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◆シド視点 神様の正体
しおりを挟む「ここから出る気とかない?」
そんな無茶を言った神様は、なんでも神様じゃなかったらしい。
神様自身がそう主張していたのだ。
「突然そんなこと言われても困るか。『幸せになりませんか』とかなんか宗教勧誘みたいだし」と呟く彼へ、宗教も何も、そもそもお前が神様なのではと尋ねたところはっきり否定されたのである。
「自分でも意味が分からないこと言ってるのを自覚して言うけど、家のドアが何故か此処に繋がってたんだよね」
神様がシドにした主張によると、彼は異世界で生きる一般人なのだとか。定期的に此処に訪ねて来るのも、彼の力でやっていることではないらしい。
「俺の世界物には困ってなくてさ。今のところこのドア何度も繋がり続けてるでしょ。その間食糧とか物資とか勝手に差し入れていい?」
神様は光る板を忙しそうに触りながら、まだそんな訳のわからないことを言っていた。
シドには彼の指先に反応して光る板が既にとんでもなく優れた魔法かはたまた人智を超えた力か何かに見えるのだが、神様にとってはそうじゃないらしい。
「や、あれからたくさん調べて体に良いものを注文してきたよ。ちょっと調子に乗って買いすぎちゃった感は否めないけど。多いに越したことはないよね」
その後、彼が実際に運んでくるようになったものだって、良質で日持ちがして、一般的な平民が持ち合わせているものではなかった。
「シド、これ。体力が落ちてる時におすすめの薬だって。俺がまた一口飲むからシドも飲んでみて」
だが、彼にとってはポンと渡してしまえる物のようなのだから、これで一般人? こいつが? とシドは眉を寄せるしかない。
……そもそも、彼が色々なことを知っている経緯自体、こちらの常識ではとても一般的とは言えないものだったのだ。
「ゲームっていう『架空の物語を体験するもの』……は違うか。シドと会えてる時点で架空の物語じゃなくなってるもんな。えーっと、『他人の人生を追体験するもの』、かな。俺はそれでシドとかこの世界のこととか……あと、まあ、その他諸々を見たことがあるから色々知ってて……なんか何言っても宗教勧誘の人みたいになるな、俺」
「…………それはアンタの言う神と何が違うんだ」
シドはミナトの突拍子もない説明に思わずそう声に出して尋ねた。
シドにとっては目の前の彼が言ったことが、まさに神のすることだとしか思えなかったからだ。
「……俺、この世界の神様がどんなやつなのかを、まずあんまり詳しく知らないんだけど、」
「……色んな生き物の体で気に入った人間の前に現れては予言や忠告を告げるものだって俺は聞いてる」
本で知った僅かな知識で返答をする。
「……それは、……確かに神様とやってること被ってるな俺」
すると彼は困ったようにそう呟いていた。
それでも彼は自分が人間であるという確信があるらしい。
だからシドはひとまず彼を、この世界の未来を知る魔法道具が在るという、神様の世界の一般人なのだな、思うことで自分を無理やり納得させようとした。
「まあそんな感じ」
本当に妙な奴だと思う。
「……今日はなんと食料の他にマットレスを持ってきた。あとカイロと布団ね。これでホカホカ寝て、このまま体調をグングン良くしてくれ」
兎にも角にも、この謎の神様について確かなことは、彼が本当にシドを幸せにしようとしているらしいということだ。
なぜだか今もこうして一生懸命にシドの力になろうとしているし。
「……アンタ、俺のことを知ってるんだろ。なら、俺がこんな風にされる人間じゃないことだって知ってるんじゃないのか」
あまりに不思議に思ったシドがただそんな風に尋ねるだけで、「……誰にそんな風に言われたの?」とものすごく不愉快そうな悲しそうな顔をして「俺がシドのことが好きで勝手にやってることだから。むしろこんなことに付き合わされて迷惑がってくれるくらいでいいんだよ」と言い聞かせるように言うのだ。
