原作ゲームで闇堕ちして死んだ推し(ラスボス)の少年時代が落ちてたので、愛でて貢いで幸せにする

チャトラン

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10 距離感はゆっくり縮めましょう

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「シド……」

「……」

「俺さ、シドに隠してたことがあるんだけど聞いてくれる?」

「……」

「実は俺、技術の成績1なんだよね」

「……なんだよそれ」

あれからほんの少し、シドとの距離が縮まった気がするのは、俺の気のせいだろうか。


さて、これが夢でないと気がついたあの日からしばらくが経った。
俺は今日も今日とてシドへの物資提供・温かい食事の配膳に包帯の取り替えを終え、一生懸命にノコをギコギコやっているところである。
鎖がかなり痛んでいたせいか、俺みたいな技術ゼロ軟弱男の腕でも、なんとかなりそうだ。
少なくともシドの右手についていた一本は、錆びた部分をギコギコやって大分痛めつけた後、ホームセンターで買ったチェーンカッターをガチャンとやることで切断に成功した。
……我ながら、かなり無理矢理な方法である。これをあと三回やるのは、なかなか骨が折れるなあ……。
もっと良い道具が見つかり次第、そちらに切り替えたいところなんだけど、ごん太鎖の切り方なんてインターネットで検索したところでいまいち載っていないし。俺の腕で、電動系の工具を使うのはちょっと怖いし、悩みどころだ。前述した通り、俺はいまいち自分の手先の器用さに自信がないのである。

「技術ってのはね、学校でやる木材加工を扱ったりするような授業なんだけど、その時の成績が5段階評価で一番悪い1だった。評価基準が甘いで評判のおじいちゃん先生が、いつも無言で首を横に振ってた」

「……よく分からないけど」

あんたそれ使うのやめた方が良いんじゃないか。
ここ最近、言葉に反応を返してくれるようになったシドが呟く。
少し前まで俺の真意を探るようにジッとこちらを見つめたままだんまり口をつぐんでいたのに、いつの間にかこんなくだらない雑談を振ってもポツリポツリと言葉を返してくれるようになったのだ。
これって結構な進歩である。
もちろん彼に心を許されたとまでは言わないけど。無害な人間……いや無害な珍獣、くらいの位置にはとりあえず置いてもらえたんじゃないかな、と思うのだけど、どうだろうか。
ちなみに俺は全然その評価で構わない。
俺がシドの何になりたいかって、童話とかでいう突然主人公の目の前に現れてドレスとか素敵なパートナーとかを貢ぐあの妖精である。
おせっかい妖精。意味もなく現れ君をハッピーエンドに勝手に導きます。
つまりは大方、珍獣で間違いない。

「でもこんなにやってんのにまだこんだけしか切れてないんだよ」

「……成績1のやつでそれだけ切れれば十分だろ」

進捗、全然よくないんですよ。
俺が数夜目に取り掛かりまだ小さな切れ目しか入っていない二本目の鎖を覗きながら呟けば、どこからか伸びてきた手によりノコが取り上げられ、作業がやむなく中断させられる。

「あ」

そう声を上げ振り返ればいつの間にか俺のすぐ後ろにシドが立っていた。

「……おお、」

俺は思わず口角を上げて、こちらを見下ろすシドをまじまじ見回した。
シドがニヤニヤと笑う俺の顔を見て、なんでコイツ持っていたものを取り上げられて嬉しそうに笑ってるんだ……と形の良い眉を寄せている。

「シド、歩けるようになったねえ」

心底嬉しいですという感情が隠し切れていない、なんとも間の抜けた声が出る。
だけど実際にハッピーなんだから仕方がない。
数分身を起こすのが精一杯だったシドが、こうして立ち上がって歩けるところまで回復したのだ。
日常生活を送るくらいならもうなんの問題もないくらいになった。
怪我ももうほとんど塞がりきろうとしているし、あと少しで"健康"の状態に小指の先くらいなら引っ掛けられるんじゃないかなって思う。
初めの頃は毎日職場でキーボードを叩きながら、牢獄でシドの体調が悪化していたら……次に会った時もう俺では手に負えないくらいの状態になっていたら……とヒヤヒヤする日々が続いていたのだが、もうその心配もなさそうだ。
今日なんてこうして関係のない雑談なんかをしながら、時間を潰せるくらいに彼の体力に余裕がある。

そろそろ……それこそ来週あたりには体調回復以外のことに取り掛かりはじめても良いのかもしれない。
例えばこの牢獄から出る手段の本格的な確保とか。
目の前の彼を一人で送り出すのは心配だけど、見張りも何もいない今が絶好のチャンスなのだ。
そのためには早くこの鎖を切らないと。
俺は頭の中でぐるぐる忙しく考えながら、再び手元の鎖に視線を落としていた。
するとすぐ隣。それこそ俺がもう少し右に動けば肩が触るくらいの距離に、ひょいと何かがしゃがみ込む気配がある。

