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15 これ、勝ったな
しおりを挟む――ほらね。
「これ、"勝った"な……」
数週間後。
俺はシドの手により、ボ!と目の前でウェルダンにされた肉塊からアルミホイルを剥がしながら、達成感に満ちた顔でそんなことを呟いていた。
アルミホイルの下からでてきた肉は見事なウェルダンに焼けている。焼きムラなし。見事な魔力コントロールだ。
あれから、シドは本当に俺の説明した概要的な知識だけで魔法を使えるようになっていた。
それも、ただ使うだけじゃなくて見ての通りコントロールまでできるようになりつつある。
これで魔法の基礎知識を知ってまだ数週間なんだから末恐ろしい話だ。
このままいけば本来魔法を使い始める原作開始時期には、ほとんどの魔法をマスターしてしまうんじゃないだろうか。やっぱり彼は優秀である。
誤算は、彼の発現した魔法が氷魔法ではなく火魔法だったことくらい。
以前も言った通り、魔法というのは本人にとって馴染み深いもの、印象深いもの、心に残っているものになる。例えばウィンターグレーで生まれ、魔法の才能に恵まれた達はまず氷魔法や風魔法を発現する人が多いのだ。雪国で生まれた彼らの心に一番印象的に残っているのが、雪や吹雪だからなのだろう。実際、原作でのシドも、レベルアップを重ねて初めに使えるようになる魔法は、氷魔法だった。魔物を串刺しにしたり氷漬けにしたり、そういう魔法だ。
だからてっきり目の前の彼も氷魔法を発現すると思って、水の入ったペットボトルや反対に熱湯の入った容器や、どれだけ氷魔法を使えるようになったのか確かめるのに良いものを準備していたのだけど。
「まさか火魔法を発現するとは思わなかったな……」
シドが発現した魔法は、見ての通り火魔法だったのだ。
予定外すぎて、「え、火魔法の効果って何で確かめれば良いの……ろ、蝋燭じゃ簡単すぎるし……」と戸惑ってしまい、まさかの肉塊ですることになってしまった。
ちなみにだけど、今俺が焼き目を「完璧だ……」なんて言いながら見つめているこの肉塊はちゃんと仕事帰りにスーパーで買ってきたものである。
その辺でウッカリ捕まえた監視役を火炙りにしたとかそういうわけでは残念ながらないので、安心してほしい。
「これ、もう魔力コントロールまでほぼ完璧なんじゃ……」
俺はナイフで切った肉塊の美しい焼き目を覗き込みながら、呆然と呟いていた。
ついつい、なんの心当たりもない場面で原作との違いが出ていることに困惑をしているけど。とはいえ、火魔法で何か差し障りがあるというわけでもないのだ。
むしろ、ずっと良い。
さっきも言った通りウィンターグレーじゃ火魔法を使える人は他の魔法を使える人よりずっと少ない。周辺に出る魔物に特効もあるし、この寒い土地でこれから生きていくのに火魔法ほど役に立つものはないだろう。
……こんな変化が起こった原因はわからないけど、これはまさに嬉しい誤算だと考えて良いんじゃないだろうか。
そんなことを思いつつ、シドを見る。
彼の完璧な魔力コントロールで焼けたお肉をご飯の上に乗せてソースをかけただけの、なんともシンプルだが食べ応えのあるステーキ丼を頬張る姿には……まだ大分痩せ型ではあるものの、しなやかな筋肉の気配が見て取れる。
元々能力の高い子だから、栄養をとって体を休めているだけで、多少の筋肉が戻ってきたのかもしれない。
薄い頬が膨らんで咀嚼を繰り返す様子を見ていると、自然に口元が緩むのを感じる。
ああ、よかった。ずっと大口を叩いていたけど、あんなに痩せっぽっちの体じゃ、外の寒さに耐えられるか心配だったのだ。火魔法も覚えた上であの様子なら……吹雪の日さえ避ければ、きっと無事に街まで辿り着けるだろう。
「……はくしゅん!!」
「……、」
……そうやって寒い外に思いを馳せていたせいか。
つい大きめなくしゃみを漏らした俺に、チラとシドが切れ長の瞳を向けた。
「ごめん」
咄嗟に顔は逸らしたものの、食事の邪魔をしてしまった。
そうおもって眉を下げながら謝れば、薄い唇を舌で小さく舐めながら何かを考えるように彼が空白の瞬きをする。
そしてパチリと踏んだ音で、なぜか彼が指を鳴らしてみせた。
その瞬間、あからさまに室内の空気が変化したような気配がして「……ん?」と目を丸める。
……え、何今の?
顔を上げ、辺りを見回す。
そこには、何の変哲もない……俺の手によってなんだか居心地の良い巣のように整えられた牢獄と、薄い頰を僅かに膨らませ栄養たっぷりの食事を頬張るシドの姿がある。
ただ、肌にあたる空気がやけに暖かい。先ほどまでの、俺が持ち込んだ蝋燭やその他諸々で控えめに温められた空気とは違う。
――え、シド今、魔法で室温を調整した? そんな魔法『ラスト・キング』にあったっけ?? 独自に火魔法を応用したってこと??
俺の頭の中でパラパラパラと『ラスト・キング』の記憶のページが捲られる。だけどいくら探してみたところで、室温を調整する魔法なんてものは見当たらなかった。
俺が驚愕の表情でシドを見つめていると、「……なんだよ」と彼が視線を上げる。
……え、数週間で、こんなことまでできるようになったの??
彼の優秀さは充分に知っていたはずなのに、俺は驚愕に言葉をなくしていた。
ゲームの中でピロリンとレベルアップするのを見ているのと、現実でこうしてものすごい速度で成長していく彼を見ているのとでは、全然違うのだ。
……俺、シドのことを散々天才天才言ってたけど、シドの天才っぷりをまだまだよく分かっていなかったのかもしれない。
というか、原作でも充分過ぎるほど強かったのに、それよりも大分早い段階でこのまま魔法を練習し続けたら、シド、敵なしになってしまうんじゃ……。
その上、何故かウィンターグレーで生きるには確実に有利な火魔法を発現して……。
「あれ、ひょっとして、こっちが正解ルート……?」
ひょっとしたらあのまま牢獄から逃すより、こうして色々覚えてもらった後に行動を起こす方が、正解だったのかもしれない。
俺は暖かい部屋を見渡しながら思わず目を丸めていた。
まさに怪我の功名。棚からぼたもち。
これから道をとんでもなく間違えさせたりしない限り、本当にハッピーエンドルートに入れるかもしれない。
俺はようやく見えてきた希望にドキドキと胸を高鳴らせながら、呆然とした顔のままシドの絶妙な魔力調整で焼かれた極上ステーキをあぐりと頬張った。
「……いや、うっっま」
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