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◆シド視点 神様は神様でも多分悪い方の神様

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監視役が突然やってきたから、頭をペンチで殴ってやった。
牢獄の様変わりした様子は今更隠しようがなく、鎖がまだ一本残っていて逃げようもない。
どうせ酷い目に合わされるなら今までの分を一発殴り返してやろうと思った末の行動だった。

「ゲホ……」

その結果、監視役が引き連れ帰ってきた大男に蹴り上げられた。そこまでは良い。

「出て行ってくれる?」

問題はこちらである。
シドは聞こえてきたシンと冷たい声にポカンとしながら彼の横顔を見つめていた。
シドがミナトの顔で一番に思い出すのは、食事を取るシドを見つめながら「ええ、かわい……コホン、失礼……ご飯おいしい?」などと呟きながら、ニコニコ笑う様子である。
しかしその顔は今、まるで岩の裏の害虫でも見るような目をしてシン……と大男を見下ろしていた。
目は一応笑顔の形をとっているが、あれは岩の裏を覗きながら殺虫剤をかけようかな、それともこのまま岩を下ろしてすり潰してしまおうかなどうしようかな、と考える時の人間がする顔だ。

「なあ、出て行けって言ってんの」

「……ヒ、」

あんな丸太のような腕をした大男が整った顔の優男でしかないミナトに怯えている現状もちょっとおかしい。
だがそれもこれも何もかも、白いこめかみに青筋を立てているミナトのせいだ。
もっと詳しく言うのなら、扉を開けこの現状を見渡し「……は?? おい、クソトロール。お前ほんと何してんの??」と口汚い言葉を吐き捨てながらツカツカ近づいてきたミナトが何かをス……と振りかぶり、あの大男の目ん玉のど真ん前でバチバチ!! と青い稲妻のような閃光を走らせたせい。
その際、躊躇とか容赦とかそう言った類の感情はかけらも見当たらなかったことだけ言っておく。
普段はシドの手足の擦り傷を見ただけで「うっわ、痛そ……」と眉を顰めているくせに。
今にもシドに向かって大岩のような拳を振り下ろそうとしていた大男に向かって、なんの戸惑いもなく魔法をぶち込もうとしたのだ。
シドはポカンと呆気に取られたままその一部始終を見守っていた。
大男が尻餅を着く勢いでのけぞらなければ、多分目ん玉にあの魔法具と稲妻が突き刺さっていたなと思った。……突き刺さっていたらどうなっていたんだろうか。

「でかいくせに俊敏だな何コイツ……」

笑顔を取り繕うのも忘れ鼻の頭に皺を寄せたミナトに魔法具を突きつけられた大男が「ヒィィ!」と雇い主を突き飛ばしてこの場から逃げ出すのも、しょうがない話である。

「ぐ……何を……おい、待て!! 貴様、どこに行く!!」

さて牢獄の入口。
一番安全なところでただシドが痛めつけられるところをニヤニヤみていた監視役の男は取り乱した様子で叫んでいた。
突然どこからか見知らぬ男が現れたかと思えば、見たこともない魔法を使ってシドを守ったのだ。彼からすれば意味のわからない状況だろう。自慢の護衛もバケモノでも見たような顔をして逃げ出してしまったし、そのバケモノは「さっさと出て行って、そんで二度とここに近づかないで」などと冷たい声で、白いこめかみに青筋を立て、なんならあのバチバチとした閃光で威嚇をしながら近づいてくるのである。
冷や汗をダラダラ流す監視役の男は、必死に思考を巡らせている様子だった。
こいつは誰だ? どこから現れた? そもそも牢獄に持ち込まれているこの見慣れない物品はなんだ? 全部この男が持ってきたのか? 何故?? あの魔法は一体なんだ? 
そんな混乱した様子で視線を彷徨わせ、尻をついたままジリジリ後退りし「ま、待て!! いや、お、お待ちを!!」と声を張り上げる。

