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◆シド視点 奇妙な神様②
しおりを挟む――結論から言うとシドは死んでいなかった。
朝起きると神様はおらず。残されていたのはシドの体を包む温かな毛布と……。
「……ゲホッ、……なんだこれ。………枕??」
シドの頭の下でムギュリと潰れて間抜けな面になっているドラゴンのぬいぐるみだけがあった。
どうやらあれは夢ではなかったらしい。
初めて見るぬいぐるみと見つめ合いながら、シドはそう思った。
いったい何が何だかわからないが、……まあ、もう会うこともないだろう。
そう思って、与えられた毛布やらなんやらを使いながらしばらく過ごしていたのだが。
「あれ、シド、なんか怪我増えてない?? 俺の気のせい??」
「…………、」
どうしたことか例の神様は、それから何度もシドのもとを訪れるようになった。
意味がわからない。いったい何をしに来ているのだろうか。
そう思うのだが、何の偶然か神様が来るのは決まってシドが疲れてぐったり動けない夜なのだ。
秋になってから死ぬほど寒い夜が続いているわ、この間監視役に蹴飛ばされて以来体のあちこちが痛いわ、体が衰弱しすぎて死にそうだわ。やけになって指先を動かすのも億劫な夜。
狙ったようにガチャリとドアを開け、あの呑気そうな顔をひょこりと顔を覗かせてくるのである。
そもそも、あの白いドアはなんだ。シドは生まれた頃からこの牢獄に住んでいるが、あんなところにドアはなかった。
それなのに神様は白いドアを開けて、「シドだ」なんて嬉しそうに笑って、当然のようにやってくるのである。
「救急道具各種取り揃えしといてよかった」
「……、」
――多分、コイツは理屈とか論理とかそういうもので考えたらいけない種類の生き物なんだな。
シドはそのうち物凄く自然にこの奇妙な生き物を受け入れるようになった。
「あの、……誓って下心はないです。俺の好みは強いていうなら余裕に溢れた年上の男だし、つまり原作シドだし。服の下は触らないんで神様許してください。ただシドの体がこのまま放置してたらなんらかの病気になりそうなくらい汚れてるから、それを綺麗にしてあげたいだけなんです」
だってぐったりと寝ているシドを害そうと思えばいくらでもそうできるはずなのに。その妙な神様は分からない独り言を言いながら、細い指で几帳面に世話をしていくだけで、今のところ何の害もないのだ。
「こんな小さいペンチで太刀打ちできる相手じゃないな。何このごんぶと鎖。今時動物園でも見ないだろこんなの。シドを猛獣か何かと勘違いしてるのか、ここの連中。いや、まあ確かに? うちのシドが本気になればあんなクソどもなんて一撃なんですけどね? …………え、ちょ、ヤダ、待って。鎖で足首擦り切れてない? ……うちの子に何してくれてるんですか……」
全然力のなさそうな白い手で鎖をガチャガチャ鳴らしながら四苦八苦している様子を見るに、荒事とか全然馴染みがなさそうだし。
「絆創膏とか小学生以来貼ったことないから歪んじゃった……俺まじクソ不器用だな、推しの手当てもできないとか役立たずすぎてワロタ。こんなことだからクソ上司に仕事を押し付けられるんですよ、死んでください」
またある日は、ガタガタと何かを持ってくるような音がしたかと思えば、ウンウン言いながらシドの体に何かを貼ったり巻いたりしていたし。
そんな姿を見ていたら警戒するのも馬鹿らしくなったのだ。
シドは毎晩一人になった牢獄で、「暗いと寂しいだろうから」と神様が毎回灯していく蝋燭の温かな炎をぼんやりと眺めていた。
それは酷く小さな炎だったが、生まれて初めて見る炎はポカポカと暖かい。
体に巻かれた柔らかな毛布も、時間が許す限り頭をしきりに撫でる手も、嘘みたいに暖かいのだ。
一体自分の身に、何が起こっているんだろうか。
何だってあんなにポカポカと暖かい生き物が、こんなカビ臭い牢獄にやって来るのか。
ここのところシドはそんなことを毎日考えている。
すぐ近くにある王城にでもサッと姿を見せて、ありがたい予言の一つでもしてやれば、それはそれはありがたがられて神殿の一つや二つ建ててもらえるだろうに。
時折神の寵愛を賜る人間がいるなんて話を聞いたことがあるけれど、大抵は教会勤めの神父や人々に尽くした国王などの、神に好かれるに相応しい人間で、自分はその限りではないし。
……それとももしかしたら、ものすごく変わり者の神様なのかもしれない。ああ、それが一番しっくりくる。
そう思ったのだ。
――そんなある日。
シドがだいぶ楽になってきた体を起こし、腕に不器用に巻かれた包帯をいじっていた時のこと。
ノックもなしにガチャとドアが開く音がした。
外へ続く鉄の扉の方ではない。何もない壁の方である。
視線を向ければ案の定、そこにはひょっこり顔を覗かせた神様がこちらを見ていた。
身を起こしているシドが珍しいせいか彼は少し息を呑み、それから何故かこちらを凝視したまま冷や汗を流し始める。
いつもはシドが寝ていようとぼんやり目を開けていようと、呑気に好き勝手しているのに。
シドが怪訝に様子を窺っていると、神様は覚悟を決めるようにゴクリと唾を飲み込み、そしてその形の良い目をしきりに瞬かせながらこう言った。
「あの、もしかしてなんだけど……いや、俺の妄想だったら笑い飛ばしてくれて構わないんだけど……、これって夢じゃない感じ、ですかね……」
「……」
コイツは何を言っているんだろうか。
シドはそう思いつつ、「夢じゃない」と馬鹿馬鹿しい質問に律儀に答えてやった。手当のお礼である。
すると神様はまるで有罪判決を受けた罪人みたいな顔をして、ゆっくりと口を覆った。
そして死にそうな雰囲気でヨロヨロと牢獄の中に入ってきたかと思うと「あの……俺、意識のない未成年の体を勝手に拭いたりとか……その……ひざ、膝枕したりとか……」と何事かを青い顔でポソポソ呟きながらその場に膝をつき。シドが止める間もなく、ものすごくいい姿勢で流れるように額を床に押し付け、神様は震える声でこう言った。
「大変、申し訳、ございませんでした……」
「……、」
――本当に、妙な神様がいたものだな。
シドは神様のつむじなんてものすごく貴重そうなものを見ながら、しみじみそう思った。
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