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3 気づいたら沼に足を取られていて、今この有様です
しおりを挟む『ラスト・キング』
唐突だが、そんなタイトルのゲームを知っているだろうか。
制作者不明の突如としてインターネット上で配信され始めたインディーズRPGゲーム。これが今、ごく一部のゲームオタクたちの間で話題になっているのだ。
ちなみにどう話題かって「とんでもねえ鬱ゲーがきたぞ」という話題である。
内容を簡単に説明するなら、制作者(悪魔)(正体不明)がゲーム内容説明欄にて「残虐で魅力的なラスボスが大好きなので、RPGのラスボスの人生をテーマにゲームを作ってみました。何もかも悪かったと思っています。許してください」などと供述しているタイプの、マア、なんというか、インディーズゲームだからこそ出来たんだろうなコレ、という感じの色々とアクの強いゲームである。
ちなみに、インターネットの検索バーに『ラスト・キング』と入れた際のサジェスト欄はこんな感じ。
『ラスト・キング 地獄』
『ラスト・キング なんでそんなことするんですか?』
『ラスト・キング 制作者 人の心 どこ』
そして、『ラスト・キング』をプレイしたネット民たちが口を揃えて言っていることはこんな感じ。
『これ誰がクリアできるん?』
『難易度、地獄。シナリオ、もっと地獄』
『普通に死にたい』
そして、何を隠そう俺の推しことのシド・ウィンターは、そんな悪名高い『ラスト・キング』の主人公様なのである。
……おいおい、なんでよりにもよってそんな鬱ゲーの主人公にハマるんだよ、と言う声が聞こえてくるようだが、俺だってこんなつもりじゃなかったのだ。
いや、本当に、こんなつもりじゃなかった。
俺が『ラスト・キング』を始めた当時は今みたいにこのゲームが話題になる前だったから、なんの事前情報もないままダウンロードボタンを押して。
「パッケージのドラゴンかっこいい。俺、結局王道RPGが一番好きなんだよなあ」などと言いながら、軽率にスタートボタンを押したのである。
最近のゲームあるあるなのか、最初に物語の内容を説明するムービーとかも全然なかったから、世界観を察する暇もなかったし。
ただ、イヤホン越しにビュービューと吹き荒ぶ雪の音が聞こえてきて。
真っ白い森の中ポツンと立ち尽くすボロボロの少年が画面に映って。
「ウワ、寒そ。誰、こんな雪山に子供放置したやつ……」とか言いながらコントローラーを握ったのだ。
まさかゲームクリア後の自分が、『ラスト・キング』の幸せなファンアートを呆然としながら漁って「なんでこうならなかった……」と頭を抱え呻いたりしているとは、ちっとも予想せず。
『川で顔洗わせたらとんでもない美少年出てきて草。美少年くん名前なんていうの? ……シド? ……名前カッコいいな。シドとかいう名前の平民いる??』
初めは良かったのだ。
シドの事情を何も知らなくて、彼をただ顔と名前がやたらかっこいい、主人公補正のかかった美少年くん、くらいにしか思っていなかった。
問題はゲームが進んで、彼の情報が開示され始めた後である。
『……え、シドがウィンターグレーの王子様ってマジ??』
衝撃の事実。冬の森で凍死しかけている少年が、一国の王子様だった件について。
そう、シドは世界でも有数の大国……王族がドラゴンの血を引いてると噂のウィンターグレーの王子様だったのだ。
そんな人がなんだってボロ布を着て一人で雪山を彷徨っているのか。
まんまと興味をそそられた俺は、さらに物語を進めた。
『……は? 生まれてから今までずっと牢獄に閉じ込められていて、そこから逃げ出してきた??』
……え、なんでそんなことに?
……シドの母親が外国人だから??
ウィンターグレーでは王族が異国の人間と子供を作るのが掟違反??
王族だけが継ぐ貴重なドラゴンの血が他国に流出するのを避けるため??
『な、なるほど?』
理屈としては理解できる話だった。
だが、それで何故シドが牢獄に閉じ込められるはめになるのかがわからない。
さらに物語を進める。
『……は?? 王様がうっかり外国人の踊り子を孕ませた自分の失態を隠すため、シドの存在を無かったことにしようとして、部下に命じて牢獄に閉じ込めた?』
生かされてるのは、王妃様と世継ぎがなかなか生まれないから、もしもの時の"保険"のため??
…………………ク、クソ野郎かな??
