……」
俺がこの無理難題に取り掛かり考え始めてすでに数日。
依然、一つとしてろくな案は浮かんでいない。
どうせあげるなら勿論シドが喜ぶものが良いと考えたのがいけなかったのかもしれない。もっと言うのなら、できるだけ長く彼のそばで彼の役に立つもの。そしてできれば形に残るもの。……そんなものある???
あまりに悩みすぎて、弁当を放置したまま『贈り物 喜ぶ』なんて検索まで始めてしまう始末だった。
ブランドもの。異世界じゃブランドものも何もない。却下。
ハンカチ。……ハンカチ?? 牢獄出たらそのまま雪山歩いて街まで辿り着かなきゃいけないシドにハンカチ??
「……」
「さっきからどしたお前。具合悪いの?」
俺が頭を抱えていると、隣のデスクから馴染みの顔がヒョコリとこちらを覗いた。
突然のことに肩が震える。あんまり集中していたせいか、隣にまだ人がいたなんて気が付かなかった。というか、なんでコイツはまだここに残っているんだろうか。弁当派ではなかったはず。さっさと昼食取りに行かなくていいの……え?? お気に入りのキャバ嬢に貢ぎすぎて今月金がヤバい?? ……バ、バカなの??
――ぐー。
「……」
「……」
あまりにバカな話に思わずスマホから視線を上げ、同僚の方へと顔を向ける。
腹を鳴らした同僚の視線が俺のデスクの上へと向かうのが分かった。
俺も同じように自分の目の前へと視線やる。……弁当だ。
俺はここのところ、いつ扉が繋がってもシドに栄養のあるご飯を食べさせてあげられるよう、一人暮らしの男とは思えないほど自炊に励んでいるのだ。
これはその残り。インターネットでレシピ検索をしてその通りに作っただけのものだけど、彩りもそこそこ、栄養はバッチリ。コンビニ弁当でしばしばカロリー摂取をしていた頃とは比べ物にならないほど良い食事である。
そのおかげかここのところ髪ツヤとか肌艶がやたらと良い。俺がシドを助けるつもりが、何故か俺も健康になってしまっている次第なのだ。
「……お前やっぱ彼女いるんじゃん」
同僚が俺の弁当にシラッとした視線を向けながら恨めしげにぼやく。
「……俺が作ったんだよ」
俺が渋々そう答えれば、「え、お前が?」という驚いたような視線と共に「一口ちょうだい」という遠慮も何もない言葉が飛んできた。
「どうぞ」
どうせ食べていないんだからいいや。バカで可哀想だし。手の甲で弁当を同僚の方へずらしつつ、スマートフォンへ視線を戻す。
食い気味に伸びてきていた指が卵焼きをヒョイと摘んで持っていくのが視界の端で見えた。
「うま……」と、隣からそんな声が聞こえてくる。
「え、お前料理うまくね??」
「レシピ見れば誰でもこのくらい作れるよ。ありがとう」
自分の作ったものを褒められると言うのは、誰であれ悪い気はしない。
一応お礼をいいつつ、俺はスマホのスクロールを続けた。
食事のギフト券。……だめだ。少しも参考にならない。
「いや、レシピ見ればってそれお前が要領いいだけだろ。俺こんな弁当彼女からもらったらめちゃくちゃ嬉しいけど。え、唐揚げもうま」
……一口ちょうだいって話じゃなかったっけ?
頭の端でそう思いつつも、同僚の『もらったら嬉しい』の言葉に、眉がピクリと反応する。
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