「な、何かの間違いでは!?」

「……間違い? なにが??」

監視役を牢獄の外に追いやったところでピタ、と足を止めたミナトが鉄扉に手を添え首を傾げた。
監視役から伸ばされた指を見下ろす顔が心底嫌そうに歪んでいた。

「そ、それはウィンター家の正式な跡取りではありません」

「だから??」

「……あなた様のような方が慈悲をかける価値なんてそれには」

「……は?? 価値がないのは自分より弱い立場の人間に暴力振るってのうのうと生きてるお前の方だわ死ねよ」

唾を吐き捨てるみたいに暴言を吐き捨てたミナトに、それまで状況が掴めないままポカンとことの次第を見守っていたシドが「あ、」と思う。その瞬間。バタン!!! と大きな音がして、鉄の扉が閉められた。思いっきり肩を入れて力一杯。少しの容赦もなかった。ちなみに監視役の手はまだミナトの方へ伸びたままである。

「ギャァァ!!」

「……」

扉の向こうからだいぶ痛々しい悲鳴が上がるのを聞きながらシドはソッ……とミナトの足元にちぎれた指などが落ちていないかを思わず確認した。一応言っておくと落ちていなかった。

「……フン」

ミナトが扉の向こうから聞こえてきた大分悲惨な悲鳴に眉をしかめたまま鼻を鳴らす。
それから足元に落ちていた鍵が刺さったままの南京錠を拾い上げ、容赦なく内側から鍵をかける。

「このクソ男。次来たらほんとに殺してやる」

連れのトロール男もまた顔見せやがったら内臓抜き出して博物館に寄贈してやるからな。覚えとけ。
ガチャ。ミナトが小窓を開け低い声で静かにそう言うのを見たところで、シドは思わず「は、」と息を漏らした。
先程まで強張っていた体の力がドッと抜けるのが分かった。
まさか彼に庇われるとは思っていなかったのだ。誰かに身を挺して庇われるなんていうのは初めての経験だ。そもそもそんなことをしてもらえる、という発想すらなかった。挙げ句の果てあんな大男を追い返してしまうなんて。
視線の先には依然ミナトがいる。
普段の温厚そうな態度はどこへやら「あのクソ野郎が帰り際クマにでも襲われて無惨に死にますように……」などと、おそらく監視役の後ろ姿に向かって呪詛を吐いているのだ。

ミナトはしばらくの間、外の様子を用心深く監視していた。
それから、シドの方をそっと振り返る。いつもはニコニコと笑うばかりの瞳が怒りにギラギラと光っているのを見て、シドはあっけに取られて瞬きを繰り返していた。まるで自分が殴られたみたいに、彼は怒り狂っていたのだ。

「……ね、シド。もしもシドが本当にそれを必要とするんなら俺、国王の首と監視役の首と……ウィンターグレーの王座をもぎ取る方法だって考えるし教えるから。それだけ覚えてて。一人で思い詰めないで、ちゃんと俺に話して頼って」

……これじゃあ、まるで悪魔である。
静かな共犯の誘いにシドはギョッと目を丸めて、それから酷くおかしいような嬉しいような不思議な気持ちになった。
この神様がどうしてこんなにも自分を気に入ってくれているのか、ようやくわかったような気がしたからだ。
――ああ、コイツはきっと神様は神様でも悪い方の神様に違いない。
敬虔な神父や賢王ではなく、自分のような嫌われ者の悪者に味方をする神様なのだ、とそう思ったのである。
シドは自分を愛してくれたたった一人の神様の顔を見上げ、「なんだそれ」と力の抜けた呟きを漏らした。
シドのホッと息を吐くような表情に、それまで怒りと動揺と恐怖で震えるような浅い息を繰り返していたミナトが不思議そうに首を傾げる。

「……シド?」

黒曜石のようなつるりとした瞳に映った自分が、見たことのない気の抜けた、まるで初めて身を落ち着ける場所を見つけたような顔をしているのがシド自身にも見えた。
自分の受けた仕打ちについて誰かが自分のために怒ってくれたことなんて初めてだった。
そんなミナトを見ていると何故だか長い間鳩尾の奥の方でグラグラと煮えたぎっていた復讐心なんかが少しばかり薄れていくような心地がしたのだ。

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