『え、ちょっと待って。まさか、シドが鎖とか暗いところとか仕掛け罠とかを怖がって進めない描写があるのってゲームの進行上の都合とかじゃなくて、トラウマがあるから? そ、そんなにガリガリなのも、体洗わせた時に見えた背中のえぐめの傷も全部……』
…………。
『……そういえば、シドの旅の目的って王国への復讐だっけ??』
お兄さん俄然やる気が出てきちゃったな。王様は市中引き回しの上打首獄門にしようね。
――と、こんな感じで。
気がついた頃には、もう愛情が一周回って色々手遅れになっていた。
いや、だって、仕方がないだろう。
野生の動物に襲われて死にかけているような痩せっぽっちの少年シドを「わー! シドが死んじゃう! 逃げて! ……え、空腹で動けない!? 昼の狩りを失敗したから!? ウワー!! 俺のクソエイムのせいでシドが死ぬー!!」なんて大騒ぎしながら、一生懸命守ってきたのだ。
無愛想で誤解されがちなシドを「コラ! 何でそういう言い方ばっかりするの! ……すみませんこの子悪気はないんです~~」とフォローしながら、訪れた村での関係構築を頑張ってきたし。
野犬にも殺されかけていたような見窄らしい少年が、強く美しい美青年に育つところを見守ってきたのである。
挙句に酷すぎる彼の過去の扱いなんかを聞かされたら、そりゃあモンペにもなる。「え、いや、本当うちの子に何してくれてるんですか?」という気持ちにもなる。少なくとも俺はなった。ものすごくなった。
もちろん物語の終盤には、「どうもこれ、『親に恵まれなかった悲劇の王子様をハッピーエンドに導く愛と希望の王道RPG』ではないな……」ということに俺も気がついてはいたが、今更ゲームをやめることなんてできるはずがなく。
だから覚悟を決めてシドが王城に乗り込み、見境なく王族や貴族を殺して回る血飛沫まみれのシーンも「よし、どうせ圧政で平民を苦しめてばっかりのどうしようもない奴らだ、やれ!」と手に汗握りながら見守ったし。
長い長い戦闘後、今更シドに詫び命乞いを始めた王様の首が容赦なく落とされるシーンでは、苦難を乗り越え目的を達成したシドに、コントローラー放り投げながらスタンディングオベーションした。
「これで復讐は終わった……終わったんだ……。あとはシドがトラウマを克服して、少しでも穏やかな日々を過ごしてくれればそれで……」
そしてティッシュで鼻をかみながら、シドとの物語の終わりを惜しんでいたのだが。
ところがどっこい。そうは問屋が卸さなかった。
思い出して欲しい。『ラスト・キング』は"RPGのラスボスの人生"をテーマにしたゲームなのである。
ラスボスというのは主人公に討伐されるのが役目。
シドもその例に漏れず、最後の最後、革命の晩に親を殺されたという"主人公"の少年に殺されることになった。
『おのれシド・ウィンター!! この血に濡れた国王め!! 父と母はなんの罪もない、この城で働いているだけの使用人だった! それなのに、お前は! お前は!!』
ラストシーンはまさに王道RPGのラスボス戦を思わせる展開だった。
復讐という人生の目的を果たし抜け殻のようになっていたシドが、主人公に殺されて。なるほど、RPGのラスボスの人生をテーマにしたゲームとはよく言ったものだなあ、と呆気に取られ。
『……え、こんな終わり方あり?』
今までになく心を傾け感情移入をしたゲームキャラクターのあんまりな人生に、俺はその後数ヶ月、体験したことのない喪失感でぽっかり胸に穴が空いたような日々を送るはめになったのである。
『なんでこうならなかった……もうやだ……誰だよ物語には起承転結が必要とか言い始めた奴はよ……いらないよ山も谷も……推しのモーニングルーティーンをノーカットで見せてくれたらオタクなんてもんはみんな馬鹿みたいに金を出すんだからよ……世界の命運とか最早どうでもいいんだよ……推しの幸せな老後を見せてくれよ……』
――アニメとか見てる人って推しが死ぬたび毎回こんな思いしてるの??
『無理なんだけど……』
さて、そんな日々の中で、自宅アパートの押し入れ(?)に推し(少年のすがた)が落ちていたらどうするか。
そりゃあ、家に帰って寝た記憶がなくても、吹き込む風の感覚がめちゃくちゃリアルでも、「あ、これ夢だわ」と思うのは当然のことじゃないかと俺は思う。
少なくとも数分に渡る長い長い沈黙ののち、俺は確信を持ってこう思った。
「あ、これ俺の夢か。なるほど俺の推しへの愛が神に伝わったんだな。じゃあ何も戸惑うことない、思いっきり推しを堪能しよう」と。
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