「……」

え。
そう思ってチラ、と隣を窺った。
そこにしゃがみ込んでいたのは、もちろんシドだ。
彼は俺と同じように切れ目の入った鎖を見下ろしていた。
今まで治療の時以外、必ず一定の距離を保っていたのに。これが夢だと勘違いしていた時期を除けば、多分一番近い距離にシドがいた。それも、彼の方から。
俺は思わず息を詰めて、気配を殺した。
横目で彼を凝視したまま、目をシパシパ……と瞬かせる。
まるで保護した猫ちゃんが初めて隣に座ってくれた人間みたいなリアクションである。
……お前が? それで? めちゃくちゃ馴れ馴れしい感じで話しかけてるのに? と言われてしまうかもしれないけど、これでも一応、大人に散々虐げられてきたシドを怖がらせないよう、トラウマを刺激しないよう、俺なりに彼との身体的な距離感には気を遣って過ごしていたのだ。
万が一にも体には触れないようにしていたし。立ち上がったり腕を動かしたりする時もなるべく穏やかにゆっくりと動くようにしていた。
それなのに、え、良いの?? こんな不審な人間にそんな接近を許してしまって大丈夫??
自分からこんなに近づいてくれたシドを驚かせるわけにはいかない……。
そう体をカチカチに硬直させたまま、彼の表情を伺うが、隣のシドに何かを意図した雰囲気は少しもなかった。
顔を動かさないまま目線だけで彼の視線の先をチロ……と追う。
彼は俺の手元を見ているようである。

「……」

試しにス……と鎖が動かないよう置いていた足先をゆっくり上げてみれば、彼の骨ばった手がジャリ……と長い鎖を手繰り寄せた。
そして俺がこの数十分で作った切れ目にノコが当てられる。

――あ、なるほどね……俺の手つきがもどかしくて自分で試してみたくなったんだね。そりゃあ、基本ステータスの高いシドから見れば、俺(技術1)がガコガコやっているの見てたらもどかしくもなるわな……なるほどね……。

そう頭では納得したが、ちょっとまだイマイチ心が追いつかない。
「……手、切らないように、ネ」なんてカタコトになりながらなんとか呟きつつ、多分二、三分くらい、俺はすぐ隣にあるシドの横顔を噛み締めるように味わいながら……失礼。黙ったまま見つめながら、シパ、シパ、と間抜けな瞬きを繰り返していた。

「……ハッ」

だけど格子窓の外が、少しずつ明るくなり始めたことに気ついて、俺は幸せな夢から覚めることになった。
心底「うわ~この状況から動きたくね~~」という気持ちになったけど、こうなったらもう帰るほかない。
流石に異世界の牢獄に取り残されるわけにはいかないからだ。
俺も一緒に牢獄に閉じ込められていたんじゃ、シドを助けることもできないのだし。
だから俺は隣のシドを驚かさないように、そろそろと立ち上がった。

「シド、俺今日はもう帰るね」

帰りたくないけど。
シドは鎖を切ることに集中している様子だったので、皿を回収しながら独り言のように声をかける。
格子窓の外をチラリと見れば、それほど雪が多くない。今からひどく寒くなると言うことはなさそうで、ほっと小さく息をついた。

「おやすみシド」

次来る頃にはまたもう少し、シドの体調がよくなっていると良い。それこそいざという時、シドがここから逃げることを選択肢に入れられるくらいに。
俺はそんなことを考えながら、シドがまだ寝たきりだった頃、毎回言っていたせいで恒例の挨拶になりつつある言葉を言って、いつも通り開けっぱなしの扉を潜った。

「……おやすみ」

すると、ふと、そんなぎこちない小さな声が聞こえてアパートの廊下で立ち止まったのだ。
え?
後ろを振り返れば、顔を上げたシドの感情の読めないルビー色の冷たい瞳と視線が絡んだ。
……きっと初めて口にした言葉だったんだろう。俺の言葉をなぞるような不器用な言い方ではあったけど。
今、シド、おやすみって言ってくれた??
そう理解した瞬間。

「ワ……」

俺はパタンと閉まった扉を前に、目と口をこれでもかと開けて、胸の前でぎゅっと服を握り締め、少しばかりのけぞり。
一人きりの廊下でしばらく立ち尽くすことになった。
多分、いつもクールな推しから初めてのファンサを受けとったファンの顔って皆こんな感じだ。
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