初めに食べたものよりは大分固形物の多い食事をシドが完食すれば、それだけで「え、マジか。すごいじゃんシド」と嬉しそうに声をあげるし。
この間なんかは食事中のシドに神様が向けてくる視線がむず痒くて「別に。こんな顔、見てて楽しいものでもないだろ」と呟くように文句を言ったら、ピシリと固まった後。「……『こんな顔』ってどんな顔??」と、ちょっと見たことのない笑顔で尋ねられた。
「……どんなって『下民の血が混ざった下品な顔』」
シドが眉を寄せて今まで何度も投げかけられてきた言葉を返すと神様は、「はは」とちっとも楽しくなさそうな笑い声をあげて、「そんなこと言った奴がどんな顔してるのか、俺、見てやりたいなあ」と笑みを浮かべたまま目を伏せて呟いていた。
別に、自分に言われた言葉でもないのに、何故彼は怒ったのかは、いまいちシドには分からなかった。
――ガチャリ。
「お。廊下寒いと思ったらやっぱ繋がってた。シド見て見て。金属切断用ノコ。ようやく届きました」
さて、今日も今日とて不思議な神様は飽きずにやってくる。
何度やってきても毛布に包まってジッと目を閉じているシドがいるだけで何も楽しいことなんてないはずなのに。
誰かとこんなふうに話をしたことがないシドは、彼にどんな反応を返せば良いのか分からなくて黙ったままのことが多いのだ。
「これで万が一俺が此処に来れなくなった時も、あらかじめ鎖を切っておいて人が入ってきた時に隙をついて逃げる選択肢が残せるってわけ……。いざという時役に立たないと困るから、ご飯が温まる間に切れ目ぐらい入るか試してみよう」
「……」
此処のところシドが一日中でも体を起こしていられるようになったからか、神様はちょっぴりご機嫌である。
シドは神様の白い手の中にある物騒な物を見ながら、コイツ、ゴツい工具が恐ろしいほど似合わないな、なんてことを思った。
あんなものを持って神様以外の誰かが近づいてきたのなら確実に暴れていた自覚があるが、持っているのが彼というだけで何故だかちっともそんな気にならなかった。
まだ会ったばかりだというのに、彼のことを信用し始めている自分が滑稽でおかしい。今までそんな風に油断して散々な目にあってきたくせに。
シドが静かに黙ったままでいると体にふと影がさした。
神様がすぐ近くに移動してきたのだ。
彼がすぐ近くでしゃがみ込みながら、持っていた工具をさりげなくシドからは見えない位置に置く。
そんな仕草をシドは黙ったまま横目でみつめていた。
「そんで、今日の体調はどう? ご飯食べれる? 熱とかない?」
「……ない」
シドがただ一言答えるだけで、整った顔が心底嬉しそうに破顔する。
そんな風だからつい、口をついて言葉が出たのだ。
「……なんでそんなに俺なんかのこと気にするんだ」
「え??」
そしてすぐに後悔をした。
なんだか酷く自惚れたことを聞いたと思ったのだ。別に、ただの気まぐれに決まっているだろう。
けれど袖を捲り再び工具を手に取ろうとしていた神様は、シドのそんな言葉にキョトンと顔を上げた後。大変あっけらかんと、ものすごく当然のことを言うように答えた。
「え、そりゃあシドのことが好きだから」
「……」
「……俺、結構言ってなかったっけ??」
「……言ってない」
「あと俺、神様じゃなくて湊だよシド」
「…………ミナト」
「うん、そ。ありがと」
ほにゃり。ミナトはシドの言葉に心底嬉しそうに笑う。
名前を呼ばれただけでそんな顔をするくらいにはシドのことが好きらしい。
……ああ、そっか。コイツ、好きだから俺のこと構いに来るのか。好きだから俺が言われた言葉で怒ってたのか。
「……」
シドは驚いた猫のように目を丸め向けられたことのない表情をジ……と見つめたまま、無性に泣き出したくなるような、胸を掻きむしりたくなるような慣れない感覚をなんとかかんとか飲み込もうと苦心していた。
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